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四年目 ~冬期休暇 そして春へ~

言えなかった言葉

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 ダニエルの部屋は応接室からそれほど離れていない場所にあった。
 新しく入ってきた子供たちに職員の目が行き届くようにとの采配のようだ。
 職員の態度からも細やかな配慮のある施設だと感じていた。

 部屋に入るとダニエルはミシェルの言う通り、部屋の隅で片膝を抱えるようにして俯いている。
 腕に隠れて今どんな顔をしているのかは見えない。
 人が部屋に入ってきた音は聞こえているだろうに顔も上げないままだ。

 昔もこんな光景を見たな。
 懐かしさを感じながら横に座る。
 ここに来て日が浅いからだろうか、ベッドと小さな棚にはほとんど生活感がない。
 部屋を見回していると横から声が聞こえた。

「……なんで何にも言わないんだよ」

「あれ? 俺が来ること知ってたの?」

 わずかに顔を上げたダニエルの言葉に疑問を返す。
 驚くかなと思ったのに全く平然とした様子をしている。

「職員が話してるのが聞こえたし、ミシェルがうるさいから」

 俺を呼んだこともミシェルはダニエルに話していたらしい。
 ミシェルは何かしらの反応を期待していたが無視されてしまったようだ。

「そっか」

 そう呟いた後、また沈黙が落ちる。
 顔は上げたものの、ダニエルはこちらを見ようとはしない。
 返事は返ってきたので話を続けることにした。

「ミシェルが心配していたよ」

「アイツはいつも大げさなんだ」

 ダニエルの返答はにべもない。
 頑なな態度はそれだけ父親の判決がショックだったということなのか。

「父親のことなら……」

「別にあんなヤツ、さっさと死ねばいいと思ってた」

 心配しなくても良いと告げようとした言葉が乱暴に遮られた。
 父親のことを死ねばいいなどと乱暴な言葉を使って非難するダニエルに眉を下げる。
 俺を見たダニエルの目に苛立ちが混ざっていく。

「なんだよその顔。
 アンタになんか何も言われたくない。
 俺たちがどんな風に暮らしてたかも知らないくせに!」

 声を荒げたダニエルが拳を壁に叩きつける。

「アンタが裕福な男爵家でのうのうと暮らしていた間、俺たちがあの父親の下でどんな想いでいたのか……」

 眉を寄せ睨みつける瞳に燻る、激しい怒り。
 搾り出すような声が抑えつけている激情を伝えていた。

「ダニエル……」

 名前を呼び手を伸ばすと近づくなというように睨まれる。
 手を下ろす代わりにダニエルのすぐ前に座り、正面から目を合わせた。
 よく似た茶色の瞳に煮え滾る怒りは、俺に向けたものじゃない。
 それを示すように、叩きつけた拳を震わせたダニエルは自分の中にある激情と戦っていた。

「ミシェルも父親を怖がるし、リリーナもあんまり笑わなくなって。
 母親はアイツを怒らせないようにちゃんとしなさいとしか言わない」

 誰が何したって不満で怒るしかしないくせにと吐き捨てるように言う。
 そうだろうな。あの人は自分の不満を他人せいだと周囲にぶつけるような人だ。

「馬鹿な儲け話を持ってくる相手の追従ついしょうにまんまと乗せられて、失敗しては当たり散らす」

 目に浮かぶ。
 自身の判断が招いたことなのに全てを人のせいにして不満をぶつける姿が。
 家族が呆れた目を向けたらそれにまた怒る姿も。

「知ってるか?
 男爵家からの援助金が届く度にアイツの機嫌が悪くなって家の中がピリピリするんだ。
 自分の無能を棚に上げて、男爵家からの援助金で食えてるっていう事実が腹立たしくてしかたなかったみたいだな。
 普段はアンタのことをいないものとして扱うのに、その日だけは自分からアンタの文句を口にするんだ。
『アイツはちょっと頭が良いのを笠に着て親や周りを馬鹿にしていた』『分をわきまえないから生家よりも低い身分になる』『お前たちはアイツのような愚かな人間に育つな』って。
 アンタのおかげで暮らしていけてるのにな」

 笑うぜと口を歪めるダニエルだけれど、瞳に映る影がそれとは反対の感情を伝えてくる。
 母親が追従ついじゅうして笑い子供たちにもそれを求め、従わなければ怒声を浴びせたという。
 どうかしている。

「だからアンタの婚約解消の話が持ち上がったときは大喜びしてたぜ?
 令嬢の心を掴むことができなかった『無能』だから仕方ない。 喜んで婚約解消を受け入れます、だから金をくださいってな」

 悪辣な言葉を吐く度に苦しさを覚えるように顔を歪める姿。
 翳りを増す瞳を覗き込み、全て吐き出すのを待つ。
 俺を傷つけるような言葉を吐きながら、ダニエルが傷つけているのは彼自身だった。

「最低の男だろ……。
 なのに、なんでなんだよ、なんで俺がこんな気持ちにならなきゃならないんだよ!
 勝手に死ねばいいだろ!」

 父親の死罪判決の報を聞いて乱れた心が気持ち悪いと叫ぶダニエルの肩に手を乗せる。
 離せよと言ったけれど、自分から振り払う様子はなかった。

「俺はあんなヤツのこと大嫌いだったんだよ!
 俺にも、ミシェルにもリリーナにも何も親らしいことしなかったくせに、いっつも偉そうで!」

 消えればいいといつも思っていたと吐き捨て肩を震わせる。
 それだけでは済まない感情があるのは当然だ。俺でさえ子爵の死罪の報に動揺したくらいだ。心を乱すのはおかしなことじゃない。ダニエルたちはずっと共にいた家族なのだから。

「家族なんだから死罪になると聞かされて驚き悲しむのはおかしなことじゃないよ」

 そう宥める俺に違うと零すダニエルの背を撫でる。

「違わない。
 嫌いだと思うことと死んでほしいと思うのは別のことで。
 死んでほしいと思ってても、死ぬと聞かされて嬉しく思うかはまた別の話。
 そうだったんだろう?」

 消えてほしい、いなくなってほしいと思っていてもそれが現実になって喜べるとは限らない。
 父親が死罪になることを喜ぶのはあまりに悲しい。そう思ってしまうのは、俺が彼らが暮らしてきた日々を知らないからだ。
 他人事だから、そう思うのだろう。
 子爵家で暮らしていた日々は俺にとって遠い過去のことだった。死んでほしいなんて思うほど強い恨みはない。
 ただ話題に聞かない遠い距離でいるのが一番心が楽だった。

「悲しくなんてない。
 ただ、俺はまだアイツに何の文句も言ってないのにってだけだ」

 強がりなのかそんなことを言うダニエル。
 でも、文句を言っていないと口にしたことは少し理解できる。
 俺だって子爵の聴取の時に感情をぶつけていなかったらダニエルのように燻った感情を持て余していたかもしれない。

 処理しきれない感情を吐き出し少し落ち着いたのかダニエルが顔を上げる。

「俺はアンタのことだって嫌いだったんだ」

 じっと俺を見たかと思うとそんなことを言い出す。

「ずっと家にいないくせにいつまでも家族の中心みたいに話題に上がっては雰囲気を悪くする。
 いっそアンタのことなんて忘れちまえば父親だって怒らないで穏やかに過ごせるようになるんじゃないかって」

 それを言ったらまた怒られたけどなと自嘲の笑みを見せる。
 確かに俺が家を出た時点で俺のことなんて忘れてしまえば父親も弟たちに向き合えたかもしれない。
 人の心なんて操れないし過去の仮定を話しても意味はないが。

「アンタが無心に来た後、また機嫌悪くなって大変だったんだぜ?
 いままで散々男爵家で良い生活してきたくせにって」

 捨てられて当然だと罵詈雑言を吐いていたらしい。
 それを聞いても今さら胸が痛むことはなかった。あの人はそういう人だから。

「……俺も、そう思った。
 それまで不自由ない暮らしを送ってたくせに、それが自分のミスで無くなったからって俺たちに金の無心にくるなんて冗談じゃない、ふざけるなって」

 感情を削ぎ落したような平坦な声で、ダニエルが告げる。

「せっかく金が入って家の雰囲気が落ち着いてたのに、また元通りになるって思ったらアンタのことが憎らしくて仕方なかった。
 ――アンタなんていなければ良かったのにって」

 そう言いながら、今俺に向ける視線には当時のような刺々しさは無い。
 睨みつけるような視線に燻る怒りは俺に向いているわけではなかった。

 しばし見つめ合った後、ダニエルが口を開く。

「……なんで怒らないんだよ」

「……怒れないよ」

 あの子、ミシェルの言う通り、ダニエルがずっと怖くて不安で助けてほしかったと思ってたのなら。
 側にいられなかったことを申し訳ないと思う。

「ごめんね、ずっと任せきりにしてしまって」

「……!」


 俺がいなくなった後父親からの当たりが強くなる中、自分や妹たちを守ろうと必死だったのだろう。
 暴言やころころ変わる父親の態度に戸惑い恐れながら。

 ダニエル一人に任せてしまったことを申し訳く感じる。
 ああ、それも少し違うかもしれない。
 感情を整理できず、未だ怒りしか吐き出せていないダニエルへ別の言葉を口に乗せる。

「泣かせてあげられなくて、ごめん」

 伸ばした手を頭に乗せる。
 頼る人のいないあの家で気を張って生きてきた彼らを思うと心苦しい。
 泣くこともできない弟の髪を撫で、ごめんと謝るとダニエルの顔がくしゃりと歪んだ。


「ホントはっ、兄さんが悪くないのなんてわかってるんだ。
 勝手に結婚相手を決められて家を出るときも、文句の一つも言わなかったけどっ、泣いたミシェルたちにしがみつかれて困った顔をしてて……っ。
 兄さんがそんな顔をしてるときは泣きたいときだって、俺知ってたのにっ!」

 ダニエルの言葉に思い出す。
 行っちゃヤダと泣きじゃくるミシェルとリリーナに腕や足を掴まれて困ったこと。
 口を開けば自分も泣いてしまいそうで、ただ二人の頭を撫でるしかできなかったことを。

「いなくなってからますます家の環境が荒れて、そんな時にお茶会で兄さんの姿を見て大事にされてるんだって思ったら自分たちは苦労してるのにって苛立った」

 ダニエルの言葉に疑問を覚える。
 俺が参加したお茶会に実家から人が来てたことはなかったと思うけれど。
 何の機会かに遠目に見ていたことがあるらしい。

「俺たちがいなくてももういいんだって、綺麗な服をきて美味しい物を食べて幸せに暮らしてるんだって思って」

「うん」

 その通りだ。男爵家での日々の生活は安定していて、新しい商談の度に飾られていた調度品が減ったり、ソルブ粉のクレープが食卓に上る頻度が増える生活のように不安を覚えることもなかった。


「だから兄さんの婚約が解消されて家に来たときも……っ。
 俺、ちっとも兄さんのこと考えてなかった。
 あと一年の学費を出してほしいっていう兄さんのこと、せっかく借金も返し終えたのに、また元の生活に戻そうとしてるんだって」

 憎らしかったと苦しさを吐き出すように一気に言葉を吐き切るダニエル。

「ごめんっ、ごめんなさい……っ」

 後はもう言葉にならないように顔を押し付けて泣きじゃくるダニエルに謝らなくていいと告げ頭を撫でる。
 幼い頃こうして一番俺にしがみついてきて泣いていたのはダニエルだったことを思い出す。
 父親に怒られた時、いたずらをして母親に叱られた時、妹との口ゲンカで負けた時。
 ひとしきり泣いた後にはけろっとして笑うダニエルの強さが俺は羨ましかった。

「俺こそごめん。
 男爵家にいる間、何もできなくて」

 せめて人伝に話を聞いたり、手紙を送るくらいはできただろう。
 噂程度に子爵が失敗した話は入ってきていたのだから。

「手紙だって、何度だって送ればよかったんだ。
 返事が返ってこなくたって、書くことなんていくらでもあったんだから」

 男爵家に来た最初の頃は、何度か手紙を書いて送った。
 けれど返事が来ることはなく、新しい日々に慣れる中、いつしか送ることを止めていた。
 たとえ返って来なくても、送り続ければ良かったんだ。
 日々の出来事でもなんでも。
 そう今さらな後悔を口にするが、返ってきた反応に首を傾げることになる。

「……手紙って?」

 押し付けていた顔を上げたダニエルが問いかける。
 泣き濡れた瞳が訝しげに俺を見つめていた。

「え? 男爵家で暮らし始めた頃は何度か書いたんだけど。
 返事は来なかったけど、きっと新しい生活に慣れなければならない俺に気遣って返さなかったものだと」

「俺たち、手紙なんて知らない」

 少し見開いた目が、驚きを処理しきれていないダニエルの感情を伝えている。

「ああ……、そっか。
 俺の手紙、届いてなかったのか」

 乾いた声が落ちる。
 どちらかはわからない。
 俺を疎んでいた子爵が捨てた可能性もあるし、実家との縁が疎遠な方が良いと思っていた男爵が出さずに処分したのかもしれない。

 凪いだ気持ちで納得を口にする。
 しかしダニエルはすんなりと腹に落ちた俺とは違ったようだ。
 不思議そうに俺を見つめていた顔が激高に変わる。

「あのクソ親父!」

 怒る弟の背をぽんぽんと叩いて宥める。
 もう今さら怒ってもしかたない。
 片方は牢の中で問い質すこともできないし。

「んー、もう終わったことだよ」

「なんで兄さんはそんなに落ち着いてるんだよ!」

 怒れよと怒鳴られて笑ってしまう。
 笑った俺にダニエルはさらに怒っていたけれど、しまいにはダニエルも一緒になって笑い、そして泣いていた。
 なんなんだよと泣き笑いの顔を浮かべ父親の文句をつらつらと口にする。
 クズ親父と言った時には思わず同意しそうになってしまった。
 それは先ほどまでの激情を伴ったものではなく、自分の感情を多少なりとも理解し言葉にするもの。
 その一つ一つを聞きながら思う。
 俺よりも長い間父親に振り回されてきたダニエルが、ようやく父親から解放されたのだと実感できる日が早く来ればいいと。
 もう怒声に怯えたり、父親の機嫌を窺う必要なんてない。
 悪意のある言葉を聞かされることも、それに反発する自身の心を抑えて苦しむことも。
 これまで聞けなかった分まで全て聞くようにダニエルの肩を撫でながら耳を傾けた。


 しばらくすると落ち着いて恥ずかしくなってきたのかダニエルがぶっきらぼうに謝ってきた。

「こんなところまで来てもらって悪かった。
 これまでのことも全部、ごめん……」

 身勝手な悪意なのはわかってたのにと謝罪を述べる弟に首を振る。
 感情をぶつける矛先が俺しかいなかったんだとわかっている、今は。

「うん、悲しかった」

「……!」

 それでも悲しかったと告げる。
 大切に思っていたのは俺だけで、ずっと疎まれていたと思ったときには絶望を覚えた。
 悲しかったと聞かされ罪悪感に表情を歪めるダニエルに笑みを零す。
 わざわざ告げたのは意地悪じゃない。

「だからもうああいうことは言わないでくれ。
 言いたいことや伝えづらい感情があったらちゃんと言葉にして?
 俺も、ミシェルやリリーナも聞くから」

 感情をただ相手にぶつけ、悪意を振り撒くよりも。その方がずっといい。
 俺だって、子爵家を追い返されたあの時に浮かぶ感情そのままに怒鳴り散らして悪意をぶつけていたら、今のように彼らと会うことはできなかっただろう。
 きっと気まずさを感じたし、子爵家の聴取の時にも私情を挟んでしまったかもしれない。
 そうしたら周囲の信頼は得られなかった可能性もある。

「妹にそんなこと言えるかよ」

 強がりを口にするダニエルに笑みを返す。

「年下だと思っていても、いつの間にか成長しているものだよ?
 リリーナなんか同じ年頃の子よりも大人っぽいんじゃないかな」

「……リリーナは、兄さんによく似てる。
 きっと、もう少し年が上がれば兄さんみたいにアイツの嫉妬の対象になったと思う」

 家でもほとんど話をせず大人しかったというリリーナ。
 子爵家を出て、施設に入ってからの方が明るい顔になり言動も活発になっているらしい。
 確かに今日会ったときも嬉しそうに駆け寄ってきたりと子爵家で会ったときとは違う反応だった。

「そっか、今日の方が素のリリーナなのかな」

 そうかもなと返すダニエルもすっきりした顔をしている。
 立ち上がると一緒に妹たちのところまで行くという。
 今の顔を見ればダニエルをかなり心配していたミシェルもほっとするだろう。

「時間を取らせて悪かった」

「いくらでも取るよ、また来るから」

 忙しいだろと遠慮を見せるダニエルに学園入学前の子供が心配するんじゃないと言いかけて止まる。
 不自然に言葉を止めた俺にどうしたんだと視線を向けるダニエルに躊躇いながら口を開く。

「ダニエルは、今年入学予定だっただろう?」

「……ああ」

 ダニエルは本来なら王立学園に今年の春から入学する歳だ。
 子爵家がなくなりそうな今それどころではないし、準備もできていないだろうが。

「学園には通いたい?」

「今はそんなこと考えてられねえよ。
 それに、子爵家がなくなれば俺たちも平民になるだろ」

 平民になれば学園に通う必要もなくなると言う。
 確かに平民の入学は義務ではないが。

「俺も今は平民だし、平民だから通えないってわけではないよ。
 後見人とか学費の問題はあるけれど」

 通いたいなら考えるよと告げると今は考えられないと返ってくる。
 それもそうか。まだ今を受け入れるので精一杯だよな。

「そっか、まあ焦ることもないよ。
 時間はあるし、将来のことはゆっくり考えればいい」

 父親のことも完全な確定ではなく反対が強く上がっていることなど、言えることだけ伝える。
 ダニエルはそれには何も言わない。
 けれど応接室に入る前に、もし父親と会う機会があったらクソ親父と言ってやると一言だけ呟いた。

 応接室へ二人で戻るとダニエルを見て瞳を潤ませたミシェルと嬉しそうに破顔したリリーナが迎えてくれる。
 少しだけ今みんなの置かれている状況やこれからの話をして、席を立つ。
 ミシェルもダニエルと一緒で将来のことまではまだ考えられないようだ。
 リリーナもぴんと来ていない顔をしていたので、考えておいてと告げておく。
 これまでのように親の下で暮らし、親や周囲の決めた道へ進む将来はもう来ない。
 自分たちで行きたい方向を決めて、そこに進む方法を探さなければならない。それは大変なことでもある。
 そう告げると三人とも神妙な顔をして肯いていた。

「じゃあ兄さん、元気で」

「うん、みんなもね。
 ミシェル、リリーナ、ダニエルのことよろしく頼んだよ」

 任せてと請け負うミシェルにわかったと手を挙げるリリーナ。
 逆だろと苦々しげな顔をするダニエルに皆で声を上げて笑う。

 また来るよと告げると、俺たちのことは気にしなくていいと言うので首を振る。

「頼ってほしい。 遠慮はいらないから。
 懸念してるように俺が関わることを良く思わない人がいるのはわかっている。
 ダニエルが俺の立場を心配してくれていることも。
 でも、俺はやっぱりみんなを放っておきたくない。
 会いに来たいし、みんなが自分の道を決めて歩いていく助けになりたいと思っている」

 兄妹でも、この先ずっと一緒ではない。
 だからこそ彼らがその先を歩いていく助けになりたいと思っている。
 そこまで告げるとダニエルは潤ませた目を隠すようにそっぽを向いて「馬鹿じゃねえの」と呟いた。
 ミシェルとリリーナからそんな言い方はないわと文句を言われてバツが悪そうにもごもご謝る。

 昔からミシェルに口では勝てなかったものな。今ではリリーナも加わって分が悪いようだ。
 おもしろそうに見ていると口を尖らせる。

「じゃあ、また来るから。
 その時まで元気で、ちゃんとご飯をしっかり食べるんだよ?」

 冗談めかした声で告げるとダニエルは顔を赤くしてわかってると怒鳴るように返す。
 素直じゃないがわかりやすい弟に幼い頃に戻ったような気分に一瞬だけなった。
 けれど、すぐに違うなと思い返す。
 あの頃とは何もかも違う。
 馬車が見えなくなるまで見送ってくれた彼らへ手を振って空を見上げる。
 窓から見える空は春の兆しを報せるような明るい色をしていた。


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