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- K - (2)
しおりを挟む団長と上官数名が手分けして他の部署や自警団の本部にも声を掛けて来ると言うので、残った者で作戦中の配置確認と備品点検を進める事になった。
「ヴィルヘルム、大変だったな」
そう声を掛けて来たのは同期のモラヴィアだった。
最近は夜勤が多いらしく、私は詰め所を離れがちだったので彼とまともに顔を合わせるのはそれこそ宿舎でのささやかな夕食会以来かもしれない。ローレンツと同じくらい気の置けないモラヴィアの登場に少し肩の力が抜けた。
「ああ、姉の件もイツ……イレーネの件も迷惑を掛けた」
危うく呼び名を間違えそうになったが、そういえばまだモラヴィアにはイツキの事を言っていなかった。私の様子に気付いた様子もなく2人共無事で本当に良かったと肩を叩いてくれた。
「ところでローレンツを知らないか?」
「ああ、ローレンツなら」
そろそろ戻って来る筈だと言おうとした所で、慌ただしい足音と共に硬い表情をした船員風の男が息を切らして部屋に駆け込んで来た。嫌な予感がする。
「第三隊団長の方か、ヴィルヘルムという名前の方はいらっしゃいますか!?」
「私がそうですが」
やはり港に残っていれば良かった、ローレンツも流石に戻って来るであろう時間に伝言を頼まれたであろうこの一般市民がここに来るという事は……。
「港にいた騎士の方が”イツキさんを見失ってしまって捜すから自分は戻れない”と伝えてほしいと言われて……」
「おいヴィルヘルム……、すみませんご協力感謝します」
表情に出てしまっていたようで、黙り込んだ私の代わりに伝言を持ってきてくれた男性にモラヴィアが礼を言った。この場の雰囲気に居心地に悪さを感じてだろう、早々に部屋を出て行く男性に私も一礼してから団長を捜すべく部屋を出た。
周りに断りを入れたモラヴィアも私の後に続く。
やはり少しの間も離れるべきではなかった、姿を確認して家までつれて帰っていれば……と過ぎた失敗を繰り返し後悔した。
階下に下りて回廊に出た所で急に思い立ち、オスカー団長がいるであろう別塔の方向と反対の正面出入り口の方へ足を踏み出すと後ろを歩いていたモラヴィアが私を止めた。
「どこに行くつもりだ!団長の許可も取ってないだろう!」
「すまない、行かなければ。私はいないものとして作戦を遂行してくれ」
「なんだって!?おいどういう事だよ!!」
尚も食い下がるモラヴィアと対峙していたところ、前方から今一番会いたくない人物が現れた。
すかさずモラヴィスが先程の伝言の内容を、手短にオスカー団長に伝えた。
「落ち着けヴィルヘルム、お前がやるべき事はなんだ?」
「……」
目の前に立つオスカー団長が更に一歩私に近付いた。
私の左胸ちょうど鼓動を打つ心臓の位置を手の甲で叩いた。
「お前のここが動いてんなら坊主も生きてる、それにまた今回の事件と無関係とは思えん」
団長の言葉にすぐに出て行こうとした自分の軽率さを反省したが、果たしてこのまま騎士団の任務に参加していてイツキを助け出す機を逃してしまわないか心配だった。
「大丈夫だ、そんなに心配なら突入の先頭をお前に任せてやる」
先頭という言葉と笑顔のオスカー団長を目の当たりにして、やっと冷静になったが時既に遅く、団長の後ろに立つモラヴィスも諦めの表情で首を横に振っていた。
夕方になり我々は八組の小部隊に分かれて町中では別々の道を通り、無事港に到着した。
手筈通り船へは桟橋から続く入り口から突入する部隊と、合図があってから既に掛かっている縄梯子と装具を用いて甲板での陽動に向かう部隊とそれぞれの場所で待機していた。
団長率いる陽動部隊がこの作戦では最も危険だ。
事前に潜入しているシュテファン殿の情報では、腕に覚えのある者は皆甲板付近に集まっているとの事で、船内には純粋に船を動かす為の船員達が配置されているのみのようだ。
この船舶が我が国に出している停泊期間の申告書によると、後数日はこの港に停泊予定と書かれていたが、今にも引き上げられそうな錨と慌しく動き回る船員達の様子からは、今夜出航だと言われた方が余程納得のいく状況と見受けられる。
「積み荷が多過ぎる……もっと近寄れねぇのか?」
「団長、これ以上は怪しまれます」
こちらの準備は万全であるが一向に人質の子ども達の姿の確認が出来ず、我々は船への突入に二の足を踏んでいた。
「もう積み込まれたのでは?」
「あの人数を?馬車も無しにか?」
騎士団の参謀である上官とオスカー団長が船の様子を窺いながら話すのを、陽動部隊の全員が静かに聞いていた。
今も盗賊団の中にイレーネに変装したままで潜り込んでいるはずのシュテファン殿が既に船に乗り込んでいるという時点で、我々の監視の目を掻い潜りなんらかの方法でもう子ども達が船に乗せられているのではないかとも考えられるが、推測だけでは動けない。
「ローレンツ……痛むか?」
隣にいたローレンツに声を掛けると頬を押さえ苦笑を浮かべた。
港に出発する少し前、イツキが見付からなかったと詰め所に戻って来たローレンツは私の顔を見るなり謝罪と”思い切り殴ってくれ”と言った。本当に殴るとは思っていなかったようで、驚いた彼の前で私は自分の頬も同じ力加減で殴った。
ローレンツがわざとイツキから目を離したとはもちろん思っていない、だが彼への怒りとこんな理不尽な怒りが湧いてしまう自分の心が許せず、申し訳ないがローレンツと自分の顔にも一発ずつ気合いを入れさせてもらった。
「殴ってでももらわないと自分が許せなかった、ありがとなヴィルヘルム」
へらりと笑った友人に心底申し訳なさも感じながら、背中は任せろと念を押した。
団長には先頭を行けと言われたが、槍を得意とするローレンツがより適任だと二番手を任されたのだ。
剣の柄に手を置き、失敗は出来ないと自分に言い聞かせた。
「団長!合図です!!赤い光です!」
船の客室の一室から覗く赤い光は”人質安否不明・船舶出航間近”の合図だ。
「突入する!お前らついて来い!!」
団長の号令を切っ掛けに暗がりから躍り出る。
慌てた船員達を制圧しながら船舶の外装へ近付いた。事前の打ち合わせ通りに縄梯子と装具を使いほぼ垂直に切り立った船を甲板まで駆け上がる。
「侵入者を殺せー!!」
甲板に到着する時には既に船内の異変の第一報が届いていたようで、敵の間では混乱が起きていた。身軽に甲板へ降り立ったローレンツが、素早く陣形の先頭になるであろう位置にいた男達を槍で往なして場所を作った。背後から彼に近付こうとする野盗を二人ほど斬り伏せて、私もローレンツに続いた。
「怯むなー!!」
「動くな!投降する者は床に伏せろー!!」
薄暗がりに慣れた目でも戦況の見極めは難しく、船内での探索にも応援が必要かと判断しローレンツと共に甲板の中央部にある船内への階段を目指す。
槍と剣で敵を散らすがなるべく殺さないようにと言われている為、少々斬り付けた位では次から次へと再び立ち向かって来てきりがない。
「ヴィルヘルムー!」
微かに聞こえた叫び声を頼りに振り返ると、船の縁に大男に抱えられた状態のイツキを発見した。足を止めた私の視線の先に気が付いたローレンツが進行方向を変えた。
今にもイツキを船の外へ放り出しそうにも見える男に向かって、声を張り上げた。
「降りてこい!!その人を解放しろ!!!!!」
こちらを見た大男の手には遠目にも鋭利な得物が握られており、卑怯にもその切っ先はイツキの喉元に当てられていた。
「それ以上近付くな、お前のせいでコイツの首に穴が開くぞ」
一体なにをするつもりなのかと船の上のほとんどの人間の視線を集める中、男の後方に別の船舶の帆先が静かに近付いて来るのが見えた。まさか緊急時用の別の船まで用意しているとは思わなかったが、一体どうやって乘り移る気なのか。
この世界の人間は海や川に近い所で生活する人間であっても、水泳はあまり得意としない。
水の中で少しでも身体を浮かべるには多くの魔力を使い、陸上での生活と比べると労力が違い過ぎるからだ。
浮力への魔力の変換と泳ぐという行為を両立するには相当な訓練が必要だ。いくらこの船の男達が特殊な訓練を受けていたとしても、隣の船に移り損ねようものならほぼ溺れ死ぬと思って良いだろう。
投降を呼び掛けたオスカー団長の言葉も一蹴され、事もあろうに男達は自分達の身の潔白さえ主張した。
「奴隷なんて知らねぇ!船内もさんざ見たんじゃないのか?よぉ騎士さんよ、人の船に難癖つけて乗り込む程この国は礼儀も信義もねぇのかよ!?」
威勢よく叫ぶ大男に呼応するように、船上の盗賊達は叫び声を上げた。更に団長が大男と交渉するのを尻目に、斬りかかってくる男達に対応する。
「イツキ!!!」
なんとか船内へ倒れ込んででもくれれば、なにがなんでも助けに行けるのだが。
オスカー団長の立つ地点まで辿り着き、更に大男の立つ船の端へにじり寄る。側面に寄せて置かれている樽を足掛かりに船の縁までは上がれそうだが、果たして間に合うだろうか。
見上げると、やっと目が合ったイツキは確かに笑っていた。
「子ども達は樽の中だ!!!!!」
次の瞬間そう叫ぶや否や、突然視界から消えたイツキの状況を恐らく正確に予想した。
「やめろっーーー!!!!!」
どうして先にいつも彼の方が諦めてしまうのか、私が助け出す事を信じて待っていてくれないのか。
力の限り叫んだが大男の背中とその頭の動きから間違いなく彼が船外へ飛び降りた事が分かり、身体から力が抜ける。
「おい!ヴィルヘルムしっかりしてくれ!!」
ローレンツに強く背中を叩かれて、自分が一瞬呆然自失としていた事を自覚した。
「手が空いたヤツは樽を開けてけ!他は俺に続け!!」
団長が船の先頭へ戦いの前線を動かして行くのを横目に、すぐ手近にあった樽に手を掛けた。剣が刃こぼれを起こすのも気にせずに金具を外し樽の蓋を開けると、衰弱した様子の少女が怯えた目で私を見上げていた。私の後ろから樽の中を覗いたローレンツが団長の背中に届くように声を張り上げて叫んだ。
「樽の中に子どもを発見しました!!!!」
その声を受けて右腕を高く天に上げた団長と、周囲の騎士達も次々に樽の中身を確認していく。
先程の大男はとっくに隣の船に移ったのか、船上に既にその姿は無かった。頭を見失った敵は統制も取れず、罪の発覚と我々の気迫に恐れをなし投降する者、余罪もあるのか一か八かで船外へ飛び降りる者と様々だ。
後方へ子どもを集め、順次安全に船から降ろすように準備を進める。
船上の様子が船の内部まで伝わったようで荷物の積み込み口から突入した部隊も合流し、担げるだけ子どもを担いだ人間から船外へ向かった。
証拠隠滅の為かどさくさに紛れて船員が放った火種が次第に船の下層を包む頃には、ほぼ全ての団員と救出された人々、縛り上げた盗賊が桟橋へ並んでいた。
当然その桟橋の何処にもイツキの姿はなく、ただ闇の底の様に暗い海面を見詰める。
思い立って泳いで捜しに行こうかと自身の鎧に手を掛けると、いつの間にか隣に立っていたローレンツが私の手を止めさせた。
「私は……どうすればいい、何処を捜せば……」
問うた訳ではない、ただ口をついて言葉が出ていた。
自分の心臓だけが彼の生存を証明している。
最後に目が合った時のイツキの表情が思い出される、全てを諦めたような寂し気な微笑を浮かべていた。
共に生きて欲しいと思うのに、彼にはなにも伝わっていなかったのだろうか。
彼からも私と生きたいと思ってもらえる自分になりたかったのに、私は……。
その後、周囲の動きに合わせて救護所の設営や連絡、救助した人々への声掛けなどを表面的に行っていたように思うが、記憶にない。
いつまでも見付けられないイツキの姿を捜していた。
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