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湯の中の私

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焚火場に着くと朱李が鮎の様な川魚を焼いていた。良い香りがする。オレは、蓮華を焚き火の前に座らせると髪をタオルで包んで乾かした。決して、温泉で愛でる事のできなかった蓮華の髪を堪能している訳ではない。それでも蓮華のホッコリした顔を見ていると心が安らぐ。そんな中、
(ぐぅぅぅ)
張り詰めた時間から解放され、いつもの日常に戻った安心からか蓮華のお腹がなる。蓮華は、お腹を触るとチラッとオレを見て、照れくさそうに笑った。
『かわいい。』
温泉の件もあり、何処か未来と重なってしまう。思わず後ろから抱きしめてしまいたいが、朱李の視線が気になり、自重した。そんなオレ達に朱李は、
「良かったら、こちらの魚は、焼けているので」
と言い、焼き魚を差し出した。命を狙った者と命を狙われた者。だが、蓮華は、朱李の魚を受け取った。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
蓮華のその一言に朱李の強張りが解けてきた様に見える。お互いにまだ蟠(わだかま)りは、あるはずだ。だが、蓮華のその一言で朱李は、だいぶ救われたんだと思う。それにしても豚人族達の時もだが、蓮華の言葉や行動には、生き物に対しての慈しみみたいなものを感じる。その後、温泉上がりの撫子と桜が合流し、一緒に朱李の焼き魚を食べた。温泉で癒やされたのか、撫子の肌艶も笑顔も弾けていたが、豚人族達との戦いは、思っている以上に体力を奪っていた様でオレ達は、早々に床に着いた。

(ちゃぽん)
オレ達が寝静まったのを確認した朱李が温泉に入る。朱李の心身は、ボロボロだった。豚人族達からの恥辱、桜達との死闘、最愛の人との別れ。温泉に映る自分の姿は、今までに見たことが無いほどに歪んでいた。朱李がそんな自分を見つめていると背後に気配を感じて、振り返る。
「…何しに来たの?」
朱李が振り向いた先には、桜がいた。桜は、頰を掻くと
「見張り…かな。」
と言って、朱李に背を向けるように座った。朱李は、
「見張らなくても、もうあなた達を襲ったりはしないわ。」
と言って、再び湯に浸かった。そして、内腿に刻まれた隷紋を触ると
「それに私は、あなたの主人の隷属だし…」
と言って、沈黙した。気まずい沈黙の後に再び朱李が口を開く。
「あの時…あの時何で私を止めたの?あなたの主人に『死ぬな』って命じられれば、私は死ねなかったのに。」
朱李の言葉に桜は、少し悩むと
「うん。永遠ちゃんが命じれば、貴女は、自害できない。けど、それじゃダメだと思った。それだと貴女は、死を求める生き方をするから。きっとそれをあの男は、願っていないって」
と言って、朱李を見た。朱李は、静かに涙を流す。
「あなたに拓朗の何が分かるのよ。」
朱李の振り絞った言葉に桜が返す。
「分からないよ。…でも、貴女がどれだけあの男を想っていたかは、分かる。命がけで剣を交えたから。だから、あの男の言葉の方が何より貴女を縛(まも)るって」
桜の言葉に朱李の顔がくしゃくしゃになる。
「ほんとヤな女。」
その言葉に桜は立ち上がると
「うん、嫌な女でいいよ。私も永遠ちゃんを殺そうとした貴女を許した訳じゃないから。それと悔しかったら生きて証明しなよ。私が思っている以上にあの男を愛していたって。」
と言って、立ち去った。桜がいなくなり、改めて温泉に映る自分を見る朱李。
「ほんと酷い顔…」
朱李は、そう呟くと温泉に映る自分をかき消す様に湯を掬(すく)い、顔にぶちまけた。

・・・・・・・懐かしい部屋。小さなテーブルを前に座る少女。何年ぶりだろうか。久しぶりに未来の夢を見た。蓮華との触れ合いが思い起こしたのだろうか。まだ家族4人で過ごしていた頃の夢。オレが母さんの代わりに未来の髪を乾かしている。未来の黒く艶やかな髪がドライヤーに吹かれ、舞い踊る。
「永遠にぃ。明日、病院で検査の結果が出るんだって。私の病気良くなってるかな?」
未来の不安そうな顔。でも希望を求める言葉に
「そうだな。きっと良くなっているよ。」
と答える。結果は知っている。嘘だとしても未来を悲しませる言葉は、口にしたくない。未来は、笑顔で返す。そして、
「永遠にぃ。……………」
掠れていく声。それが夢の終わりを告げる。
『永遠にぃか。』
その日を境に未来は、永遠にぃと言わなくなった。求める未来とは、違う現実。永遠は、未来にとって求め、拒まれたものだったのだろう。
『あぁ、夢が覚める』
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