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 ドレス一着だけを作るのに、自分がこんなに手間取るなんて思ってなかった。
 
(でも、一回自信満々で大丈夫ですって言っちゃった手前、やっぱり駄目でしたは言いずらい)


 間違っているのは自分だとも分かってる。
 もっと素直に、甘えて頼ることが正解なのだろう。
 出来ません。と、言わなければならない場面だ。
 でも、自分が不出来なことを口に出して宣言するのは気まずくて情けなくて、どうしても口ごもってしまう。
 そんなエリーに、ディノスは大きくて長い溜息を吐く。
 呆れられてるのだと、ありありと分かるため息に、エリーは唇を引き結んだ。
 
「何が難しいんだ」

 エリーは肩を落としながら、ぽつりとつぶやく。
 できない、と口にすることはとても嫌だったけれど。

「……全部です」
「は?」
「っ……」

 何もかもが上手くいかないなんて、恥ずかしい。
 顔を覆い隠したい。
 穴に埋まってしまいたい。

「どっ、ドレスのメインに使っている生地が、シルクシフォンなんですけど、まさかこんなに扱いにくいなんて、思わなくてっ」

 自分が情けなさ過ぎて、じわりと目元に涙が滲む。
 でも、今はそんな時じゃないと、乱暴にぐしぐし擦って引っ込める。

「……使った事ないのか?」
「あ、ありますけど、庶民の娘が買えるシルク生地なんて小物程度を作る大きさですよ。流石に服なんて作ったこと無かった。しかも私が使ったことのあるシルクより明らかにすべすべツルツル! ……けど、それでも、出来ると思ってたんです。私、手芸、得意で……今まで周りの誰よりも上手くて。だ、だから、出来ないはずがないって……」

 今回のようなパーティードレスまではいかなくても、余所行き用のワンピースなどは友達などに頼まれて今まで良く作っていた。
 みんな喜んでくれていたし、自分でも自慢できる出来だと思ってた。
 少し布と装飾が増えるだけで、同じようなものだと思っていた。
 
 ――ずっと、手芸は得意だと胸を張って言ってきたのに。
 出来ないと口にしなければならないことが、凄く凄く悔しかった。
 『あれを作って欲しいな』『これお願い出来る?』『それ手作りなの? 素敵ねぇ』なんてことをみんなに言われてきて、他の人より上手いのだという自信もあったのに。

 プロの中に入ってしまえば、自分はまったくの役立たずなのだと、知ってしまった。
 歯噛みするエリーに、ディノスは表情を変えず淡々と説明を始める。

「まず、薄くて柔らかい生地を使うときは、普通の暑さの生地より糸をたわませて縫う。力も込め過ぎないように気をつけろ。形も崩れやすいから頻繁に全体を確認して……」
「………り、理屈じゃわかりますけど! でも出来ないんです!」

 エリーはぎゅうっと眉を寄せた。
 また、泣きそうになってしまう。
 小さくすすり上げて、どうにか耐える。

 ……縫い方なんて、たくさん学んだ。
 本だってたくさん読んだし、先輩たちはさりげなくアドバイスしてもくれた。
 でも、難しい。
 どうやったって針は進まないし、出来上がるのもなかなか恰好が付かない。
 何度も何度もやり直しになってしまう。
 あんまり何度も差し直すのは生地が傷んでしまうからしたくないのに、どうしても、なんでか上手くいかないのだ。

「どこが駄目なのか。どうしてこんなにやりにくいのかわかんないっ」

 ぽろり。
 うっかり涙が一粒零れてしまったことに、自分で苛立って、低く唸り声が漏れる。
 そんなふうに愚図るエリーを見下ろすディノスが、また長い溜息を吐いた。
 期待外れな新人を入れてしまったと、そう思われているのだろうか。

「――ったく、良く見てろ」

 ディノスは低くお腹に響く声で言った後、おもむろに脇の作業机に置いていたピンクッションから一本取った。
 そして刺繍図案を一目だけ見て、迷うそぶりなく針を刺し始める。

「……………」
「…………え」

 みるみる間に、繊細で美しい模様が浮かび上がってくる。

「うそ」

(何、これ……速さも凄いけど質が違う。同じ模様なのに、私が刺した部分よりずっと繊細で綺麗に出来てる)

 しかも出来上がる品だけじゃない。一目一目を刺していく手の動きさえも、滑らかで流れる用で、思わず見惚れるくらいに美しい。
 エリーは瞬きも忘れて、ディノスの手元に魅入ってしまった。
 夢中になるあまり、いつの間にか涙は引っ込んでいた。

(綺麗、きれい、すごい……きれい)

 手の滑らかな動きにも、出来上がっていくものにも、素晴らしすぎて感嘆のため息がほうと漏れる。
 上の人たちはそれぞれ個室の作業室を貰うから、エリーは彼が何かを作るところを見たことがなかった。まさかこんなに、別次元に凄いものだったなんて。

(これが、世界で一番の裁縫師……)

 今のエリーがどれだけ背伸びしても、絶対に届かないほどの腕を持つ人。

 近所で一番手芸が美味いなんて言われて浮かれていたエリーにとって、それは衝撃だった。

 たまにコツをぼそぼそと説明を付けて教えてくれながら、ディノスは顎で他の部品を指す。

「ほら、それにも同じ模様をいれるんだろう。やってみろ」
「は、はい」

 エリーも彼の手元を見つつ、刺していく。 

(あ、全然違う)

 今まで自分がしていた針の通し方。
 角度、力加減、糸を引っ張る角度。
 ディノスの動きを一つ一つまねをすると、上手くいく。

(すごい……!)

 彼はは本物だ。
 本物の、筆頭服飾師だと、エリーは心の底からそう思った。

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