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しおりを挟むエリーにドレスが作れないという訳じゃない。
パーティードレスまではいかなくても、友達や近所の人に頼まれたり、自分のものだったりする服はいくつも仕立ててきた。
生地が変わって装飾も増えるけれど、基本的に服のつくりはどれも同じようなものだ。
(ただやっぱり一番気になるのが、服飾部で一番の下っ端の私が、他の何人もいる先輩たちを素っ飛ばして、重要な役をもらってしまうということなんだよなぁ)
最初の頃はともかく二ヵ月も服飾部にいれば、要人の衣装作りを任されることが城の裁縫師にとって、どれだけの名誉なのか分かるようになった。
エリーの頭の中に、先輩のシンシアの顔が浮かぶ。
とても親切にして貰ってるのに、彼女は嫌な気にならないだろうか。
あのはちみつ色の垂れ気味の目が、悲しげな色を見せたらどうしよう。
でも、美湖はエリーを望んでくれている。
「私がやっちゃって、いいものなのかなぁ……」
「大丈夫! お願い! エリーさん!」
エリーの悩みを分かってるのか分かってないのかは不明だけど、とにかく美湖は強気だった。
服についての不満を今まで言えなかった事からして、普段は人の迷惑になることをきちんと考える子。
今がかなり強引なのは、やっと自分のファッション感覚を理解して貰える人に会えて、少し舞い上がってしまってるのかもしれない。
とにかく彼女は『可愛い服を着たい』という想いだけで、一心にこうして懇願してくれている。
身を乗りだしてエリーの両手をがっしりと握り、きらきらに輝く瞳で見つめられてしまう。
向けられる瞳の強さに、エリーはたじろいでしまう。
「エリーさん……」
「うぅ……!」
普通に可愛い。
お願いを、聞いてあげたくなってしまう。
(ううううう、ほだされちゃう)
エリーの様子から、もうひと押しということはあっさり察されてしまったのだろう。
「あなたの作ったドレスがいいの!」
「うぅ」
「絶対可愛い!」
「う……」
「素敵なドレス着たいな! お願いします!」
「…………」
ここまでお願いされてはもう、折れないわけにはいかなかった。
神龍の巫女にここまで頼まれて断るのももちろん立場上にまずいのだが。
何よりもエリーは、確かに華やかなドレスづくりに憧れているのだ。
すでにもう、この目の前にいる女の子に似合う色や素材はなんだろうと、考え初めてもいる。
「わ、分かりました。お受けします」
「有り難う……!」
ぱぁーっと顔を輝かせた美湖の喜びように、釣られたエリーもつい小さく笑ってしまう。
(……そんなに、今までのドレス嫌だったんだ)
可愛いと心から思えるドレスを着てパーティーに出てみたい。
そんな女の子なら抱いて当然の願いを、叶えてあげたい。
先輩たちを押しのけて大役を貰ってしまった居心地の悪さも、自分のドレスの出来で返せばいいと思い直すことにする。
誰もが納得してくれるドレスを、頑張って目指そうと決めた。
(それに、念願の華やかで可愛いドレスが作れるって、やっぱり凄く嬉しいことだもんね)
きれいなレースやお高い生地、可愛いボタンにカラフルなリボン。
今まで汗臭くて泥臭い兵の服や、真っ白で飾り気のない料理人の服などばかりだった。
やっとそこから抜け出して、城で働く前に夢見ていた、きらきらなものに囲まれてきらきらなドレスを作れるのだ。
(うん。頑張ろう……!)
エリーは決意を込めて、しっかりと美湖の手を握り返すのだった。
――その後、ディノスと美湖の年末の神事用衣装の打ち合わせを見守ったエリーは、後日デザイン画を持ってくることを約束して服飾部に帰った。
そしてすぐに、シンシアの元に行く。
「シンシアさん。お話があるのですが、今大丈夫ですか?」
裁縫師兼レース職人である彼女は、今日は編み針とレース糸を手に繊細なレースを編んでいた。
真っ白な細い糸が編み合わさり描かれる模様は溜め息が出るほどに美しい。
「なあに?」
「実は私、さっきディノス様の手伝いで神龍の巫女様のところへ行ってきたんです」
「聞いてるわ。採寸の手伝いでしょう?」
「はい。それで何故かどうしてか、私が巫女の新年パーティーのドレスを担当することになってしまいまして……」
「……本気で?」
「えぇ」
エリーはシンシアに、美湖との間であった出来事を話した。
もっとも前世の記憶なんて言えば困惑されるに決まってるので、たまたま服飾の趣味がとてもかみ合ってしまったと言うことにした。
そうして事の次第を話し終えて、一呼吸付いた直後。
どんな反応が返ってくるのかドキドキしていたエリーに向けられたのは、ただ純粋の応援だった。
「おめでとう。とても名誉なことよ。修繕の仕事は、他の人に振るように調整してあげるから、全力で頑張りなさい」
「え……それ、だけ……ですか?」
「あら、なあに? 私が可愛い後輩の晴れ舞台を喜ばないとでも思った?」
シンシアが拗ねたみたいに唇を突き出してみせる。
「シンシアさん……」
「ふふっ」
しかしすぐにその唇は弧を描き、目元も優しく細められた。
……エリーの不安なんて、彼女はお見通しだった。
少しでも嫌な気にさせたらどうしようかと心配なんてする必要なんてなかった。
シンシアは何の憂いも無く、笑顔で受け入れてくれた。
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