VOICE-Run after me-

紅と碧湖

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1章 Run after me -若狼-

26.わが郷へ

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 俺は担がれてる。

「下ろしてよ、歩けるよ」
「おとなしくしてろ」

 さっきから言ってるのに、大工カッパは下ろしてくれない。

「ねえ、自分で歩けるって」
「黙って担がれてろよ、おまえ」

 ルウの先輩が言った。俺の両手首を縛ってる革紐の先を、つまらなそうにもてあそんでる。たぶん遅いから暇なんだ。
 でもルウとかベータみたいな速さで走るの、他の階位じゃ月が満ちてても無理なんだよね。

「約束したんだろぉ? おとなしくしてるってさぁ」

 ホワンとした声は癒しイプシロンだ。シグマと同じくらい賢くて、すごく優しい。
 枯れた草みたいな色の毛がすごく多いんだ。狼になったときも毛はふさふさ。

「ちゃんと守んねえとな」
「じゃないと、あいつも約束守らないかもな?」
「そうだねぇ~、帰ってやんねぇ~とか言うかもねえぇ」

 ベータ次席と先輩ルウとイプシロンが続け、カッパが大声で笑った。

「まあ、そりゃねえだろうがな、棲まい探すんなら俺がいた方がイイだろう。どうせ後で聞きに来るなら、このまま俺と来る方が話は早い」

 まあそうだよな。郷の棲まいのことなら、カッパが一番詳しいだろうし。

「そうな、おまえの番も役に立つだろうしな」

 けど先輩ルウが軽い調子で続けたのでビックリした。

「番? え、カッパに?」
「おい、なんで知らない。織りフィーと番になっただろ」
「え、マジで!?」

 先輩ルウもビックリした声を上げる、けど俺だってビックリだ。
 雌でも階位クラスを得るのがいる。フィーがそうだ。ガンマのとこで書物を読んで、以前は常に何匹かの雌が階位を得ていたというのを知った。
  階位を得た雌って番はどうするのかな、大変そうだなとか思ってた。だけどカッパと……なんて。全然そんな感じなかったよな?

「まあ、成人前からそういう約束してたしな」
「そうなの!?」
「いや、あいつが照れ屋というかな」

 とか言うカッパ自身が照れたようにガハハと笑い、イプシロンがほわ~んと笑う。

「夏の初め~~、だったかねぇ、みんなで祝ったの」
「春の収穫を終えて、新たな番の棲まいを整えた後と思っていてな」
「ああ、おまえいなかったか」

 先輩ルウが慰めるみたいに背中をポンポン叩いた。

「すっげえ面白かったぞ。こいつ番の尻の下にガッツリ敷かれててな」
「いやいや、あいつに敷かれるくらい、なんでもねえよ」
「おまえ~、そういうの番無しの前で言うのやめろよな、可哀想だろ」
「おまえにだけは言われたくないな!」

 先輩ルウにカッパは高笑いしてる。
 うん、みんな幸せそうでいいね。
 でもそうか。
 カッパが番探しに出なかったのは、フィーと番う約束をしてたからだったんだ。
 いいな。番と一緒。
 俺も、もうすぐ……そうなるのかな。
 ベータは戻って来るって言ったけど、アルファのこととか……いったい俺はどうなるんだろう。ベータの番に……そう認められるのかな。番が認められないなんてあるのかな。そんなことないよな。だって番なんだし。
 みんなに認められて、祝われて……そうなるといいな。
 俺も、先輩やカッパみたいに惚気たりしてみたい────

「ていうか番無しがおまえ運べるわけねーての」
「そーだよぉ、来てんのは番持ちだけーぇ」
「あ……」

 そういえば『番無しには匂う』とか言われてたっけ。

「……ていうか俺、匂うの?」
「いや、俺らには分からん」

 ベータ次席が速攻で返す。
 そっか、ここにいるのは番持ちだけか。

「え、でも番のあるなしで変わるってどういう?」
「俺が知るかよ」

 先輩ルウが言う横で、イプシロンが「ん~」眉寄せて続ける。

「番を惹きつける特別な匂いってのがあるんだよねぇ。どんな匂いしたって、自分の番以外なーんも感じない~、ていうモンなんだけどさぁ」
「そうだ」
「みんなそうだろう」
「う~ん、番無しがヤバいってのはさぁ、おまえの匂いって番じゃなくても影響しちゃうってことなんじゃあないのぉ?」
「えっ、なにそれ」
「ん~~、書物にはねえ、オメガが発情したら他の雄から離しておくべき的なこと書いてあるのもあったんだよねぇ。だからたぶん、そういうことだと思うんだけどねぇ」
「あ? どういうことだ?」

 先輩ルウがどうでもよさげに聞き、イプシロンはまったりした声で返す。

「発情も普通とは違うらしい~、んだけどもねぇ」

 俺はゾッとした。

「それって……」
「番以外に発情なんて考えにくいしさぁ。詳しく分かっちゃぁいないんだけどもぉ」

 ────番じゃ無くても、どの雄とも子作りできるってこと? だからアルファとも……そういうこと?
 でも金の銅色は……

『郷で良い子にしているんだぞ』

 棲まいを決めて良いって、任せたって。
 そこで待ってるって、早く戻ってって頼んだら、しっかり頷いて

『ああ、分かった』

 笑った顔がすっごい頼もしくてカッコ良くて、信じて待とうって俺は思った。
 アルファのとこ行かなくて良いんだって……なのに……やっぱり……?

「おい、なんでまた泣いてんだよ。おまえはいつだって冷静だっただろう、どうしたんだ」

 呆れたみたいに声を出す先輩に、カッパがドラ声を返す。

「あれだろ? やっと番に逢えたのに離されたからだろ? 悲しくもなるだろうさ。しょうがねえよ、そりゃあ」
「けどさあ、こいつは……」
「まぁまぁ、そう言わずに。泣かしてやろうやぁ」

 イプシロンは柔らかい口調で、先輩ルウをたしなめる。

「初めてのオメガだから、俺らもよく分かってないんだよぉ。もしかしてオメガってのは、精神的に脆くなるんかもねえ」

 イプシロンの声に、カッパがまた高笑いし、「泣け泣け!」と言いながら抱えた俺の尻をパシッと叩く。

「いたっ」
「まあ……分かんないじゃねえけどさあ」

 先輩ルウは、ポンポンと優しく背中を叩きながら溜息を吐いた。

「シャキッとしろや、おまえらしくない」
「泣きたいのも分かるがな、俺らで始めてのオメガなんだぞ、おまえ。頼むぜ」

 ベータ次席が言い、カッパが俺をよっと担ぎ直す。身体が揺れて涙が落ちた。
 頼むってなんだ、と少し思い、じゃあ下ろせよ、と思いながら俺はくちびるを噛みしめる。
 ギュッと瞼に力を込め、涙を堪えた。





 夜をいくつも越え、郷に着いた。
 ようやくカッパの肩から下ろされ、手首の革紐も外されて、腕が自由になる。

「疲れたか」
「ううん、全然」

 カッパの担ぎ方は子狼を運ぶ時みたいに優しかったし、俺も身体に力が戻ってるから平気だった。けど先輩ルウが顔を覗き込んでくる。

「そうか? 元気ないぞ」

 ……ただ、ベータから離れてくのが寂しかっただけで。

「そりゃー、番から離れたからだろうよ」
「これだけ離れると気配も感じられないからな」

 カッパが言い、ベータ次席が苦笑する。イプシロンは、へらーと笑ってる。そっか、みんなには感じられないんだ。
 けど俺は気配、感じてるよ? こっちに居るって分かるよ?
 だって、呼んでるんだ。ベータが俺を。
 あの美しい呼び方で、ずっと呼んでる。微かだけど身の奥からずっと響いてる。ベータも俺を恋しがってくれてる。そうだって分かる。ああ……俺の運命……

「ほんじゃあ俺、アルファに報告してくるなぁ」

 ほわーと言ってイプシロンは去り、ベータ次席と先輩ルウも「務めに戻る」と去って行く。
 そして織りフィーがカッパを迎えに来た。

「おかえりなさい。意外と早かったね」
「おう、待たせて悪かったな」
「大切なことなんでしょう? アルファに命じられたんだしいいよ。春にはまだ間があるし……」
「おう、春になったらな」
「なによ、もう」

 めっちゃ甘い空気になってる。番なんだからいいんだけど、ちょっとうんざりする。こっちはベータから離れてるっていうのに、少しは遠慮してほしい。
 ていうかカッパもフィーも子狼だった頃から知ってるけど、今までこういう雰囲気出したこと無かったよな。それとも俺がまだガキだったから、気づかなかっただけなのかな。

「ねえ我が半身、この子アルファの所に連れて行くんじゃないの」
「そうするべきではあるんだがなあ、我が半身。コイツが嫌がるんだ」
「あら、どうして?」

 フィーは面白そうに目を細め、こちらを見る。

「確かに最近衰えてきてるけど、アルファの気配はおおらかで、とても優しいままだよ?」
「だ……だって」

 俺はベータの番なんだ。ベータのいないとこでアルファのいいようにされるのは、ぜったい嫌だ。けど……普通にアルファを尊敬してるみんなには、この感じ伝わらないのかな。

「とにかく、コイツがベータの棲まいを決めるんだと」
「ベータの? どうして?」
「知らんが、そういうことになった」
「ふうぅぅ~ん」

 フィーが目を細めたまま、ふふふっと笑った。

「棲まいを? あんたが? へえぇぇぇ~」

 あ、ヤな感じ。フィーはガキの頃から面白がりで、ときどき意地悪になるんだ。

「分かった! じゃあ、手伝いしてあげる」
「え!? だってカッパが……」
「我が半身は棲まいを選ぶ。アタシは気持ちの良い草や、心地の良い布を選んであげる」

 フィーはすごく楽しそうに笑って声を高めた。

「番のために何かしたいんでしょ?」
「うん」

 しっかり頷いた。
 ベータが心地よく過ごせる棲まいを造る。俺に任せてくれたんだ。

「ふうぅぅぅ~ん」
「へ、変な笑い方しないでよ」
「なによ、いいじゃないの」

 フィーにからかわれてたら、雌たちがわらわらと集まってきた。
 成獣の雌は少ないけど、みんな番がいる。走り回る子狼も一緒に来るから、一気に賑やかになる。

「え、なぁに、楽しそう」
「なになに、なにやってるの」
「手伝おうか?」
「あたしも~」

 気づくと取り囲まれていた。みんなニコニコ声をかけてくる。
 カッパが眉尻を下げて、がしがし頭の毛を擦ってる。

「おいおい我が半身よ。俺のつとめを」
「分かってる、愛しの半身。棲まいを選び整えるつとめを果たして。アタシたちは中を整える」
「ううむ、だが……」
「いいからあっち行って、ほらほら!」

 フィーはカッパの首後ろを掴んで放り出すようにする。「おおい」と声を上げ、にやけたカッパがフィーの腕が動くまま、放り出されるフリをする。
 郷で一番身体が大きく力持ちなカッパが、フィーの細腕で動くはずないのに……ああもう……仲良くて良いな。

「あんた、どういう棲まいが良いの?」
「えっ」
「言いなさいよ」
「どういうって……」

 雌たちが声を掛けてきた。ちょっと、接近しすぎ。
 ていうかなんでそんなに楽しそうなんだ。

「え、だって……どんなのがあるか、分かんない……」

 そう言うと、雌たちはキャァッと華やいだ声を上げた。

「可愛いねえ!」
「ねえねえ、どこらへんがいいの?」
「ベータと二匹で棲むんでしょ?」
「えっ……と、……うん……あ、いや……」
「なによう、それ」
「あんたもベータも背が高いから、天井高い方がイイね」
「気に入ったのがあったら高くして貰いなさいよ」
「え…………と……」

 雌たちに押されてしどろもどろになる。

「はいはい、それくらいにして!」

 フィーの声で雌たちはくちを噤んだけど、クスクス笑ったりして楽しそうなまま。なんか居心地悪い。

「我が半身、あんたのつとめよ。この子連れて選んでおいで」
「おう、もとよりそのつもりだ」
「こっちも準備しておくね」

 そう言って雌たちに目を向けると、みんな楽しそうに笑んだり頷いたりしていた。

「行ってらっしゃい」
「おう、後は頼んだ」

 カッパとフィーは、抱き寄せ合って鼻を擦り合わせてる。
 うわあ、みんなの前であんな……見てる方が照れるよ、そんなの番同士だけの秘め事じゃん……なのに雌たちは全然照れたりしてない。

「あたしたちみんなで手伝うからね」
「なんでも言って」
「とにかく先に棲まいを決めなさいよ!」
「そうそう、早く早く!」

 カッパと共に追い立てるようにされてその場を離れ、郷の中をウロウロした。
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