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幕間6
じゅんや君とまさし君
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大学から徒歩で十分少々。かなり古いマンションがある。
一階にはテナントが、二階はオフィスが入っている。上階はおそらく、かつて『億ション』などと呼ばれていたのではないかと推測させる、なかなかに煌びやかな建物の三階、広めの3LDK。
ここは橋田雅史が住んでいる賃貸マンションである。大学四年の十二月のうちに賃貸契約を済ませ、卒業と同時に引っ越してきた。
大学近くで探したのは、さすがに土地勘が無いところでイチから生活を築くのは面倒、というか今の雅史には無理だったからだ。ここに決めたのは、広さのわりに家賃がそれほど高くなかったこと、セキュリティがしっかりしていたこと、などが理由だった。
駅から距離があり、かなり古い建物で設備に難があるうえ間取りが使いにくい、と言った理由で家賃が手頃なのだと不動産屋が言っていたのだが、間取りも設備も雅史にはあまり関係無かった。ほぼ机に向かっているだけなので、むしろ広さを持て余し気味ですらある。
淡島に一部屋貸して、好きなだけコーヒーやっていい、その代わりハウスキーパー的なことをやって貰いたいと打診し、快諾されたので、コーヒーつきの食事がいつの間にか用意されている。気づいたら食べているので、以前より少し太ったかも知れない。
雅史が使っているのは、仕事部屋とベッドを置いている部屋だけだ。
大学四年の頃もかなりの時間を執筆に割いていたが、人間観察もしていたし、さすがに寮の仕事をスルー出来なかった。
比較して今は、二十四時間書き続けることも可能だ。乗っているときに一気にやれるのは、かなり快適である。だが逆に書くコト以外、なにもしていない。
ゆえにリビングは、水無月の協力を得てテレビやソファなど用意し、くつろぐ場所とするつもりだったにもかかわらず、、外出時の通路としてしか使っていない。結果、終電を逃した誰かの宿泊所と化している。
あまり気にしていないが、執筆の邪魔されるのは困る。大学近くに住むことにした弊害と言えるかも知れない。
「でさあ、橋田。気にならない?」
そして生きている弊害、姉崎が今、目の前で酒を呷りながら、嬉しそうに喋っている。
姉崎は大学院に進んで、今は院生用の寮にいるのだ。
他にも仙波や鈴木など院に進んだ連中、医学部も、まだ大学にいる。そしてなにげにダブってる奴もいるので、大学にいた頃の人脈はそのまま生きている。なぜか時々、遠くに引っ越した奴や実家へ戻った奴まで寝てるのを発見するので、ここはたまり場になっている可能性もある。
「あいつら、どうなったか。ねえ、無視しないでよ」
しつこいので、キーを叩く手を止めずに溜息を吐きながら言った。
「つまり、ハッピーエンドじゃあないんだね」
「ちょっと、なんで? 先読みされるのってテンション下がるんだけど」
「すごく嬉しそうだから」
そう呟くと姉崎は両腕を広げ、不本意と書いてあるような大袈裟な表情になる。
「なんで僕が嬉しそうだとそういう事になるわけ? やだなあ橋田。それって偏見だよ、偏見」
明らかに演技と見える表情は、すぐにハハッと笑う声と共に崩れた。いつもならさくっと無視するのだが、『あいつら』が気になるので、キリの良いところで保存して手を止め、コーヒーへ手を伸ばした。
驚くべきことに、姉崎は教職課程を取っていて、現在不足の単位を履修中である。その話を聞いたとき、まず思った。
(こんな奴が教師になどなって、大丈夫なのかな)
好き嫌い激しいくせにヘラヘラ誤魔化してるかと思えば、ときどきわざとらしいほど露悪趣味全開になる。自分の満足が最優先の享楽主義者で自意識過剰。気に入った奴は即日で名前の呼び捨て、そうでもなければ苗字呼び捨て、その他大勢だと『くん』だの『さん』だのつけるが、下手したら名前を覚えていないし、最悪顔すら覚えていない。
『ええ~? 君誰だっけ? 僕って興味ない人の名前覚えるほど勤勉じゃないんだよね』
などと嘯いているのを聞いたことがあるが、呼び方も人を操作するツールのひとつとして考えている節がある。
そんな姉崎が人を導くとか高尚なコトを考えてるなんてチリほども思わず、なんで教師? と尋ねたら『母校から呼ばれたんだよ。人気者って辛いね~』なんてヘラヘラ笑ってたけれど、本当とは思えない。
ちなみに雅史はずっと苗字呼びだ。
偉そうに顔と名前が一致しているだけマシとか言いそうだとは思うけど、むしろ必要以上に親しい感じ出されるより、この距離感の方がマシだと、コッチが思っている。
姉崎には取材対象としての興味がある。家庭の事情を聞いて推測したのだが、こいつが人間を見るときの基準は、おそらく興味を持てる奴とそれ以外という区別しかない。しかもそれを、かなりあからさまに態度に表す。意識してやってるんだろう。
ともかく、姉崎の事情を聞く対価として、雅史のマンションへ自由に出入りさせろと言い出したのだった。かなり興味深い話だったのし、姉崎が面白いと思う奴をちょくちょく連れてくるので、メリットがあるため許容している状態なのだ。
今日もこうして、『面白い話聞かせてあげる』とかなんとか言いながら勝手にやって来て、持ち込んだ酒を飲んで、そしてお気に入りの『あいつら』、丹生田と藤枝について、ヘラヘラ喋っている。
「ていうかさ、バカみたいなんだよねー」
個性的だし色々と興味深かったので、雅史も注目していたのだが、その二人は卒業後同居し始めた。自然発生的にそうなるとは思えなかったので問い詰めたら、やはり姉崎が誘導していた。
「どう見たって両想いなのにさ。あれ、気がついてないのって本人たちだけなんじゃない?」
それは雅史も同意するところなので、素直に頷いた。
元同室の二人が、当初藤枝の片想いだと思っていたのが、いつのまにやら男同士で両想いになるというのは想像もしていなかった展開で、そうと知ったときは興奮したものだ。
それ以降も姉崎が面白がって話す内容から、狼狽のあまり垂れ流しになっている藤枝本人から、経過を知る度に雅史は、副会長を受けて良かったと深く納得していた。
異常に仲の良い大親友にも見える。だがそのつもりで見ていれば、お互いに意識し合っているのが見え見えでもある。非常に興味深い二人であって、卒業と同時にこの情報源を手放すなど惜しいと言うしかない。男同士の恋愛についての詳細を知るなどなかなか出来ない経験だ。
この姉崎だって、あの二人に対しては単純ならざる感情を抱いているようで、それがこの笑顔に垣間見えているわけだが。
「ていうかさあ、橋田もイイ性格だよねえ? 面白がってるでしょ」
「違うよ」
淡々と否定したのは、興味深いとは思っているが、面白がっているつもりは無いからだ。
姉崎は大袈裟に肩をすくめて「ははっ、つまりさぁ~」楽しげに笑っている。
「健朗はプロポーズしたくらいのつもりで言ってるわけでしょ。『一緒に暮らそうよ~、君じゃないとダメなんだよ~』なんてサッブ~イせりふをさ、大真面目に、こう、眉間にしわ寄せてさ、恐い顔して言ったわけじゃない?」
「………………」
そのセリフは違うだろうと思いつつ、丹生田の表情はリアルに想像できたので、雅史は頷きながら無自覚に笑みを浮かべる。
「なのに藤枝はさ、バカみたいに思い込んでるんだよ。丹生田はあくまで友情で、友達として言ってるんだってさ? 超笑えるでしょ!」
愉快でたまらないという顔で笑っている姉崎を見ながら、雅史は眉を寄せる。
「……だってセックスしたんだよね?」
「した、どころじゃないって、週一ペースでヤってるらしいよ」
「分からないな。ならどうしてそんな風に思うんだ?」
「知らないよ~、藤枝の思考経路なんて! ていうかさ、ねえちょっと想像してみなよ。あの健朗がさ、むっつりした顔の下でなに考えてるか。ていうかさすがにエッチの最中はむっつりじゃ無いよね?」
そんな想像はしたくないので、「まあそれはいいよ」雅史は軽く頭を振る。
「でもそういう事してたら、普通に恋愛だって分かるんじゃないの?」
「だからそこがバカなんだって! 前に藤枝がさ、自分は好きだけど丹生田はそうじゃないから、余計な手を出すな、とか僕に言ったんだけどね」
「え。まさか君も男の人が好きなの?」
「NO! 違う、ちが~う、僕は博愛主義なの。……違い、分かるよね? ていうか男だとか女だとかなんで決めつけるの? 馬鹿馬鹿しいでしょ」
知らないよ、と実に楽しそうに笑ってる姉崎へ心の中で突っ込む。ていうかソレってただ誰でもイイって言うんじゃないの、と無表情に見返した。
つまりどんな相手だろうと、興味を持てないだけなんだろうと思ったが、雅史は言葉を飲み込む。この男に対して論戦を挑んでも面倒なことになるだけだと分かっているからだ。
「まあいいや。そんな感じでさ、最近は藤枝観察が面白くてさあ」
そう、こいつは丹生田と藤枝の家へ、藤枝しかいない時を見計らって顔出し、丹生田が帰宅する前に消え去っているらしい。そしてここに来ては自慢げに情報を披露しているのだ。
「丹生田はいつか家庭を持ってイイ父親になる男で、邪魔になるようなことはしない、とかね。そういう事をクソ真面目な顔で僕を睨みながら言うの。ね、笑えるでしょ?」
なるほど、と思いつつ眼鏡越しに見返した。
「それって、君がなんかやった?」
え、と大げさに目を瞠って、わざとらしい驚きの表情を作った姉崎は肩をすくめてから嬉しそうに笑った。
「やだなあ橋田。そんな面倒なことするわけ無いじゃん。ちょっとね、ひとこと言っただけ」
やっぱり、と思いつつ視線で先を促す。
「だってさ、僕が健朗にアドバイスしたから、藤枝は大好きなひとと幸せに生活できてるわけだろ? なにも知らないくせに、僕に対して偉そうに怒鳴りつけてくるからさ。そういうのって腹立たない?」
「ああ……」
勝手な理屈だが、こいつらしい。もちろん雅史にとってコイツが興味の対象であることに変わりは無いのだ。扱い方は難しいが他にはない個性であり、こういうキャラを掘り下げるのは興味深い作業なのだ。
「あはは、またなにか企んでるでしょう、橋田」
「そんなことはないよ。それで、君はなんて言ったの」
「いいんじゃない? て」
「それだけ?」
そんなものであの藤枝が納得するはずが無い。まして姉崎の言葉なんて素直に聞き入れるはずが無い。そう考えながら見ていると「ははっ!」愉快そうな笑い声を上げ
「そうだね、もうちょっと言ったよ」
ニッと笑って肩をすくめたのを、雅史はじっと見つめている。
「いいんじゃない? 短い期間だとしても君は健朗と暮らせるんだし、エッチ気持ちいいんだよね? それなら藤枝に損は無いでしょう?」
「……それはさすがに……」
ニィっと笑みを深めた姉崎を見つめながら、おのずと眉が寄ってしまった自覚も無く、声が漏れた。
「意地が悪い」
「人聞き悪いなあ。いいじゃない、藤枝だってそれで納得したんだし」
ふ、と息を漏らし、雅史は眉寄せたまま見返した。
「つまり藤枝くんは『丹生田が結婚するまでの間だけ同居する』んだと思ってるわけだよね。丹生田くんに確かめもせずに、セックスありで」
「そういうこと!」
クスクス笑い出した姉崎を見ながら、雅史はコーヒーをすする。これは淡島がいれたダッチコーヒーだ。
このあいだダッチコーヒーの道具をねだられた。見た目わりとカッコ良かったので購入し、リビングに置いてある。
淡島が要求する道具の多くは、大学時代からずっと雅史が購入しているのだ。好き放題コーヒーを扱って良いと言ってあるため、キッチンとリビングは下手な喫茶店以上にコーヒー関連の道具などが置かれている。
ともかく。
コーヒーカップを置いて、雅史はため息混じりに確認した。
「確かめるように助言したりは……してないわけだね」
クスクス笑いながら姉崎は持ち込んだ酒を飲んでいる。
淡島を取っただろうと文句を言われたのは二年以上前のことだが、こんな風にここへ来るのは、もしかしたらこのコーヒーが飲みたいから、というのもあるかもしれない。
「え~、だって、面倒くさいじゃない」
「でも」
呟いたのは、意識してのことではない。
「いつか、気がつくんじゃないの? 遅かれ早かれ」
そう、雅史自身、つい最近気がついたのだ。恋愛が始まる感覚、そして人を好きになるってコトがどういうことなのか。
「そうかもね」
うまそうに飲みながら目を細めてる姉崎を見つめながら、きっとこいつは分かってないだろうな、と思考は進み、若干の優越感を感じつつ「気づくよ、おそらく」目を伏せて呟いた雅史を、面白そうに見ながら、姉崎は言った。
「だったら、とりあえず気付くのが遅い方が面白いかな。そう思わない? ねえ、橋田」
一階にはテナントが、二階はオフィスが入っている。上階はおそらく、かつて『億ション』などと呼ばれていたのではないかと推測させる、なかなかに煌びやかな建物の三階、広めの3LDK。
ここは橋田雅史が住んでいる賃貸マンションである。大学四年の十二月のうちに賃貸契約を済ませ、卒業と同時に引っ越してきた。
大学近くで探したのは、さすがに土地勘が無いところでイチから生活を築くのは面倒、というか今の雅史には無理だったからだ。ここに決めたのは、広さのわりに家賃がそれほど高くなかったこと、セキュリティがしっかりしていたこと、などが理由だった。
駅から距離があり、かなり古い建物で設備に難があるうえ間取りが使いにくい、と言った理由で家賃が手頃なのだと不動産屋が言っていたのだが、間取りも設備も雅史にはあまり関係無かった。ほぼ机に向かっているだけなので、むしろ広さを持て余し気味ですらある。
淡島に一部屋貸して、好きなだけコーヒーやっていい、その代わりハウスキーパー的なことをやって貰いたいと打診し、快諾されたので、コーヒーつきの食事がいつの間にか用意されている。気づいたら食べているので、以前より少し太ったかも知れない。
雅史が使っているのは、仕事部屋とベッドを置いている部屋だけだ。
大学四年の頃もかなりの時間を執筆に割いていたが、人間観察もしていたし、さすがに寮の仕事をスルー出来なかった。
比較して今は、二十四時間書き続けることも可能だ。乗っているときに一気にやれるのは、かなり快適である。だが逆に書くコト以外、なにもしていない。
ゆえにリビングは、水無月の協力を得てテレビやソファなど用意し、くつろぐ場所とするつもりだったにもかかわらず、、外出時の通路としてしか使っていない。結果、終電を逃した誰かの宿泊所と化している。
あまり気にしていないが、執筆の邪魔されるのは困る。大学近くに住むことにした弊害と言えるかも知れない。
「でさあ、橋田。気にならない?」
そして生きている弊害、姉崎が今、目の前で酒を呷りながら、嬉しそうに喋っている。
姉崎は大学院に進んで、今は院生用の寮にいるのだ。
他にも仙波や鈴木など院に進んだ連中、医学部も、まだ大学にいる。そしてなにげにダブってる奴もいるので、大学にいた頃の人脈はそのまま生きている。なぜか時々、遠くに引っ越した奴や実家へ戻った奴まで寝てるのを発見するので、ここはたまり場になっている可能性もある。
「あいつら、どうなったか。ねえ、無視しないでよ」
しつこいので、キーを叩く手を止めずに溜息を吐きながら言った。
「つまり、ハッピーエンドじゃあないんだね」
「ちょっと、なんで? 先読みされるのってテンション下がるんだけど」
「すごく嬉しそうだから」
そう呟くと姉崎は両腕を広げ、不本意と書いてあるような大袈裟な表情になる。
「なんで僕が嬉しそうだとそういう事になるわけ? やだなあ橋田。それって偏見だよ、偏見」
明らかに演技と見える表情は、すぐにハハッと笑う声と共に崩れた。いつもならさくっと無視するのだが、『あいつら』が気になるので、キリの良いところで保存して手を止め、コーヒーへ手を伸ばした。
驚くべきことに、姉崎は教職課程を取っていて、現在不足の単位を履修中である。その話を聞いたとき、まず思った。
(こんな奴が教師になどなって、大丈夫なのかな)
好き嫌い激しいくせにヘラヘラ誤魔化してるかと思えば、ときどきわざとらしいほど露悪趣味全開になる。自分の満足が最優先の享楽主義者で自意識過剰。気に入った奴は即日で名前の呼び捨て、そうでもなければ苗字呼び捨て、その他大勢だと『くん』だの『さん』だのつけるが、下手したら名前を覚えていないし、最悪顔すら覚えていない。
『ええ~? 君誰だっけ? 僕って興味ない人の名前覚えるほど勤勉じゃないんだよね』
などと嘯いているのを聞いたことがあるが、呼び方も人を操作するツールのひとつとして考えている節がある。
そんな姉崎が人を導くとか高尚なコトを考えてるなんてチリほども思わず、なんで教師? と尋ねたら『母校から呼ばれたんだよ。人気者って辛いね~』なんてヘラヘラ笑ってたけれど、本当とは思えない。
ちなみに雅史はずっと苗字呼びだ。
偉そうに顔と名前が一致しているだけマシとか言いそうだとは思うけど、むしろ必要以上に親しい感じ出されるより、この距離感の方がマシだと、コッチが思っている。
姉崎には取材対象としての興味がある。家庭の事情を聞いて推測したのだが、こいつが人間を見るときの基準は、おそらく興味を持てる奴とそれ以外という区別しかない。しかもそれを、かなりあからさまに態度に表す。意識してやってるんだろう。
ともかく、姉崎の事情を聞く対価として、雅史のマンションへ自由に出入りさせろと言い出したのだった。かなり興味深い話だったのし、姉崎が面白いと思う奴をちょくちょく連れてくるので、メリットがあるため許容している状態なのだ。
今日もこうして、『面白い話聞かせてあげる』とかなんとか言いながら勝手にやって来て、持ち込んだ酒を飲んで、そしてお気に入りの『あいつら』、丹生田と藤枝について、ヘラヘラ喋っている。
「ていうかさ、バカみたいなんだよねー」
個性的だし色々と興味深かったので、雅史も注目していたのだが、その二人は卒業後同居し始めた。自然発生的にそうなるとは思えなかったので問い詰めたら、やはり姉崎が誘導していた。
「どう見たって両想いなのにさ。あれ、気がついてないのって本人たちだけなんじゃない?」
それは雅史も同意するところなので、素直に頷いた。
元同室の二人が、当初藤枝の片想いだと思っていたのが、いつのまにやら男同士で両想いになるというのは想像もしていなかった展開で、そうと知ったときは興奮したものだ。
それ以降も姉崎が面白がって話す内容から、狼狽のあまり垂れ流しになっている藤枝本人から、経過を知る度に雅史は、副会長を受けて良かったと深く納得していた。
異常に仲の良い大親友にも見える。だがそのつもりで見ていれば、お互いに意識し合っているのが見え見えでもある。非常に興味深い二人であって、卒業と同時にこの情報源を手放すなど惜しいと言うしかない。男同士の恋愛についての詳細を知るなどなかなか出来ない経験だ。
この姉崎だって、あの二人に対しては単純ならざる感情を抱いているようで、それがこの笑顔に垣間見えているわけだが。
「ていうかさあ、橋田もイイ性格だよねえ? 面白がってるでしょ」
「違うよ」
淡々と否定したのは、興味深いとは思っているが、面白がっているつもりは無いからだ。
姉崎は大袈裟に肩をすくめて「ははっ、つまりさぁ~」楽しげに笑っている。
「健朗はプロポーズしたくらいのつもりで言ってるわけでしょ。『一緒に暮らそうよ~、君じゃないとダメなんだよ~』なんてサッブ~イせりふをさ、大真面目に、こう、眉間にしわ寄せてさ、恐い顔して言ったわけじゃない?」
「………………」
そのセリフは違うだろうと思いつつ、丹生田の表情はリアルに想像できたので、雅史は頷きながら無自覚に笑みを浮かべる。
「なのに藤枝はさ、バカみたいに思い込んでるんだよ。丹生田はあくまで友情で、友達として言ってるんだってさ? 超笑えるでしょ!」
愉快でたまらないという顔で笑っている姉崎を見ながら、雅史は眉を寄せる。
「……だってセックスしたんだよね?」
「した、どころじゃないって、週一ペースでヤってるらしいよ」
「分からないな。ならどうしてそんな風に思うんだ?」
「知らないよ~、藤枝の思考経路なんて! ていうかさ、ねえちょっと想像してみなよ。あの健朗がさ、むっつりした顔の下でなに考えてるか。ていうかさすがにエッチの最中はむっつりじゃ無いよね?」
そんな想像はしたくないので、「まあそれはいいよ」雅史は軽く頭を振る。
「でもそういう事してたら、普通に恋愛だって分かるんじゃないの?」
「だからそこがバカなんだって! 前に藤枝がさ、自分は好きだけど丹生田はそうじゃないから、余計な手を出すな、とか僕に言ったんだけどね」
「え。まさか君も男の人が好きなの?」
「NO! 違う、ちが~う、僕は博愛主義なの。……違い、分かるよね? ていうか男だとか女だとかなんで決めつけるの? 馬鹿馬鹿しいでしょ」
知らないよ、と実に楽しそうに笑ってる姉崎へ心の中で突っ込む。ていうかソレってただ誰でもイイって言うんじゃないの、と無表情に見返した。
つまりどんな相手だろうと、興味を持てないだけなんだろうと思ったが、雅史は言葉を飲み込む。この男に対して論戦を挑んでも面倒なことになるだけだと分かっているからだ。
「まあいいや。そんな感じでさ、最近は藤枝観察が面白くてさあ」
そう、こいつは丹生田と藤枝の家へ、藤枝しかいない時を見計らって顔出し、丹生田が帰宅する前に消え去っているらしい。そしてここに来ては自慢げに情報を披露しているのだ。
「丹生田はいつか家庭を持ってイイ父親になる男で、邪魔になるようなことはしない、とかね。そういう事をクソ真面目な顔で僕を睨みながら言うの。ね、笑えるでしょ?」
なるほど、と思いつつ眼鏡越しに見返した。
「それって、君がなんかやった?」
え、と大げさに目を瞠って、わざとらしい驚きの表情を作った姉崎は肩をすくめてから嬉しそうに笑った。
「やだなあ橋田。そんな面倒なことするわけ無いじゃん。ちょっとね、ひとこと言っただけ」
やっぱり、と思いつつ視線で先を促す。
「だってさ、僕が健朗にアドバイスしたから、藤枝は大好きなひとと幸せに生活できてるわけだろ? なにも知らないくせに、僕に対して偉そうに怒鳴りつけてくるからさ。そういうのって腹立たない?」
「ああ……」
勝手な理屈だが、こいつらしい。もちろん雅史にとってコイツが興味の対象であることに変わりは無いのだ。扱い方は難しいが他にはない個性であり、こういうキャラを掘り下げるのは興味深い作業なのだ。
「あはは、またなにか企んでるでしょう、橋田」
「そんなことはないよ。それで、君はなんて言ったの」
「いいんじゃない? て」
「それだけ?」
そんなものであの藤枝が納得するはずが無い。まして姉崎の言葉なんて素直に聞き入れるはずが無い。そう考えながら見ていると「ははっ!」愉快そうな笑い声を上げ
「そうだね、もうちょっと言ったよ」
ニッと笑って肩をすくめたのを、雅史はじっと見つめている。
「いいんじゃない? 短い期間だとしても君は健朗と暮らせるんだし、エッチ気持ちいいんだよね? それなら藤枝に損は無いでしょう?」
「……それはさすがに……」
ニィっと笑みを深めた姉崎を見つめながら、おのずと眉が寄ってしまった自覚も無く、声が漏れた。
「意地が悪い」
「人聞き悪いなあ。いいじゃない、藤枝だってそれで納得したんだし」
ふ、と息を漏らし、雅史は眉寄せたまま見返した。
「つまり藤枝くんは『丹生田が結婚するまでの間だけ同居する』んだと思ってるわけだよね。丹生田くんに確かめもせずに、セックスありで」
「そういうこと!」
クスクス笑い出した姉崎を見ながら、雅史はコーヒーをすする。これは淡島がいれたダッチコーヒーだ。
このあいだダッチコーヒーの道具をねだられた。見た目わりとカッコ良かったので購入し、リビングに置いてある。
淡島が要求する道具の多くは、大学時代からずっと雅史が購入しているのだ。好き放題コーヒーを扱って良いと言ってあるため、キッチンとリビングは下手な喫茶店以上にコーヒー関連の道具などが置かれている。
ともかく。
コーヒーカップを置いて、雅史はため息混じりに確認した。
「確かめるように助言したりは……してないわけだね」
クスクス笑いながら姉崎は持ち込んだ酒を飲んでいる。
淡島を取っただろうと文句を言われたのは二年以上前のことだが、こんな風にここへ来るのは、もしかしたらこのコーヒーが飲みたいから、というのもあるかもしれない。
「え~、だって、面倒くさいじゃない」
「でも」
呟いたのは、意識してのことではない。
「いつか、気がつくんじゃないの? 遅かれ早かれ」
そう、雅史自身、つい最近気がついたのだ。恋愛が始まる感覚、そして人を好きになるってコトがどういうことなのか。
「そうかもね」
うまそうに飲みながら目を細めてる姉崎を見つめながら、きっとこいつは分かってないだろうな、と思考は進み、若干の優越感を感じつつ「気づくよ、おそらく」目を伏せて呟いた雅史を、面白そうに見ながら、姉崎は言った。
「だったら、とりあえず気付くのが遅い方が面白いかな。そう思わない? ねえ、橋田」
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