上 下
27 / 46

27

しおりを挟む
 

 エリーが煮魚とお米に舌鼓を売って幸せに浸っている中。
 正面に座るディノスは、『羊肉ごろごろクリームシチュー』をパンとサラダと一緒に黙々と食べている。

(食事中にも表情が変わらない……おいしそうなのになぁ)

 美味しいものを食べるとついついにやけてしまうエリーからすれば、無表情でご飯を食べられることが驚きだ。



「わははははは!」
「いえー!」

 少しして、食堂が騒がしくなってきた。
 どうやらもう今夜の仕事を終えた兵たちが、集団で酒盛りをしているらしい。
 お酒は賄いには入って無くて有料だけど、仕事終わりの一杯を求める人には人気なのだ。
 当たり前ながらディノスとの雑談は盛り上がりそうにないので、エリーはもぐもぐ食べつつ彼らの様子をぼんやり眺めていた。
 そこで、一人の赤ら顔の男と目が合った。
 そのまま逸らされるかと思ったが、彼は大きく目を見開いて、勢いよく立ち上がる。

「あー!」

 凄いスピードでこっちに近づいて来る。
 その男の人がフォークを握ったまま驚きで固まるエリーの席までやって来たと思えば、酔っ払いならではのハイテンションで大笑いしながら詰め寄られ、エリーはそのままのけぞった。

「な、なに?」

 実家は食堂なので酒も提供してるから酔っ払いには慣れているが、流石に初対面の男に顔を近づけられると危機感を覚える。
 ディノスは特に助けてくれる様子はない。
 引きつったエリーに対して、男はニコニコと笑顔で口を開いた。
 息が、お酒臭い。

「君、服飾部の新人ちゃんでしょー?」
「は、はい」
「たしか、エリーちゃん! エリー・ベルマンちゃん!」
「そうですが……あのどうして名前を?」
「直して貰った訓練着についてた札に、サインあったからぁ。んで、珍しい桃色の髪の新人ちゃんが入ったって、ちょっと噂にもなったからぁさっ!」
「あぁ、なるほど」

 出来上がった修繕品には、修繕の内容とそれを担当した人のサインを書いた札を付けた上で、持ち主に返却される。
 だから彼は、エリーのことを知っていたのだろう。
 そしてエリーの髪は、確かに少し噂になるくらい珍しい。

 彼は何故か遠慮なくエリーの隣に腰掛けて、ぐいっとジョッキをあおった。
 ぷはーっと息を吐いたあとに、肘をテーブルに着けてこちらを覗き込みながら、にこにこと上機嫌な様子で口を開く。

「君さぁ、この間僕が依頼した破れた箇所の修繕、なんかやってくれただろぉ?」
「え、えぇ。えーと、なんかって何だろ? お名前を聞いても?」
「ジョン! ジョン・エスティー!」
「ジョン……あぁ、十日に一度はお尻を破く人ですね」
「そう!」
「なんとか長持ちするようにと、ぱっと見は同じ生地に見えるけど丈夫な生地を選んで裏に当てて修繕したんです」
「へぇぇぇ? よく分かんないけどさ、君のサインが入って返って来たズボンだけ、引っかけたのに大きく破れなくて。まぁ小さくは敗れたけどさ。でも今までだと尻が丸見えになってたから、助かったんだ! すげぇなぁって!」
「あ、有り難うございます」

 にこにこの笑顔で喜んでくれる人に、エリーまで嬉しくなってきた。
 ちょっと警戒心が緩んでくる。

「なになに? 君がエリーちゃん?」
「知ってるよー。最近入った子で、服の修繕良くやってる子だ!」
「あぁ、俺の服にもサインついてたわ」

 気付くと、正面の席に座ったディノスの隣に三人ほどの男が並んでいた。
 いずれも衛兵の服を着ているから、城内の警備担当だろう。
 全員が手にはジョッキを持ち、顔は赤く上機嫌だ。
 いつの間にかテーブルの上には何品かのおつまみも載っていた。

「俺のやつ、裾伸ばしといてくれただろ? ボタンの付け直ししか注文してなかったのに」
「裾? あぁ、もしかしてジーンさんですか? 今度新調する式典用の服を作るための身体サイズのデータと、古い訓練着のサイズがずいぶん違ったようなので。新しいデータサイズに合わせた長さになるように裾をほどいて伸ばしました」
「気づいてたんだけど別にいいかなーって放ってたんだよ。別に短くても支障なかったし。でも実際に合わせて貰ったら、なんだか立ち姿が格好良くなったって、好きな子に褒められて! いやぁ、有り難う! ほんと有り難う!!」
「い、いえ。良かったです」

(……嬉しいな)

 ついさっきまで、自分の仕事の出来なさに打ちのめされ、落ち込んでいたのに。
 
 反対に、こうして喜んでくれている人もいると、知ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

駆け落ちから四年後、元婚約者が戻ってきたんですが

影茸
恋愛
 私、マルシアの婚約者である伯爵令息シャルルは、結婚を前にして駆け落ちした。  それも、見知らぬ平民の女性と。  その結果、伯爵家は大いに混乱し、私は婚約者を失ったことを悲しむまもなく、動き回ることになる。  そして四年後、ようやく伯爵家を前以上に栄えさせることに成功する。  ……駆け落ちしたシャルルが、女性と共に現れたのはその時だった。

後妻を迎えた家の侯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
 私はイリス=レイバン、侯爵令嬢で現在22歳よ。お父様と亡くなったお母様との間にはお兄様と私、二人の子供がいる。そんな生活の中、一か月前にお父様の再婚話を聞かされた。  もう私もいい年だし、婚約者も決まっている身。それぐらいならと思って、お兄様と二人で了承したのだけれど……。  やってきたのは、ケイト=エルマン子爵令嬢。御年16歳! 昔からプレイボーイと言われたお父様でも、流石にこれは…。 『家出した伯爵令嬢』で序盤と終盤に登場する令嬢を描いた外伝的作品です。本編には出ない人物で一部設定を使い回した話ですが、独立したお話です。 完結済み!

【完結】悪役令嬢に転生したようです。アレして良いですか?【再録】

仲村 嘉高
恋愛
魔法と剣の世界に転生した私。 「嘘、私、王子の婚約者?」 しかも何かゲームの世界??? 私の『宝物』と同じ世界??? 平民のヒロインに甘い事を囁いて、公爵令嬢との婚約を破棄する王子? なにその非常識な設定の世界。ゲームじゃないのよ? それが認められる国、大丈夫なの? この王子様、何を言っても聞く耳持ちゃしません。 こんなクソ王子、ざまぁして良いですよね? 性格も、口も、決して良いとは言えない社会人女性が乙女ゲームの世界に転生した。 乙女ゲーム?なにそれ美味しいの?そんな人が…… ご都合主義です。 転生もの、初挑戦した作品です。 温かい目で見守っていただければ幸いです。 本編97話・乙女ゲーム部15話 ※R15は、ざまぁの為の保険です。 ※他サイトでも公開してます。 ※なろうに移行した作品ですが、R18指定され、非公開措置とされました(笑)  それに伴い、作品を引き下げる事にしたので、こちらに移行します。  昔の作品でかなり拙いですが、それでも宜しければお読みください。 ※感想は、全て読ませていただきますが、なにしろ昔の作品ですので、基本返信はいたしませんので、ご了承ください。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

二度とお姉様と呼ばないで〜婚約破棄される前にそちらの浮気現場を公開させていただきます〜

雑煮
恋愛
白魔法の侯爵家に生まれながら、火属性として生まれてしまったリビア。不義の子と疑われ不遇な人生を歩んだ末に、婚約者から婚約破棄をされ更には反乱を疑われて処刑されてしまう。だが、その死の直後、五年前の世界に戻っていた。 リビアは死を一度経験し、家族を信じることを止め妹と対立する道を選ぶ。 だが、何故か前の人生と違う出来事が起こり、不可解なことが続いていく。そして、王族をも巻き込みリビアは自身の回帰の謎を解いていく。

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」

まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

処理中です...