VOICE-Run after me-

紅と碧湖

文字の大きさ
上 下
22 / 36
1章 Run after me -若狼-

22.つがい(番)

しおりを挟む
 しばらく待ってたら、ふうふう汗を拭きながらやって来たのはシグマ筆頭だった。

「おいぃー、緊急ってなんだよー」

 はぁはぁ言ってるし汗みずくだ。よっぽど焦って走ってきたのが分かる、けど俺を見て「あれ」声を裏返させた。
 
「おまえなんでこんなとこまで来てんだよ。おとなしくしてなきゃダメじゃん……うっ」

 なぜか鼻を手で覆ったシグマが顔をしかめ後ずさる。
 感じ悪いなと思ったけど、なんか臭いのかと思って数歩後ろに飛び、距離を置いて自分の匂いを嗅いでみる。別に臭くは無い。イラっとした。

「だから、ガンマがしばらく戻ってくるなって言ったんだ」

 もう一度説明しながら、まだ鼻を抑えて後ずさっていくシグマを睨む。
 なんで? 感じ悪いぞ。

「はあ?」

 けどシグマは声を裏返させて、今度は両手で鼻と口を覆った。

「え、じゃあ戻るなって? ガンマが?」
「うん」
「なんだよ、どうなってんだ? なんかあったか?」
「肉喰いたい、狩ってきていいかって聞いたら、いいけどしばらく来ないでって」
「あ~~~そっか~~」

 手で顔を覆ったまま声を上げたシグマは、天を仰ぎながら呻くように言った。

「あいつ肉嫌いだもんな~~~けど、う~~~~ダメだ」
「おい、どうした」

 先輩も不思議そうにシグマを見てる。平気そうだ。てことは、俺は臭くないんだ。良かった。

「ちょ、ルウ、おまえさ、アルファのとこまでコイツ連れてってくんない? 遠回りで! 郷に近づかないように!」
「あ? いいけどあいつが、今メシ取りに行って……」
「さっきすれ違ったから言っとく! だからさ、う~~来る、うわ」
「ちょっと! 俺は狩りしたいだけなんだって! アルファのとこなんて」
「いいから、そこら辺ウロウロするなって! ヤバい、ちょ、俺行くわ」

 分かんないこと言いながら、シグマが走って行くので追いかけようとしたけど、先輩が「ちょー待ち」と腕をひっ掴む。
 腕をつかまれたまま、シグマの背中に怒鳴った。

「なんでさ! アルファの棲まいなら知ってる、ひとりで行けるよ!」
「おまえ匂うんだよ!」

 シグマはそう怒鳴り返し、必死ぽく走ってく。

「なにそれ!」
「あそこにいりゃ大丈夫なのに! おまえ出てくんなよ!」

 裏返った声が遠ざかっていく。シグマにしてはかなりの速度で背中は見えなくなった。

「なんだよ、匂うって」
「なんかそうらしいぞー。俺は分からないけどな」

 首を傾げて先輩がとぼけたような声を出す。

「番がいれば匂わないとか言ってたけども、なに言ってんだかな。おい、こっちから行くぞ」
「……うん」

 番がいれば匂わない……ということは。
 もしかして、オメガだから、なんだろうか。
 ちょっとイヤな気分になりながら、郷を迂回する道を選ぶ先輩の後をついて、森の中を歩く。

「そういえばあんた、ずっとあそこに立ってたの?」

 確かに見張りとかはルウの仕事で、ルウで番がいるのはこいつだけだ。
 ということは、いつからか分からないけど、ずっと一匹であそこにいたってことだ。

「なんかごめん」

 番とも離れて、辛い務めだったよなと頭が下がる。

「気にするな! つうかむしろありがとうだ!」

 なのに、とびっきりの笑顔を返され、ちょっとビックリした。

「いやあ、あいつ一緒にいるって聞かなくてさあ」

 先を歩く先輩は、嬉しそうに話し始めた。

「ルウの番はルウと共に働くもんでしょ、なんつってな? ずっと一緒にいるって、そういう可愛いこと言うんだよ! もうたまんねえだろ? そんで仮の寝床だけでも作るかって話してたら、大工カッパがさ」

 しょうがねえなと笑って、辻から少し入ったところに急ごしらえのカザエを建てた。

「最初は風が入ってきたりしたけどさ、二匹で工夫したり手直ししてさ、今はもうサイコーに居心地イイわけよ。まあ竈はねえんだけど。ここで火使うのはな、精霊が嫌がるつうから、シグマが」
「……ふうん。いいね……」
「いや、もちろん務めはきちんとこなしてるぞ?」

 始まってしまった。いつもの惚気が。
 こうなると長くなるんだよなあ。

「あたりまえだろ? おまえのことだってちゃんと止めただろ?」
「うん、そうだね」

 ルウ次席がいたらキッパリ止めてくれるんだけどなあ。あと番が居たら二匹でしゃべってるだけだから、あんまり迷惑じゃない。けど次席も番もいないしなぁ。

「今はメシ取りに行ってるんだけどさ、周りに気配がない森の中、起きても寝ても仕事中もずっと二匹だけなんておまえ、最高だぞ?」

 溜息が出そうになるのを堪えて、うんうんと相づちを打って歩きつつ、ぼそりと声が漏れてしまった

「番、かあ……」

 俺の運命はベータだ。シグマもガンマもそう言った。
 ガンマの森から離れたら、またうっすら声が聞こえてくる気がする。ベータがどっちの方向にいるか、なんとなく感じる。
 うん、あっちの方。間違いない、ベータはあっちにいる。
 ……ああ、逢いたいなあ。
 でも俺はオメガ、なんだ。
 受け容れるしかない……のかな、やっぱり。
 郷のためにはオメガが必要だから、イヤだとか、わがまま言っちゃいけない……んだよな。
 精霊はともかくとして、郷のみんなは、早くアルファの仔をって……やっぱり言うのかな。言うんだろうな。アルファとオメガの子は強いんだし、たくさん産めとか言うかも。

 うちの郷はまだ成獣おとなの数が少ない。

 俺たちの世代が産まれたころ、子狼の割合は雄十匹に雌二匹くらいだった。同世代の産む子狼は雄雌半々だけど、今はまだ雌の成獣おとなが少なくて、郷には番がいないやつの方が多い。
 成人したら他郷へ番探しに行くやつも多いので、郷で仕事してる雄はまだ少ないし、番が少ないから子狼の数も多くない。
 これから産まれる幼狼おさなごの中に番がいるかもなんて言ってるやつもいるけど、少しでも早く番を見つけたいと探しに行くやつの方が多い。郷のためにも早く子狼を増やそうって、みんな思ってるんだ。

「一緒にいれたらそれだけで良いとかさ、そんなこと言われたらもう、俺が生涯守ってやる! ってなるよな。そんで幼狼が早く欲しいとかさ、可愛いに決まってるとかさ、そんなことまで言うんだよ! ちょい恥ずかしそうな感じとかたまらねえよ?」

 惚気が尽きる様子はない。いいかげんうざい。……でも幸せそう。
 俺も……こんな風に言いたい。惚気たい。けど、あんまり知らないからな、ベータのこと。

「次の春には子作りだ! 雄ならやるしかねえよな! おまえだってそう思うだろ?」
「ああ、うん」

 群れで一番大きくて逞しくて、カッコ良くて。でもそんなのきっとみんな知ってる。俺が知ってるのは、あの時の……
 ────圧倒的な気配。
 逞しい腕。低くて掠れた声。香しい匂い……それだけ。あとはシグマが話してくれたことくらい。
 あんなに逞しくてあんなにカッコイイのに、シグマの話すベータはちょっと抜けててすごく可愛い。
 逢いたいな。逢えたら良いのにな。聞きたいこと、知りたいことがいっぱいあるよ。
 一番高い木に昇ったってほんと?
 うまく昇るコツとかある?
 てっぺんはどんな眺めだった?
 その後もうひとりのベータとルウに落とされて、どうしてかすり傷で済んだの? どんなことしたの?
 好きなものってなに?
 俺はね、おとなになったばかりの雄鹿の肉が一番好きだよ。雌ウサギの肉も好きだけど、雄鹿のはらわたって、なんであんなにおいしいんだろうね。一緒に食べたいな。俺が狩って行ったら、一緒に食べてくれるかな。
 なんで俺、オメガなんだろ。ベータと番えないなんて絶対いやなのに、どうしようもないんだよな……
 じわっと目が熱くなる。
 逢いたい。
 逢いたいな。逢いたい……

「お、もう少しで着く……て、おいどうした」
「……なにが」
「なんで泣いてるんだ? どっかぶつけたか?」
「え」

 目の辺りに手をやると頬が濡れてた。慌ててゴシゴシ擦る。

「な、なんでもない」
「ほんとにか? 怪我とかしてない?」
「し、してない。ていうか怪我くらいで泣かないし」
「ならいいけど。なんかあったらシグマに殺されちまう」

 え? なにそれ
 パチクリしてたらポンと肩を叩かれた。

「なんか大変そうだけど頑張れよ。ホラ行くぞ」

 いつも通り、ひとの良さそうな笑みで言われ、俺はあいまいな顔で頷く。
 でも、シグマに殺されるって……やっぱり俺がオメガだって、────先輩も知ってるんだ。

 オメガは去年くらいから毛艶が落ち、それまでよりさらに寝込みがちになって、みるみる衰えていった。
 ……そして今年、雪が消える前に失われてしまった。
 精霊に言祝がれたと癒しイプシロンは言ったけど、亡骸も無かったし実感はなかった。
 俺も十七を過ぎ、オメガに甘える年では無くなっていたけれど、みんなと一緒にこの棲まいの周りでなんとなくたむろしてた。そしたら俺だけアルファに呼ばれて、言われたんだ。

『次のオメガはおまえだ』

 ゾクッとして足が止まる。

「おい、どうした」

 先輩が振り返って、不思議そうに言う。

「……いい。俺、外にいる」
「は? なんでだよ、中に入れよ」
「いいよ、ここで」
「なんかあったらマズイだろ。入っとけって」
「郷の中だし、なんもないって」
「まあ、そう思うけども……送り届けろって言われたからなあ」

 じゃあ、このまま一緒にいてくれないかな、アルファと二匹だけになるの嫌なんだけど。

「良いから入っちまえって。それ見届けてから戻る」

 だけど先輩はそわそわして、チラチラ森の方を見てる。ああそっか、番が待ってるんだっけ。じゃあ引き留めちゃ悪いか。
 そうだシグマは来てるのかな。来てるよな。走ってたし。……ならいいか。

「うん、分かった。先輩は行きなよ」
「いや、家に入るまで見てるって」
「だって待ってるんだろ? 早く行ってやれよ」
「そうか?」

 ニヘラとだらしなく顔を緩めた先輩に手を振る。

「大丈夫、すぐそこだもん」
「そっか! だよな!」
「そうだよ。あ、郷の中通った方が早いんじゃない?」
「だな! じゃ、ちゃんと入れよ!」

 言い捨てるように走り去る背中を、生ぬるい笑みで見送った。
 ひとり立ち、ぼんやりとアルファの棲まいを見る。

「これから、どうなるのかな」

 アルファと番うなら、俺も、ここに住むことになるんだろうか。
 …………なんか、嫌だな。
 ―――ふっと。
 惹かれるもの……目と鼻が、そちらを向いた。
 ───いる。……こっちに、いる。
 ずっと動いていない。いる、こっちに。
 他郷に行ってる、しばらくしたら戻ってくる……シグマはそう言ったけど、しばらくってどれくらい? あといくつ夜を越えれば戻ってくる? いつになったら逢える? もしかして……
 アルファと……番って、から……?
 その後、逢ったら ────俺はどうなるんだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

偏食の吸血鬼は人狼の血を好む

琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。 そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。 【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】 そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?! 【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】 ◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。 ◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。 ◆現在・毎日17時頃更新。 ◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。 ◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

処理中です...