意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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12.卒業

174.卒業後って

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 年を越えたばかりのある日。
 未だ冬の気配濃厚な庭先を眺める位置の、掃き出し窓が開け放たれていた。
 冷えた空気は座敷を覆っているが、臆する様子も無く、火鉢を囲んだ老人が三名、茶をすすっている。
「そう、今日ですか」
 呟いたのは:畝原(うねはら):友吾(ゆうご)。風聯会の現事務局長。そしてこの家の主である。
「感慨深いね。あの小さかったたっくんがね」
「ちくしょうめ」
 ズズッと茶を啜りながら唸ったのは:津久井(つくい):泰輔(たいすけ)。
「ご不満なようですね。外務省に入れたかったと?」
 :浅川(あさかわ):幹尚(みきひさ)が能面のような顔にうっすら笑みを浮かべ、問いかけられた対面に座る先輩は、苦虫を噛みつぶしたような顔で唸る。
 つまりこの座敷は現在、風聯会事務局として使われており、運営を司る三名が、ここに集っているのだ。
「ハナからたっくんが役人になるたぁ思っちゃいねえわ。正味の話、試験も受からねえだろうしよ」
 津久井が睨む目を能面へ向けると、浅川は笑みを深めた。
「だが、だ。よりによって、おまえンとこかよ」
「なんとでも。賭けは俺の勝ちですよ」
「こんちくしょうめ、勝ち誇りやがって」
 浅川はにんまりと「好きに言って下さい」と言いつつズズッと茶を飲み干し、空いた茶碗に急須から茶を注ぐ津久井は、苦虫を噛みつぶしたようなしかめ面である。
「まあまあ泰輔さん、元々賭けだって言いだしたのはあなたなんだから」
 取りなすような畝原に、「そうだけどよぉ」眉根に深い皺を刻んだ津久井はぶつくさと文句を続ける。
「こいつが自分の古巣に入れると言い切りやがったからよ? そうは行くかと思うだろうが。あのたっくんが、そう素直に言うこと聞くとは思えん、うまく行くかよと思うのが必然ってモンだ。なのによぉ。……浅川てめえ、腹黒発揮しやがったな?」
「腹黒さであんたに勝てるとも思えんのですがね。人のこと言えますか?」
「うるせえ。今回に限っては、俺はなんもやってねえってんだ、べらぼうめ」
 唸るような低い声で言いながら睨み付ける津久井を、浅川は笑みで見返している。
「どこにでも欲の強い奴ってのはいるもんですよ。そうでしょう津久井さん?」
「そりゃあそうだ。欲の強い奴は動かしやすい。なに工作しやがったんだ?」
 薄く笑んで茶をすすり「苦いな」と呟いた浅川に、「泰輔さんに茶の入れ方で文句言っても不毛だよ」畝原がニコニコした。
「もう結果出てるんだ。吐きやがれ、べらぼうめ」
「なに、総括に小松ってのがいましてね。俺の所に就職の相談に来たんですが、わざわざたっくんの同期だって言うあたり、使えると思うでしょうが。それでちょいと、たっくんを誘導してもらっただけですよ。俺も相談役として、人材確保にくちは出しましたがね」
 能面のような:面(おもて)に薄い笑みを湛えた浅川が静かに言うと、津久井は「けっ」とそっぽを向き、畝原がニッコリと笑みを深める。
「済んだことはもういいがね、浅川。俺にその矛先を向けるなよ?」
「やらんよ。津久井さんほど楽しめないだろうからね」
 そう言った浅川が目を伏せると、津久井はまた「けっ」と言って茶を飲み干し、畝原は「それなら良いがねえ」と、長年続くケンカ友達を笑みで見やったのだった。


 強制的に母親と買い物へ行くこととなり、久しぶりの家具屋巡りにたっぷり付き合った後入手した、真新しいスーツ。
 それを纏って同じ会社に決まった小松と一緒に向かった社屋の会議室で、
「え、マジで!」
 思わず声を上げ、会社の人に冷たい目を向けられた。
 隣の小松につつかれて、会社の人の目が冷た威のに気づき、慌ててくち噤んだ。やべやべ、なにげに目立っちまった。
 けどだって、なぜか二人で同じ配属だって言われたんだけど? そんなんあるの? マジで? とか混乱しつつ、都内西にある営業所配属の辞令を受けた。
「すっげえな。すげえ偶然なんじゃね?」
 帰りに肩を並べて歩きながら言ったら、小松も「だよなあ」カラッと笑う。
「ていうかさ、俺は元々ココ志望してたろ。だから資料とか持ってたわけだし、ソレおまえに見せて一緒に受けたんだから。偶然ばっかじゃないんじゃ?」
「あ~、そっか、そゆことかあ」
 でも配属先まで同じって? とかちょい疑問は消えねえままだが、理由なんて小松が知るわけねえし、考えるのやめる。
 つうか小松って、とらえどこのねえ奴なんだよな。
 そんな目立たねえけど優しそうで人当たり良くて、わりと誰とでもすぐ仲良くなるし友達多いってイメージはあるけど。
 一年ときはわりと姉崎とつるんでて、そういや丹生田が牛丼屋でやられたときも、いつのまにかちゃっかりいたよな。橋田が発端になった、あんときも途中から参加の連中あおってたような気がするし。先頭立ってなんかやるってんじゃねえけどノリは良いつか。
「でもまあ、せっかく同じトコに配属なったんだから、仲良くやってこうよ」
 いつもの軽い口調で言う小松に「そだな!」ニカッと笑い返す。
 就職が決まって、勤務地も決まった。
 西の方だから、実家から通うのは厳しい。部屋借りて、引っ越しして、そんで家具とか揃えねえと。じいさんが使ってた家具とか残ってねえかな。ちょい直せばまだまだ使えそうだったんだよな。ああ妹がうるさいかな。一緒に住むとか言いだしたら面倒だな。てかあいつの大学遠いし無理だろ。会長の仕事も引き継ぎしとかねえと。てか卒論、年末年始で仕上げたけど、あれでだいじょぶかな。再提出とか言われたら軽く死ねるな。てか不可とか出されたら卒業無理じゃん就職どうなんだろ……
 考えること、超いっぱいあんじゃん。超忙しくなるじゃん。余計なこと考えてる場合じゃねえじゃん。
 そうだよ。
 余計なこと考えてんじゃねえよ。

  *

 二月半ば。
 次期執行部の人選が終わり、会長に決まった田口とそいつらで顔合わせしたりとか、そんなこんなで会長としての仕事はほぼ終わった。
 卒論も無事通ったし、実家に顔出して、そこら辺の結果報告したら、やっぱ妹のやつはゴネた。
「あたしもお兄ちゃんと住む! ねえお兄ちゃんと一緒なら良いでしょ?」
 とか言ったけど、俺も親父も妹が実家出るのは元々反対だったんだよ。だって超可愛いからさ、ストーカーとか出てきたらヤバいじゃん? ここら辺ならガキの頃から知ってる人ばっかだから、ヘンな奴簡単に入り込めねえし安心だし。そんでも妹は実家出たいって頑張ってたんだけども
「バカ言わないの。あんたご飯もつくれないし、部屋の掃除だってアンタよりお兄ちゃんの方がちゃんとやるでしょ。仕事始めたばっかりで大変なのに、お兄ちゃんに迷惑かけるつもり?」
 お袋にばっさり切られて、ようやく諦めたっぽい。やっぱウチで一番権力あんの、お袋って感じだな。
 丹生田も卒業後に向けて、着々と動いてるっぽい。忙しそうだけど、お互い前よりはマシで、メシとか風呂とか一緒に行くことは増えた。
 そんなある日、いつも通り丹生田の部屋に一緒に入り、ペプシ飲みつつ聞いてみた。
「そういや部屋とか決まったンか?」
 なにげなく、を意識しながら言ったら「おまえは」と聞き返される。
「え、俺はこれからだけど」
「勤務地は決まったのか。地方なのか」
「や、都内だけど端っこの方つか」
「どこだ」
 めっちゃ真剣に聞かれたから、だいたいの住所を教えた。
「そうか」
 満足そうに目を細めて頷いた丹生田は、PCで地図立ち上げ、マーキングの印をつけた。他にも二箇所にマーキングしてある。
「なにそれ」
「ここが、藤枝の勤務地。ここが俺の会社だ」
「え、もう一つは」
「道場だ」
「ああ~、なぁる」
 毎週てか、なんなら毎日でも道場通うだろうしな、その場所が丹生田にとって重要なのは分かる。
 なんて思ってたら、丹生田は三箇所の中間地点にあたる辺りを指さして言った。
「……ここらあたりが良いだろうか」
「え? てかなにが?」
 ほけっと言うと、低く落ち着いた声が返る。
「ここらあたりで、部屋を決めようと思うんだが」
「ああ~、うんうん、借りる部屋の場所な? ンでもなんで俺の会社の場所まで?」
「なんで……」
 声が途中で止まり、ん? と横を見ると、ものっそ真剣な目でまっすぐ見られてた。
「おわ、なんだよ」
「………………一緒に、…………」
 呻くような声が漏れ、そこでくちを真一文字に閉じた丹生田は、グッと奥歯を噛みしめた。つまり顎が膨らんだ。なんか目が必死だし、いきなりどうした、とか焦るけど、イカンイカンと抑える。
「なんだよ、どしたよ」
 ニカッと笑いかけたら、なぜか一回深呼吸してから丹生田はくちを開いた。
「……卒業したら、寮を出なければならない」
「ああうん、そだな」
 少しでも言いやすいように、そんな気分でまたニカッと笑う。すると丹生田はハッとしたように息を呑み、ギュッと目を閉じて俯いた。
 なんだマジでどうした。そんな心配がせり上がってきたけど、ブンブンと首振って逃がす。
 コッチが焦ってどうする。ナニを気にしてんのか分かんねえけど、落ち着かせなきゃ。
「部屋借りるんだろ? その場所の話だよな?」
 優しい声を心がけつつ、丹生田の二の腕をポンポンと叩く。体温感じない程度に軽く。これならあんまドキバクしねーから。
 落ち着けよ、だいじょぶ聞いてっから、ゆっくり話せ?
 そんな気分を込めて見てたら、丹生田は何回か肩が動くほどの深呼吸をした。
 ちょいそのまま俯いてたけど、しばらくして顔を上げたときは、なんか妙に目が据わってた。
「そうだ。部屋を借りる。……藤枝も」
「うん、俺も借りなきゃだな」
「であれば…………。俺は、住環境をあまり落としたくない、が、そうなると……場所的にも家賃が高い部屋になってしまう。そうだろう? その場合、敷金なども……それなりにかかるだろう。そう思わないか」
「うん、そうだろな」
 丹生田が、ものっそ真剣な目で、なんかちょい汗までかいて、めっちゃしゃべってる。
 なんだ、酒も飲んでねえのにどうした。なんかあんなら言えよ。ちゃんと聞いてるし。超聞いてるし。
 そんな気分を目に込めて見返す。
 したら丹生田は小さく頷き、ふぅぅ~~~、と息を吐いた。
「俺は、できれば父の援助を受けずにやっていきたい。敷金などは借りるとしても、きちんと返済するつもりだ。だが家賃は、……毎月の出費となる。それを高く見積もるのは避けたい、んだが、……家賃を折半に出来れば、お互いメリットがあると……思う、……んだが」
「……え」
 え? え? え? それってつまり……
 無意識に見開いた目で見返しながら、喉は声を出す機能を失っていた。
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