リフェルトの花に誓う

おきょう

文字の大きさ
上 下
2 / 39

2-①

しおりを挟む



「ロザリア、お前の婚約が決まったよ」

 父でありこのロイテンフェルト国の王エリックがそう言ったのは、一人娘の王女ロザリアが呑気にシフォンケーキを頬張って幸せ気分にひたっているときだった。

「ふほぉっ!?」

 植えられた木々の葉の隙間から、ほどよく陽の指すガーデンテーブルの上。

 並べられた色とりどりのスイーツにご機嫌だったロザリアは、父に嵌められたことに気付いて顔を上げる。
 ちょうど口の中に食べ物をいれてしまったばかりのタイミング。
 そのせいで、とっさに反論が出来ない。
 もごもごと一生懸命に口を動かしながら、開いた手を前に突き出して『ちょっと待って』と身振りした。


 そのあと急いで租借そしゃくし飲み込んだあと。
 眦をつりあげ、目の前の父をキッと睨む。


「もう! お父様がこんなに明るい時間から一緒にお茶会をしようなんて、変だと思ったのよ。普段は遅くまで政務にいそしんでいるのに、今日に限って呼ぶのだもの」

 母がいなくなって、はやくももう五年が経っている。
 今はもうたった二人きりになってしまった家族で過ごせる、久しぶりの時間を楽しみにやって来た。
 そうしたらこれなのだ。
 ロザリアはあからさまに機嫌を悪くし、頬をふくらませる。
 そんな歳よりずっと幼い仕草をする娘に、エリックは苦笑するだけだ。

「ロザリアは美味しいお菓子で釣りでもしないと、捕まらないからな」
「う……だって、わざわざお父様から呼び出しを受けるときは、決まってお説教なんだもの。逃げたくもなるじゃない。でも珍しいお菓子がたくさんあるって言われると……ほら、ねぇ?」

 おかしいと思ってはいた。
 でもお菓子の誘惑には勝てなかった。
 甘言に釣られてあっさり釣られてほいほい出てきた娘に、エリックは首をすくめる。

「説教をうけるようなことばかりしている方が悪い」
「してないわ」
「ほう? ならば昨日と今日は何をしていた? 壺を割ったのか、それとも誰かの仕事の足でも引っ張っていたのか……」
「してないってば! 全然してない!」
「本当に?」
「えぇ、えぇ。それはもう、とっても真面目にお勉強をして過ごしていたわ」

 言いながらも、ロザリアは気まずげに視線をそらす。
 誤魔化すように、切り分けられたチーズケーキを一切れつまんでジャムをのせ、口に放り投げる。
 フォークもナイフも使わず素手から口に入れるなんて、一国の王女としてどころか女としてあるまじき不作法。
 ここに侍女長などがいれば絶対にお説教が飛んできただろう。
 これについてだけは父が人払いしてくれていることに感謝しつつ、ロザリアは今度は果物の山からベリーを一つ摘まみ口に運んだ。

「でも最近みんなが特に口うるさいと思っていたけれど。全部その婚約話のせいだったのね」

 アメジストを思わせる紫の瞳を軽く伏せて肩をすくめると、胸元あたりでくるんとひと巻きした茶色の髪が揺れた。
 小柄で愛らしい見目とはきはきとした口調に、生来持つ明るく素直な性格も合わさり、幸いなことにロザリアが少々マナー違反な行為をしてもがさつという印象は受けない。
 かろうじで成人の十六歳に届いていないこともあり、大抵の大人は可愛いものだと苦笑して許してくれる。

(それでも場所くらい弁えて行動しているわ。怒られるほどひどい有様じゃないと思うのだけど)

 行事ごとや客人の前などではきちんと王女様らしくふるまっている。
 時と場合を考えて、お淑やかにしなければならない場面ではちゃんと大人しくしているのだ。
 なのに近頃の侍女や教師たちは、ロザリアに普段からの淑女としての嗜みをきつく求めてきていて、息苦しかった。

(馬もだめ、剣もだめ、お忍びで城下に降りるのもだめ。いつだって綺麗に着飾り、淑女らしく淑やかに! だものねぇ。今まで許してくれていたのに、急にどうしたのかと思っていたけれど、つまり花嫁修業の一環だったってことか)

 やっと近ごろロザリアを悩ませていた謎が解けた。
 きっとロザリアの知らないところで、話しが広まっていたのだろう。
 息をついてベリーの果汁のついた指を赤い舌で舐めて、エリックへと目を向ける。

 お腹もひと心地ついたので、本題にはいることにした。


「それで? 一体どこの何方どなたが将来のうちの王様になるのかしら」

 ロイテンフェルトの王家直系は、現在父のエリックと娘のロザリアの二人だけ。
 跡継ぎとして女王となるロザリアと結婚するということは、相手は王家に婿養子に来るということだ。

「驚いたな。もう少し嫌がると思ったのだが」
「だって皆して「そろそろ王女も年頃ですねぇ」なんてこれ見よがしに言って来るのよ。婚約者の一人や二人、予想はしていたわ」

 ふつうの王族なら何人もの妾を持ち、可能な限りたくさんの子供をと望まれるのが当たり前。
 王家の血には、それだけの影響力と価値がある。
 だから現在の直系の子供がロザリア一人だけだと言うのは異常な状況でもあって、未来をうれう大臣達の長年の悩みの種になっている。

 母が亡きあと、父は一切の後妻も迎え入れることはなかった。
 王であり、子を多く残すのが責務の彼がそれを貫くのがどれほどに大変なことか。
 それを全部ではないものの理解しているからこそ、ロザリアはいずれ女王となることへの不満はもっていない。
 自分は政略結婚なのだと、理解も納得もしている。
 

 十六歳の成人も目の前に迫った今、結婚の話が出てくるのは当然の流れなのだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。 平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり…… 恋愛、家族愛、友情、部活に進路…… 緩やかでほんのり甘い青春模様。 *関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…) ★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。 *関連作品 『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)  上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。 (以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

絵里奈の独白

京衛武百十
恋愛
男性が苦手でこれまで女性としか付き合ったことのないOL絵里奈の前に、一人の男性が現れた。彼の名前は山下達(やましたいたる)。最初はどうせ男性なんてみんな一緒とあまり意識しないで見ていた絵里奈の目にも、彼は他の男性とは違って見えた。だから男性として意識せずに話はできたけれど、決して好きになることなんてないと思っていた。それなのに……。

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

私の事が大嫌いだったはずの旦那様が記憶喪失になってから、私を溺愛するようになったのですがこれは本当に現実ですか!?

hayama_25
恋愛
私のことが大嫌いだった旦那様は記憶喪失になってから私のことが好きすぎて仕方がないらしい。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...