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 いい加減に、切り上げないといけない初恋。

 分かっていてもうじうじして、全く動くこともしなければ、かといってきっぱり諦めることも出来ない不安定な状態だった。

(でも、美湖様のドレスを完成させて、自信が貰えた)

 挫折を経てのドレスの完成は、自分が一回り大きくなったようにさえ感じる。
 有り難う、可愛いの言葉は、新しく動きだす勇気になった。
 
「木曜日の朝に、この時間に掃き掃除をすることは分かってるのよ」

 何年も前からのジョナサンの習慣。
 彼に婚約破棄されてからは、この時間に家の前に出るのをわざと避けていた。
 でも、今日はこの朝の早い時間に合わせて、エリーは家の前の通りに立つ。
 それとほとんど同時に、ジョナサンの家の扉がゆっくりと開いて、彼が顔をだした。

「エリー?」

 あけるなり目の前に立っていた幼馴染に、ジョナサンは少い驚いた様子だ。
 でもすぐに、笑顔になってくれる。
 
「おはよう。こんな時間に会うなんて珍しいね」
「そ、そうね」

 返事をしながらも、エリーの視線は泳いでいる。
 だいぶ不審な態度だろうし、緊張で口の中がひどく乾いている気もした。
 何気なく挨拶から会話を始めようとしたけれど、緊張しすぎて混乱して、うまい会話の投げ合いは出来なかった。
 それでも決意をして一歩、どうにか歩を進めた。

 そうしてエリーは、震える両手を彼の前に突き付ける。 

「これっ……!」

 出したのは、明け方に出来上がったばかりのコサージュの入った小箱。

「え?」
「出産のお、お祝い。まだしてなかったでしょ。だから……」
「お祝い?」

 ぱちりと、目の前の茶色の目が瞬く。
 
「お祝いは貰ったよ? エリーのとこのおばさんが、家族みんなからってお菓子と、祝儀まで」
「うちからじゃなくて、私から!」

 叫ぶようにいったあと、沈黙の間が空いた。

「…………」
「……………」

 えりーは、心臓が、痛くてたまらなかった。
 
(あぁ、違うの。もっと上手に言いたかったのに、こんな、キツイ言い方で贈るなんて)

 後悔しても、でももう言ってしまったことは取り消せない。
 歯噛みするエリーは、たぶん泣きそうな顔をしてるだろう。

「…………くれるの?」

 落ち着いた静かな声にこくりとただ頷くと、手の中からゆっくりと小箱が持ち上げられる。
 顔を上げたエリーの前で、ジョナサンが優しく目元を緩ませていた。

「っ……」

 エリーの大好きな、癒される笑顔。
 もうエリーのものじゃない人。

 婚約破棄ということがあっても、彼は変わらずエリーに優しい。
 恋はしてくれなかったけれど、それとは少し違う特別な親しみを、エリーにもってくれている。

「エリー、有り難う。開けてもいいかな?」
「ど、どうぞ」

 ジョナサンの手が、リボンをほどき箱の蓋を開いていく。
 どんな反応をされるのかが分からなくて、エリーはぎゅっと汗ばむ手を握り込んだ。

(物が物だけに、さすがのジョナサンにも怒られるかも)

 不安で爆発しそうな心音の中、箱の中身を目にしたジョナサンは、相変わらずの柔らかな声で口を開く。

「これって、テトの花? もしかして年末の『生誕の儀』用の?」
「そう」   

 ――――毎年、一年の最後の日に、その年に生まれた子供達が神殿で祝福をさずけられる神事があるのだ。

 国内各地の神殿ではその地の神官長が執り行うが、この王都では今年は本神殿で、新龍の巫女である美湖がその役目を担うことになっていた。
 ディノスがエリーと同時期に作っていた美湖の正装は、この神事の為のものだ。
 
 その神事に出席する赤ん坊たちは、それぞれが生まれた季節にちなんだ花を身に着けることになっている。
 夏生まれのジョナサンの子の花は、今は生花では手に入らない。
 普通は造花かコサージュ、あとは花柄の衣服などになるのだが、エリーは立体的なコサージュを作った。
 
 エリーの見守る中、じいっと箱の中を見下ろすジョナサン。
 彼が何を思っているのかが不安で、ごくりと唾を飲み込んだエリーは、怯みつつも慌てて言う。

「も、元婚約者の作ったもので生誕の儀を受けるなんて、もちろんおかしいことだわ」
「エリー? 何を言って……」
「だって、え、え、縁起も悪いだろうし、そもそも奥さんが嫌がるでしょう。別に、捨ててくれていいの。私が勝手に渡したかっただけ」

 子どもが生まれた時にする、一番初めのお祝いの行事。
 こだわってこだわって、これからの我が子が幸せな人生を歩めますようにと、両親が思い込めて身に着けさせるものなのだ。
 それを元婚約者の立場のエリーが用意することが良いことだとはもちろんとても思えない。
 そもそも神事まであと半月もないのだから、赤ん坊に身に着けさせる花も、もう用意してしまっていたのかもしれない。
 
(ほんとうに凄く、身勝手な贈り物だよね。――でも……今の私が想いを形にするには、これしかないと思ったの)
 
 物心ついたころからずっと隣にいた大切な人に子供が生まれたお祝いの気持ちを、自分の手で作りたかった。表現したかった。
 エリーはテトの花のコサージュに、ジョナサンの家族が幸せになりますようにとの自分の全部の気持ちをこめた。

(あぁぁぁ、でもジョナサン、黙り込んじゃってる。やっぱり物を考えればよかった。私の勝手すぎる馬鹿な押し付けだった。普通にご祝儀でお金とかの方が、あとくされなくて良かったかな)

 エリーは焦りのあまり、泣きそうになった。
 恥ずかしさと後悔で、身体が震えてくる。

「あの、本当に捨ててくれてもっ」
「まぁ、なんて綺麗なのかしら。有り難う!」

 とつぜん届いた、場の空気を壊す明るい声にエリーは目を丸くした。
 瞬いた視線の先でジョナサンの背中の後ろから、ひょっこりと女性が顔を見せていたのだ。

「え、っと……奥さん?」
「そうよ」

 エリーとジョナサンが話している間に、家から出て来ていたのだろう。
 ジョナサンの背中から回って来て彼の隣に立った彼女は、何のてらいもない笑顔をエリーに向ける。

(う……)

 元婚約者と、今の伴侶が向かい合っている。
 どう考えたって良い関係性じゃない……はず。 

「はじめまして、エリーさん。夫からいつも聞いています」
「はじめまして……」

 彼女がジョナサンの奥さんなのだと認識したエリーは、一歩後ずさってしまった。


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