VOICE-Run after me-

紅と碧湖

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1章 Run after me -若狼-

25.黄金のアルファ

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 輝くような深い金色の毛。深い緑の瞳。逞しい体躯。

「オメガはそういうものだ」

 笑みを湛え、堂々と歩み入る、金色の雄。
 放たれる圧倒的なものに、みな声を呑み、静寂が場を満たす。
 この場の誰もが瞬時に理解しただろう。これは……絶対に勝てない相手、歴然とした強者だ。
 みんなくちを噤み息すら止めて……俺も喉の奥が詰まったみたい。声どころか息もできない。

「我が儘を言うものなのだ。務めに障りがあろうが構わずにな。しかも愛しさのあまり、つい許してしまう。逃がれられるものではないのだよ。お客人の責とは言えぬ」

 笑みのまま、金色の雄は軽く手を振る。
 金の銅色を抑えてた手がスッと離れ、知らない雄たちが一斉に背を丸めて服従を現す。
 強者の気配が薄まり、息ができるようになる。カッパの尻の下の俺は地べたに這いつくばってるけど。
 金の銅色は立ち上がって、ふぅ、と小さく息を整えると、俺にチラッと目を向け、小さく頷いた。
 嬉しくなって見つめ返す俺を見て、目を細める。
 そして金色の雄に向き直った。厳しい目だ。
 静まりかえった場に、通る声が響く。

「さて、お客人」
「なんでしょう」

 俺の金の銅色が、胸を張って応えた。
 金色の雄は頷いて笑みを深める。
 みんなこの雄に呑まれてる。俺についてきた精霊たちも背中にしがみついてじっとしてる。この郷の精霊は楽しそうに金色の雄にまとわりついてるけど、動いてるのは金の銅色だけ。俺はカッパが重くて動けないけど。
 俺の金の銅色だけが、金色の雄に負けてない。
 かっこいい。……これが、この堂々とした雄が俺の、俺のなんだ。誇らしい気持ちで胸が一杯になる。

「郷の皆さんも迎えに来ているようですな。これは、我が郷にて学ぶことは無くなった……ということですかな?」
「……それは……」
「どうします? 続けて学ばれますか? それともアレと」

 金色の雄はこっちに目もくれず、指だけで俺を指す。

「戻りますか? 我らはどちらでもかまいません。続けて学ばれるというなら、」

 ビリッと空気が変わる。今度は分かった。金の雄が威圧を放ったのだ。

「二度とこのようなことはないと誓って頂きたい」

 すごい圧。精霊も凍り付き、みな指一本動かせない。俺もまた息ができなくなった。
 けれど俺の金の銅色は気圧けおされた様子も無く、胸を張ってる。

黄金のアウレアアルファよ」

 特に声を張るでも無く淡々と、しかし目を険しくして言った。

「確かに、あなたの郷に面倒をおかけした。その点は謝罪する。あなたに学んだことが多いのも事実。感謝はしている。けれど俺が、あなたに従う者では無いことはご存じのはず。俺だけでなく、うちの郷の者たちもだ」
銅のカプラム。私は命じていない。提言したまでのこと」

 金色の雄は鼻で笑うように銅のカプラム、と呼んだ。俺のアウルム・アイスを軽んじてる。
 こいつは嫌いだ。

「では威圧なさるのをやめていただきたい」
「おお、これはクセだ。気分を害されたか」

 笑うような声と共に、ふっと空気が緩む。
 あちこちでホッとしたような吐息が漏れた。……悔しいけど俺もそっと息を吐く。

「学ぶ者として、俺はあなたを師と仰ごう。だが従う者では無い。そのことは肝に銘じていただく」
「もちろん承知しているとも」

 微笑む雄に金の銅色は頷き、誰もが目を離せずにいる金色の雄を無視して俺を見た。
 こっちに歩いてきてしゃがみ込む。手が届きそうで届かない距離だ。それ以前に、正気に戻ったみんなに腕も肩も押さえつけられてて動けない。

「蒼の雪灰。調子はどうなのだ」

 名を呼んでくれた。

「……うん」

 じわっと涙が滲んでくる。
 なんて心躍る音なんだ。なんて胸に響くんだ。

「だいぶ元気。ガンマが優しくしてくれる」
「そうか」

 ホッとしたように息を吐き、優しい瞳で俺を見てる。嬉しい。
 金の瞳が優しい。少し枯れた声は甘い響きを耳に伝える。……嬉しい。
 嬉しい、嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しい。

「蒼の雪灰。俺はまだ戻れない」
「え……」

 金の瞳は優しい。
 けど真っ暗闇に落とされたみたい。

「おまえは、もう少し時が必要なようだ。俺も学ばねばならない」

 金の銅色は、眉尻を下げて笑みながら手を伸ばし、俺の頭をポンポンと叩いた。

「ダメ、なの?」
「ああ、今は、まだ」
「……戻って、来る……?」

 しっかりと頷く金の銅色。

「近いうちに」

 金の瞳に嘘は見えない。引き締まったくちもとも、一切の歪みがない。
 ────信じる。
 俺は金の銅色を信じる。
 その想いを目に乗せて、ウンと頷く。
 けど悲しくて、目を落とした。

「良い子だ」

 頭を撫でる手が優しい。涙がパタパタと落ちる。

「ほんじゃあ、もう暴れんなよ」
「……分かった」

 カッパの声に答えると、重みから解放された。
 すぐに起き上がろうとしたけれど、金の銅色が笑みのまま首を横に振る。俺は地に腰を落としたまま、堂々と立つ俺の雄を見上げた。
 金の銅色は、頷いて笑みを深める。それでいい、と言うように。
 俺を見てる。俺に笑んでる。
 胸が、キュウッと絞られたよう。嬉しくて涙が出そう。
 金の銅色は片膝を落とし、大きな手が俺の頭に乗り、優しく撫でる。
 ああ、この手。この匂い。

「良い子だな。蒼の雪灰」

 嬉しい。
 嬉しい、嬉しい、嬉しい。
 ドキドキしてたまんない。嬉しい、嬉しい、嬉しい。
 狼になってたなら、ブンブン尻尾振り回してる。嬉しい、嬉しい、嬉しい……

「蒼の雪灰。俺が戻るまで郷で良い子にしているんだぞ」
「えっ、や、やだ」

 思わず言ってた。

「やだ、あんたと一緒にいる。おとなしくしてるから」

 だって、やっと逢えたのに、また離れるの? なんで?
 なのに金の銅色は、眉を寄せて困った顔になる。 

「蒼の雪灰、聞き分けてくれ」
「でっ、でも、アルファの棲まいに行くのはやだ」
「アルファ?」

 ビックリしたみたいに目を丸くする。こんな顔もカッコイイ。可愛い。

「おまえはガンマの所にいるのだろう」
「ガンマが、しばらく来るなって」
「どうしてそんな。おまえ、なにかしたのか」
「違うよ! 肉が食いたいって言った、……だけ……」
「肉……?」

 少し考え込んだ風になって、眉が寄る。カッコイイ……

「そうなのか。ふうむ……」

 けど困った顔になってる?
 困ってるのかな。こっちまで眉が寄る。
 ……ハッとした。
 さっきは良い子だって撫でてくれたのに……俺が困らせてる? ワガママ言ってる? でも離れたくないんだ。けど……けどダメなやつだと思われたくない。良い子だって思われたい。
 ぐっと奥歯を噛みしめる。

「お、俺」
「なんだ」

 見開いた目が見下ろしてくる。
 金の瞳は優しい。勇気を貰える。俺は真直ぐ目を見返して言った。

「……あんたのとこに行きたい。あんたの棲まいに」
「俺の? しかし俺の棲まいは決まっていない。シグマやルウと共に寝起きしているんだ」
「え……」

 知らなかった。番いない同士で一緒に棲まっているということ?
 そうなんだ。じゃあ、どうしたら……

「やはりおまえは、ガンマのところに……」
「あっ!」

 思わず声を上げる。
 素晴らしい考えが閃いた!

「どうした」

 金の銅色は怪訝な顔だけど、眉間の皺は晴れた。ホッとして、声を励ます。

「俺が決めていい?」
「おまえが? なにを」

 見開いた金の瞳を見ているだけで力が湧いてくる。

「あんたの棲むところ、決めていい?」

 絶対にアルファの所なんて行かない。俺は金の銅色といるんだ。

「そこで俺、おとなしく待ってるよ」
「……そうか」
「ちゃんと待ってるよ。いい?」
「…………分かった。頼んだぞ」

 大きな手が俺の頭に乗り、また優しく撫でた。

「うん! いい棲まいにするよ!」

 ぱああっと湧きあがる多幸感に声は上擦る。

「だから、早く戻って」
「ああ、分かった」

 ちょっと涙ぐんじゃったけど、俺の金の銅色は笑みを深め、頭をポンポンと軽く叩いてくれる。
 必死の気持ちを目に込めて見上げた。

「棲まいのことはおまえに頼もう」

 深めた笑みのまま、金の銅色がしっかりと頷く。
 胸の内に満ちてくる熱いものを感じながら、俺も頷きかえす。

「済まないな。もう少しの間、待っていてくれ」

 俺は何度も頷く。涙がパタパタこぼれる。
 優しい笑みでひとつ頷いた金の銅色は、俺の頭を撫でてから立ち上がる。
 金色の雄に向き直るときは、きりっと鋭い目になった。

「お聞きの通りです。もう面倒をおかけすることはないでしょう」

 黄金の雄は、クスリと笑った。

「本当にあなたは面白い。では戻りましょうか。シグマ」
「はい」
「客人を連れて戻るぞ」
「はい」

 初老のシグマは素直に頭を下げた。
 金の銅色も言われるまま向こうの郷へ歩を進めてる。
 その背を眺めているだけで、涙が溢れて頬を伝った。
 でも戻って来るって言った。なら俺は信じて待とう。アルファの所なんて行かないで、金の銅色の棲まいを、俺が作るんだ!
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