意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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14.三年後

186.やらかした!

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「そりゃあ、いったい……どういう事だい」
 六田むだ社長の震える声を頭上に感じつつ、頭を深く下げたまま「申し訳ありません!」大声を返した。
「藤枝さん、うちがカツカツだって、あんたも知ってるだろう?」
「はい! 存じておりますっ! 申し訳ありません!」
 だから今回の仕事もここに振った。少しでも助けになれば、そう思って、ここに発注するよう動いた。
「悪い冗談はよしてくれよ。ええ? ……本当にキャンセル、っていうことなの?」
「本当に申し訳ありません!」
「何だよそれは! バカにしてるのかっ!」
 社長の声が、引きつったような怒鳴り声になる。
「本当に申し訳ありません!」
 頭を下げたまま、同じ言葉を繰り返す俺の肩を、社長の手ががっしりとつかんだ。
「謝ってもらわなくて良いよっ! それよりちゃんと受け取ってよっ! おたくが言ったから、うちだって急いでやったんだ!」
「申し訳ありません!」
 この工房のために何かしたいと動いたことが、完全に裏目に出た。
 他より少し工賃は高いが、それでも仕上げがきれいなイイ仕事すると主張して、周りを説き伏せた。
 たいして重要でない部品のひとつ、数さえ揃えれば問題無いだろう、安い方がイイに決まってるという声も当然あった。けど木が露出する部分があるのだ、仕上げがキレイであることは必要だと頑張った。正直かなり強引に推した。
 結果その見積もりに主任が承認の印を押した。
 発注した翌日、納期短縮しろと言われて抵抗したけど、高い工賃払うんだからと言われて呑んで、社長に無理を言うことになったけれど、逆にここまで無理を言うなら、間違いなく六田工房で決まったのだと安心していた。支所で俺が推して通ったものがくつがえったことは、今までなかったのだ。
 いや、何を言っても言い訳でしかない。これが覆るなんて毛ほども思っていなかった──軽く考え過ぎていた。継続して様子を見るべきだった。強硬に反対していた人と、もっとちゃんと話し合うべきだった。
「他が納入するからって、藤枝さん、それいったいどういう事なの! うちに発注したのは何だったの!」
 さらに上、課長からNGが出たのだ。直訴した人がいて、それが通った。
「頼むよっ! もう半分は仕上がってるんだよっ!」
 社長の声が、叫ぶように裏返る。
「他の仕事後回しにして急いだんだ! 終わってから他を仕上げなきゃあなんねえ、こっちはしばらく大車輪なんだよ? それでもアンタと付き合いがあるから、急ぎだって言うから、先に仕事組んだんだ!」
「大変申し訳ありません!」
 ひたすら頭を下げるのを見下ろす社長は、怒りの表情を解かぬまま、それでも「はあっ」と荒い溜息を吐いて声のトーンを落とした。
「……もういいよっ、けど出た損害は賠償してもらうからねっ!」
「……それは……」
 発注自体が無いことになっているのだ。会社から一切カネは出ない。
「それも出来ないって言うのかいっ!」
 言葉が終わらぬうちに、こぶしが頭側面を打ち抜いた。唐突な衝撃に耐えられず床に転がったが、すぐさまその場で床に這いつくばり土下座した。
「本当に申し訳ありません!」
 怒鳴るような大声を上げ、額を床に擦りつける。
「申し訳ありませんでしたっ!」
 手にも額にも木屑のザラザラした感触があった。いつもキレイにしている作業場なのに、掃除の手間も惜しんで、突貫で作業を続けてくれたのだと、そう分かっていたから、額を床に擦りつけたまま、怒鳴るような声で謝罪を続けた。作業靴で肩を、背中を蹴られたが、ひたすら謝る声を発し続けることを、やめなられかった。
 自分が甘かった。
 部品の納入元を変えた、これで決定だと言われ、猛然と抗議したら課長は言った。
『部品ひとつの納入元を変えるくらいで騒ぐな。そもそも少しでも安く上げるのがおまえの仕事だ』
 そうだ、どうしても六田で通すなら、工賃の交渉もするべきだった。もっと上まで根回ししておくべきだった。そうして完璧にしておくべきだった。
 そうしなかったのは自分だ。強引にでも通してしまえば、自分の主張は通る。そんな甘えに似た慢心があった。
『会社はなんのためにある? 利益を上げるためだ。仲良しを増やすためじゃない』
 六田工房の経営が厳しいのを知っていたから、少しでも利益をと考えた。でもそれは自社の立場に立っていなかった。仕事に対する意識が低かった。甘かった。そう言うしかない。
 それで結局、六田さんにも、納期厳しく発注受けた他の工房にも、会社にも、みんなに迷惑かけることになった。全て自分の責任だ。そして少しでも被害を少なくしようと、他の全てをほっぽり出してここに来た。
『決定したことだ、藤枝。小さな工房程度、利益のために潰すくらいやってのけろよ。浅川さんなら眉ひとつ動かさずにやるだろう』
 ――――みんなアサっちが怖い。
 手段を選ばず、ひたすら利益を上げ続けた、かなりのやり手。誰になにを言われようと結果を出すことで跳ね返してきた、敵に回すと怖い人。そんな浅川幹尚アサっちの噂は、嫌でも耳に入ってくる。
 その声がかりで入ってきた俺が不機嫌にならないような気の使い方を、みんなしている。つまり遠巻きにされてる。それでも元気に笑っていようと、ソレが自分だと思ってやって来た。けれど自分の力ってわけじゃない。分かってる。……つもりだった。
『勘違いするなよ、藤枝。おまえは利益を上げるための駒のひとつだ。使えぬ駒は不要と判断されるだけだぞ。誰がなにを言おうと』
 そんな中で、課長だけは違った。厳しい言葉を向けてくる。バカやったらペナルティも来た。だから、課長がいるから、実は少し楽だった。
 それゆえに、課長に言われたことが、ぐさっと突き刺さった。
 仕事はきれい事だけでは進まない。アサっちの例を出すまでもなく、みんながそう言ってたしそうしていた。
 だけど自分だけは違う。まっすぐ信じたとおりにやってやる。
 そんなことを考えていた、それで通すのだと考えていたのだ自分は。なんだよそれ。何様だ。そう実感して本当に情けなくて、ひたすら謝ることしかできなかった。
 自分が嫌いになりそうだ。


 佐藤譲は車で待っていた。
「俺ひとりで行ってくる。おまえは来なくてイイよ」
 そう言った藤枝さんは、ニカッと笑っていたけど、いつもと違ってかなり強ばった顔になってた。
 支所では今頃、『それみたことか』的な声が飛び交っているだろう。そして帰れば『どうだった』などと、よってたかってひそひそ聞かれるだろう。
「……気が重いなぁ……」
 彼は、あの先輩が嫌いではなかった。けれど周囲の声に抗ったことはない。そんな無謀なこと、出来るわけがない。
「いつかこうなるって、みんな言ってたもんな」
 だから彼は、時々「大丈夫ですか」「やめた方が」などと言った。それでも聞き入れなかったのは藤枝さんだ。自分は悪くない。
 悪くないけど、でもあの先輩のやり方は嫌いじゃなかった。
 自分に出来ることはないかな。
 そんな風に考えること自体、先輩の影響を受けてしまっていることに、彼は気づいていなかった。
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