上 下
57 / 97
三年目 ~再びの学園生活編~

誓い

しおりを挟む
 

 クリスティーヌ様を見つけたのは庭園の片隅だった。
 晴れて日差しの暖かい日とはいえ、冬も近い外の空気はひんやりとしている。

「クリスティーヌ様」

 俺の呼びかけに緩慢な動きで振り返るクリスティーヌ様。
 先ほどの話の衝撃に打ちのめされているようなその表情に胸が締め付けられる。
 こんな顔をさせることのないようにと願っていたのに。

「アラン……、ごめんなさい話の途中で」

 いいえと首を振る。
 クリスティーヌ様の受けた衝撃がどれほどのものだったのか。
 婚約が調う寸前で持ち込まれた別の者との縁談。
 それが王からの打診とあってはショックを受けるのは当然だ。

「どうしてこんなっ、……っ。
 私、アランと……っ、結婚できないの?」

 声を詰まらせたクリスティーヌ様の瞳から堪えきれなかった涙がぽろりと零れた。
 一つ頬を零れると後を追ってまた涙がぽろぽろと零れていく。
 瞬きをする度に頬を幾筋もの涙が流れ跡を作った。
 他の人と婚姻しなければならないのかと悲痛な表情をするクリスティーヌ様に首を振り笑みを浮かべる。

「できます」

 力強く言い切ると目を瞠ったクリスティーヌ様がまっすぐに俺を見つめた。
 濡れた紫の瞳をしっかりと見つめながら想いを口にする。

「クリスティーヌ様、俺はあなたを諦めません」

 ――諦めない。
 そう言い切った俺にクリスティーヌ様の瞳が絶望と希望の狭間に揺らぐ。
 あまりのことに希望を信じきれない瞳に重ねて誓う。

「あなたは俺の最も大切な人です。
 あなたの見せる輝き、優しさや繊細さの全てが愛おしい。
 ――諦めるなんてできません」

 ずっと側にいたいと告げると涙を浮かべていた瞳に輝きが戻る。

「私も……っ、諦めたくないっ!」

 胸に飛び込んできたクリスティーヌ様を受け止め、背をそっと撫でる

「諦めないでください。
 クリスティーヌ様に捨てられたらきっと泣いてしまいますから」

 冗談めかして告げると泣き笑いのような顔でクリスティーヌ様が微笑む。

「アランは意外と泣き虫だものね」

「クリスティーヌ様ほどではありません」

 頬に手を伸ばし涙を拭う。
 涙はひんやりしているのに、頬はほんのり熱を持って温かい。
 見つめる紫の瞳は翳りをまだ残し、けれどそれに負けまいとする意志が輝いている。
 その輝き、強さが眩しく美しい。
 儚く健気で、真っ直ぐに強い、最愛の人。

 彼女の手を離すことなんてどうやってももう考えられない。

 涙を拭い終え、抱きしめていた身を離す。

「クリスティーヌ様、これを」

 懐から取り出したケースにクリスティーヌ様の視線が寄せられる。
 紺色の滑らかな生地の貼られたケースは装飾品を入れるための物。

「本当は髪飾りにして贈るつもりだったんですが――」

 ケースを開け現れた品にクリスティーヌ様が息を呑む。

「これって――」

 感嘆の溜息と共に品物が何を元に作られたのか悟った喜びの声が聞こえる。
 開けたケースの真ん中には薄紅色の花が煌めいていた。

「一番最初にあなたに贈るのならこの花をモチーフに使った物にしたくて、婚約のお許しを得た頃から作ってもらっていたんです」

 いつかの日に彼女の髪に舞い降りた花弁。
 夏の終わりに見頃を終え散りゆく花の、その一片を大切に持っていてくれた彼女の想いが嬉しかったから。
 花弁ではなく咲き誇る花を意匠に選んだのは偶然だと思っていたけれど――。
 全てが導かれているように今、この場に相応しい姿として俺の手の中にあった。

 ケースから取り出しペンダントをクリスティーヌ様の首に掛ける。
 可憐に胸元を彩る薄紅の花はクリスティーヌ様にとても似合っていた。

「花は散る時も美しいですが……、この想いを花のように散らせはしません。
 どうか不安になった時はこれを見て思い出してください。
 俺たちの想いはこの花のように時が経っても変わることなく、決して枯れることも散ることもないと」

 胸元に咲く花を手に取り、持ち上げたそれに唇を寄せる。
 そっと花に口づけるとクリスティーヌ様の頬が花のように薄紅に染まった。

「――……アランっ!」

 感極まって手を伸ばすクリスティーヌ様の身体を再度受け止め、ぎゅっと一度だけ抱きしめる。
 嬉しそうに胸に頬を寄せるクリスティーヌ様に、名残惜しい気持ちを抑えて戻りましょうかと身を離す。
 しっかりと頷いたクリスティーヌ様と並んで屋敷に向かって歩き出した。

「そういえば髪飾りにするつもりだったって言ってたのに、どうやってペンダントに?」

「金具は魔法で圧着させました。
 急いでやったので荒いところがあったら直してください」

 花を持ち上げ金具に触れていたクリスティーヌ様の手を取る。
 ひんやりした指先を温めるように手のひらで包んだ。

「アラン?」

 いいの?と驚きを目に浮かべるクリスティーヌ様に悪戯な笑みを浮かべる。

「レオンには見逃してくれるようお願いしていますから」

 許すという言葉は聞いてませんけど、と言うとクリスティーヌ様もふっと笑い声を零した。

「ふふふっ、じゃあ屋敷に入る前に手を離さないとね?」

「そう言われてはゆっくり戻りたくなってしまいます」

 あまり遅いとレオンに叱られてしまいそうだ。

「戻ったらちゃんと話をしましょう。
 抗うために」

「そう、よね。
 いくら驚いたからって悲しんだり落ち込んでる場合じゃなかった。
 対策を考える方が先だったわ!」

 強く肯いたクリスティーヌ様にもう大丈夫そうだと微笑む。
 そんなクリスティーヌ様が続けた言葉に笑ってしまった。

「私何したらいいかしら?
 相手の人に嫌われるようなことを一杯してみるとか?」

 前向きにそんなことを言い出すものだからおかしくて仕方ない。

「クリスティーヌ様は何をしていても可愛らしいですから、それでは難しいかもしれませんね」

「……! もう、アランは急にそんなこと言うんだから」

 頬を染めるクリスティーヌ様にからかってるわけじゃありませんよと告げる。
 本当にそう思っている。そうして頬を膨らませていても、口を尖らせたところも。
 そう言うと余計にからかっていると思われたのかふいっとそっぽを向いてしまう。

「すみません、本当にからかってるわけではないんですよ。
 俺にとってあなたは何があっても愛おしい存在だということです」

 女神のように勇ましく美しいところも、可愛らしく頬を染めはにかむところも。
 俺と結ばれない可能性に涙するいじらしさも、何もかも。
 これまで抑えていた俺の本音に頬に散った朱に微笑む。
 微かに聞こえた心臓に悪いという呟きにも笑みが零れる。
 本当に。俺の心を引き付けて離してくれない人。

「クリスティーヌ様、頑張りましょう」

 この手を離さないために。
 きゅっと手に力を籠めると、クリスティーヌ様もすっかり温まった手で握り返してくれた。


しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

婚約者はこの世界のヒロインで、どうやら僕は悪役で追放される運命らしい

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
僕の前世は日本人で25歳の営業マン。社畜のように働き、過労死。目が覚めれば妹が大好きだった少女漫画のヒロインを苦しめる悪役令息アドルフ・ヴァレンシュタインとして転生していた。しかも彼はヒロインの婚約者で、最終的にメインヒーローによって国を追放されてしまう運命。そこで僕は運命を回避する為に近い将来彼女に婚約解消を告げ、ヒロインとヒーローの仲を取り持つことに決めた――。 ※他サイトでも投稿中

私から婚約者を奪った妹が、1年後に泣きついてきました

柚木ゆず
恋愛
『お姉ちゃん。お姉ちゃんのヌイグルミ、欲しくなったの。あたしにちょうだい』  両親に溺愛される妹・ニナは私が大切にしている物を欲しがり、昔からその全てを奪ってきました。  そしてやがては私から婚約者を奪い、自分が婚約者となって彼の家で同棲を始めたのです。  ですが、それから1年後。 『お姉様助けてっ! あの男をどうにかしてっ!!』  そんな妹が突然帰ってきて、いつも見下していた私に様付けをしながら泣きついてきたのです。  あちらでは仲良く、幸せに暮らしていたはずなのに。何があったのでしょうか……?

婚約者がいるのに、好きになってはいけない人を好きになりました。

桜百合
恋愛
アデール国の公爵令嬢ルーシーは、幼馴染のブライトと政略結婚のために婚約を結んだ。だがブライトは恋人らしい振る舞いをしてくれず、二人の関係は悪くなる一方であった。そんな中ルーシーの実家と対立関係にある公爵令息と出会い、ルーシーは恋に落ちる。 タイトル変更とRシーン追加でムーンライトノベルズ様でも掲載しております。

新しいもの好きな私と伝統が大事な彼のすれ違いと歩み寄り

桧山 紗綺
恋愛
私は新しいものが好き。 商店に並ぶ見たことのないデザインのアクセサリー、季節のフルーツを使った新作のケーキ、職人が生み出す新しい模様のレースなど。 どれも見ているとワクワクして、こんな素敵なものがあるのと他の人に教えたくて仕方ない。 でも婚約者は私が次々に新しい物を身に着けているのが好きではないみたい。 浪費ではないのだけれど、難しい。 けれどある日のお茶会をきっかけにお互い歩み寄ってみると一緒に過ごすのは意外と楽しくて……。   ◆家風の違う婚約者とのすれ違いと歩み寄りの話です。 わだかまりはわりとすぐ解けて婚約者同士でイチャイチャしてます。 15話+番外編1話。 完結しました! お付き合いくださった皆様ありがとうございました。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

ズルいと言う妹はいませんが、「いいなー」が口ぐせの弟はいます

桧山 紗綺
恋愛
「いいなー姉さん」 そう言う弟の目はお土産のお菓子に向かっている。 定番の婚約破棄・婚約解消と仲良し姉弟がほのぼのお茶をしていたりなお話しです。 投稿が久々過ぎて色々やり方忘れてましたが誤字脱字だけは気をつけました。 楽しんでいただけたらうれしいです。 ※「小説を読もう」にも投稿しています。

処理中です...