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第5話
しおりを挟むやっと人心地がついたオレ達はお互いのベッドに腰掛けて改めて詳しい自己紹介と、これからの事を話し合う事にした。
「改めてオレは藤代 樹、多分ココからものすごく遠い国から来た事は分かるけど、どうやって来たかが分からないからこのまま帰れない事も覚悟している」
「来た方法が分からない……と言っていたが、なにか思い出せる事はないのか?」
「……“軽い”事故に遭って意識が薄れて気が付いたらあの街道に倒れていた。人里まで出ようと思って歩き出したけど変な人達に追い掛けられて……そこを貴方に、ヴィルヘルムに助けられた訳だけど」
「そうだろうあんな人気の無い場所に君のような人間が歩いていれば、悪い人間でなくとも連れ去ろうと考えるだろう」
今サラッと怖い事を言われたような……。
「えーと……それはオレが珍しい髪の色?だからかな……」
言っていて恥ずかしくなるくらい自覚は無いが、宿の女将さんの前でまで帽子は外さない方が良いとの徹底ぶりなのでそういう事なのだろう。
「そうだな、髪や瞳の色は本人の持つ魔力特性に大きく影響を受けると言われていて、色味の系統で加護を受けている精霊の種類と、その色の濃度でその強さが分かる……」
改めてオレの髪と続いて瞳を見てからヴィルヘルムが続ける。
「私が知る限り、王都の魔道院にもここまで見事な髪色の者はいないな」
「そうか魔力がどうかは分からないけど……オレの国では全く珍しくないけどな……」
ありきたり過ぎて逆に明るい色へ髪を染める人も多いと言うと、ヴィルヘルムは心底驚いたようだ。
「高名な魔導士がより魔力を得ようと、髪に色粉を塗り込む……という話は聞いた事があるが、わざわざ色を薄くする為に手を加えるという話は聞いた事がないな」
「なるほど、じゃあやっぱり相当目立つってワケだ……」
脱色でもしていれば良かったかもしれないが、学生時代に染めてから軽く10年はカット以外なにも手入れをしていないので、やや癖毛の真っ黒な頭髪だ。
どうやら何をするにも帽子やフードを外せない生活になりそうだ。
「数多いる精霊の中でも黒の最も力のある闇の精霊に祝福された者は、滅多にいないと言うから希少価値も高い。君を見掛けて目の色を変える狂信者もいるだろうな」
そんな危ない人に捕まったらちなみにどうなるのだろうか……聞きたくない気もするが、どういう需要があるのか知っておくに越した事はない。
「じゃあもしあの時ヴィルヘルムが助けてくれなくて、簡単に捕まっていたらどうなっていたんだろうか……」
遠い目をするオレを見て本当の事を言うか言うまいか一瞬考えた様子の青年は、姿勢を正してオレを真っ直ぐに見詰めた。
「君のような人間が捕まれば、まず間違い無く趣味の良くない貴族か魔力を求める狂信者の教会関係者にでもすぐ買い手が見付かり、売り飛ばされるだろう。
「それまでにも酷い目に合うとは思うが商品である内は殺される事はない」
「ただその売られた先では女性であれば力を引き継ぐ子孫を望まれるだろうし、男性でもその家の女性を宛がわれるかもしれない。昔から“加護を受けた者の一部”を物理的に取り込む事で、魔力が得られると囁かれているから……」
一部を取り込む……え?そういう言葉が普通に出てくる世界なのかここは……?
「それって……その用済みになったら最終的に食べられるかもって事……?」
え!え!?なんだ、それ!?もの凄く危ないところだったんじゃないのか!?というか食べられるって二重の意味で……最終的にはカニバリズム的な物理的に美味しく食べられるって話!?そこまで想像が行き当たり慌て出したオレに諦めたような目をして目の前の騎士が頷いた。
「ああ、これからはもっと危機感を持って行動してくれ」
命以上に人間としての尊厳やらなんやら色々助けてもらっていたようで、オレは何度も深く頷いた。
「とにかく元いた国には戻れないとして、この世界……いや国で1人で生きていけるように自立出来ないかと思っている。住民として認めてもらう機関があるならそこに行って、まずは仕事を見付けて……」
「待ってくれ、イツキは望んでこの国に来たワケではないのだろう?まずは自分の国に家族の元へ帰りたいとは思わないのか?」
確かに大半の人間はこんな状況になったら、何とか元の世界に戻る努力をするのかもしれない。
だがオレの場合は元の世界で多分死んだであろう事と、心配をする家族もいないので正直"なんとしてでも帰りたい"という強い気持ちは少ないかもしれない。
「望んで来た訳ではないけど心配してくれるような家族はいないし……勘としか言いようがないけどもう元の世界には戻れないと覚悟している」
自分に言い聞かせるように言ってみるが、ほぼ30年程生きていて少しの未練も心配してくれる人もいないとは実に寂しい話かもしれない。
「……仲の良かった友人だけは心配してるかもなぁ」
2つのベッドの間にある小さなサイドテーブルに置かれたロウソクの明かりを見詰めながら、自嘲気味に笑ってしまった。
「君が本当にこの国で暮らしたいのであれば、明日にでも信頼出来る機関へ相談に連れて行く事も出来る」
「役所とか国の機関って事だよね?こんな身元もハッキリしない奴でも大丈夫かな……」
「それも私が身元保証人になれば問題ないだろう」
「えっ!?いや流石にそこまで世話になる訳には……いやもちろん問題なんて起こす気もないけど」
ヴィルヘルムに対しては既にこの街に来るまでも助けられてばかりで、気持ちとしてもそうだが金銭的にも借りを作り続けているのだ。
これ以上はマズイ気がする……。
「これでも人を見る目は確かだと思っている」
ニコリと微笑まれ間近で見る男前の笑顔の破壊力に思わずベッドの上で後退ってしまった。
“ロウソクの明かりで女性の表情は魅力的に見える”という話は聞いた事がある気がするけど、性別は関係無かったようだ……。オレが女なら好きになってしまっていたぞ!
変な汗をかきそうになりながら、ありがとうと礼だけ伝えた。
「ただ明日は朝から私は行かなければいけない場所があって、そこで成果が得られれば明後日にはこの街を発つつもりだ」
「えっあぁそうかヴィルヘルムはあくまで移動の途中?なんだよな、もし聞いても良いなら目的地を聞いても良いかな?」
到着してすぐこの街が主都ではないような気はしていたが、どれ位の規模の街なのか自分が住むにももっと住みやすい場所があるのか知っておきたかった。
「ここよりもっと国境沿いの大きな町へ行くつもりだ。私は……現在所属している騎士団とは関係なく個人的に人を捜している。数日前から家にも帰らず連絡を絶った女性だ」
人捜しか、道中彼が先を急いでいるのではないかと感じていたがこんな理由だったとは。
「行き先に心当たりは?この街にいる可能性はないのか?」
「明日詳しい話を聞ける人間と会う約束をしているが……どこかの街にいるのであれば連絡のひとつもある筈だから自分では自由に行動が出来ない状況にあるのだろう」
表情を曇らせた彼の様子から相手は余程親しい女性なのだろうと想像出来る。
「警察……というか悪人を取り締まる団体とか、助けてくれる機関はないのか?」
「それこそ我々騎士団やその管轄の自警団がその役割を担うが、今回の件に関しては明確な事件性が認められない為まだ動きようがないのだ」
なるほどその彼女が自分から失踪した可能性も否定出来ず、出動出来ないという訳か……。
それで早く捜し出したいのに、ヴィルヘルムはひとりで彼女を捜し回っている……と。
「あのさ何の役にも立たないかもしれないけど、それってオレが手伝う事出来ないのかな?」
「君が?」
目を見張って即座に聞き返すヴィルヘルムに、内心苦笑しながらも言い募る。
「なにか調べるにしても人手はあった方が良い!というか、オレの国では“猫の手でも借りたい”って言うんだけど役割分担したり……1人より2人の方が早く見付けられるかもしれないだろ?まぁオレが何の役に立つんだって感じだけど……、とにかくヴィルヘルムには今日まで助けてもらってばかりだったから少しでも何か恩返ししたいんだ」
気まずさから一気に喋ってしまった……説得力が無さすぎる。
自分で言っていて一体どんな役に立てるというのだろうかと首を捻りたくなったが、とにかくここで別れてしまっては彼に恩を返すタイミングを失ってしまうだろう。
「……気持ちは有り難いがこれは私の問題だから、君を巻き込むわけにはいかない」
「でも……」
少しも役に立てないのだろうか?言葉も通じるなら何か出来るはずだ。
「イツキの事は明日の午後きっと確かな人間に頼みに行くから安心してくれ」
言外に“足手纏い”であり“迷惑”だとハッキリ言わずに彼なりの優しさでやんわりと断っているのかもしれない。
「……じゃあ明日1日で良いから考えてよ、オレが手伝える事」
「ああ、わかった。今夜は晩いからもう寝よう」
そう言った彼がロウソクの火を吹き消したのを合図に、ベッドの中に潜り込む。
久し振りの清潔な寝具に包まれてものの数秒で眠りに落ちていた。
「……樹、なぁ樹……」
なんだよ人が気持ちよく寝てたのに…。
聞き慣れた声に何度も呼ばれている気がしてなんとか瞼を上げると、見慣れた顔の親友が寝ているオレの肩を揺さぶっていた。
「あれ?耕平?なんで……」
「なんでってお前、人を呼んどいて先に寝るなよ」
突っ伏していた机から引き剥がされて、軽く後頭部を小突かれた。
お互いに都合が良い週末には、月に1度の頻度では呑んでいた。大抵はどちらかの家でお互いにひとり暮らしだからどちらの家でも良いのだが、案外几帳面な耕平の部屋は居心地が良くてオレがこいつの家にお邪魔する方が多かったように思う。
今夜はどうやらオレの部屋だったようで、見慣れた黒のローテーブルにお互いの好みで買ってきたビールの缶や日本酒の瓶と簡単な惣菜が並んでいる。
家呑みは帰りの心配がない分ついつい呑み過ぎてしまうのがたまにキズだ。
「わるいわるいなんかすごく眠くってさ……、なぁ次どれ呑む?」
2人しかいないのにオレだけ寝てしまうなんて、やってしまったなぁと誤魔化すように笑いながらビールを差し向けると耕平は驚くほど真剣な顔でこちらを見ていた。
「なぁ、樹」
「なに……?どうかした……?」
温くなって汗をかいたビール缶が手の中で滑りそうになる感覚を感じる。
オレと話しているはずの耕平の視線は、耕平を見るオレの視線とぶつかる事なくもっと後ろの遠くを見ているような眼差しになる。
「なんでお前さ、勝手に先に死んじまうんだよ……」
「えっ……」
ああそうかそうだ、やっぱりオレあの時の車に轢かれて死んだんだ。
掴んでいた筈のビール缶もそのまま机の上にあって、オレの前に置かれていたと思ったコップも無くなっている。
これは夢だ、夢だと思うのにとてもリアルで、座っているラグの感触さえ実感を持って感じる。
「仕事の愚痴とかさ、しょーもねぇ話これから誰に言や良いんだよ……」
滅多に表情を崩さない強面の親友が目の前でグシャリと顔を歪ませるのを見て、はじめて自分が死んだ事を心底後悔した。
「ごめ……ん、ごめんな」
なにが“元の世界に未練は無い”だ、オレだって耕平が突然死んでしまったら立ち直れないかもしれない。
どうして今までそんな事も想像出来なかったんだろう。
親とは折り合いが悪く、大学進学を機に実家を出たオレとたまたま耕平の大学も近く、狭い部屋を折半して借りて学業とバイト三昧の生活だったが本当に楽しかった。
卒業する頃になって別の友達から言われてやっと、耕平はオレを心配してわざわざしなくても良い下宿生活をしていたと知って、有難くもあり情けなさも感じた。
幸い友人関係には恵まれていたが、周りに心配を掛けないように生きていこうと思ったものだ。
隣で子どものように顔を真っ赤にして泣く親友を見て、視界が歪む。
「ごめんな耕平……わざとじゃないんだ……」
耕平の肩に手を置く、掴んでいるはずなのに手の平に熱を感じない。
「……樹……樹」
“オレはここにいる”と伝えたいのにオレの声は届く事はなく、周囲が霧に包まれたように白んできて部屋の様子も耕平の姿も徐々に見えなくなっていった……。
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