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三年目 ~再びの学園生活編~
誓い
しおりを挟むクリスティーヌ様を見つけたのは庭園の片隅だった。
晴れて日差しの暖かい日とはいえ、冬も近い外の空気はひんやりとしている。
「クリスティーヌ様」
俺の呼びかけに緩慢な動きで振り返るクリスティーヌ様。
先ほどの話の衝撃に打ちのめされているようなその表情に胸が締め付けられる。
こんな顔をさせることのないようにと願っていたのに。
「アラン……、ごめんなさい話の途中で」
いいえと首を振る。
クリスティーヌ様の受けた衝撃がどれほどのものだったのか。
婚約が調う寸前で持ち込まれた別の者との縁談。
それが王からの打診とあってはショックを受けるのは当然だ。
「どうしてこんなっ、……っ。
私、アランと……っ、結婚できないの?」
声を詰まらせたクリスティーヌ様の瞳から堪えきれなかった涙がぽろりと零れた。
一つ頬を零れると後を追ってまた涙がぽろぽろと零れていく。
瞬きをする度に頬を幾筋もの涙が流れ跡を作った。
他の人と婚姻しなければならないのかと悲痛な表情をするクリスティーヌ様に首を振り笑みを浮かべる。
「できます」
力強く言い切ると目を瞠ったクリスティーヌ様がまっすぐに俺を見つめた。
濡れた紫の瞳をしっかりと見つめながら想いを口にする。
「クリスティーヌ様、俺はあなたを諦めません」
――諦めない。
そう言い切った俺にクリスティーヌ様の瞳が絶望と希望の狭間に揺らぐ。
あまりのことに希望を信じきれない瞳に重ねて誓う。
「あなたは俺の最も大切な人です。
あなたの見せる輝き、優しさや繊細さの全てが愛おしい。
――諦めるなんてできません」
ずっと側にいたいと告げると涙を浮かべていた瞳に輝きが戻る。
「私も……っ、諦めたくないっ!」
胸に飛び込んできたクリスティーヌ様を受け止め、背をそっと撫でる
「諦めないでください。
クリスティーヌ様に捨てられたらきっと泣いてしまいますから」
冗談めかして告げると泣き笑いのような顔でクリスティーヌ様が微笑む。
「アランは意外と泣き虫だものね」
「クリスティーヌ様ほどではありません」
頬に手を伸ばし涙を拭う。
涙はひんやりしているのに、頬はほんのり熱を持って温かい。
見つめる紫の瞳は翳りをまだ残し、けれどそれに負けまいとする意志が輝いている。
その輝き、強さが眩しく美しい。
儚く健気で、真っ直ぐに強い、最愛の人。
彼女の手を離すことなんてどうやってももう考えられない。
涙を拭い終え、抱きしめていた身を離す。
「クリスティーヌ様、これを」
懐から取り出したケースにクリスティーヌ様の視線が寄せられる。
紺色の滑らかな生地の貼られたケースは装飾品を入れるための物。
「本当は髪飾りにして贈るつもりだったんですが――」
ケースを開け現れた品にクリスティーヌ様が息を呑む。
「これって――」
感嘆の溜息と共に品物が何を元に作られたのか悟った喜びの声が聞こえる。
開けたケースの真ん中には薄紅色の花が煌めいていた。
「一番最初にあなたに贈るのならこの花をモチーフに使った物にしたくて、婚約のお許しを得た頃から作ってもらっていたんです」
いつかの日に彼女の髪に舞い降りた花弁。
夏の終わりに見頃を終え散りゆく花の、その一片を大切に持っていてくれた彼女の想いが嬉しかったから。
花弁ではなく咲き誇る花を意匠に選んだのは偶然だと思っていたけれど――。
全てが導かれているように今、この場に相応しい姿として俺の手の中にあった。
ケースから取り出しペンダントをクリスティーヌ様の首に掛ける。
可憐に胸元を彩る薄紅の花はクリスティーヌ様にとても似合っていた。
「花は散る時も美しいですが……、この想いを花のように散らせはしません。
どうか不安になった時はこれを見て思い出してください。
俺たちの想いはこの花のように時が経っても変わることなく、決して枯れることも散ることもないと」
胸元に咲く花を手に取り、持ち上げたそれに唇を寄せる。
そっと花に口づけるとクリスティーヌ様の頬が花のように薄紅に染まった。
「――……アランっ!」
感極まって手を伸ばすクリスティーヌ様の身体を再度受け止め、ぎゅっと一度だけ抱きしめる。
嬉しそうに胸に頬を寄せるクリスティーヌ様に、名残惜しい気持ちを抑えて戻りましょうかと身を離す。
しっかりと頷いたクリスティーヌ様と並んで屋敷に向かって歩き出した。
「そういえば髪飾りにするつもりだったって言ってたのに、どうやってペンダントに?」
「金具は魔法で圧着させました。
急いでやったので荒いところがあったら直してください」
花を持ち上げ金具に触れていたクリスティーヌ様の手を取る。
ひんやりした指先を温めるように手のひらで包んだ。
「アラン?」
いいの?と驚きを目に浮かべるクリスティーヌ様に悪戯な笑みを浮かべる。
「レオンには見逃してくれるようお願いしていますから」
許すという言葉は聞いてませんけど、と言うとクリスティーヌ様もふっと笑い声を零した。
「ふふふっ、じゃあ屋敷に入る前に手を離さないとね?」
「そう言われてはゆっくり戻りたくなってしまいます」
あまり遅いとレオンに叱られてしまいそうだ。
「戻ったらちゃんと話をしましょう。
抗うために」
「そう、よね。
いくら驚いたからって悲しんだり落ち込んでる場合じゃなかった。
対策を考える方が先だったわ!」
強く肯いたクリスティーヌ様にもう大丈夫そうだと微笑む。
そんなクリスティーヌ様が続けた言葉に笑ってしまった。
「私何したらいいかしら?
相手の人に嫌われるようなことを一杯してみるとか?」
前向きにそんなことを言い出すものだからおかしくて仕方ない。
「クリスティーヌ様は何をしていても可愛らしいですから、それでは難しいかもしれませんね」
「……! もう、アランは急にそんなこと言うんだから」
頬を染めるクリスティーヌ様にからかってるわけじゃありませんよと告げる。
本当にそう思っている。そうして頬を膨らませていても、口を尖らせたところも。
そう言うと余計にからかっていると思われたのかふいっとそっぽを向いてしまう。
「すみません、本当にからかってるわけではないんですよ。
俺にとってあなたは何があっても愛おしい存在だということです」
女神のように勇ましく美しいところも、可愛らしく頬を染めはにかむところも。
俺と結ばれない可能性に涙するいじらしさも、何もかも。
これまで抑えていた俺の本音に頬に散った朱に微笑む。
微かに聞こえた心臓に悪いという呟きにも笑みが零れる。
本当に。俺の心を引き付けて離してくれない人。
「クリスティーヌ様、頑張りましょう」
この手を離さないために。
きゅっと手に力を籠めると、クリスティーヌ様もすっかり温まった手で握り返してくれた。
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