3 / 46
3
しおりを挟むこの手紙の差出人は、エリーを城の職人としてスカウトしたいらしい。
今まで何の功績も上げていなければ、特別な技術も何もない、本当にただ趣味で手芸をしているだけの町娘のエリーをだ。
「え? え? 何で?」
訳が分からなくて、怖い。
(悪戯か、詐欺? いやでも王城からの手紙を偽るとか、そんな大それた犯罪おかされるような身じゃないしな私……)
悪戯の可能性は限りなく低い。
でも城にあがれるような何か凄い功績を作った覚えもない。
なぜ、こんなものが来るのだと混乱するエリーを落ち着かせたのは、いつもは生意気ばかりな弟のブランの、痛くはないデコピンだった。
「っ」
ピンッっと額を弾かれたことに目を丸くして顔を上げると、そこに立っているブランは、エリーの手の中にある手紙の一文を指さした。
「姉ちゃん。ほら、続きに姉ちゃんが雑貨屋に卸してる刺繍のハンカチとかポーチを見たって書いてんじゃん」
「雑貨屋? あれを見て?」
よくよく読み進んでみると、確かにそう書いている。
「いや…いやいや……いやいやいや。でもお城の服飾部だよ!? お姫様や巫女様の着る超豪華なドレスとか作っちゃうとこだよ!? あんなハンカチ程度で判断しちゃうの!? それっていいの!?」
「服飾部の針子見習い、って書いてあんじゃん。下っ端だよ下っ端! 下っ端だから多少の腕があるならいいんじゃね?」
「えぇぇぇ? だって私、ただの町娘だし。見習いだろうが何だろうが、お城だよお城……雲の上の世界だよ」
「別にこういう技術職に身分とかは関係ないじゃん、特にうちの国は」
「うーん……」
――――エリーの住まうフィメイル国は『服飾の国』とも呼ばれるくらい、服飾分野に特化している国だ。
国内で生産された生地や糸は、質の良い一級品として世界中に有名だった。
更にそれらの材料を使って国の職人が作る衣服や装飾品は、海外の王侯貴族にとても人気があって、国の産業の要となっている。
人気、となればそれを作れる職人自身を欲しいという者も現れるもの。
長い年月をかけて培われた、国の職人の服飾技術を海外へ流出させない為に、特別に優秀な技術と知識をもった職人は、実力にふさわしい地位と権力が与えられることになっていた。
それこそ城で王族の服を作るくらいの職人ともなれば、貴族なみの好待遇なはず。
――――ただの一般庶民でも、針と糸と努力だけで成り上がれる服飾の国。
そんなフィメイル国で、職人たちが憧れ目指し、切磋琢磨して行きつく場所が、城の服飾部だ。
(どうして私に、お呼びがかかるの……?)
こういう国風だから、エリーも小さい頃から針を持っていた。
成長してそこそこの腕前になってからは、作ったものをお小遣い稼ぎとして雑貨屋に卸させて貰ってもいた。
でもそれは、本当にただの趣味うちだったのに。
小さな雑貨屋の隅っこに並んでいる、素人の手作り品を見て、どうしてお城の人が声をかけてくるのか。
(まったく全然、意味が分からない……! けど……!)
でもエリーも、この服飾の国で生まれ育った人間だ。
他の人たちと同じように、城の服飾部の人たちに憧れたりもする。
この国の自慢―――世界のファッション文化を引っ張る彼らの一員になれたらと、想像したことがないといえば嘘になる。
「……うーん。あっさり蹴るには、勿体なすぎる話なのよ。それに下っ端の見習いだと、もしかするとこういうスカウト的なのも有るものなのかも?」
唸っていたエリーは、そこではっと息を飲む。
(も、もしかして城に就職すれば、朝から晩まで家に居ない理由が出来るんじゃない?)
近ごろの悩みが解決出来てしまうかもしれないことに気が付いてしまった。
エリーは、手にしている手紙をもう一度見おろし、熟読しなおす。
そこには給料や休日、様々な待遇についても簡単に書いてあった。
注意としてはあくまで見習いとしての採用になることくらい。
功績によっては正規の職人となる可能性もあるらしい。
あとは何度読んでも、特にこちらが不利になるような事柄は書いてない。
(むしろ、さすが王城の仕事だけあって、かなり条件は良いじゃない? お給料もその辺の仕立屋で針子として働くよりずっと高い。そのうえご飯も出るし、休日もしっかりある。うん――なによりも、国で一番の場所に就職って、普通に考えて凄いビックチャンスよね!? このチャンス、手放していいの……? うん、駄目な気がする! ここはやるべき所な気がしてきた!)
エリーは混乱から戻って来るなり、鼻息荒く立ち上がり手紙を握り込んだ。
なんだか本当に、とってもいい話なのかもしれない。
いや、とてもいい話なのだと、一人勝手に納得した。
「そうよ! きっとたぶん、私がしたかったのはこれなんだわ! お城のお針子さんとして、成り上がるのよ! 服飾部のトップを目指すのよ!」
突然のスカウトに、ついさっきまで動揺しっぱなしだったのに、いきなり鼻息荒くやる気になった姉を見守る弟のブランは、たいへんあきれ顔だ。
「いやいや姉ちゃん。ちょっと待った。幾ら何でもホイホイ乗りすぎ!」
冷静な様子で、姉の勢い任せすぎる決定を思いとどまらせようとしてくる。
「いくら元婚約者に子供が出来たって知っちゃった直後だからって、やさぐれた勢いで城のトップ目指すとか馬鹿じゃね」
「はぁぁ?」
エリーの眉がピクピクと動く。
「あ、あのね、スカウトが来たから行く、それだけでしょ。あんな奴はどうでもいいのよ。関係ないの!」
「どうでもいいなら何であんなに荒れてたんだよ! ストレス発散の為に奇声上げながら刺繍するクセ、ほんと迷惑なんだけど!」
「あれはちょっと針の調子が乗って、乗りすぎてうっかり声にも出ちゃってただけ!」
「んなわけあるか。あーあ、だから一昨年に婚約破棄の話が出た時に意地張らねぇで、好きだから破棄したくないって言っとけば……」
「だから! 私が! ジョナサンを好きだなんて決めつけないでくれる!? あいつは兄弟みたいなものよ。親の決めた婚約者に、恋愛感情なんて最初からなかったの!! 婚約破棄されたって別に全然どうでもいいわよ! 気になんないわよ! あいつとこの就職は関係ない!」
封筒も手紙も一緒にぐしゃぐしゃに握り込み、声を上げながら力説する。
エリーがこんなに言ってるのに、ブランはまったく信じた様子はなく、溜め息を吐く。
「はぁ……あーもう、そんな勢いだけでいける甘い世界じゃないだろー」
「ふんっ!」
(……別に、私は婚約破棄された事なんて全然気にしていないわよ)
本当に、まったくどうだっていい。
結婚も子供も、たいへんめでたい事ではないか。
お隣同士で嫌でも話が筒抜けな場所から逃げて、城に行くわけじゃない。絶対違う。
時々聞こえてくる赤ん坊の泣き声に毎回打ちのめされてなんか全然ない。
『服飾の国』フィメイル国での王城の服飾部からのスカウトなんて、とてもとても良い話だし、自分の腕を高めたいだけなのだ! と、エリーはもう一度、ブランに高々と宣言した。
――――チクチクと痛む心臓を、今は見ないフリをして。
六歳も下の弟に、そんな弱さ見せられるわけが無いから。
エリーは違うと、頑なに言い張ってみせる。
「うん。私には、恋なんていらない。自分の腕でのし上がって生きていくのよっ。そう決めたの」
「そういうの……現実逃避っていうんンっ!?」
これ以上に弟の余計な突っ込みは聞きたくなくて、最近嫌がる様になったほっぺにチューで黙らせてやった。
13
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
すれ違い夫婦の不幸な結婚
かかし
恋愛
これは不幸な結婚だ。
誰も彼もが不幸にしかならない結婚。
誰にも望まれていないと分かっていながらも娘を差し出さないといけない両親も。
家の為とは言え、容姿も器量も悪いフィメールΩを嫁として迎えなければいけない彼の両親も。
そして、そんな私と結婚しなければいけない、数多のΩやフィメールβやフィメールαすらも虜にする程に才能も将来性にも溢れる美しい彼も。
今から執り行われる挙式に参列する参列者も皆。
初恋の人と、例えままごと以下とはいえ結婚することが出来た私を除き、誰も彼もが不幸にしかならない結婚だ。
(本編抜粋)
自己肯定の低いΩの女の子が、ずっと好きだったαと結婚出来て幸せを噛み締める話。
別にオメガバースじゃなくても良いじゃんとも思ったんですが、思い付いたから書く。
「勝ち組ブスオメガの奇妙な運命」のスピンオフというか同一世界観ですが、見なくても大丈夫です!
オメガバースという設定の都合上、BL表現がふんわりと出て来る場合があります。
なるべくないようにしますが、苦手な方はご注意ください。
【完結】転生した元社畜男子は聖女になって人生逃げ切る事を諦めません!
hazuki.mikado
恋愛
★本編/オマケ共に2023.5.25完結です(_ _)
2022.4/30タイトル変更になりました。
旧)転生聖女は諦めない
↓
新)転生した元社畜男子は聖女になって人生逃げ切る事を諦めません!
★この作品は小説家になろう様、エブリスタ様でも公開しております。
ーーーーーーーーーーー
転生聖女の頑張ったり頑張らなかったり流されちゃったりするお話。
ミリアンヌは侯爵令嬢である。
でも中身はゲーム会社に勤めていた元社畜のれっきとした成人男子。しかもプログラマーでストーリー知識はほぼほぼ0だ。知っているのはキーポイントになるスチルのみ。
かと言ってこのまま呑気に生きていけば、王太子の嫁になってしまう。
中身がオトコなままだと見た目はどうあれBとLの世界。其れだけは回避とばかりに自分を鍛えてフラグ回避に注力してみたものの・・・
ハッピーエンド回避のために人生設計を頑張ってみたけれど、根が単純でお人好し。その上、詰めが甘くて人タラシ。
どんどん思いもよらない方向へとなって行く・・・
××××××××××
※執筆者が偶にちゃちゃを入れてしまいますが、気になる方は貴方の秘めたるパワー、スルースキルを発揮してくださると嬉しいです♡
※設定は『ゆるゆる』というより『ガバガバ』の緩さでございますf(^_^;
※ギャグ・コメディたまにシリアスでざまあは基本的にはナシw
※ほぼ健全で御座います。R指定ありません。
安心してお読み下さい(*´ω`*)
本編は縦読みを意識して書いていますが、横読みでも大丈夫!
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
探偵は女子高生と共にやって来る。
飛鳥 進
ミステリー
端的にあらすじを紹介すると、探偵の熱海 長四郎(あたみ ちょうしろう)と高校2年生の女子高生・羅猛 燐(らもう りん)と共に事件を大雑把に解決していく物語。
全話、一話完結ものとなっております。
お気に入り登録、宜しくお願い致します。
感想もお待ちしております。
第弐拾漆話
私立探偵の熱海長四郎は、助手の羅猛燐と同じタワーマンションに住む富澤富有子から、
失踪人の捜索を依頼される。
失踪したのは、紅音々 26歳。
とある屋敷の家政婦として働いているのだが、数日前から消息を絶っていた。
長四郎と燐は調査を開始すると、その屋敷に住むのは政治の陰で
暗躍する大物フィクサーである事を突き止める。
だがそこから、命を狙われ始める長四郎と燐。
果たして、二人はこの危機を脱することができるのか!!
さぁ、今回もサービス♡サービス♡
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
悪役令嬢に腐女子が転生した結果
荷居人(にいと)
恋愛
「ここってまさか!愛の華の乙女ゲームの世界!?それで私が悪役令嬢だなんて………神様わかってるぅ!ありがとうございますありがとうございます!」
愛の華はノーマルラブもあるけどBLルートもあるという腐女子にも優しい乙女ゲーム!
とはいえ、それはヒロインが攻略対象と結ばれてから始まる特別ルート。ヒロインに選ばれなかった者たち同士でそのルートが始まるのだ。
悪役令嬢(私)の好きなBLルートは私の婚約者である殿下と殿下の幼馴染みの後に側近になる人物。
よし、ヒロインの邪魔しまくって婚約破棄されようじゃありませんか!
………でその結果。ん?話がどうにも食い違うぞ?
実は4ページで完結の予定でしたが続けることにしたため、完結月未定。短編サクサクストーリー目指してます!気晴らし作品。
最強と言われてたのに蓋を開けたら超難度不遇職
鎌霧
ファンタジー
『To The World Road』
倍率300倍の新作フルダイブ系VRMMOの初回抽選に当たり、意気揚々と休暇を取りβテストの情報を駆使して快適に過ごそうと思っていた。
……のだが、蓋をひらけば選択した職業は調整入りまくりで超難易度不遇職として立派に転生していた。
しかしそこでキャラ作り直すのは負けた気がするし、不遇だからこそ使うのがゲーマーと言うもの。
意地とプライドと一つまみの反骨精神で私はこのゲームを楽しんでいく。
小説家になろう、カクヨムにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる