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2-①
しおりを挟む「ロザリア、お前の婚約が決まったよ」
父でありこのロイテンフェルト国の王エリックがそう言ったのは、一人娘の王女ロザリアが呑気にシフォンケーキを頬張って幸せ気分にひたっているときだった。
「ふほぉっ!?」
植えられた木々の葉の隙間から、ほどよく陽の指すガーデンテーブルの上。
並べられた色とりどりのスイーツにご機嫌だったロザリアは、父に嵌められたことに気付いて顔を上げる。
ちょうど口の中に食べ物をいれてしまったばかりのタイミング。
そのせいで、とっさに反論が出来ない。
もごもごと一生懸命に口を動かしながら、開いた手を前に突き出して『ちょっと待って』と身振りした。
そのあと急いで租借し飲み込んだあと。
眦をつりあげ、目の前の父をキッと睨む。
「もう! お父様がこんなに明るい時間から一緒にお茶会をしようなんて、変だと思ったのよ。普段は遅くまで政務にいそしんでいるのに、今日に限って呼ぶのだもの」
母がいなくなって、はやくももう五年が経っている。
今はもうたった二人きりになってしまった家族で過ごせる、久しぶりの時間を楽しみにやって来た。
そうしたらこれなのだ。
ロザリアはあからさまに機嫌を悪くし、頬をふくらませる。
そんな歳よりずっと幼い仕草をする娘に、エリックは苦笑するだけだ。
「ロザリアは美味しいお菓子で釣りでもしないと、捕まらないからな」
「う……だって、わざわざお父様から呼び出しを受けるときは、決まってお説教なんだもの。逃げたくもなるじゃない。でも珍しいお菓子がたくさんあるって言われると……ほら、ねぇ?」
おかしいと思ってはいた。
でもお菓子の誘惑には勝てなかった。
甘言に釣られてあっさり釣られてほいほい出てきた娘に、エリックは首をすくめる。
「説教をうけるようなことばかりしている方が悪い」
「してないわ」
「ほう? ならば昨日と今日は何をしていた? 壺を割ったのか、それとも誰かの仕事の足でも引っ張っていたのか……」
「してないってば! 全然してない!」
「本当に?」
「えぇ、えぇ。それはもう、とっても真面目にお勉強をして過ごしていたわ」
言いながらも、ロザリアは気まずげに視線をそらす。
誤魔化すように、切り分けられたチーズケーキを一切れつまんでジャムをのせ、口に放り投げる。
フォークもナイフも使わず素手から口に入れるなんて、一国の王女としてどころか女としてあるまじき不作法。
ここに侍女長などがいれば絶対にお説教が飛んできただろう。
これについてだけは父が人払いしてくれていることに感謝しつつ、ロザリアは今度は果物の山からベリーを一つ摘まみ口に運んだ。
「でも最近みんなが特に口うるさいと思っていたけれど。全部その婚約話のせいだったのね」
アメジストを思わせる紫の瞳を軽く伏せて肩をすくめると、胸元あたりでくるんとひと巻きした茶色の髪が揺れた。
小柄で愛らしい見目とはきはきとした口調に、生来持つ明るく素直な性格も合わさり、幸いなことにロザリアが少々マナー違反な行為をしてもがさつという印象は受けない。
かろうじで成人の十六歳に届いていないこともあり、大抵の大人は可愛いものだと苦笑して許してくれる。
(それでも場所くらい弁えて行動しているわ。怒られるほどひどい有様じゃないと思うのだけど)
行事ごとや客人の前などではきちんと王女様らしくふるまっている。
時と場合を考えて、お淑やかにしなければならない場面ではちゃんと大人しくしているのだ。
なのに近頃の侍女や教師たちは、ロザリアに普段からの淑女としての嗜みをきつく求めてきていて、息苦しかった。
(馬もだめ、剣もだめ、お忍びで城下に降りるのもだめ。いつだって綺麗に着飾り、淑女らしく淑やかに! だものねぇ。今まで許してくれていたのに、急にどうしたのかと思っていたけれど、つまり花嫁修業の一環だったってことか)
やっと近ごろロザリアを悩ませていた謎が解けた。
きっとロザリアの知らないところで、話しが広まっていたのだろう。
息をついてベリーの果汁のついた指を赤い舌で舐めて、エリックへと目を向ける。
お腹もひと心地ついたので、本題にはいることにした。
「それで? 一体どこの何方が将来のうちの王様になるのかしら」
ロイテンフェルトの王家直系は、現在父のエリックと娘のロザリアの二人だけ。
跡継ぎとして女王となるロザリアと結婚するということは、相手は王家に婿養子に来るということだ。
「驚いたな。もう少し嫌がると思ったのだが」
「だって皆して「そろそろ王女も年頃ですねぇ」なんてこれ見よがしに言って来るのよ。婚約者の一人や二人、予想はしていたわ」
ふつうの王族なら何人もの妾を持ち、可能な限りたくさんの子供をと望まれるのが当たり前。
王家の血には、それだけの影響力と価値がある。
だから現在の直系の子供がロザリア一人だけだと言うのは異常な状況でもあって、未来を愁う大臣達の長年の悩みの種になっている。
母が亡きあと、父は一切の後妻も迎え入れることはなかった。
王であり、子を多く残すのが責務の彼がそれを貫くのがどれほどに大変なことか。
それを全部ではないものの理解しているからこそ、ロザリアはいずれ女王となることへの不満はもっていない。
自分は政略結婚なのだと、理解も納得もしている。
十六歳の成人も目の前に迫った今、結婚の話が出てくるのは当然の流れなのだ。
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