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10おやすみなさい

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 リュクスくんのお父さんが外出先から戻ったのは、その日の夕方だった。

「リュクス!」
「ちちうえ!」

 体当たりするかのようにドアを勢いよく開いたお父さんは、息を切らし髪を乱していて、顔色もずいぶん悪い。
 
「ちちうえ、ちちうえ」

 リュクスくんがソファから飛び降り、両手を伸ばしながらお父さんへと駆け寄っていく。

 お父さんもリュクスくんの方へ駆け寄り、膝を落として広い胸に彼を抱き込んだ。
 リュクスくんはくしゃりと顔を歪めて、緑色の瞳からまたぽろぽろ涙をこぼす。

「ちちうえ、ははうえがっ、マリーがっ……っ」
「あぁ。聞いている。遅くなってすまなかった。すまなかったな」

 リュクスくんのお父さんは、細身でふんわりした感じのお母さんとリュクスくんとは違って、がっしりした筋肉質な体格で、眉も太くて豪胆な雰囲気だ。
 その見た目とは反対に、王城では王様の片腕の大臣として頭脳派で活躍している忙しい人。
 彼は目元に涙を浮かべながらリュクスくんを抱きしめつづけていた。

 しかし暫しして、お父さんはリュクスくんの肩を掴んで少し距離をとる。

「すまない。本邸に行ってくる。リュクスはしばらくここにいてくれ。おそらく一月ほどはこっちで寝泊まりしてもらうだろう……トマス、何かあれば知らせてくれ」
「は。お任せください」

 そういえばトマスさん、部屋の端に控えてたね。
 
「ぼくもははうえのとこいく!」
「それはだめだ。お前は連れて行けない」

 じわりとまた新しい涙の膜が浮かびはじめたリュクスくんに、眉を下げ頭を撫でてからお父さんは出て行った。
 


 ……仕方ないよ。

 子どもはこういう時、どうしても蚊帳の外になってしまうものなんだ。
 どれだけ悔しくても、事件が起きた時に役に立つ頭数としては数えてもらえない。
 それどころか足手まといになってしまうからこそ、ここで大人しくして欲しいのだろう。

「っ、ふぇ」

 お父さんがドアを閉めて出て行った瞬間、リュクスくんはまたうずくまって泣いてしまった。
 置いて行かれたことがショックなのだろう。
 寂しい、悔しい、悲しい、が心でぐるぐる渦巻いている。
 丸くなった背中が痛々しい。

「リュクス様。どうか我慢していてください。ここは大人に任せてください」
「やっ、やだ。やだよぅ。マリー、ははうえ、あいたいよぅ」

 トマスさんが背中を撫でながらどうにか落ち着かせようと頑張っている。
 それでも結局、泣き疲れてしまうまで涙が止まることはなかった。




「ん」
「きゅう」

 長い間泣いたその後、腫れた瞼が眠そうに閉じたり開いたりを繰り返す。
 疲れて頭がふらふら揺れているのに気付いた私は、部屋のベッドの前にいって、リュクスくんをふりかえった。

「きゅう、きゅ、きゅー!」

 彼は昨日の真夜中に起きてからまったく寝ていない。
 どれだけ気が張り詰めていて眠る気分じゃなくてももう限界だ。
 赤ちゃんな私の体力も尽きそうだし、幼児なリュクスくんも休息をとった方がいい。
 たとえ睡眠にはいれなくても。横になって休むべきだ。

「きゅう!」

 こっち! こっちだよ!

「あぁ、そうか。休ませるにはベッドか」

 気付いたトマスさんがリュクスくんを抱っこして連れて来てくれた。
 ベッドに彼を乗せて、ついで私も抱っこして乗せてもらう。
 それからふかふかのベッドの上をよっせよっせと歩いていって、リュクスくんに顔をむけつつ枕をぽんぽん叩いた。

「きゅう!」

 ここに横になりなよ。疲れたでしょう。

「……うん」

 真っ赤になった目をごしごし擦ったリュクスくんが、素直にこっちに寄って来た。
 やっぱり相当に泣き疲れと気疲れがあるのだろう。
 ぼうっとした表情の彼は、そのままごろりと横になる。
 私はシーツを加えて引っ張り上げ彼の肩まで被せると、隣にもぐりこんだ。

「きゅ」

 そういえば、リュクスくんはずっとパジャマ姿だね。
 寝るにはちょうどいいけれど、いつもマリーさんが着替えの支度をしてくれていたから、そういうのを完全に忘れられているのだろう。
 護衛のトマスさんはまったく気が利かないので仕方が無い。
 本当に剣しかできない人なのだとマリーさんが前に愚痴っていた。

「きゅう」
 
 そういえばご飯も食べてない。こっちも完全に忘れられてる。
 トマスさんってば本当に気が利かない男だ。
 マリーさんだったら絶対に忘れない。
 話せたら説教してやるのに、もどかしい。

「……シンシア」

 静かな声で、リュクスくんが私を呼んだ。
 小さな手が私の顔をなでる。その手は震えていた。

「きゅ?」
「シンシア。さっき、ごめんね」
「きゅう」

 なんのことか分からなくて首をひねると、リュクスくんはくしゃりと顔を歪めた。
 またぽろりと一粒の涙を落としながら。

「さっき、きらいっていったから。ごめんね」
「きゅ!」

 まったく気にしてないよ、大丈夫。
 本当は私も頭を撫でてあげたかったけれどどうにも届かなかったので、代わりに一度ぺろりと彼のほっぺを舐めた。竜の愛情表現としてしっくりくるのがこれだった。
 それから安心できるようにと体を寄せ合う。
 温かさを分け合うように。

「きゅっ」

 さぁ眠ろう。
 起きたらお風呂はいって着替えして、ごはん食べようね。






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