上 下
18 / 46

18

しおりを挟む


 エリーにドレスが作れないという訳じゃない。
 パーティードレスまではいかなくても、友達や近所の人に頼まれたり、自分のものだったりする服はいくつも仕立ててきた。
 生地が変わって装飾も増えるけれど、基本的に服のつくりはどれも同じようなものだ。

(ただやっぱり一番気になるのが、服飾部で一番の下っ端の私が、他の何人もいる先輩たちを素っ飛ばして、重要な役をもらってしまうということなんだよなぁ)

 最初の頃はともかく二ヵ月も服飾部にいれば、要人の衣装作りを任されることが城の裁縫師にとって、どれだけの名誉なのか分かるようになった。
 
 エリーの頭の中に、先輩のシンシアの顔が浮かぶ。
 とても親切にして貰ってるのに、彼女は嫌な気にならないだろうか。
 あのはちみつ色の垂れ気味の目が、悲しげな色を見せたらどうしよう。

 でも、美湖はエリーを望んでくれている。

「私がやっちゃって、いいものなのかなぁ……」
「大丈夫! お願い! エリーさん!」

 エリーの悩みを分かってるのか分かってないのかは不明だけど、とにかく美湖は強気だった。
 服についての不満を今まで言えなかった事からして、普段は人の迷惑になることをきちんと考える子。
 今がかなり強引なのは、やっと自分のファッション感覚を理解して貰える人に会えて、少し舞い上がってしまってるのかもしれない。

 とにかく彼女は『可愛い服を着たい』という想いだけで、一心にこうして懇願してくれている。
 身を乗りだしてエリーの両手をがっしりと握り、きらきらに輝く瞳で見つめられてしまう。
 向けられる瞳の強さに、エリーはたじろいでしまう。

「エリーさん……」
「うぅ……!」

 普通に可愛い。
 お願いを、聞いてあげたくなってしまう。

(ううううう、ほだされちゃう)

 エリーの様子から、もうひと押しということはあっさり察されてしまったのだろう。

「あなたの作ったドレスがいいの!」
「うぅ」
「絶対可愛い!」
「う……」
「素敵なドレス着たいな! お願いします!」
「…………」

 ここまでお願いされてはもう、折れないわけにはいかなかった。
 神龍の巫女にここまで頼まれて断るのももちろん立場上にまずいのだが。
 何よりもエリーは、確かに華やかなドレスづくりに憧れているのだ。
 すでにもう、この目の前にいる女の子に似合う色や素材はなんだろうと、考え初めてもいる。

「わ、分かりました。お受けします」
「有り難う……!」

 ぱぁーっと顔を輝かせた美湖の喜びように、釣られたエリーもつい小さく笑ってしまう。

(……そんなに、今までのドレス嫌だったんだ)

 可愛いと心から思えるドレスを着てパーティーに出てみたい。
 そんな女の子なら抱いて当然の願いを、叶えてあげたい。
 先輩たちを押しのけて大役を貰ってしまった居心地の悪さも、自分のドレスの出来で返せばいいと思い直すことにする。
 誰もが納得してくれるドレスを、頑張って目指そうと決めた。
 
(それに、念願の華やかで可愛いドレスが作れるって、やっぱり凄く嬉しいことだもんね)

 きれいなレースやお高い生地、可愛いボタンにカラフルなリボン。
 今まで汗臭くて泥臭い兵の服や、真っ白で飾り気のない料理人の服などばかりだった。
 やっとそこから抜け出して、城で働く前に夢見ていた、きらきらなものに囲まれてきらきらなドレスを作れるのだ。
 
(うん。頑張ろう……!)

 エリーは決意を込めて、しっかりと美湖の手を握り返すのだった。



 ――その後、ディノスと美湖の年末の神事用衣装の打ち合わせを見守ったエリーは、後日デザイン画を持ってくることを約束して服飾部に帰った。

 そしてすぐに、シンシアの元に行く。

「シンシアさん。お話があるのですが、今大丈夫ですか?」

 裁縫師兼レース職人である彼女は、今日は編み針とレース糸を手に繊細なレースを編んでいた。
 真っ白な細い糸が編み合わさり描かれる模様は溜め息が出るほどに美しい。
 
「なあに?」
「実は私、さっきディノス様の手伝いで神龍の巫女様のところへ行ってきたんです」
「聞いてるわ。採寸の手伝いでしょう?」
「はい。それで何故かどうしてか、私が巫女の新年パーティーのドレスを担当することになってしまいまして……」
「……本気で?」
「えぇ」

 エリーはシンシアに、美湖との間であった出来事を話した。
 もっとも前世の記憶なんて言えば困惑されるに決まってるので、たまたま服飾の趣味がとてもかみ合ってしまったと言うことにした。

 そうして事の次第を話し終えて、一呼吸付いた直後。
 どんな反応が返ってくるのかドキドキしていたエリーに向けられたのは、ただ純粋の応援だった。

「おめでとう。とても名誉なことよ。修繕の仕事は、他の人に振るように調整してあげるから、全力で頑張りなさい」
「え……それ、だけ……ですか?」
「あら、なあに? 私が可愛い後輩の晴れ舞台を喜ばないとでも思った?」

 シンシアが拗ねたみたいに唇を突き出してみせる。

「シンシアさん……」
「ふふっ」

 しかしすぐにその唇は弧を描き、目元も優しく細められた。
 
 ……エリーの不安なんて、彼女はお見通しだった。
 少しでも嫌な気にさせたらどうしようかと心配なんてする必要なんてなかった。
 シンシアは何の憂いも無く、笑顔で受け入れてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

傷痕~想い出に変わるまで~

櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。 私たちは確かに愛し合っていたはずなのに いつの頃からか 視線の先にあるものが違い始めた。 だからさよなら。 私の愛した人。 今もまだ私は あなたと過ごした幸せだった日々と あなたを傷付け裏切られた日の 悲しみの狭間でさまよっている。 篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。 勝山 光との 5年間の結婚生活に終止符を打って5年。 同じくバツイチ独身の同期 門倉 凌平 32歳。 3年間の結婚生活に終止符を打って3年。 なぜ離婚したのか。 あの時どうすれば離婚を回避できたのか。 『禊』と称して 後悔と反省を繰り返す二人に 本当の幸せは訪れるのか? ~その傷痕が癒える頃には すべてが想い出に変わっているだろう~

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...