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13-③
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既に空はうっすらと明るくなり始めている。
トーマス公爵と父王が面会していると言う部屋に、ロザリアはジンを伴って入室する。
セインも来ようとずいぶんごねていたけれど、医者に押し付けてきた。
ついでに盛大に破いたドレスを急いで着替えて来た。
髪を結う時間はさすがになかったから、胸元辺りでくるんと巻く茶色の髪は流れるままになっていた。
「グロウ、どうしたの?」
入ったロザリアの第一声は、まずグロウへと向けられた。
本当は父に無事に帰ったことを報告するべきなのだろうが、どうしてもグロウの方の印象が強烈過ぎた。
(顔が、ぼこぼこ…)
いつもは少し垂れ目気味で軟派な印象の目の上が、大きくはれ上がって元の形をとどめていない。
頬も青く変色していて、強く殴打されたような跡がありありと付いていた。
襟元からは爪でひっかいたような細い傷も覗いていて、散々な有様だ。
「そんなに大変だったの?予想よりたくさん敵がいたとか?」
きっとトーマス公爵を捕縛するときに大規模な戦闘があったのだと、ロザリアは解釈した。
しかしグロウは苦笑して、手を顔の前で振り否定をして見せる。
「いえいえ、これはその前にうちの王子にやられたものなので」
「セインがしたの?」
「まさか本気で掴みかかられるとはびっくりでしたよー。暴力なんて慣れてないお坊ちゃんだから余計に予想がつかない動きされちゃって」
「え、なにケンカ?」
「グロウが変に挑発しただけですよ。まったく、セイン様がけがをしたらどうするつもりだったんですか」
アーサーが横から説明してくれるが、いまいち状況が理解できない。
「結局アーサー殿がセイン様に加勢して逃がしちゃって。俺ってばやられ損じゃないですかー」
「ロザリア、お前は何をしに来たんだ」
父の声に振り返ると、責めるような目でこちらを胡乱気に見ている。
どう見ても、今はふざけた会話をしていい場面では無かった。
「ご、ごめんなさい…」
「申し訳ありません」
グロウと共に慌てて謝罪を述べるロザリアを、エリックはじっと見つめてからほっとしたように息を吐く。
「無事で帰ってきてよかった」
「ご心配をおかけしました」
エリックの正面にはトーマス公爵が腰かけていた。
ぱっと見では兄弟が向かい合ってテーブルに腰かけ、会話を躱しているだけだ。
けれどトーマス公爵の両手首には鉄製の拘束具がつけられていて、そこからのびる縄を彼の後ろに立つ騎士がしっかりと持っている。
「なにかトーマスに聞きたいことがあったのだろう。こちらにかけなさい」
「はい、失礼します」
国王である父、トーマスに促され、ロザリアは彼の隣の席に腰かける。
そしてロザリアに頷いて見せた。
聞きたいことがあるなら聞きなさいと言う意味だと解釈して、ロザリアは向かいのトーマス公爵を見据えた。
「どうして、叔父様はこんな事をされたの?」
「----頂点に近い立場に生まれたものが王位を手に入れるために手段を尽くすのは至極当然なことだろう。欲しいものを手に入れるために努力をするのは素晴らしい行いだと、どこの本にも書いているではないか」
予想通りの答えに、ロザリアは肩を落とす。
なにかどうしようもない事情を抱えていたとかならともかく。
この人は、ただ自分の欲を叶える為だけに卑劣な行為を行えるひとなのだ。
「だからってそのために人道に外れたことをして良いとは言えないわ」
「得られるものの大きさが大きさなだけに、仕方ないのですよ」
トーマス公爵がまるでロザリアを憐れむかのような表情で首を横へと降った。
「王女はまだまだ経験が浅いから分からないのです。フローラ王妃と、彼女の腹の中にいた子を排除したことも、国を乗っ取ろうとするニーチェの王子に毒を持ったことも、未来にとって必要な犠牲だったのです」
「っ…な、にそれ…」
隣の父を見てみると、憤ったような怒ったような、何とも言えない顔でトーマス公爵をにらみつけている。
ジンも、ほかに居る護衛の騎士たちも、他国の人間であるグロウとアーサーでさえ同じ顔だ。
もちろんロザリアだってみんなと同じ顔をしているのだろう。
だれもが怒りに震え、何かのきっかけがあればトーマス公爵に掴みかかろうかと言う一歩手前で踏みとどまっている。
それだけフローラ王妃の存在は、ロイテンフェルトにとって大きなものだった。
ロザリアが一生かかったって追いつけないほどに、彼女は求心力に溢れた魅力的な人だった。
自分の母親がこんなにみんなに好かれていることが、子供のころのロザリアにとっての何よりの自慢だった。
「…あなたの企みは失敗した。もう王位を取れる可能性も一切なければ、牢から出られる日さえ来ないことを自覚してください」
「っ…まだだ」
トーマス公爵の目は、いまだ野望にくらんでいた。
気おされそうなほどに強烈な欲望がひしひしと伝わってくる。
でもロザリアはもうそんな野望には負けない。
目の前の人間の力強い目以上に、強い意志を持ち、彼を見据えた。
「叔父様は血統を過信しすぎているわ。王を決めるのは血ではなく、国の民なのに」
「はっ、これだから頭の足らない王女は」
たぶんきっと通じないだろうなと思ったけれど。
やはり馬鹿にしたように鼻で笑われてしまった。
この人にロザリアの考えは絶対に伝わらないと、トーマス公爵と話して確信した。
(駄目ね。天地がひっくり返りでもしない限り、絶対に己の考えと己の道を信じこみ続けるんだわ)
その考えが正しいものならともかく、あきらかに間違っている。
だから。ロザリアは背筋を伸ばして、視線をまっすぐ外さずに堂々と言葉にする。
「あなたがしたことは一生許せない。たぶんずっと恨み続けるわ。私は叔父様のことが大嫌いだから、絶対にあなたに王位を渡す日なんて来ない。だって私が…私とセインが…王座に立つのだから」
「こっの…!調子に乗るな…!」
「トーマス!」
逆行して立ち上がったトーマス公爵に、エリックの厳しい声が飛ぶ。
びくりと後ずさったロザリアだけど、憎悪を向けてくる視線から目をそらすことはしなかった。
背後に控えていた騎士が手かせからつながる縄を引き、トーマス公爵を元の位置まで戻す。
「言いたいことはおしまい」
言葉通り、ロザリアは言いたいことは言い切った。
母とセインにしたことを絶対に許せないこと。
大嫌いだと、宣言してやったこと。
それだけでもういい。これでお終いにしてしまいたかった。
どうせ何時間話し合おうと、何日説得しようと、この人の考えを変えて見せることなんてロザリアには出来ない気がする。
もし出来るとすれば、それは同じ母から生まれ同じ環境で肩を並べて育った父の役割だ。
ロザリアは立ち上がると一歩身を引き、ドレスの裾を摘まんで父へ向かって頭を下げる。
「お話し中にお邪魔して申し訳ありませんでした」
「気が済んだか?」
「えぇ。もう二度と会わないわ、さようならトーマス叔父様」
最後の台詞はトーマスへ向けたもの。
報告残っていると言うジンとグロウ、アーサーを残して、ロザリアは部屋を退室した。
廊下へ出ると、なんとミシャが待っていた。
どこからかロザリアが帰ったことを聞きつけて待ち構えていたらしい彼女は、目に大粒の涙をためながらロザリアを勢いよく抱きしめる。
「私がロザリア様の傍を離れてしまったから…申し訳ありません」
「何言ってるの。ミシャには何の責任もないわ。それより…」
「それより?」
少し体を離したロザリアは、眉を下げながらお腹に手を当てる。
「お腹すいた。昨日のお昼から何も食べてないもの」
「あら」
ミシャは口元に手をあてて笑いを押し殺して、すぐにご用意しますね。と優しく言ってくれた。
トーマス公爵と父王が面会していると言う部屋に、ロザリアはジンを伴って入室する。
セインも来ようとずいぶんごねていたけれど、医者に押し付けてきた。
ついでに盛大に破いたドレスを急いで着替えて来た。
髪を結う時間はさすがになかったから、胸元辺りでくるんと巻く茶色の髪は流れるままになっていた。
「グロウ、どうしたの?」
入ったロザリアの第一声は、まずグロウへと向けられた。
本当は父に無事に帰ったことを報告するべきなのだろうが、どうしてもグロウの方の印象が強烈過ぎた。
(顔が、ぼこぼこ…)
いつもは少し垂れ目気味で軟派な印象の目の上が、大きくはれ上がって元の形をとどめていない。
頬も青く変色していて、強く殴打されたような跡がありありと付いていた。
襟元からは爪でひっかいたような細い傷も覗いていて、散々な有様だ。
「そんなに大変だったの?予想よりたくさん敵がいたとか?」
きっとトーマス公爵を捕縛するときに大規模な戦闘があったのだと、ロザリアは解釈した。
しかしグロウは苦笑して、手を顔の前で振り否定をして見せる。
「いえいえ、これはその前にうちの王子にやられたものなので」
「セインがしたの?」
「まさか本気で掴みかかられるとはびっくりでしたよー。暴力なんて慣れてないお坊ちゃんだから余計に予想がつかない動きされちゃって」
「え、なにケンカ?」
「グロウが変に挑発しただけですよ。まったく、セイン様がけがをしたらどうするつもりだったんですか」
アーサーが横から説明してくれるが、いまいち状況が理解できない。
「結局アーサー殿がセイン様に加勢して逃がしちゃって。俺ってばやられ損じゃないですかー」
「ロザリア、お前は何をしに来たんだ」
父の声に振り返ると、責めるような目でこちらを胡乱気に見ている。
どう見ても、今はふざけた会話をしていい場面では無かった。
「ご、ごめんなさい…」
「申し訳ありません」
グロウと共に慌てて謝罪を述べるロザリアを、エリックはじっと見つめてからほっとしたように息を吐く。
「無事で帰ってきてよかった」
「ご心配をおかけしました」
エリックの正面にはトーマス公爵が腰かけていた。
ぱっと見では兄弟が向かい合ってテーブルに腰かけ、会話を躱しているだけだ。
けれどトーマス公爵の両手首には鉄製の拘束具がつけられていて、そこからのびる縄を彼の後ろに立つ騎士がしっかりと持っている。
「なにかトーマスに聞きたいことがあったのだろう。こちらにかけなさい」
「はい、失礼します」
国王である父、トーマスに促され、ロザリアは彼の隣の席に腰かける。
そしてロザリアに頷いて見せた。
聞きたいことがあるなら聞きなさいと言う意味だと解釈して、ロザリアは向かいのトーマス公爵を見据えた。
「どうして、叔父様はこんな事をされたの?」
「----頂点に近い立場に生まれたものが王位を手に入れるために手段を尽くすのは至極当然なことだろう。欲しいものを手に入れるために努力をするのは素晴らしい行いだと、どこの本にも書いているではないか」
予想通りの答えに、ロザリアは肩を落とす。
なにかどうしようもない事情を抱えていたとかならともかく。
この人は、ただ自分の欲を叶える為だけに卑劣な行為を行えるひとなのだ。
「だからってそのために人道に外れたことをして良いとは言えないわ」
「得られるものの大きさが大きさなだけに、仕方ないのですよ」
トーマス公爵がまるでロザリアを憐れむかのような表情で首を横へと降った。
「王女はまだまだ経験が浅いから分からないのです。フローラ王妃と、彼女の腹の中にいた子を排除したことも、国を乗っ取ろうとするニーチェの王子に毒を持ったことも、未来にとって必要な犠牲だったのです」
「っ…な、にそれ…」
隣の父を見てみると、憤ったような怒ったような、何とも言えない顔でトーマス公爵をにらみつけている。
ジンも、ほかに居る護衛の騎士たちも、他国の人間であるグロウとアーサーでさえ同じ顔だ。
もちろんロザリアだってみんなと同じ顔をしているのだろう。
だれもが怒りに震え、何かのきっかけがあればトーマス公爵に掴みかかろうかと言う一歩手前で踏みとどまっている。
それだけフローラ王妃の存在は、ロイテンフェルトにとって大きなものだった。
ロザリアが一生かかったって追いつけないほどに、彼女は求心力に溢れた魅力的な人だった。
自分の母親がこんなにみんなに好かれていることが、子供のころのロザリアにとっての何よりの自慢だった。
「…あなたの企みは失敗した。もう王位を取れる可能性も一切なければ、牢から出られる日さえ来ないことを自覚してください」
「っ…まだだ」
トーマス公爵の目は、いまだ野望にくらんでいた。
気おされそうなほどに強烈な欲望がひしひしと伝わってくる。
でもロザリアはもうそんな野望には負けない。
目の前の人間の力強い目以上に、強い意志を持ち、彼を見据えた。
「叔父様は血統を過信しすぎているわ。王を決めるのは血ではなく、国の民なのに」
「はっ、これだから頭の足らない王女は」
たぶんきっと通じないだろうなと思ったけれど。
やはり馬鹿にしたように鼻で笑われてしまった。
この人にロザリアの考えは絶対に伝わらないと、トーマス公爵と話して確信した。
(駄目ね。天地がひっくり返りでもしない限り、絶対に己の考えと己の道を信じこみ続けるんだわ)
その考えが正しいものならともかく、あきらかに間違っている。
だから。ロザリアは背筋を伸ばして、視線をまっすぐ外さずに堂々と言葉にする。
「あなたがしたことは一生許せない。たぶんずっと恨み続けるわ。私は叔父様のことが大嫌いだから、絶対にあなたに王位を渡す日なんて来ない。だって私が…私とセインが…王座に立つのだから」
「こっの…!調子に乗るな…!」
「トーマス!」
逆行して立ち上がったトーマス公爵に、エリックの厳しい声が飛ぶ。
びくりと後ずさったロザリアだけど、憎悪を向けてくる視線から目をそらすことはしなかった。
背後に控えていた騎士が手かせからつながる縄を引き、トーマス公爵を元の位置まで戻す。
「言いたいことはおしまい」
言葉通り、ロザリアは言いたいことは言い切った。
母とセインにしたことを絶対に許せないこと。
大嫌いだと、宣言してやったこと。
それだけでもういい。これでお終いにしてしまいたかった。
どうせ何時間話し合おうと、何日説得しようと、この人の考えを変えて見せることなんてロザリアには出来ない気がする。
もし出来るとすれば、それは同じ母から生まれ同じ環境で肩を並べて育った父の役割だ。
ロザリアは立ち上がると一歩身を引き、ドレスの裾を摘まんで父へ向かって頭を下げる。
「お話し中にお邪魔して申し訳ありませんでした」
「気が済んだか?」
「えぇ。もう二度と会わないわ、さようならトーマス叔父様」
最後の台詞はトーマスへ向けたもの。
報告残っていると言うジンとグロウ、アーサーを残して、ロザリアは部屋を退室した。
廊下へ出ると、なんとミシャが待っていた。
どこからかロザリアが帰ったことを聞きつけて待ち構えていたらしい彼女は、目に大粒の涙をためながらロザリアを勢いよく抱きしめる。
「私がロザリア様の傍を離れてしまったから…申し訳ありません」
「何言ってるの。ミシャには何の責任もないわ。それより…」
「それより?」
少し体を離したロザリアは、眉を下げながらお腹に手を当てる。
「お腹すいた。昨日のお昼から何も食べてないもの」
「あら」
ミシャは口元に手をあてて笑いを押し殺して、すぐにご用意しますね。と優しく言ってくれた。
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