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卒業後

真摯な願い 2

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 父親はこれからきっと先生を敵視する。
 去り際の父親の形相を思えば、リシアより先生の方が恨まれているかもしれない。
「先生、無茶が過ぎます」
 自分のことを棚に上げて言う。
 はっきりと父親と敵対するなんて、どんな影響があることか。
 先生の家のことはよくわからないけれど、無関係ではいられない。
 父親が無関係だと見なしてくれるとは思わなかった。
「いずれ近いうちに会うはずだったのだから、少し早まっただけだよ」
 気にしなくていいと言う先生に頷きながらも心配は尽きない。
「最近、伯爵がよく訪ねてくるだろう?」
 確かに侯爵家の侍女頭を連れて来たり、それほど日を置かずに顔を見せる。
 よっぽどリシアに弱味を握られているのが嫌らしいと思っていたけれど。
 それと今回のことと、何の関係が?
「君は泣かないから」
「え?」
 囁くような声で言われた言葉が聞き取れなくて、思わず聞き返す。
「何でもないよ」
 笑って言われても今のタイミングでは誤魔化されてる気がしてならない。
「伯爵が私を目の敵にしてくれるなら、それでいいんだ。
 彼が動けば動くほど早く決着が訪れるだろうから」
 大したことじゃないと微笑まれて心が揺れる。
 リシアに心配をかけないように微笑んでいるのか、それとも本当に不安を感じていないのか、よくわからない。
「先生、先生は…」
 それでいいんですか?
 そう聞きたくて、口を閉じる。
 聞いちゃいけない。
 こうなる可能性はわかっていたはず。
 迷惑をかけるかもしれないことも、父親と敵対することも。
 ここまで苛烈なものになるとは予想していなかったけれど、理解していたはずだ。
 だから、気持ちを問うようなことをしてはいけないと心が制止を掛ける。
 そんなリシアの気持ちを知ってか、先生がリシアに手を伸ばす。
 頬に手を添えられて先生を見上げる。
 ひんやりとした滑らかな手なのに、触れられたところから熱が広がっていく。
「リシア、私を見て?」
 先生の瞳をじっと見返す。
 吸い込まれそうな色の瞳は多くの想いを閉じ込めて輝いていた。
「大丈夫だから、そんな泣きそうな顔しないで」
「泣きそうになんて…」
 なってない、と言いかけたくちびるが動きを止める。
 あまりに綺麗に笑う先生に、言葉が出ない。
「うん、ごめん。 少し違うね。
 不安そうな顔をしないで、言いたいことがあるのなら、もっと口に出して?」
 君の気持ちを全部知りたいから、と微笑まれても言葉には出来なかった。
 じわじわと上がってきた熱に何も考えられなくなる。
 わざとやってるわけじゃないだろうけれど、不安は吹き飛んだ。
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