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20なぞの男の子

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 なぞの不審者に捕まってしまった。

「きゅ……きゅうー……」

 ぜえはあと荒い息を吐きながら私がぐったりしていると、くるりと体をひっくり返された。
 わきの下に手を当てて、男は顔の高さまで私を持ち上げてじろじろ観察してくる。
 あんまり見ないで欲しい。気持ち悪い。

「はは! ものすごく嫌そうな顔だな。ここまで表情が分かりやすい竜も珍しい」
「きゅう!」


 ほっといて! 笑われる筋合いなんてない!
 ぷいっとそっぽを向くと、ふっと小さくまた笑いをこぼされた。

「……――お前、ハイドランジア公爵家のリュクスが飼い始めた竜だろう? 名前はシンシア」
「きゅ……?」

 あれ、私がどこのだれだか知ってる人?

「やはり当たりか。こんなに幼い竜が一匹だけで王都を飛んでいるなんて珍しいから間違いないとは思ったが……あぁ、護衛はついてるのか」

 黒づくめの男の人は、ちらりと私の背後をみて呟いた。
 私も自分の後ろを首を回りて振り返ったけれど、誰もいない。……本当にいる? 
 いるとするなら護衛の役割を果たして欲しいんだけど。


 そんな願い虚しく誰も助けてくれず、開放もされず、男は屋根の上に腰を下ろして膝の上に私をすわらせた。
 お腹の前に手を回されているので逃げ出せそうにはないけれど、それでも乱暴な感じはない。
 お腹に回していない方の手で、私の頭や背中を指先でやさしく撫でてくる。き、気持ちよくなんてないんだから……!

「きゅう」

 しばらく私を撫でていた男は、静かな声を落とす。

「シンシアは……人になれると聞いた」
「きゅ?」
 
 どうしてそこまで詳しく知ってるんだろう。
 首をかしげた私の疑問を察してくれたのか、すぐに答えをくれる。

「うちの父とハイドランジア公爵は親しい知人だ。竜を飼うことや、その竜が珍しくも人間に変化してしまったことでの相談をされていた。私もその場に居合わせていたから、お前のことを知っている」

 リュクスくんのお父さんと、君のお父さんが知り合い?
 しかも私のことを相談するくらいの仲よしですと?
 くるりと向きを変えられて、向かい合う体勢になった。
 
「公爵殿が嘘をつくはずがないとは思うが……自分の目で確かめたい。人間になってみてくれないか」
「きゅうー」

 うーん、どうしよう。
 見ず知らずの人なんて、普段なら突っぱねてしまうところ。
 でも彼いわく、お父さんの知り合いらしい。
 もしかすると護衛が出てこないのも、彼が安全な人物だからと知っているからなのかも。
 ただそれが本当かどうかもわからないし。状況的に思いっきり不審者だしなぁと悩んでしまっていた―――のだけども、その時。

 うっすら雲のかかっていた空に裂け目ができて、明るい月の光が差し込んだ。
 同時に風がふき、彼のかぶっていたローブがパサリと肩へずれ落ちる。
 とたんに私を膝に乗せる男の人の容姿が、はっきりと見えるようになった。

「きゅ」

 淡い、金色の瞳。
 背後にのぼる大きな満月よりもきれいな金のきらめきに、びっくりした。
 あまりにも綺麗で、強く惹きつけられ、心臓がとまるかと思った。
 それくらいに印象的な瞳をもつ彼は、ローブが外れてみれば想像していたよりずっと幼かった。
 十代半ばの、まだ大人とはとても言えないだろう幼さを少し残した青年だ。
 
 風にながれるのは、金色の瞳とは対象的な銀の髪。
 肩をこすほどの長さのさらさらな銀色が、月光を浴びて夜空にうかぶ星よりも強く瞬いている。

 真っ白な肌に薄い唇。整い過ぎた鼻梁に、印象的で美しい髪と瞳。
 
 あまりに綺麗すぎて、言葉がでなかった。
 こんな整った顔立ちの子が存在するのかというほどに、とにかくすごい破壊力だった。

「……」
「頼む」

 うっかり呆けてしまっていた私は、真剣な声にはっと我にかえった。

「シンシア」

 膝の上から見上げると、月の光にさらされた彼の瞳は怖いくらいに真剣だ。

 そして、私を抱えている手がふるえてることにも気づいてしまった。

 ……彼にとってこれはとても重要で、どうしても知らなければならない大切なことなのだと察してしまう。

 竜が人間になれることは普通じゃない。
 だからあまりハイドランジア公爵家の人以外の前で変化するのはと躊躇していたけれど、彼の必死さに気持ちが動かされてしまった。

「きゅう」

 私は、目の前にある彼のローブを咥えてひっぱった。

「ん?」
「きゅーう、きゅう!」
「このローブが欲しいのか? ――あぁそうか。人間になるのに服が必要なのか」
「きゅう!」

 察してくれてうれしいよ。
 リュクスくんくらいの幼児ならともかく、十代の青少年に裸体を見せるのは抵抗がありすぎるからね。

「人間の姿をみせてくれるということでいいんだな?」
「きゅっ!」

 男の子はローブを脱いで、膝からおろした私をぐるぐる巻きにしていく。
 もう大丈夫かなというところで、私は念じた。

「きゅーう!」

 人間になーあーれー!
 
 とたんに額の竜石が光だし、私の体は大きく人間の形へと変わっていく。
 その姿を、目の前の正体不明の男の子はとても真剣な目で見ていた。
 凝視されすぎてちょっと心地が悪い。
 とにかく人間の姿に変化した私は、顔をあげて反応をまった。

 金色の瞳を見開いていた彼は、やや間をあけて感慨深げに呟いた。

「すごく……綺麗だな」
「貴方が言う?」

 確かに、人間になった私の容姿はそこそこ可愛い女の子だと思う。
 けれど息をするのも忘れそうなほどに現実離れした美しい顔をした男に言われると、少し複雑だ。
 でも彼は自身の容姿に興味はないのか、本当に素直に、もう一度口に出すのだ。

「シンシアは、とても綺麗だ」
「……あ、有り難う」

 リュクスくんといい、この男の子といい、こっちの世界の男性は誉め上手すぎない? 恥ずかしくなっちゃう。


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