魔法のキスで花咲く恋を

おきょう

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 ネモフィラは、部屋のいくつもの花瓶から花を抜いていく。

「これも」

 ポトン。

 花を抜いては捨ててを繰り返し、一息ついて周りを見わたすととてもがらんとしていた。

(ドライフラワーにしたリースたちも、次の季節の為の模様替えの時には片づけてもらわなければ)
 
「……はぁ、本当に捨てて来てよろしいのですね」
「えぇ。お願い」
「本当に、本当によろしいのですね!? 返ってきませんよ!? あとで泣いてもしりませんよ!?」
「大丈夫よ。もういいの」

 ナタリーは何度も「本当に処分してしまっていいのか」を聞いてきた。
 ネモフィラもしつこく「いいの」だと答えた。
 しばらくの攻防の末、ものすごく文句がありそうな顔で、今度はナタリーが足にディーノをくっつけながら花を処分しに退室していった。


「……残りは本当に少なくなったけれど【水よ】」

 手のひらに魔力を込めて水を呼び出す。
 宙へと踊るように放ってから、残った花瓶の中へと注いでいく。
 
 部屋中にいくつも飾られていた花の水を変えるのは、ネモフィラの楽しみだった。
 ニコラウスからの好きの心のこもった花は宝物だった。

 近頃は減る一方だったし、さきほどほとんど一掃したので、残っているのは片手にも足らない程度。
 花咲きの魔体質から生まれた花はとても長くもつけれど、さすがにもう全てに終わりが見えている。

「お花、自分で育てようかしら」

 今後ニコラウスから贈られないのなら、あとは買うか育てるだ。
 ネモフィラは、想ってはいけないだろうがずっと一生ニコラウスを好きであり続けるだろう。

 貴族の娘として誰かと結婚はしなければならない。
 家にとって必要な相手と結婚して、跡継ぎを産む責務から逃げることは許されない。
 でもそうやって生きて何十年経ったって、きっと心はニコラウスを好きなまま。

 誰にも言えない想いを一人でずっと抱えるために、彼との思い出の花を育てることだけは赦して欲しい。

(いい加減に、覚悟を決めないと)

 婚約解消は、もう決まったこと。
 ニコラウスは、もうネモフィラを好きじゃない。
 その証拠に花が咲かなかった。

 ただ気落ちして問題から逃げ続けているだけの現状だが、正式な婚約破棄はもう数える間もなくやってくるだろう。

 いい加減に切り替えなければ。
 いつまでもニコラウスの隣にいる自分にしがみついていてはいけない。
 
 縋り付いたりすれば、きっともっと嫌われてしまう。

(そうだわ、嫌われるよりは……いい思い出で終わりたいもの)

 過去の婚約者はいい女性だったと、いい思い出として残りたい。
 

* * * *



 逃げるのはやめた。

 追いすがるのもだめ。
 

 いい思い出として、いい婚約者だった女性として終えるのだと決めた。


 だからネモフィラはニコラウスとの昼食をとることにする。
 自分達の不仲が噂になってしまっている今、それを消すために。

 婚約解消が公に発表されたときに、不仲なのではなく円満な話し合いでの解消なのだと周囲の納得を得るために、ニコラウスとの良い関係性を見せておく必要があるだろうから。

 それには人目の多い食堂が一番いいはずだった。


「まぁネモフィラ様」
「ネモフィラ様、ごきげんよう」

 食堂へ足を踏み入れると、学年が違いあまり交流の無い生徒達も挨拶をくれる。
 それらに挨拶を返しながら、ネモフィラは優雅な足取りで堂々と奥へと歩いて行った。

 すぐに見つけたのは金色の髪。
 ……毎日こうやって待ちぼうけ損させてしまっていたのかと思うと、申し訳なさすぎる。

「ニコラウス様」
「きたのか、ネモフィラ」
「はい。しばらくご一緒できなくて本当に申し訳ございませんでした」
「いや、問題無い。昼食はどうせここでとるのだしな」
「そうでしたね」

 そうだった。ネモフィラがこなくても、ニコラウスは食堂にきて昼食をとるのだ。

(私、居なくてもよかったのだわ)

「ネモフィラは忙しかったのだろう? クラスメイトからの伝言はきちんと届いていた。仕方が無かったんだ」
「えぇそうなのです。本当に忙しくて……お心遣い有り難うございます」

 『忙しい』なんていいわけだと、もちろん彼も分かっているのだろう。
 それでもニコラウスは笑顔で赦してくれ、立ち上がって手を差し出し、席までエスコートしてくれる。

 まわりの生徒からの視線をひしひしと感じる。

(……仲が悪いわけではないと、態度でしめさなければ)
 
 しかし、いくらいつも通り見せていても、花が飛び出さない現状。
 自分たちの関係が終わっているのだと、これでは発表前に全校生徒に報せているだけのようだとも気づいてしまった。
 それでも今さらこの場を去ることなんて出来ないので、ネモフィラはそのまま一緒に昼食をとることにする。


「今日のメニューはキッシュですか」

 酸味のあるトマトスープと彩り鮮やかなサラダと一緒に並んだ食事のメインは、切り分けられたキッシュだった。
 ほうれん草と肉厚なベーコン、玉ねぎが入っていて、なめらかな卵生地に包まれている。
 ナイフを入れて切ると下に敷かれたパイ生地がさくりと音をて、のぼった湯気が香りを運ぶ。
 ホロホロと崩れやすいそれを注意しながらフォークにのせて口に運んだ。
 
「……おいしい」
「そうだな」

 本当は、緊張しすぎているのか味がしない。
 それでもいつも通りにと心で何度も自分に言い聞かせつつ、つっかえる喉を動かして無理矢理に飲み込む。
 
 ――食事中、話したのはお互いの授業の進み具合や、食べている料理の感想。
 それから弟のディーノの最近の様子など。

 当たり障りのないことを適当に流していく。

 これまでだったらそんな当たり障りのないことでさえ楽しかった。
 なのに今日は、会話のやりとりがひどくしんどかった。
 会話を途切れさせないように、不自然な間ができないようにとばかり気を遣った。

 視線は合わない……というか、ネモフィラがニコラウスの目を見られなかった。
 周囲の人から不審にみられないよう、彼の胸元あたりに視線を固定してやり過ごす。

 どうにかデザートまで食べ終わり食後の紅茶を飲んで、やっと終わったと息をつく。

(やりきったわ)

 自分の役割をきちんとこなした安堵で一瞬だけ力が抜けたとき、ニコラウスがおもむろに口を開いた。  
 
「ところでネモフィラ。例の話を侯爵殿から聞いたか?」

 ドキリと、強く心臓がはねた。

「……はい。伺っております」
「だろうね。ではネモフィラ、次の週末はあけておいてくれ」
「なぜで、」
「こちらを向け」
「っ……」

 周囲の人はごまかせても、目の前のニコラウスには視線を少しずらしていたことがやはり分かっていたようだ。
 ネモフィラはどうにか目を動かして、ニコラウスの顔を見る。
 映ったのは久し振りにまっすぐと見る、大好きな金色の髪と瞳。
 しかしもっと大好きな柔らかな笑顔は、そこにはなかった。 
 笑顔ではあるけれど、静かに怒っているようにみえた。

「……週末に、何か御用でしょうか」
「陛下と私と、ネモフィラと侯爵と、四人で今後についての話しあいだ。昼頃に城にきてくれ」

(今後の、話し合い……)

「か、かしこまりました」

 膝の上に置いた手に、ぎゅっと力が入る。
 これはつまり正式な婚約解消の話し合いなのだと、メンバーを知らされただけで丸わかりだ。

 もうこれ以上はここにいたくなかった。
 ニコラウスの視界の中に自分がいることが耐えられない。
 ネモフィラは立ち上がると深く腰を下げて礼をとり、そのままその場を後にする。

 これ以上ここにいれば泣いて喚いてしまいそうだった。
 
(もう泣いたって、ニコラウス様は慰めてくれないもの)


 だって、花が咲かないから。
 

 もう頼ってはいけないのだ。
 

 
* * * *



 週末の、約束の日。
 城についたネモフィラは父と落ち合った。

 そのまま通されたのは、王族の住まう私的な空間にほど近い区画にある客室のひとつだ。
 国賓を招くための豪華絢爛な内装の広々とした室とは違う。
 装飾は控えめで木目を生かされた家具が飾られ、柔らかな印象のレースカーテンが窓辺を揺らす、家庭的な雰囲気のある部屋だ。 

 テーブルも六人掛けと小さめで、近い距離で話しができるだろう。

 完全に私的な話し合いなのだと、用意された場所が物語っていた。 
 公式に発表される前に、内々でしっかりとこの後におこる対策を決定しておこうということなのだろう。
 国にとって重要な王族と侯爵家の婚約解消は、それだけ影響が大きいだろうから。




「お久しゅうございます、国王陛下」
「相変わらずジェイムの娘とは思えん美しさだ。リモーネに似て本当に良かった」

 父ジェイムは体格もよくで髭も濃く、さらに切れ長な瞳で鋭利な雰囲気だ。
 獅子や熊などの猛獣を思わせるいでたちで、雪妖精と謳われた母リモーネとはまったく対照的な印象を受ける。
 ネモフィラは母の容姿を受け継いでいると良く言われて、そのたびに母がそばにいてくれるような気がして嬉しくなる。
 もっとも、今はその話題がでたからといって喜べる心境ではないのだけれど。
 
「さぁ座りなさい。大体の話しはジェイムに聞いているな」
「はい」

 王とニコラウスが並んで座り、ジェイムとネモフィラが体面する形で座る。

 侍女がひとしきりテーブルにお茶と菓子の用意を並べ、人払いされたあと。
 しんと静まり返った部屋に、国王のごほんという咳払いを合図に話しがはじまった。

「ネモフィラ、二人の婚姻をこのまますすめるわけにはいかない。お前たちが一緒になることによって生じる花咲きの魔体質は、国にとって良いように作用はしないからだ」
「父からも伺いました。わたくしまったく考えが及んでいなくて、ご心労お掛けして申し訳ありません」
「ネモフィラが悪いのではない」

 王は首を振り、深くため息を吐く。

「二人とも、すまないな。国の為に婚約解消を受け入れてくれ」
「……はい」


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