意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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5.新体制と迷走

65.新年度

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 206のドアをノックした。
「え? え?」
「ノック? この部屋?」
「誰だよ?」
 慌てた声がしたあと、そろりと開いたドアの向こうに、三人の顔が見えた。
「や! 俺ら、この部屋の担当なんで挨拶に来た!」
 ニカッと笑って言うと、隣で丹生田が少しアタマを下げる。
「…………」
 もうひとり、三年の木原さんはやせぎすでいかにも神経質そうな、目つきの悪い人なので、丹生田の後ろに隠れてもらってる。いきなりで一年がビビっても可哀想だし。
「え、担当?」
「先輩、すか?」
「そう! 各部屋に俺らみたいな担当がいて、分かんないこととか教えてあげる! つうわけ。とりあえず入って良い?」
「あ! どうぞ」
 中に入ると、三人の一年生は、椅子を勧めようとしたり、「飲み物とかっ」「うわあ無い!」パニクったり、まあまあ慌ててた。
「あ~~、お構いなく。つうか挨拶に来ただけだし。俺二年の藤枝っつうの」
「同じく、丹生田だ」
 いきなりの自己紹介に、三人は一瞬固まって、それぞれすぐにアタマ下げたり自己紹介したりした。
「落ち着け、おまえら。こんなのばっかじゃねえからビビるな」
 かすれた声と共に後ろから出てきた木原さんがヒラヒラ手を振ると、ハッとしたように動きが止まる。
「三年、木原。とにかく座れ。そこでいい」
 一つのベッドを指さすと、三人は慌てて並んで座る。
「とりあえず明日オリエンテーションあるから、その件で来ただけだ」
 結局、説明は木原さんが全部やった。俺はニコニコしてただけだ。なぜって、なんか言おうとしたら木原さんが脇腹つねるから。
 しゃべんなって言いたいんだな~、とか思ったし、丹生田はもともとしゃべんないし。
 つうか、こんなんなら最初から木原さんに全部任せれば良かった。とか思いつつ
「とにかく、聞きたいことあったら322に来いよな! 食堂とかで見かけたら声かけてくれて良いし!」
 最後にそんだけ言うと、一年はウンウン頷いていた。
 部屋出てから「なんかマズかったかなあ」と頭ボリボリしながら呟いたら、木原さんは、ふうっと息を吐いた。
「おまえら迫力あんだから、いきなり飛ばすんじゃねえ」
「飛ばすって? つうか丹生田はともかく俺なんて……」
「その外人ツラ。パッと見ビビるって」
「……あ~……」
 そう、ここに来てから気付いたことのひとつ。
 自分は恵まれてたんだなあ、てコト。
『ガイジン?』
『え~、モデル?』
 大学内歩いてるだけで、そんな声が耳に入る。
 外でもなぜかコッチ見る目がたくさんあって、視線がなんか、普通じゃない。
 ビジュアルなんちゃらとか、サークル勧誘されたあたりから違和感バリバリの扱いするやつらが、ビックリするほどたくさんいる。そういや修学旅行先とかで、こんな感じってあったよなあとか、今さら思い出したりして。でもそん時はツレと遊んでたからあんま気になんなかったんだけど。
 ガキの頃から一緒のツレがたくさんいて、じいさんたちに構われて、地元のおばさんたちとかも優しくて。目立つ顔とは言われたけど、こんな外人扱いなんて無かったから。
 つまり周りに恵まれてたのかもなあ、なんてコトを今さら実感してるわけ。つっても寮じゃみんな普通に扱ってる……つうかむしろ雑だけど。ソレはソレで違う気がするけど。
「あいつらもすぐに分かる」
 低い声と同時、丹生田の手が肩に乗り、優しく揉むようにする。
 うああ、とか思いつつ、色々どうでも良くなって「そだな!」ニカッと笑った。
「つうか明日の用意! 大熊先輩消えちまってて、めちゃ忙しいんだよ!」
「そうか」
 丹生田が少し笑った。簡単に元気百倍気分で「じゃ行ってくる!」手を上げ集会室へ走る。
 木原と並んで見送っていた健朗は、並んで階段へ向かう途上で、
「ありゃ、マジでああいう奴なのか」
 隣から呟くような独り言のような語調の声が聞こえ、健朗はうっそりと頷いた。
「そうです」
「素直で明るいフリとかじゃねーのか?」
「いえ」
「あ~、つまりバカなんか」
「…………」
 少し眉を寄せ、健朗は黙然と階段を上っていった。

  *

『新寮生オリエンテーション』
 墨痕鮮やか、な感じで書き上げたのは、風聯会の津上さんだ。見事な書なんだけど、模造紙二枚貼り合わせたトコに書いてるから、アンバランス感ぱねえ。
 津上さんは注目浴びてる若手書道家。つっても四十歳手前らしいんだけど。
「ったく。こんな安い紙に書かせんなよ」
 とか憤然と言ってるけど、毎年来て書いてくれるらしい。
 これが乾いたら正面の上の方に貼って、ありったけのパイプ椅子並べて、新寮生に渡す掃除の当番表とか準備して、そんで今年はオリエンテーションのあと総会やるから、その準備もある。
 そう、総会やるんだよ!
 寮則が変わって、今年は情報施設部ってのを新設するって流れになったんだ。
 これって賢風寮の体制が整って以来、初めてのことなんだって。なんかすげえよな~、とか思いつつ、その分、総括の仕事量は今回めっちゃ多い。
 新年度が始まるわけだから各部それぞれ忙しい。んでこういう雑用は総括の仕事なわけで、新部長の大熊先輩は
『スピーチ考えるからしばらく消える。探してくれるな』
 とか謎な書き置き残していなくなっちゃって、前部長の唐沢先輩もゼンッゼン頼りにならなくて。
 音響確かめたり、進行決めて打ち合わせしたり、各部に協力お願いしたり、やること満載なわけで。タメはもちろん、三年四年の先輩たちにも協力してもらって、大車輪で準備を進めてるわけなんだけど。
 あれもこれもやんなきゃ、ンで優先順位とか誰に指示出したとかワケ分かんなくなってアタマ混乱してきて
「あ~~~~~っ!」
 思わず叫んでた。
「よし、吠えて正気になったらこっち!」
 けど容赦ない顔の先輩に引っ張られ
「……う~す」 
 施設部との打ち合わせに向かったのだった。


 当日。
 サラッと登場した大熊先輩は、緊張の陰も見せずに軟派でいい加減なスピーチぶちかましただけだった。
 ぜってーあとでシメる、と決意しつつ、オリエンテーションが終わってから、総会に向けて椅子片付けたり貼り紙変えたりとか大忙しの作業には当然巻き込んだ。
 総会では議案が通り『情報施設部』つまりインターネットとかの設備を管理する部署が立ち上がることになった。
 施設部が分割するってことで、今まで施設部内でネット配線とかサーバー管理とかやってたみんながまんま移動するってことで、あとは施設部内でやってってことで落ち着いた。
 アタマをどうするって話になったけど、暫定的に新施設部長の大田原先輩が今年度は両方見るってことで決着し、「マジかよ!」とか先輩は抗議してたけどサラッと流されてた。
 はは、可哀想~。けどしょうがないよ。
 ネットの方も施設の方も、両方一番分かってるって部内の証言多発したんだもん。サスガっつか、先輩かっこいい~
 ……なんて意地悪い言いたくなる程度には疲れてた。
 ぐったりな状態で322に戻ったら、
「つっ……え?」
 『疲れた~~っ!』とか騒ぐ前に丹生田がぬっと洗面器とか用意してあるやつ突き出してきた。
「お疲れ。行くぞ」
「お? ……おお、なんかわりいな」
 なんていいつつ、やったねな気分で風呂に行く。
 ガシガシ洗って湯に浸かって、ほわーとかして、部屋戻ったらアイスとか出してくれて、しかもホーテンの抹茶アイス!
「え、うわ、マジで?」
 あああ寮に来てからなかなか味わえなかった至福! 風呂上がりの抹茶アイス以上にうまいもんがこの世にあるだろうか? いやナイ!!
「いいから食え」
「うわわ、ありがとう! いただきまっす!!」
 うんめぇ~~っ!!
 んで丹生田がずっとちょい笑ってる感じで、それにも癒やされた。
「つうかおまえら異常に仲良いな」
 なんて木原さんは呆れてたけど「今日は特別です。こいつは頑張ったから」なんて丹生田が言って、木原さんは鼻で笑っただけで部屋出ていった。
 そしたら
「うつぶせになれ」
 くそ真面目な顔で丹生田が言った。真正面からこっち見てる。
「お……おう」
 おとなしくベッドにうつぶせに寝転がる。
 ベッドにのってきた丹生田は、ゆっくり背中を撫でた。
 これはアレだ。
 四月一日にやったアレ。マッサージだ。
「あ~、あのさ」
「なんだ」
「別に良いよ、ンなしなくても」
「疲れているんだろう」
「まあそうだけど。けど俺きっとすぐ落ちるし」
「問題無い」
 揺るぎない低い声が降ってくる。
「でもさあ。……てか丹生田は今日ナニしてたの?」
 今日はいるけど、でも丹生田いつも剣道部で遅かったりするし、もっと話とかしてえし――
「やりながら話してやる。力を抜け」
「う~……うん」
 つうかこんなクタクタで風呂入ってアイスまで食って、最高幸せな弛緩した状態で、マッサージ来たらぜってー落ちる! てかせっかく丹生田と部屋で二人で、しゃべれるのに寝ちまうとかもったいねえじゃんっ!
「ここらへん凝ってるな」
「そ、ぉぉ、……ぅぅぅあ……キモチイ……」
 なんて感じで丹生田の低い声がポツポツ離してくれた。
 今日はオリエンテーションとか集会とかの人員整理や誘導や、そういうのをやったあと、寮内パトロールしてたんだって。
 毎年新入生が迷ったり、この時期色々あるんだって。だから一日からずっとパトロールしてたって。そっか~、忙しかったからゼンゼン知らなかった。丹生田も大変だったんだね。
 なんて話しながら
 予想通り、あっさり寝落ちしたのである。
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