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 ――――神龍の巫女、美湖のドレス作りをエリーが請け負ってから、あっという間に一カ月半が経った。


 その間に何度も繰り返した美湖との話し合いで決まったデザインと、生地の選定。
 各種の材料を発注したり。
 生地も既製品だとイメージするものにぴったり合わなかったので最初から作ることにして、織り師や染め師のもとに出向いて何度も話し合った。

 そうして今は全ての材料がそろい、さらに仮縫いしたものをフィッティングして、きちんとした型紙も完成している。
 
 もう本番用の生地の裁断も済ませてあって、今は各パーツの装飾をしていく段階だ。
 この一カ月半、本当に怒涛のような忙しさだった。
 
「うーん……」

 エリーは一応、なんとかここまでこぎ着けた。
 けれど正直、進みは最初に立てていた予定よりずっと遅れてる。

「うん、全体的に遅れてるのに、……さらに思っていた以上に、刺繍が進まない……」

 作業室の隅っこで刺繍枠に挟んだ生地と針を手にしつつ、丸椅子に腰掛けているエリーは、大きく溜め息をはいた。
 今はまだバラバラの、そのうちたぶんきっと素敵なドレスになるはずの材料達を見渡して、また唸る。
 あまり豪奢な装飾が好きではない美湖の為、目立つ飾りは腰のリボン一つにして、あとはスカートの裾部分に刺繍を入れることにしたのだ。
 手に持っているのは、そのスカートになる予定の内の一枚の生地。
 綺麗に広がるようにスカート部分だけで六枚はぎにしたから、これを六枚作らないといけないのに、まだ一枚目で手が止まってる。

 遅れてる、というか……もう完全に、見事に、毛躓いていた。

 焦りを覚えながらも眉を寄せつつ、一生懸命に刺していたけど、隣の柄と比べて一刺しの幅が広くなっているのに気づいて、がっくりとうなだれた。

「っ……あー……」
「何、また失敗?」

 唸るエリーに、近くで別の作業をしていたシンシアが声をかけてくる。
 エリーは力なく笑って見せた。

「失敗というか、焦っちゃった感じです。細かく繊細な模様にしたいのに、つい早く早くと思って、ざっくり大きく縫っちゃう」
「時間に追われてるとあるあるよね。でも生地が生地だから、ほどくのは慎重にね」
「はい」

 柔らかなシフォン生地を傷つけないように、刺繍糸を切り、慎重に、慎重に引き抜いていく。
 ここで力任せに引っ張ったら、生地が引き攣れたりたり裂けたりして、本当に取り返しが付かなってしまう。

「遅れてるんだよね、大丈夫? 手伝おうか?」

 シンシアがエリーの手元をのぞき込みつつ、心配そうに聞いてくれる。
 でもエリーは口端を上げて、首を振った。
  
「いいえ、みんな自分の仕事たくさんもってるし、私は私の仕事をきちんとやりたいです」
「そう? 無理しないでね」
「有り難うございます。でも、やらせてください」

(そうだよ、私が任されたことだもん)

 少し遅れているけれど、まだ大丈夫。
 取り返せるくらいの些細なことだ。


 そしてなによりエリーは、やっぱり助けて、と誰かに甘えることがやはり苦手だった。

 まだいけそうなのだから、頑張ればだいじょうぶ。
 忙しい先輩に甘えてお願いするほどに、説破埋まっているわけではない。
 
 だから、きっと大丈夫、と、自分に言い聞かせて作業を進めるのだった。


* * * *


 でも、それからまた半月だっても、エリーのドレス作りはほとんど進んでいなかった。

 ……毎日。毎日、毎日、エリーはドレスにかかりきった。
 減らして貰っているとはいえ、城で働く人たちの制服の修繕の仕事もあるのに、そっちはほとんど出来ていない状態だ。


「んー! むりむりむりぃ!!」
 
 今夜も美しい月が服飾部に差し込む時間になっても、エリーは一心に針を刺していた。
 もうみんな帰って一人なので、気が抜けて独り言が多くなる。

「あー、これで大丈夫なのかなぁ。出来てる部分もなんかやり直したくなってくるし、でもそんな湖としたら絶対間に合わなくなるし……!」

 手元を見る彼女の目は睨むように鋭い。
 しかし手の動きはどこかぎこちない。
 額に滲んだ汗が、一筋、頬を伝って首筋へと流れていく。

(……やばい。ほんっとうに進まない……)

 巫女へ献上する予定の日まで、あと半月。
 生地に汗が落ちないようにハンカチでぬぐいながら、机の上に置いた進行予定表をちらりとみた。
 すでに刺繍は終えて、縫製も終えて、こんなばらばらのパーツではなくドレスの形をとっていたはずの日だ。
 なのに、クリスタルビーズの縫い付けに取り掛かってないし、背中の腰に付けるリボンも出来ていない。
 スカート部分の下に履くペチコートも、ドレスの具合を見て広がりを調整したかったから後回しにしている。
 ミシンがあるから大丈夫だと思ってたけれど、過信していた。完全に誤算だった。
 
「間に合う? いや、間に合わせないと……でも、これじゃあ……」

 じりじりと追い込まれていく焦燥感に、また背中に嫌なな汗が浮かんでいく。

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