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2捕獲された

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 ころころ、ころころ。

 昔話むかしばなしのおむすびになったみたいに転がっていく私。

 結局、五分か十分くらいは転がり続けただろうか。
 転がりまくってたいへんな勢いのついた私の体は、何かに衝突した。見えなかったけど、たぶん石。
 その反動で私はポーンと弧を描いて空へ飛ばされて、落下していき……あ、誰かにあたる。

「きゅう!」
「いたっ!」

 頭と頭がごっつんこ。痛……くはない。
 どうやら今世の私はとてつもない石頭らしい。

「い、いたい。いたいよぅ」

 でも相手はやっぱり痛かったみたいで、うずくまって震えて頭をかかえている。
 どうやら幼い男の子らしい。

「リュクス坊ちゃま! 大丈夫ですか! たいへん……!」
「これは敵襲か!?」

 侍女っぽい女の人が、リュクスと呼ばれた私が頭突きをかましてしまった男の子に駆け寄っていき。
 護衛っぽい男の人が、腰の剣に手をやって周りを注意深く見渡している。

「いたいよう! うわーん!」
「まぁまぁ! リュクス坊っちゃま、大きなたんこぶが!」
「きゅ……きゅう……」

 ちいさい子に頭突きをかまして泣かすとか、元保育士として申し訳ない事このうえない。
 当たりどころが悪ければ死んでてもおかしくない。
 きちんと謝らなければ。
 悪いことをしたと思ったら「ごめんなさい」。園児にもよく言っていた。

 私は短い四肢をよっせよっせと動かし、転がるよりもずっと遅い速度ながらも歩いてその子の前に出ていった。

「きゅう」

 と、頭を下げる。ごめんなさい。
 
「……え?」

 気づいてもらえたようで。男の子は顔を上げてこちらをみてくれた。
 傍についている黒髪おさげの侍女っぽい女性と、鮮やかな青い髪でごつい護衛っぽい男性も、びっくりした顔で私を見下ろしている。
 男の子……リュクスくんの涙の滲む大きな緑色の瞳と、目が合った。

 その瞳がややあって大きく見開かれていったと思ったら。
 突然、彼は大きく叫んだ。

「……りゅうだ!!」
 
 りゅう? 私、竜なの? ドラゴン? 
 それにしては幼児の膝にも届かないって小さすぎない?
 竜ってものすごい大きな生き物のイメージなのに。

「りゅうだ! りゅうだ! りゅうだー!!」

 頭が痛いのも忘れたように、リュクスくんは大喜びで私を抱き上げる。
 そのまま高い高いするみたいに頭上に掲げられて、しかもぐるぐる回られた。
 もう回るのは勘弁してほしいんだけど。

「きゅう……」

 酔いそう。

「りゅうだ! すごいすごい! ほんものだ!」
「確かに竜ですわね。でもこんな町中に近いところに野生がいるなんて珍しいですわ」
「あぁ、しかもこれはずいぶん小さい。生まれたてくらいじゃないか」

 まわりがザワリとする中、リュクスくんが私をぎゅうっと強く抱きしめる。
 温かくて柔らかいほっぺが顔にこすりつけられて、くすぐったい。
 子どものふにふにのほっぺってホントに罪なくらいにふわふわで気持ちよくて、つい私も自分のほっぺをこすりつけ返した。

「ふふふふ! つるつるー」
「きゅう」
「ははは! くすぐったいよ」
「ぅきゅうっ!」

 この子、三歳か、四歳になりたてくらいかな。
 ちょうど私が働いてた保育園に一番たくさんいた年頃の子だ。
 そんな金髪の男の子リュクスくんは、気付くとすごい至近距離で緑色の瞳をキラキラに輝かせて私を凝視していた。

「りゅう。かわいい……かわいいなぁ」

 そう頬を赤らめてしみじみと呟いたあと。
 彼は何かを決意したみたいにきりっと眉を上げた。

「ぼく、このこ、かう!」
「きゅ?」
「か、飼うのですか?」
「そう! ともだちになる!」
「まぁ坊ちゃまったら竜をペットにだなんて……成長すればお屋敷に入らないほど大きくなるのでしょう? どうしましょう。トマス様」

 眉を下げた侍女さんっぽい人が、護衛の人をみあげた。
 彼は少し考えたあとに口を開いた。

「リュクス様が飼うかどうかはともかく、周囲に親竜はいなさそうです。このまま野に帰しても一人で生きていけないほどに幼い……保護するべきだとは思います」
「なるほど、そうですわね。いったんお屋敷に連れて帰って、旦那様に報告と相談をいたしましょう」
「マリー、トマス、それっていいってこと!?」
「えぇ。とりあえず、連れて帰るのは構いませんと言っているのですわ」
「やったー!」

 うん? 私、このリュクスくんの家に連れて帰られるの?
 せっかくの転生だから、できれば自由に世界を旅したいって、さっき思ったばっかりなんだけど。

「きゅう、きゅう」
「わ、こら! あばれちゃだめだよ!」

 連れて帰られるのも飼われるのもごめんです。
 慌ててリュクスくんの手からにげだそうともがいた私は、ぼとっと地面に落ちた。
 草の上だし頭と同じく身体も丈夫なようで痛くはなかった。

 よし、リュクスくんの手から抜け出せたし、さっそく旅に!
 と思って短い手足ながらも私はさっそうと歩き出そうとした。
 二、三歩は進めたと思うが、しかし周りの人間たちは私の旅立ちを許してくれなかった。

「いっちゃだめぇ! ぼくとくるの! シンシアはうちのこー! ほらシンシアってば!」

 リュクスくんがとびかかって来て、上から抑え込まれる。
 シンシアってなに。いつの間に名前つけられてるの。

「きゅう! きゅー!」
 
 やめてー! ペットになるつもりなんてないの! 離して!
 私は必死に抗議する。
 手足をばたつかせて、丸い体をくねらせて暴れてやる。
 
「きゅ、きゅう!」
「わっ!」

 よし、リュクスくんの力が緩んだ。
 その隙に抜け出そうとさらなる気合いを入れたけれど、今度はひょいっと何かに捕まれ持ち上げられた。
 見上げると、護衛のトマスと呼ばれた青い髪を刈りあげた男の人だった。

「リュクス様。この竜は俺が連れて行きましょう。嫌がっているようですが何にせよ保護は必要ですしね」
「わーい! ありがとうトマス!」
「よかったですね。坊ちゃま」
「うん!」
「きゅー!」

 なにするんだ! おろして!
 私は必死に暴れ、きゅうきゅう鳴いて、一緒に行くつもりはないと訴えた。
 竜としては生まれたてかもしれないけど、人間として二十年以上生きてきた大人だから保護なんて必要ないと主張した。
 けれどトマスさんはまったくびくともしない。
 リュクスくんもにっこり笑って「鳴き声も可愛いなぁ」と喜んでいるだけ。

 言葉が通じないってとっても不便。
 自分の意思がこんなに伝わらないなんて大変すぎる。

 不本意ながらそのまま私はトマスさんの片腕に抱かれ運ばれ、馬車に乗せられてしまったのだった。

「シンシアって、なにたべるのかなぁ。マリーは知ってる?」

 だから勝手にシンシアってつけないで。

「いいえ。帰ったら一緒に本で調べてみましょうね」
「うん!」
「そういえばリュクス坊ちゃま、さきほどから竜の子をシンシアと呼んでいますが、この子、女の子ですの?」
「だってかわいいから! きっとおんなのこだよ!」
「なるほど!」

 なにがなるほどだ。当たりだけど!
 リュクスくんはにこにこ可愛い顔で、トマスさんの膝の上に押さえつけられている私を眺めている。
 そんな彼を微笑ましそうに見守る護衛のトマスさんと侍女のマリーさん。
 大人二人からはリュクスくんをとても大切に想っている空気がただよってくる。
 

 ……この三人にまったく悪意はないようだけれど、同意のない連れ去りは誘拐だからね?
 私はのんびり気ままにこの異世界を旅するって決めたんだ。
 だって竜がいるってことは、ペガサスやエルフや妖精みたいなファンタジーめいた生き物が、他にもいるかも知れないってことだよ。
 会いに行ってみたいって思うのは当然でしょう。

 だからリュクスくんのペットになるつもりなんてまったくないの。そんな窮屈な生活したくない。

 しかしがっちり私を抱え込んでいるトマスさんの手の力は強く、なにをどうしても逃れられなかった。くそう!


 
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