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 じわじわと、胸の奥からもどかしくも恥ずかしいような嬉しいような気持ちが湧いて溢れて来る。
 自分は出来ないことばかりで、ダメダメな人間だと思いそうになっていたのに。
 有り難うと、言ってもらえる部分もあったのだ。
 
 ふと視線を感じて顔を上げると、目の前のディノスと目と目が合ってしまった。
 いつもの厳しさのない、少し和らいだように見える青い瞳がこちらを真っ直ぐに向いている。

「……お前、そんなことしていたのか」
「余計な事でしたか?」

 修繕の依頼書に書いていないことをしたのだ。
 もちろんどこまでなら自己判断でして良いかを先輩であるシンシアに確認したうえでだが。
 本人に要望されていない部分に勝手に手を入れたのは確かだ。
 余計なお世話をしたかもしれないと、仕事をしながらも少し不安だった。
 眉を下げてディノスの様子を伺っていたエリーに降って来た声は、瞳と同じく、思いのほか柔らかい声色だった。

「余計な事かどうかは、今彼らから貰った言葉で分かるだろう」
「……」

(有り難う、か)

 胸がぽかぽかと温かい。
 つい口元が緩んで、にやけてしまう。
 そんなエリーに気づいたのか、目の前の兵もにっかりと歯を見せて笑った。

「よし! お礼におじちゃんが一杯おごってやろう! おーい! こっちに一杯持ってきてくれ!」
「えぇぇ。私、まだこのあと仕事が」

 顔の前で手を振って断ろうとしたが、男の部下であるらしい人がカウンターから持ってきたジョッキを、ディノスが手を伸ばして勝手に受け取ってしまう。
 そのまま、ドンッとエリーの目の前に置かれてしまった。

「ディノス様?」
「今日はもう仕事は終わりだ。精度が落ちる」

 明るい場にも関わらず、ディノスの目は本気だった。
 それだけエリーが根気をつめ過ぎていたということだろう。

「……はい」

 肩をすくめて大人しく頷いた。

 つぎに大人しく、兵におごってもらった酒を手に取って一口飲む。
 しゅわしゅわとした感覚が口の中で弾けて、喉をするりと通って行った。

「これ、美味しい」

 喉ごしが良くて、いくらでも飲めてしまいそうだ。

「お!? お針子の嬢ちゃん、いける口だねぇ。もっと飲みな! さあさあ!」
「は、はいっ」

 エリーは周りのおじさんたちに進められるままに飲んでいく。
 二杯、三杯、四杯……。
 何杯目かも数えなくなってきた頃には完全に酔っぱっていた。

「んんー、ふわふわして、楽しくなってきましたぁ」
「おー!おっちゃんも楽しいぞー」

 気づくとディノスは隣のテーブルに移動してて、酔っ払いたちから離れて黙々と食事をしていた。
 しかしエリーがそれに気づいたときにはもう完全に酔っていて、逃げられたことなんてどうでも良くなっていた。
 だって周りの兵たちはエリーに「有り難う」をたくさん言ってくれるのだ。
 気分が良くならないわけがない。
 嬉しくて、楽しくて、頭の中がふわふわして、幸せだと思った。
 
 ごくごくとジョッキを傾け喉を鳴らしながら、エリーはぼやけた思考の中で思う。

(私、繕い物の仕事、嫌々やってたんだけどなぁ)

 希望していた華やかで可愛いドレスづくりじゃなく、汗臭い仕事着の修繕なんて楽しくなかった。
 生地は分厚くて固いから指の皮は破けまくるし、そのせいで何だかどんどんごつごつした指になるし、それが職人の手だよと言われたって、女の子としては全然嬉しくなかった。

 でもこうして喜んでもらえて、「有り難う、着やすくなったよ」と言って貰えて、ちょっと泣きそうになるくらいに嬉しかったのだ。


 今度からは気持ちを込めて一枚一枚繕おうと、エリーは心に決めたのだった。


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