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5.弟の側近になる彼と私

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なんで、どうして、いつから。

驚きすぎて言葉が出てこない。



残された部屋でうろたえてる私とそんな私を優し気に見つめる彼。
頬の熱は全く引く様子をみせない。


「お嬢様」

「は、はいっ!」

大げさに反応してしまう私を笑うことなく彼は穏やかな笑みを浮かべ続けている。

「主人の姉君に懸想するなどあってはいけないこと。
ましてあなたは婚約者がいる身と気持ちを抑えておりましたが、アレックス様が後継者となることが決まり、あなたの婚約も解消となりました。
想いを告げる僥倖に恵まれたことを喜ぶ罪深い男ですが、どうか私の手を取っていただけませんか?」

そう言って差し出された手を、私を希う真摯な瞳を見つめる。
この手で淹れられたお茶を何度も飲んだ。
アレックスの命令だからだけではなく、私が疲れているときは少し甘さを足したミルクティーや、落ち込んだ気分のときは華やいだ香りのお茶を淹れてくれた。
その気づかいに、優しさに、私はずっと癒されていた。

いつしか彼のことを特別に想うほどに。



「アレックスが羨ましかったわ。
あなたの優しさを一番近くで受け取ることができて」

姉として素晴らしい従者に恵まれた弟を喜ぶ気持ちはもちろんあったけれど。
冷たい言葉を吐かれて帰ってきたときなど、温かい気持ちの込められた一杯を淹れてくれる彼のもてなしをいつも受けている弟を羨ましく感じていた。

「さっき次の婚約が、と言われたとき、少し胸が痛かったの。
婚約を解消されて、この家にいる時間が増えることを喜んでいたから」

重荷だった婚約の解消がうれしかっただけじゃなく、家にいる時間が増えることでアレックスや彼との時間が増えることが楽しみだった。

差し出された手に触れる。

「アレックスがあなたをおすすめだなんて言うから思考停止してしまったわ」

「お嬢様……」

「婚約解消から全部都合のいい夢なんじゃないかって。
だって……」

彼の手を両手で包み込む。現実だと確かめたくて。

「婚約してるときは気づかなかった。いいえ、きっと知らないふりをしてたわ。
あなたに惹かれてるって」

彼が目を見開く。

「まさかこの場で良いお返事をいただけるとは。
信じられない……。
断られると思っていました」

「想いを告げただけで満足だったの?」

それは悲しいことだけど、彼の立場なら仕方ないと思っていると彼が首を振った。

「いいえ、断られたら説得するつもりでしたよ。
メルディス様やアレックス様と一緒に領地で暮らすことはきっとあなたの慰めとなると思いましたし、アレックス様の助けになると思えば私との結婚も受け入れやすいのではないかと色々な説得を試みるつもりでした」

「まあ!」

簡単には諦めるつもりなんてなかったと聞かされて心臓が跳ねる。

「通常ならば告げることさえ許されない想いです。
せっかく伝えることを許されたのに、一度断られただけで諦めることなどできません」

情熱的に語られて頬の熱が上がる。
いつも穏やかな顔をしていた彼の一面。
それが向けられているのが自分だということがたまらなくうれしい。

「お嬢様への想いを否定せず、側に置いてくださったアレックス様には感謝しています」

「そうだわ、アレックスに伝えに行かないと」

私の想いも知っていたみたいだから結果も察しているかもしれないけれど。
早く知らせなきゃと部屋を出ようとした私を彼の手が引き止める。
どうしたの、という問いは形にならなかった。


「もう少しだけ、二人でいさせてください。
メアリー・・・・

そんな幸せそうな表情で微笑まれて、愛し気に名前を呼ばれたら、ダメだなんて言えるわけがない。
繋いだ手を持ち上げられキスを落とされる。

『めったなことはしないでよね!』と頭の中のアレックスが叫んだけれど。


「手へのキスはめったなことの範疇には入りませんからね」

そう囁く彼の微笑みに反論が見つからず、私は顔をさらに赤く染めるだけだった。






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