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しおりを挟むそうして最初の昼休みは、先生の呼び出しがあることにした。
二日目の昼休みは、午後の授業の予習をしたいと図書館へ行き。
三日目の昼休みは、お腹の調子がよくないからと医務室で休んだ。
四日目の昼休みは、幸いにも郊外学習で学園にいなくてよかった。
そして今日は五日目。
初日の決意むなしく、昼休みになるとネモフィラはやっぱり及び腰になってしまう。
「あの……ネモフィラ様? 本日もニコラウス様へ伝言をいたしますか……?」
「ごめんなさい。お願いしてもいいかしら」
おそるおそる訊ねてくれたメリットに、ネモフィラは俯きがちになりつつ頷いた。
「大丈夫ですか? なにかあるのなら相談してくださいませね。わたし、口は硬い方ですから」
「えぇ、有り難うございます。でも何もないの、たまたま用事が続いているだけですわ」
「そうですか……?」
「ふふ、メリット様はお優しいですね」
笑ってみせたけれど、メリットの顔から心配の色はとれない。
なにせ入学してからずっと毎日、よほどでない限りは昼休みはニコラウスと一緒だった。
それが5日間も一緒にいないのだ。
メリットだけでなく周囲みんなが不穏な空気を感じ始めているらしく、遠巻きにコソコソ話をされている気配も感じるようになった。
とりあえず今日は、ランチにサンドイッチを持参してきた。
メリットと別れたあと、ネモフィラはあまり人目のつかない場所に移動することにする。
(あそこなら大丈夫よね)
むかったのは、最近の居場所になっている旧校舎の裏手だ。
旧校舎裏といってもきちんと手入れはされている庭園で、花々が咲きほこっている。
しかしもっと華やかな庭園はいくつもあることと、現在使われている校舎から少し距離があることで、あまり人がこないのだ。
たどり着いたネモフィラは、庭園の中にある東屋に置かれた木製の丸テーブルにランチをひろげた。
大好きなエビとアボカドを挟んだサンドイッチ。
サラダとフルーツも添えてある。
さっそくひと切れつまんで食べた。
「……ぜんぜん美味しくないわ。おかしいわね」
思わずそんなことを呟いてしまうくらい、ニコラウスの居ない食事は味気がない。
それでも食べなければ午後がもたない。
もそもそと無理やり口を動かしながら、なんとなく景色を眺めつつ、これからどうしようかとネモフィラは思案する。
いつまでも逃げ回ってはいられない。
(……ニコラウス様から、何の連絡もないのが気になるのよね)
五日も会っていないのにむこうからの連絡がないことが、寂しくて不安になる。
心配する手紙もなければ、昼食を一緒に出来ないと言づけたメリットへ返しの伝言を託されることもない。
学年が違うからって、会いにこようと思えば来れる。
なのに彼はそれをしないのだ。
「もう婚約解消のことは知ってらっしゃるでしょうし」
ニコラウスには国王が話すからそれまで黙っていろと言われて以来、ネモフィラは父と会っていない。
2.3日程度と言っていたから、予定通りならもう聞いているはずなのだ。
「……でも、婚約解消をニコラウス様が知らせられれば、すぐに私のところに飛んで来そうでもあるのよね」
それもないということは、どういうことなのか。
首をひねって考えて、ハッと思いついた。
「もしかして……婚約者でなくなったから、同時にわたくしへの興味もなくなったということ?」
政略結婚であっても心は誰よりも想い合っているのだと思っていた。
そういう言葉を交わし合ったことだって何度もある。
しかし婚約解消が決まったと同時に、もしかして自分は彼にとってもうどうでもいい存在になり下がってしまったのだろうか。
婚約者という立場だったからこそ、真摯に想いをむけてくれて、あの優しさをくれていたのだろうか。
いやな想像を思い付くと、それはどんどん心の深くに突き刺さり奥をえぐっていく。
さぁっと勢いよく全身から体温が抜けていくような感覚がして、ぶるりと体が震えた。
もう夫婦になれないことは決まっているのに。
彼の心は自分にあるなんてどうして自信を持っていられていたのだろうか。
「……余計に、会うのが怖くなったわ」
でもそれ以外に連絡がない理由が思いつかない。
……今度あったとき、彼はネモフィラにどんな態度をとるのか。
特別な婚約者への目ではなく、他人と同じに見てくるのだろうか。
考えると、温かい日差しの気候なはずなのにとても寒くなってきた。
* * * *
週末の休みの間も、ニコラウスからの連絡はなかった。
やはりもう、婚約解消のことをしっていて、ネモフィラとの交流の必要制すら彼にはなくなったのか。
婚約者でない相手などどうでもいいということか。
ネモフィラからは、勇気が出なくてなにもしていない。
(わたくし、こんなに臆病者だったかしら)
嫌な想像にたじろいで、起こってる問題から逃げてばかりなこの頃。
元々はもう少し行動的だったような気がする。
しかし今回のことに関してはどうにも動けない。
ショックが大きすぎて、心も身体もついていけてないのだ。
ただただぼんやりと休日を過ごしたネモフィラは、翌週も重い気分を引きずって登校した。
今日のお昼休憩はどうしようか。
まだ一限目が終わったばかりだというのにそんな心配をするネモフィラの視界で、長い黒髪が揺れた。
視線を向けると、クラスメイトのメリットが立っている。
「ネモフィラ様、次は魔法制御館での授業ですわ。ご一緒しましょう」
「あら、もうそんな時間になっていたのですね」
はっとして見渡してみると、教室内にはもうほとんど人がいない。
みんな次の授業のために移動してしまったのだろう。
ネモフィラはあわてて机の上にあった歴史の教科書をしまい、魔法制御の授業の準備を調える。
「メリット様、お待たせしてごめんなさい。行きましょう」
「はい」
ーーーー教室の外に出ると感じられるのは、興味深々といった視線の数々だ。
教室にいるときにも感じるけれど、校舎内を歩くとそれは余計に強くなっていた。
(ニコラウス様と距離をとっていること、そうとう大きな噂になっているみたいね)
なにせ今まで毎日一緒に昼食をとっていた。
それなのに数日前からとたんに接触がなくなったのだ。
みんなが違和感を感じるのは当たり前だった。
居心地の悪い空気に、ネモフィラはおじけづきそうになる。
それでも表面上は、姿勢を伸ばし、微笑みを忘れず、指先まで丁寧な所作になるよう気を付けて、一歩一歩を丁寧に進む。
ただ歩くだけでも次期王妃として申し分ないように、隙のない優雅さを。
……本当はこんな取り繕い、もう必要ないのだろうけれど。
「ネモフィラ様、ご覧になってください」
「どうされました?」
ふいに足を止めたメリットが指した方は、廊下の壁沿いに並ぶいくつもの窓の外だった。
ネモフィラ達がいる三階から見下ろした先には、校舎と校舎に挟まれた空間に、小さな庭園がある。
瑞々しい花々が咲き誇る花壇が並ぶその中央には、噴水から湧き出した水がキラキラと太陽の光を反射していた。
その周囲にはいくつかのベンチも設けられていて、生徒たちが憩いの場としておしゃべりに興じていたりする。
「ほらあそこ。一番奥のベンチですわ」
「メリット様? 一体なにが……、っ?」
指された場所を見下ろしたネモフィラは、庭園のベンチの一つに、よく知った金色の髪の青年を見つけてしまった。
見間違えるはずもなくニコラウスだ。
彼は座って誰かとおしゃべりしているようで、三階にいるネモフィラたちには気付いていないようだった。
(あそこからなら、よほど気をかけて校舎を見上げない限りこちらには気づかないでしょうね。よかったわ)
もし目があっていたら、ネモフィラはきっと逃げてしまっていただろう。
見つかっていないことにほっと息を撫で下ろした。
その後に一拍おいて、ふと青色の目を瞬いた。
「……?」
ニコラウスは女生徒と二人並んでベンチに座り、楽しそうに笑っていた。
その光景に、ついゴクリとネモフィラの喉がなった。
あまりにも彼らの距離が近すぎたから。
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