23 / 46
23
しおりを挟む――――神龍の巫女、美湖のドレス作りをエリーが請け負ってから、あっという間に一カ月半が経った。
その間に何度も繰り返した美湖との話し合いで決まったデザインと、生地の選定。
各種の材料を発注したり。
生地も既製品だとイメージするものにぴったり合わなかったので最初から作ることにして、織り師や染め師のもとに出向いて何度も話し合った。
そうして今は全ての材料がそろい、さらに仮縫いしたものをフィッティングして、きちんとした型紙も完成している。
もう本番用の生地の裁断も済ませてあって、今は各パーツの装飾をしていく段階だ。
この一カ月半、本当に怒涛のような忙しさだった。
「うーん……」
エリーは一応、なんとかここまでこぎ着けた。
けれど正直、進みは最初に立てていた予定よりずっと遅れてる。
「うん、全体的に遅れてるのに、……さらに思っていた以上に、刺繍が進まない……」
作業室の隅っこで刺繍枠に挟んだ生地と針を手にしつつ、丸椅子に腰掛けているエリーは、大きく溜め息をはいた。
今はまだバラバラの、そのうちたぶんきっと素敵なドレスになるはずの材料達を見渡して、また唸る。
あまり豪奢な装飾が好きではない美湖の為、目立つ飾りは腰のリボン一つにして、あとはスカートの裾部分に刺繍を入れることにしたのだ。
手に持っているのは、そのスカートになる予定の内の一枚の生地。
綺麗に広がるようにスカート部分だけで六枚はぎにしたから、これを六枚作らないといけないのに、まだ一枚目で手が止まってる。
遅れてる、というか……もう完全に、見事に、毛躓いていた。
焦りを覚えながらも眉を寄せつつ、一生懸命に刺していたけど、隣の柄と比べて一刺しの幅が広くなっているのに気づいて、がっくりとうなだれた。
「っ……あー……」
「何、また失敗?」
唸るエリーに、近くで別の作業をしていたシンシアが声をかけてくる。
エリーは力なく笑って見せた。
「失敗というか、焦っちゃった感じです。細かく繊細な模様にしたいのに、つい早く早くと思って、ざっくり大きく縫っちゃう」
「時間に追われてるとあるあるよね。でも生地が生地だから、ほどくのは慎重にね」
「はい」
柔らかなシフォン生地を傷つけないように、刺繍糸を切り、慎重に、慎重に引き抜いていく。
ここで力任せに引っ張ったら、生地が引き攣れたりたり裂けたりして、本当に取り返しが付かなってしまう。
「遅れてるんだよね、大丈夫? 手伝おうか?」
シンシアがエリーの手元をのぞき込みつつ、心配そうに聞いてくれる。
でもエリーは口端を上げて、首を振った。
「いいえ、みんな自分の仕事たくさんもってるし、私は私の仕事をきちんとやりたいです」
「そう? 無理しないでね」
「有り難うございます。でも、やらせてください」
(そうだよ、私が任されたことだもん)
少し遅れているけれど、まだ大丈夫。
取り返せるくらいの些細なことだ。
そしてなによりエリーは、やっぱり助けて、と誰かに甘えることがやはり苦手だった。
まだいけそうなのだから、頑張ればだいじょうぶ。
忙しい先輩に甘えてお願いするほどに、説破埋まっているわけではない。
だから、きっと大丈夫、と、自分に言い聞かせて作業を進めるのだった。
* * * *
でも、それからまた半月だっても、エリーのドレス作りはほとんど進んでいなかった。
……毎日。毎日、毎日、エリーはドレスにかかりきった。
減らして貰っているとはいえ、城で働く人たちの制服の修繕の仕事もあるのに、そっちはほとんど出来ていない状態だ。
「んー! むりむりむりぃ!!」
今夜も美しい月が服飾部に差し込む時間になっても、エリーは一心に針を刺していた。
もうみんな帰って一人なので、気が抜けて独り言が多くなる。
「あー、これで大丈夫なのかなぁ。出来てる部分もなんかやり直したくなってくるし、でもそんな湖としたら絶対間に合わなくなるし……!」
手元を見る彼女の目は睨むように鋭い。
しかし手の動きはどこかぎこちない。
額に滲んだ汗が、一筋、頬を伝って首筋へと流れていく。
(……やばい。ほんっとうに進まない……)
巫女へ献上する予定の日まで、あと半月。
生地に汗が落ちないようにハンカチでぬぐいながら、机の上に置いた進行予定表をちらりとみた。
すでに刺繍は終えて、縫製も終えて、こんなばらばらのパーツではなくドレスの形をとっていたはずの日だ。
なのに、クリスタルビーズの縫い付けに取り掛かってないし、背中の腰に付けるリボンも出来ていない。
スカート部分の下に履くペチコートも、ドレスの具合を見て広がりを調整したかったから後回しにしている。
ミシンがあるから大丈夫だと思ってたけれど、過信していた。完全に誤算だった。
「間に合う? いや、間に合わせないと……でも、これじゃあ……」
じりじりと追い込まれていく焦燥感に、また背中に嫌なな汗が浮かんでいく。
12
お気に入りに追加
215
あなたにおすすめの小説
アラフォー王妃様に夫の愛は必要ない?
雪乃
恋愛
ノースウッド皇国の第一皇女であり才気溢れる聖魔導師のアレクサは39歳花?の独身アラフォー真っ盛りの筈なのに、気がつけば9歳も年下の隣国ブランカフォルト王国へ王妃として輿入れする羽目になってしまった。
夫となった国王は文武両道、眉目秀麗文句のつけようがないイケメン。
しかし彼にはたった1つ問題がある。
それは無類の女好き。
妃と名のつく女性こそはいないが、愛妾だけでも10人、街娘や一夜限りの相手となると星の数程と言われている。
また愛妾との間には4人2男2女の子供も儲けているとか……。
そんな下半身にだらしのない王の許へ嫁に来る姫は中々おらず、講和条約の条件だけで結婚が決まったのだが、予定はアレクサの末の妹姫19歳の筈なのに蓋を開ければ9歳も年上のアラフォー妻を迎えた事に夫は怒り初夜に彼女の許へ訪れなかった。
だがその事に安心したのは花嫁であるアレクサ。
元々結婚願望もなく生涯独身を貫こうとしていたのだから、彼女に興味を示さない夫と言う存在は彼女にとって都合が良かった。
兎に角既に世継ぎの王子もいるのだし、このまま夫と触れ合う事もなく何年かすれば愛妾の子を自身の養子にすればいいと高をくくっていたら……。
連載中のお話ですが、今回完結へ向けて加筆修正した上で再更新させて頂きます。
私に一目惚れしたなどと初対面のイケメンが言うので、詐欺師かと思い、金づるとして塩対応するつもりでいたら、できなかった上に外堀を埋められていた
石河 翠
恋愛
街で陶磁器のお直し屋として働いている主人公。彼女はある日、見惚れるような美青年に告白される。一目惚れだという彼を一蹴した主人公だが、不本意にもときめいてしまった。
翌日、彼女の仕事場に再び謎の美青年が現れる。壊れた皿を直してほしいと依頼してきた彼。一時は金づるとして扱おうと思うものの、誠実な彼の言葉に彼女は通常のお客さまとして対応することを決める。そして修繕期間をともに過ごすうちに、彼への恋心が生まれてしまうのだった。
身分の差から自分たちの恋に望みはないと、あくまで店員とお客さまとの関係を崩さない彼女だったが、納品の日に彼の祖父母に結婚したい女性だと紹介されて……。
真面目で地に足ついた生活を望むヒロインと、夢を叶えるために猪突猛進するヒーローとの恋物語。ハッピーエンドです。
舞台は架空の異世界です。陶磁器についての記述は、歴史的事実とは別にふんわりざっくりお楽しみください。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
『 私、悪役令嬢にはなりません! 』っていう悪役令嬢が主人公の小説の中のヒロインに転生してしまいました。
さらさ
恋愛
これはゲームの中の世界だと気が付き、自分がヒロインを貶め、断罪され落ちぶれる悪役令嬢だと気がついた時、悪役令嬢にならないよう生きていこうと決める悪役令嬢が主人公の物語・・・の中のゲームで言うヒロイン(ギャフンされる側)に転生してしまった女の子のお話し。悪役令嬢とは関わらず平凡に暮らしたいだけなのに、何故か王子様が私を狙っています?
※更新について
不定期となります。
暖かく見守って頂ければ幸いです。
記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい
tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。
本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。
人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆
本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編
第三章のイライアス編には、
『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』
のキャラクター、リュシアンも出てきます☆
異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
『絶対に許さないわ』 嵌められた公爵令嬢は自らの力を使って陰湿に復讐を遂げる
黒木 鳴
ファンタジー
タイトルそのまんまです。殿下の婚約者だった公爵令嬢がありがち展開で冤罪での断罪を受けたところからお話しスタート。将来王族の一員となる者として清く正しく生きてきたのに悪役令嬢呼ばわりされ、復讐を決意して行動した結果悲劇の令嬢扱いされるお話し。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる