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三年目 ~再びの学園生活編~

余計に不安

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 話が終わり、部屋を出たところでクリスティーヌ様の手を離す。
 ずっとそのままという訳にもいかないのに、名残惜しいと感じてしまう。

「驚かせてしまってすみませんでした」

「いいえ、私こそごめんなさい」

 驚かせたことを謝るとクリスティーヌ様が自分の方こそと告げ、恥ずかしいところを見せたわとはにかむ。
 その可愛らしさに心臓を掴まれた心地になる。
 浮かれていると自覚した後ではあのような行動に出た自分が信じられない。
 自分の手に残るほっそりとした手の感触に急に羞恥がこみ上げてきた。
 そんな俺を見ていたクリスティーヌ様がおかしそうに笑う。

「ふふ、どうして急に照れてるの?」

「いえ、大胆なことをしてしまったなと……」

 思い出すと恥ずかしい。
 熱くなってきた頬に手の甲を当て目を伏せる。
 いたずらに顔を覗き込むクリスティーヌ様が見られなくて視線を逸らすと、それが余計におかしいのかくすくすと笑う。
 屈託ない笑みを浮かべる彼女が愛おしくて、幸せに笑みが零れる。
 幸せだと伝えるとクリスティーヌ様もとろけるような笑みを浮かべた。





 そんな風にふわふわした気持ちで週末を過ごして戻った翌日。
 学園は予想通り、侯爵様が連行した伯爵家の話で持ちきりだった。
 この前から学園を騒がせていた贋金の話、伯爵家の関与、それを侯爵家が暴いたということ。

 侯爵家の権勢がますます高まると考えたのかクリスティーヌ様には更なる注目が集まり、俺の周りも騒がしさを増していた。
 クリスティーヌ様は俺が側にいられない時はロレイン様をはじめとした友人と共にいることが多い。
 すでに関係のできている友人同士の輪に入っていくのは難しいのか、俺を通して近づきになろうと考える者が出始めている。
 迷惑なことだと思いながら身を潜めていた。

「大丈夫か、アラン」

 もう出て来ていいぞと声を掛けられ、隠れていた書棚から顔を出す。
 級友の中でも一番早く会話をするようになった彼に匿ってくれたお礼を言う。
 今日たまたま図書館にいてくれて助かった。

「助かったよ、ありがとう。
 まったく、俺に声を掛けてもクリスティーヌ様とお近づきになれるわけじゃないのに」

 打算込みの友情を完全に否定はしない。
 けれど従者として側にいる俺がそんな相手をクリスティーヌ様の近くに置きたいと思うか、考えれば徒労だとわかるだろうに。
 せっかく空いた時間に図書館へ来たのに、押しかけてきた学生のおかげで読む時間が取れなかった。
 また後日来ようと書棚へ本を戻す俺を見ていた級友がぽつりと呟く。

「アラン、まさかと思うけど気づいてないわけじゃないよな」

「え?」

 何に?と疑問を顔に浮かべると級友は呆れた表情になる。

「仕方ないかー、お前クリスティーヌ様のことだけで頭一杯だもんな」

「それはその通りだけど、気づいてないってどういう意味なんだ?」

 一人で納得したように頷く級友に意味を聞く。
 何か見落としていることがあるのなら知っておきたい。
 知らないことで不利益が起こるのは困るから。

「いや、さっきの子」

 さっきの子と言われて先ほどまで図書館の中を早足で俺を探していた女子学生の姿が浮かぶ。
 外で呼び止められ、クリスティーヌ様と同じ講義を取っている人だったから何か伝言でもあるのかと足を止めたのが失敗だった。
 かなり長い雑談のような前置きに、本題を切り出すタイミングを窺っていると感じ、見つけたわずかな隙に断りを入れその場から立ち去ったのだが。
 後を追ってこられた時にはどうしようかと思った。
 級友が匿ってくれなかったらまた捉まるところだった。

「アランとお近づきになりたいって感じで必死だったもんな」

「??」

 言い回しがおかしな気がする。
 俺とではなくクリスティーヌ様と、もしくは侯爵家と、ではないだろうか。
 疑問符をいくつか浮かべた俺に級友が笑い出した。

「鈍いなー、アランを射止めれば優秀な夫が得られるだけじゃなく侯爵家との縁もできると狙われてるって話だ」

「……??」

 全く頭になかったことを言われて困惑する。
 そんなことを言われる身ではないと思うんだけど。

「お前、自覚ないとか言ったらそれはもはや嫌味だぞ」

 俺の考えていたことを見透かしたように咎める目になる級友。
 うーん。そう言われても。

「俺は平民だし」

「別にそれは問題にならないだろ、お前なら文官の登用試験も受かるだろうし生活に困ることはなさそうだ」

 文官になる道も考えたことはある。
 婚約解消された後、学費の問題さえなければきっと卒業して文官になる道を選んだだろう。
 なのでそれは否定しない。
 でも俺は婚約を解消されたこともある身だしと内心で呟く。
 それを考えれば二の足を踏む人は多いんじゃないかと思う。

「いや、あれは元々の相手がおかしいだけだ」

「俺、何も言ってないけど」

 なんで心を読んだようなことを言えるのかと不思議に思っているとなんとなくと返ってくる。
 顔に出てるんだろうか?

「まあそれは置いといて、お前と結婚すれば将来は安泰だって考えてる奴も多いんだよ。
 すでに侯爵家で働いているお前と一緒になれば共に侯爵家に仕えることだってできるかもしれないしな?
 そう考えれば下級貴族の次女三女ならかなりいい相手だ。
 お前が今平民なことなんて問題にならない」

 むしろそれしか見える欠点がないおいしい相手だぞと言われ困った気持ちになる。
 肯定したらすごく自信過剰な人間みたいだな。

「で、さっきの子もそういう意味でアランとお近づきになりたそうだったぞ」

 色々好みに趣味や休日何してるとか聞かれたろ?と聞かれて先ほどの会話を思い出す。
 あれはクリスティーヌ様に繋がる会話を引き出そうとしていたわけじゃなかったのか?
 休日も一緒に過ごしているのかと聞かれたのでそういった意味かと思った。

「それは……、困るな」

「アランにはクリスティーヌ様がいるしな」

「ああ、……え?」

 思わず顔を上げて級友をまじまじと見つめてしまう。

「なんで……」

「ん? 違うのか?」

 違わないと首を振る。なぜ知っているんだ?
 しかし続けられた言葉にさらに首を捻ることになった。

「だよな、アラン狙いの子たちもクリスティーヌ様が優先されるのはわかってるけど、主と結婚相手は別だって考えだろ。
 クリスティーヌ様がいずれ結婚すればアランの関心も向くだろうって長期戦の構えなんじゃないか?」

「ん???」

 なんか話が繋がってない気がする。
 沈黙が生まれ、しばし目を見合わせる。先に言葉を発したのは級友の方だった。

「……クリスティーヌ様がいるし、ってまさかそのままの意味で?」

「ああ、先日侯爵様に認めていただけて」

 隠す必要はないと言われていたので素直に答える。
 これ以上ないというほど目を見開いて級友が俺の顔を見つめ、「マジか」と口が動いたのがわかった。

「本当に?」

「嘘なんて言わないよ」

 そんな嘘、とても虚しい。
 結ばれることが夢想だった時を思い出して眉を寄せると悪いと謝られた。

「疑ってるわけじゃない、ただ信じられないだけだ!
 だがおめでとう!」

 はっきりと信じられないと言われたが、悪意があるわけではないのはおめでとうと伝える満面の笑みと弾む声での祝福に笑みが零れる。
 ありがとうと伝えるともう一度おめでとう良かったなと肩を叩かれた。

「発表はしないのか?」

「まだ届出を出したばかりなんだ。
 受理されるまでは隠す必要はないけれど、態度は相応しいものを取るようにと言われている」

「そっか、まあそうだよな」

 頷いて納得していた級友がそうだと目を輝かせる。

「俺の親戚が文官で城に勤めてるんだ、アランの届出が早く受理されるようにできないか聞いてみるよ」

「そんなわけにいかないだろう。
 大丈夫だよ、侯爵様からもそれほど時間のかかるものではないと聞いているし」

 高位貴族と王家が微妙な関係だとしても婚約届を否認することなどありえなく、俺の除籍届のように時間がかかるわけもない。
 そんな根回しをしてもらう必要はないんだ。その親戚の人もそんなことを頼まれても困るだろう。
 心配いらないから大丈夫だよと答えると級友もそっかと笑った。
 なんかその笑みに不安を感じたので、重ねて大丈夫だからと伝えると心配するなとイイ笑顔が返ってくる。
 なぜだろう、余計に不安になった。


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