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殺意の衝動

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どれだけ寝ていたのだろうか、焚き木の火は消え、太陽は既に昇っていた。オレは急いで周りを見渡す。撫子と桜は、まだ眠っているようだ。オレは、ホッと安心する。もし寝込みを襲われていたなら、オレも撫子達も命は無かっただろう。今までの安全な生活が生存に対する危機感を欠如させていると悟った。オレは、撫子達を起こしにドームに近づいた。その時、森の方から物音がする。
(ガサっ…ガサ、ガサ)
振り向くと森の中に人影が見える。1人じゃない。少なくとも十数人はいる。オレは、剣に手をかけて身構える。戦いへの緊張からか息が荒くなる。森の中の人影は、徐々に大きくなり、やがて狐耳の大男とその部下達が森の中から姿を現した。どうやら撫子達の仲間の様だ。オレは、戦闘の意思がない事を示すために剣から手を離した。狐耳の大男は、肩に大剣を担ぎながら、オレに話しかけてきた。
「此処にいるのは、お主だけか?」
オレは、一度、首を振るとドームの方を見て
「いや、オレ以外に…」
と返そうとした。だが、それを言い終わる前にドーム近くにあった氷の柩を見た狐耳の大男は、大剣を抜き、
「貴様!!儂の︎不知火に何をした!!」
と叫び、斬りかかってきた。オレは、間一髪大剣を避けたが、大剣の当たった大地は少し抉れていた。その光景から本気で殺しにきている事が分かる。オレは、改めて剣に手をかけ、身構える。狐耳の大男の尻尾は、桜が怒った時と同様に大きく、毛が逆立っていた。完全に逆上している。
『この状況では、話を聞く耳はもってくれないだろう。』
そう考えていると狐耳の大男の脇から4人の兵士達がオレに向かって斬りかかってきた。
『避けられない。でも、殺すわけにもいかない。何か…。』
その時、頭に文字が思い浮かぶ。オレは、以前とは違い、魔法に対して迷いはなかった。オレは、手にした剣を離し、兵士達に手を翳すと
「疾風の刃(エアーブラスト)」
と唱えた。その瞬間、突風が4人の兵士達を吹き飛ばし、後ろの木に叩きつけた。叩きつけられた兵士は、その衝撃で気を失い、泡を吹きながら倒れ込んだ。後ろで控えていた兵士達は、その光景を見て動揺し、後退りをし始める。
『よし、これなら迂闊に攻撃はして来ないだろう。今のうちに事情を説明して…』
そう思い、狐耳の大男に視線を向けると大男は、大剣を大地に突き刺し、突風に耐えていた。大剣から覗くその表情は、臆するどころか、オレを睨んだままだった。だが、尻尾の逆立ちは収まってる。魔法を使った事で、狐耳の大男を冷静にさせてしまったらしい。狐耳の大男は、オレを牽制しながら、
「怯むな、我らが人孤の戦士達よ。所詮は、魔法使い。接近さえすれば負けはしない。取り囲んで八つ裂きにしろ。」
と指示を出した。その言葉に兵士達は、落ち着きを取り戻し、ジリジリとオレを取り囲んで行く。徐々に陥いる窮地に自然と汗が流れ、息が荒くなっていくのが分かる。
『広範囲魔法でも放つか?でも、それでは不知火さんや撫子達にも当たる可能性がある。』
考えがまとまらず、追い詰められたその時、ドームの中から寝起き姿の桜が
「永遠ちゃん、朝から何騒いでるの?」
と目を擦りながら出てきた。その後ろから撫子も出てくる。状況が分からないのか昨晩と同じやり取りが始まる。
「もう、桜ったら何度言ったら分かるの。と・わ・さ・までしょ。おはよう御座います、永遠様。」
と言って撫子は満面の笑みをこちらに見せる。その声に狐耳の大男もその兵士達も反応し、オレから撫子達に視線を変えた。一瞬の沈黙の後、その静寂を破ったのは狐耳の大男だった。
「桜…撫子…お前達生きていたのか。」
狐耳の大男は、そう言うと涙を流し始めた。撫子達は、その姿を見ると
「お父様。それに皆さん。私達のために来てくださったんですね。」
と声をかけた。撫子達の声に狐耳の大男と同様に涙を流す兵士達もいた。狐耳の大男は、涙を流しながら喜びを表現していたが、撫子達の破けた巫女服から見える紋様を見つけると表情を一変させた。狐耳の大男は、指先を撫子達の腹部に向けると声を硬ばらせながら
「桜、撫子。お前達…その腹部の紋様は?」
と聞いた。撫子と桜は、隷紋を周囲に見られてしまった事に顔を赤らめ、その場に座り込むと破れた巫女服で腹部の隷紋を隠そうとした。その姿に狐耳の大男の尻尾が不知火の時とは比べられない程、大きく逆立った。殺気が辺りを包む。狐耳の大男は、ゆっくりとオレの方を振り向く。その表情は、鬼の形相そのものだった。
「やめて!お父様 ︎」
狐耳の大男の後ろで叫ぶ撫子達の声は、もう届かないようだ。狐耳の大男は、右手に持った大剣をオレに振りかざすと大地を揺るがす様な大声で
「殺せ!!!」
と叫んだ。オレを取り囲んでいた兵士達が一斉に襲いかかる。迷っている暇は無かった。オレは覚悟を決めて正面に手を翳す。
「エアーブラスト」
詠唱と共に正面の兵士達は、吹き飛ばされ、近くにいた兵士もバランスを崩した。だが、左右の兵士は、そのまま斬りかかってくる。オレは、右手で剣をとると左側の兵士は無視をして、右側の兵士を力任せに薙ぎ払った。右側の兵士は、剣を弾き飛ばされ、その勢いのまま、体勢を崩して仰向けに倒れた。
『つッ!』
左肩に痛みを感じる。それと同時に
(ボトッ)
という音を残し、オレの左腕が地面に落ちる。その光景と痛みで感情が高ぶる。殺意への衝動を抑えきれずオレは、左腕を切り落とした兵士に向けて剣を振りかざした。その瞬間、狐耳の大男が右腕に斬りかかって来るのが見えた。
『あの大剣で切られたら詰む』
そう思い、オレは回避体制を取る。だが、その体型と大剣からは考えられない速さで既に大剣はオレの目の前に迫っていた。
『斬られる。』
そう悟った瞬間、オレは右腕を大剣に差し出し、目を閉じた。
(かきんっ)
金属同士が当たった様な音がする。オレは、その大剣の衝撃に片足を地面に着く。右腕に鈍い痛みと痺れた様な感覚がある。
『運良く、オレの剣が当たったのか?』
オレが目を開けると腕に当たった大剣が滑り落ち地面に突き刺さる所だった。信じられない光景に狐耳の大男は、目を見開いたまま、言葉を失っていた。大剣が地面に刺さる。狐耳の大男は、戦意も失ったのか、大剣から手は離さないものの、全身を震わせ俯いてしまった。いつの間にかオレの左腕が再生している。大将が倒れ、左腕が再生するという人知を超えたオレの存在に他の兵士達も立ち上がろうとしない。オレは、狐耳の大男に剣を向ける。狐耳の大男は、観念したのか大剣から手を離した。
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