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 手にシャンパングラスを掲げ、皆で新しい年明けを祝う。

「乾杯!」
「かんぱーい!」
「新年おめでとう!」
「今年もよろしくたのむよ」

 皆が雑談を始めたタイミングで、楽団が音楽を鳴らす。
 中央では第二王子と美湖が最初のダンスを始めたようだ。
 
「うーん、檀上は高い位置にあったから見えたけど、ダンスは人に阻まれてちょっと見学できそうにないですねぇ」

 珍しく履いている高いヒールをもっても、巫女と王子のダンスを見物する人たちの壁の高さに負けてしまう。
 美湖の晴れ舞台はもちろんだが、ダンスで軽やかに翻るドレスを見たかった、とエリーは眉を下げた。
 そこに、ディノスが手を差し伸べて来る。

「この曲が終わったら、俺たちも行くぞ」
「へ?」
 
 髪を切っている上に、前髪は整髪剤で上げているので、いつも以上にはっきりと彼が苛立っている表情が分かった。
 出された手と、ディノスの怖いと顔を見比べて、エリーは戸惑う。

「私、ダンスなんて踊れないんですけど」
「適当に合わせろ。一曲くらい踊っておくのもこういう場でのマナーだ」
「そ、そういわれても……!」

 戸惑うエリーにも構わず、ディノスは強引に手を取り引っ張っていく。
 そのまま彼は物怖じなんて一切せず、貴族ばかりひしめく広間中央のダンスをしている人々の中へと、連れられてしまった。
 次いで、くるっと向きを変えられたかと思えば、腰に手を周らされて向かい合っていた。
 ぐっと腰を引かれたことに気付いた時には、もう息も届くほどのまじかに彼の胸元がある。

(っ……おおぅ)

 男の人に腰を抱かれる感覚に、エリーはつい赤くなってしまう。
 そんなに痩せぎすな体型でもないはずなのに、片手だけで腰周辺のかなりの範囲を包まれているのだ。
 大人の男の人の手はこんなに大きいものだったのかと知らされてしまう。
 そしてその手のひらが触れた部分から、じわじわお腹の内側にまで伝わって来る体温が、なんだかすごく恥ずかしかった。

「あ、エリーさん」

 軽やかにおどる美湖が、エリーを見つけて声をかけてくれる。
 しかし何か返すまえに、ステップに流れて離れていってしまった。

「ほら、ぼうっと突っ立っていると邪魔にしかならない」
「は、はい」

 とにかく必死に、ディノスの動きに合わせてエリーも足を動かす。

「わ、わ、わ、」
「同じステップの繰り返しだ。慌ててないで覚えろ」
「えー? あ、右、左、右、右?」

 言われて気をつけてみると、確かにみんな同じタイミングで同じステップを繰り返しているだけだった。
 彼らを必死に観察しながら、エリーもどうにか合わせようとする。
 何度かディノスの足を踏んづけてしまったり、転びそうになってその直前に力づくで引っ張り上げて貰ったりしたけれど、二曲目に入る頃には何とか周りに合せることが出来るようになっていた。

(優雅……かは分からないけど、結構いけてる気がする)

 エリーはほっと息を吐く。
 リズムに慣れて、足のステップも音楽に乗れてくるようになると、そこそこ楽しくなってくるもの。
 エリーは普通に楽しくダンスを続けた…が。

(……あ)

 隣で踊っていた二人組が迫ってきて、よける為にディノスがぐっとエリーの腰を引いて数歩ずれる。
 拍子に、今までよりずっとお互いの体が密着してしまう。
 突き放すのも意識しているようでおかしいかと、踊り続けるけれど、エリーの顔は真っ赤に染まっていた。

(あぁぁぁ、腰に力いれないで! おっきな手で捕まれてるの、なんか、ほんとに変な感じ!)

 いつもよりずっと近くにあるディノスの体はずいぶん大きい。
 リードして引っ張る力も頼もしく、体を預けてしまってもいいのだと安心できるものだったけれど、完全に預けてしまうのはやっぱりこれも恥ずかしくて耐えられない。
 
(さ、さりげなく、少しずつ距離をとりたいんだけど)

 せめて踊り始めの時位の距離感でと思うのに、どのタイミングで足をずらして行けば変じゃないのか分からない。
 ぐるぐる頭を悩ませながら、それでもエリーは必死に踊っていた。
 なのに、その必死さを馬鹿にするように、真上からふっと吹きだす声が聞こえ、頭のてっぺんに息がかかった。
 
(笑われている!)

 ――――エリーは口をへの字に曲げて、相手を睨み付けた。

「……な、なんですか。人が必死にやってるのにっ」
「いや? まさかここまで男慣れしてないとは面白くてな?」
「っ……くやしい」

 エリーと違い、こういうパーティーにも慣れている感じのディノスは、全部が堂に入っている。

(くやしい……)

 ―――悔しくて悔しくて、……追い越してやりたいと、思った。

 だってこの人は、何もかも自分より上にいる人だ。
 
(初めてのドレスづくり、ほんとに大変だったけど、楽しかったし。もっと、もっとって、もうこんなの、追い越すくらい凄いの、作ってやりたくなる)

 本当に、腹が立つくらいに綺麗なドレスが、動く度に目の端で揺れる。ふわり、翻る。
 凄く綺麗で、心臓がどきどきする。
 そう、これはドレスの素晴らしさにどきどきしているのだ。

(うん、こんなの、作れるようになりたい)

 実際に着てみて、着心地の良さに脱帽した。
 こんなの、今の自分じゃ絶対作れない。
 悔しくて、やる気を刺激された。
 目標が、出来た。

「ディノス様」
「何だ」
 
 きりっと顔を上げたエリーは、思いつくままに宣言してやる。
  
「今にみててください! 私、絶対に貴方を越える針子になってみせますから!」

 それを聞いたディノスは、虚を突かれたようにわずかに目を見張ったあと。
 珍しく―――エリーが知る限り、初めて口の端を上げて笑った。

「面白い」
「っ……!」

 初めて見た、その顔に、不覚にもエリーの心臓が飛び跳ねてしまうのだった。





 ーーそうして、婚約破棄されたやさぐれた気持ちと勢いだけで就職したエリーは、本気でドレスを作る職人として上に行きたいと思うようになった。


 何年も、何年も何年も努力を重ね、様々なことを学び育った彼女は、やがてそのたぐいまれなるデザイン力と、努力と苦労で身に着けた技術力を武器に、世界でももっとも素晴らしいドレスを作る針子として名を知られるようになるのだった。



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