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33 心より
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「捻じ曲がってる…?」
シリルが姫の言葉を繰り返す。
「ええ、彼は雇い主に言い寄られて迷惑していたり、金の無心をしてくる親戚から逃げたい女性へ新しい働き口や家を紹介する仕事をしているのですよ。
レイフィールドのみならず、クロスフィールドでも仕事の幅を広げているようですね」
知るはずのない本業を姫の口から聞いて焦る。自分の悪評を知っているから姫を連れてくるときに利用したのに、…知っていた?!
「ずいぶん限定的な仕事だな」
「それでも需要は大きいようですよ。 このご時世、女性一人で仕事を探し求めるのは大変ですからね。 特にこの国では」
男も黙って頷く。
「まったくイヤな時代だ」
「だからこそ変えたいと思っておいでなのでしょう?」
姫の言葉に男の目が光る。
「手伝いたいと言っていたな。 俺が何者なのかも当然知っているってことか」
「ええ、もちろん。 有名ですから、お名前は以前から存じていました。
国軍派でもなく、貴族派でもない新たな道を作ろうと模索している奇特な方がいると」
「ずいぶん良い耳をしてるな。 そこの男は知らなかったみたいだが」
そう言ってレイドを指す。それではまさかこの男が。
「レイドも聞いたことはあるでしょう、彼の名は」
まさかと思ったから気に留めなかったが先程聞いた名は―――!
「私の想像している方と同じなら、あなたは革命派、赤い大地のリーダー、ビル・ゴードンということですか…!」
流石に驚いた。名前ばかりが聞こえていたが、彼は姿を見せないことで有名で、市民の中には彼を都市伝説と思っている者もいるくらいだ。
「なんだ知ってたのか」
「当たり前です! あなたの名前を知らない人間なんてこの街にいませんよ!」
「そうか、俺も有名になったもんだ。 おかげで外もおちおち歩けない」
それはそうだろう。国軍派にとっても貴族派にとっても彼は邪魔な存在だ。とても護衛なしでは外は歩けないだろう。いくら顔がほとんど知られていないといっても、知っている人間はゼロではないのだから。
革命派と聞いてシリルが更に震えだした。下手したら彼はここから生きて出られない可能性もある。
「この国が生まれ変わればその機会はいくらでもあります」
「あんたはこの国を代々治めてきた男の娘だ。 おまけにいい度胸もしている。
さっきソイツが言ってたように女王となって君臨することもできるだろう。
何故俺たちへの協力を言い出す?」
「私はこの国に興味がありません」
姫の言い方に男の眉がぴくりと上がる。彼はこの国のために命を懸けて動いているのだ、その言い方は癇に障るだろう。
「しかしながら前王の血を引いていることは事実ですし、残念なことに貴族派の人間にそれを知られてしまってもいます。
彼らはレイドを使って私を連れてくるよう画策していた。
仮にレイドの手を払っても、次はもっと荒いやり方で私を入手しようとするかもしれません。
それでは遅いと思ったからこの機会に私のことを忘れてもらいたいのです」
レイドのやり口はまだ甘いと看破して、誘いに乗った。そこまで読んでいたとは。
「あなた方がこの国の覇権を取れば、血筋によらない政治が出来る可能性がある。
それは私の望みとも合致するのです」
「それだけで起こすには大それた行動だがな」
「私の大事なものはもう決まっています。 そのために出来ることなら何でもします」
船の上でも言っていた。その時からこうすることを決めていたみたいに、迷いがない。
「後、彼のような男は御免です」
姫が付け加えた言葉に男は大笑した。
「ははっ、確かに。 あんたのような女を相手にするにはソイツじゃ無理だろうな」
確かに姫のような女性をシリルが従えることは不可能だろうし、シリルでは姫について行くこともできないだろう。
男はひとしきり笑った後、姫の申し出を受け入れた。
「いいだろう。 あんたに手伝ってもらうことは、きっと多くある」
旧王家の血を引く姫が自分たちに賛同している、ということは特に貴族派に対して有利に働く。彼らの正当性を揺らがせ自分たちに理があることを大きく広められる。
姫の視線がレイドに据えられ、思考が中断した。
彼女の視線を受け、男もレイドに意識を移す。
「そっちはどうするんだ? お嬢ちゃんと同じく俺たちに協力するのか?」
矛先が向いて言葉に窮した。
突然のことに驚いているからではなく、レイドには協力できない理由がある。
この国の窮状を思えば、彼らに協力したいと思う。しかし…。
迷うレイドを姫の声が呼ぶ。
「レイド」
姫の目が自分を見ている。手を伸ばすのを待っている。
―――けれど、私は…!
「レイド! 裏切るつもりか!?」
シリルが叫ぶ。ここでは彼の声は誰にも届かない。けれど、ここを出た後はそうもいかない…!
「レイド。 心のままに選べ、なんて酷いことは言いません」
全てを見通すような瞳。浮かべる微笑みはどこまでも清らかにレイドを捉えた。
「あなたの憂いが晴れたなら、きっと力を貸してくれると信じていますから」
「姫…」
そこまで自分を信じて力を欲してくれていると思うと胸が熱くなる。
今ここでその手を取れたなら…!
彼女と出会ってから一番大きな葛藤が胸を支配する。
「ジェラール! 入ってきてください」
「!」
姫が名を呼ぶと扉の方から軍靴の音が響いてきた。
「待たせ過ぎだ」
入ってきたのは黒髪に黒い制服を着た少年。顔に似合わぬ不敵な笑みを浮かべ、部屋にいる人間を見回す。
「アーリア」
ジェラールが投げた封書を姫が受け取る。
「レイド」
姫はそのまま封書をレイドに手渡す。ごく普通の白い封筒で宛名もない。
姫の顔を見ると先程までの微笑みは何処へ行ったのか、意味ありげな笑みでレイドを見つめている。
「どうぞ読んでください。 レイド宛です」
心当たりがないので少し躊躇う。しかし部屋にいる人間たちの視線が刺さり、手紙を開く。
封を切ると中からは表と同じように白い便箋が出てくる。
そこに書かれた文字を見て息が止まった。
見知った文字は間違えるはずもない、何年も見てきた仲間の文字だ。
ここにあるはずのない手紙と、その内容に驚き過ぎて言葉が出てこない。
何度も何度も文字の上に視線を滑らせて確かめていると、横からくすっと笑い声が聞こえてきた。
「そんな風に疑うと思いました」
姫の表情は悪戯の種明かしをする子供のようで、レイドは呆然と姫の顔を見ることしかできない。
「姫…、これは?」
「あなたの大切な方からのお手紙ですよ?」
間違いなく本人が書いたと言う。
「そんな、どうやって…」
「彼に持ってきてもらいました」
満面の笑みで扉を指す。そこにはボロボロの服を着た青年が立っていた。
「アルド! どうしてここに…。 いや、それよりも無事なのか!」
思わず駆け寄る。青年は疲労の色濃いものの、怪我らしい怪我はしていない。
ほっと安堵の息を吐く。
彼がここにいるのなら、手紙も本物ということか…。
「レイド…!」
アルドが歓喜の瞳で名を呼ぶ。
現実感がわかない。これは夢ではないのか。
「アルド…、みんなは?」
「聞いてくれ! みんな無事だ! 怪我してるヤツもいるけど大した怪我じゃない」
緊張して強張っていた身体から力が抜けていく。
「本当に…」
「全員助かった! そこの人らが俺たちを連れ出してくれたんだ!」
アルドがジェラールを示す。
人質になったレイドの仲間全員を探し出して救出したと言う。
信じられない…。レイドがどれだけ探しても見つけられなかったものを数日で彼は見つけ出して見せたのだ。
「これで侯爵や貴族派の人はあなたを利用する材料を失いました」
姫が自信に満ちた表情で再度レイドに手を伸ばす。
今度こそその手を取ると信じているように。
「私たちに協力してくれますね?」
姫がしたのは問いではなく、確認だった。
思わず笑う。アルドがおかしな目で見ていても気にならない。
久々に爽快な気分だった
差し出された手を、そっと取る。
「ええ、あなたは私の憂いを晴らしてくださった。 お力添えしない理由などありません。
私の持てる力全てで、あなたの望みを叶えましょう」
芝居のような台詞を浮かされる熱情のままに言い切る。
レイドの言葉に姫が笑う。今までになかった会心の笑みだった。
シリルが姫の言葉を繰り返す。
「ええ、彼は雇い主に言い寄られて迷惑していたり、金の無心をしてくる親戚から逃げたい女性へ新しい働き口や家を紹介する仕事をしているのですよ。
レイフィールドのみならず、クロスフィールドでも仕事の幅を広げているようですね」
知るはずのない本業を姫の口から聞いて焦る。自分の悪評を知っているから姫を連れてくるときに利用したのに、…知っていた?!
「ずいぶん限定的な仕事だな」
「それでも需要は大きいようですよ。 このご時世、女性一人で仕事を探し求めるのは大変ですからね。 特にこの国では」
男も黙って頷く。
「まったくイヤな時代だ」
「だからこそ変えたいと思っておいでなのでしょう?」
姫の言葉に男の目が光る。
「手伝いたいと言っていたな。 俺が何者なのかも当然知っているってことか」
「ええ、もちろん。 有名ですから、お名前は以前から存じていました。
国軍派でもなく、貴族派でもない新たな道を作ろうと模索している奇特な方がいると」
「ずいぶん良い耳をしてるな。 そこの男は知らなかったみたいだが」
そう言ってレイドを指す。それではまさかこの男が。
「レイドも聞いたことはあるでしょう、彼の名は」
まさかと思ったから気に留めなかったが先程聞いた名は―――!
「私の想像している方と同じなら、あなたは革命派、赤い大地のリーダー、ビル・ゴードンということですか…!」
流石に驚いた。名前ばかりが聞こえていたが、彼は姿を見せないことで有名で、市民の中には彼を都市伝説と思っている者もいるくらいだ。
「なんだ知ってたのか」
「当たり前です! あなたの名前を知らない人間なんてこの街にいませんよ!」
「そうか、俺も有名になったもんだ。 おかげで外もおちおち歩けない」
それはそうだろう。国軍派にとっても貴族派にとっても彼は邪魔な存在だ。とても護衛なしでは外は歩けないだろう。いくら顔がほとんど知られていないといっても、知っている人間はゼロではないのだから。
革命派と聞いてシリルが更に震えだした。下手したら彼はここから生きて出られない可能性もある。
「この国が生まれ変わればその機会はいくらでもあります」
「あんたはこの国を代々治めてきた男の娘だ。 おまけにいい度胸もしている。
さっきソイツが言ってたように女王となって君臨することもできるだろう。
何故俺たちへの協力を言い出す?」
「私はこの国に興味がありません」
姫の言い方に男の眉がぴくりと上がる。彼はこの国のために命を懸けて動いているのだ、その言い方は癇に障るだろう。
「しかしながら前王の血を引いていることは事実ですし、残念なことに貴族派の人間にそれを知られてしまってもいます。
彼らはレイドを使って私を連れてくるよう画策していた。
仮にレイドの手を払っても、次はもっと荒いやり方で私を入手しようとするかもしれません。
それでは遅いと思ったからこの機会に私のことを忘れてもらいたいのです」
レイドのやり口はまだ甘いと看破して、誘いに乗った。そこまで読んでいたとは。
「あなた方がこの国の覇権を取れば、血筋によらない政治が出来る可能性がある。
それは私の望みとも合致するのです」
「それだけで起こすには大それた行動だがな」
「私の大事なものはもう決まっています。 そのために出来ることなら何でもします」
船の上でも言っていた。その時からこうすることを決めていたみたいに、迷いがない。
「後、彼のような男は御免です」
姫が付け加えた言葉に男は大笑した。
「ははっ、確かに。 あんたのような女を相手にするにはソイツじゃ無理だろうな」
確かに姫のような女性をシリルが従えることは不可能だろうし、シリルでは姫について行くこともできないだろう。
男はひとしきり笑った後、姫の申し出を受け入れた。
「いいだろう。 あんたに手伝ってもらうことは、きっと多くある」
旧王家の血を引く姫が自分たちに賛同している、ということは特に貴族派に対して有利に働く。彼らの正当性を揺らがせ自分たちに理があることを大きく広められる。
姫の視線がレイドに据えられ、思考が中断した。
彼女の視線を受け、男もレイドに意識を移す。
「そっちはどうするんだ? お嬢ちゃんと同じく俺たちに協力するのか?」
矛先が向いて言葉に窮した。
突然のことに驚いているからではなく、レイドには協力できない理由がある。
この国の窮状を思えば、彼らに協力したいと思う。しかし…。
迷うレイドを姫の声が呼ぶ。
「レイド」
姫の目が自分を見ている。手を伸ばすのを待っている。
―――けれど、私は…!
「レイド! 裏切るつもりか!?」
シリルが叫ぶ。ここでは彼の声は誰にも届かない。けれど、ここを出た後はそうもいかない…!
「レイド。 心のままに選べ、なんて酷いことは言いません」
全てを見通すような瞳。浮かべる微笑みはどこまでも清らかにレイドを捉えた。
「あなたの憂いが晴れたなら、きっと力を貸してくれると信じていますから」
「姫…」
そこまで自分を信じて力を欲してくれていると思うと胸が熱くなる。
今ここでその手を取れたなら…!
彼女と出会ってから一番大きな葛藤が胸を支配する。
「ジェラール! 入ってきてください」
「!」
姫が名を呼ぶと扉の方から軍靴の音が響いてきた。
「待たせ過ぎだ」
入ってきたのは黒髪に黒い制服を着た少年。顔に似合わぬ不敵な笑みを浮かべ、部屋にいる人間を見回す。
「アーリア」
ジェラールが投げた封書を姫が受け取る。
「レイド」
姫はそのまま封書をレイドに手渡す。ごく普通の白い封筒で宛名もない。
姫の顔を見ると先程までの微笑みは何処へ行ったのか、意味ありげな笑みでレイドを見つめている。
「どうぞ読んでください。 レイド宛です」
心当たりがないので少し躊躇う。しかし部屋にいる人間たちの視線が刺さり、手紙を開く。
封を切ると中からは表と同じように白い便箋が出てくる。
そこに書かれた文字を見て息が止まった。
見知った文字は間違えるはずもない、何年も見てきた仲間の文字だ。
ここにあるはずのない手紙と、その内容に驚き過ぎて言葉が出てこない。
何度も何度も文字の上に視線を滑らせて確かめていると、横からくすっと笑い声が聞こえてきた。
「そんな風に疑うと思いました」
姫の表情は悪戯の種明かしをする子供のようで、レイドは呆然と姫の顔を見ることしかできない。
「姫…、これは?」
「あなたの大切な方からのお手紙ですよ?」
間違いなく本人が書いたと言う。
「そんな、どうやって…」
「彼に持ってきてもらいました」
満面の笑みで扉を指す。そこにはボロボロの服を着た青年が立っていた。
「アルド! どうしてここに…。 いや、それよりも無事なのか!」
思わず駆け寄る。青年は疲労の色濃いものの、怪我らしい怪我はしていない。
ほっと安堵の息を吐く。
彼がここにいるのなら、手紙も本物ということか…。
「レイド…!」
アルドが歓喜の瞳で名を呼ぶ。
現実感がわかない。これは夢ではないのか。
「アルド…、みんなは?」
「聞いてくれ! みんな無事だ! 怪我してるヤツもいるけど大した怪我じゃない」
緊張して強張っていた身体から力が抜けていく。
「本当に…」
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アルドがジェラールを示す。
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信じられない…。レイドがどれだけ探しても見つけられなかったものを数日で彼は見つけ出して見せたのだ。
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姫がしたのは問いではなく、確認だった。
思わず笑う。アルドがおかしな目で見ていても気にならない。
久々に爽快な気分だった
差し出された手を、そっと取る。
「ええ、あなたは私の憂いを晴らしてくださった。 お力添えしない理由などありません。
私の持てる力全てで、あなたの望みを叶えましょう」
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