意地っ張りの片想い

紅と碧湖

文字の大きさ
上 下
47 / 230
3.橋田

46.実態

しおりを挟む
 健朗が209、姉崎の部屋へ幅口と橋田を連れて行くと、すでに藤枝が人数を集めて待機していた。
 現在はここが作戦本部だ。
 早く眠りたい丹生田を気遣えと藤枝が主張し、同室の結城と浦山が計画に乗ったのでオープンにできるようになった姉崎が「こっちでやる?」と言ったのだ。二十四時間ネット経由でテレビを見られると誘われた標も、ほぼここにいる。
 睡眠を取るため、すぐ213へ戻った丹生田以外の十一名に囲まれ、ビビりまくって汗びっしょりになっている幅口へ、淡々と質問する橋田はメモ帳片手である。
 そうして判明したのは、幅口が一年の頃、日常的にカツアゲされていたということだった。その話がかなり陰惨で、くちにハエやアリを入れた後、無理矢理くちを閉じられて、といったあたりではみんな顔をしかめた。淡々と質問を終えた橋田も眉を寄せている。
「ふうん」
 だがそんな中、鼻で笑うような声を漏らしたのは姉崎だ。
「あなたもしかしてバカなんじゃない? やられっぱなしに甘んじたのは、あなたの単なる怠惰でしょ。やり返さなかったのは自己責任なのにさ。あ~、もしかして被害者だ、可哀想だ、なんて言われたいのかなあ?」
「……ちが……っ」
「なにが違うって?」
 抗議しようとした震え声はぴしゃりと絶ち切られた。
「自分がやられてたから同じことやったとか言いたいんだろうけど、そんなの、なんの正当性も無いって分からない?」
 侮蔑もあきらかな声の姉崎は、しかし見た目爽やかな笑顔で、なんつうか不気味だ。幅口もビビりまくって「わっ……そん…」声が震えてる。
「えーっと、刑法第249条…知ってる?」
 次にくちを開いたのは法学部の瀬戸だ。持ち込んだ丸椅子を標の横に置いて座っている。
「人を恐喝して財物を交付させた者は十年以下の懲役に処する。222条もある。生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する」
 瀬戸はそれだけ言って、幅口へニッと笑いかけた。
「にわか勉強だけどさ、刑事罰だから未成年でも情状酌量の余地は無し、未遂でもアウト、なんだって」
 幅口の目が涙で潤んで、限界まで見開かれている。
「金銭など要求しない場合、つまり土下座しろとか裸になれとか、そういう強要をするだけでも、三年以下の懲役って実刑判決が出るってくらい、厳しいんだってさ。むしろあんたもその先輩を訴えたら良かったんだよ」
「そ……んな、ことっ! 言ったって…っ!」
「ビビったのは理解するが、誰かに相談するべきだっただろう。まして橋田へ転嫁するのは筋違いだ」
 峰が低い声で言うと、幅口はなにも言わずに唇を噛みしめ、首を振りながらポロポロ涙をこぼし始めた。
「おまえら、ちょい厳しすぎだろ。先輩にも事情あったみたいだし」
 思わず言った藤枝に「なに同情してんの」姉崎が朗らかな笑い混じりの声をぶつけた。
「ほんっと藤枝って安いよねえ。橋田の仇取るとか、一番盛り上がってたの誰だっけ?」
「うっせーよ! ……だって可哀想じゃんかよ」
 悔しそうに言った藤枝に、
「なんっ……!」
 ひっくり返った声を上げたのは、他の誰でも無く、幅口だった。
「な……わか…っ!」
 みな驚いた目を向け、激しい嗚咽の合間に切れ切れの声を漏らしてる幅口に注目する。
「おまえらに、なんっ、なんか、なにが……分かる! バカにしやがって……!」
 涙も鼻水もダラダラ垂れ流し、ひどく情けない状態だが、幅口は怒っているようにも見えた。
「カネあって、背高くて、力あって、……どうせ俺みたいな………分かんね、……だろ……っ!」
「分からないね、当然」
 姉崎は笑んでいるが目が笑ってない。
 ここにいるメンバーは、姉崎がこういう顔をしているとき、かなり怒ってるってことを分かってるから、敢えてくちを出さない。
「でもまあ想像はできるかな。……けどさ、もし僕に欲しいけど持ってないものがあるとしたら、手に入れるための努力はするよ。ねえ、あなたは行動しないで持ってる者をねたんでるだけだ。そこにどんな正当性がある?」
 ニッと笑った姉崎は言葉を切って立ち上がり、アピールするように両手を広げる。
「Never!」
 良く通る低めの声が室内に響いた。
「Surely not! No way,no,no,no! We must say No!」
 大きく腕を振る大げさな仕草、声の強弱など、姉崎はこういうとき、アメリカの政治家が演説しているみたいになる。ここにいるみんなは慣れてるが、初めて見た幅口は涙混じりの目をみはって声を無くし、怯えきった表情だ。それを見下ろし、姉崎は声を低めた。
「手に入れたいと思うなら何かしら努力するべきで、それを怠ったあなたは結果を得られず逆恨みしてるだけだ。同情の余地は無いね。でもまあ……」
 ニッと笑んだ顔で幅口を覗き込み、低く続ける。
「あなたが協力してくれるなら、僕らも考える余地は出てくるよ?」
 涙も止まり、唇をわななかせる幅口に、間近でニッと笑いかけると身を起こし
「ねえ先輩?」
 声と共にポンと肩を叩くと、幅口は「ひっ」と掠れたような声を漏らした。


 ビビりまくった幅口はめちゃ協力的になり、犯人の特定は順調に進んだ。さすがに賢風寮歴三ヶ月程度の一年とは人脈が違ったってわけ。
 そして標によって完璧な書式の報告書が作られる。
「犯人たちへはおいおいツッコむとして、その前に寮体制の変革を求めちゃおうよ」
 そう主張したのは姉崎である。せっかく作ったものだから、個別の攻撃だけでは無く、もっとでっかく利用しようという。
「じゃないと毎年同じ事が起こる気がするんだよね」
 その声を一年の主だったメンバーも認めた。
「なにか成し遂げようとするなら、下準備を完璧に! 行動し始めたら迅速に! これが鉄則だよ~」
 その号令に従い、みな一斉に動き始める。
 橋田は報告書を持って監察の部会で発言を求め、『寮内で起こっている犯罪事例について』淡々と報告して、寮則の改善を提議した。そのとき同じく監察所属の瀬戸なども声をあわせ、他にも現在にそぐわない寮則が多々あることを指摘して、全体的な寮則の見直しが必要だと主張する。
 峰と丹生田は保守部会で警戒すべき事案として手を上げ発言した。丹生田の言葉が足りない部分は多かったが、峰らがフォローして、結果一年みなで実情を報告する形となった。各階や娯楽室、食堂、浴室などの警備強化、いじめを発見した時どうするかなど、行動規範を決めることを提言した。
 総括の部会でも問題提起する一年の面々の中、藤枝が「こんなのほっとくなんて!」と騒ぎ、「分かったから落ち着け」と先輩たちがなだめつつ話を聞いたのだが、返ったのは意外すぎる声だった。
「つうか毎年あることなんだけど、ここまでコトをデカくしたのはお前らが初めてだな」
「毎年あって、なんでほっといたんスかっ!?」
 またも騒ぎ始めそうな気配に、一年も含め総掛かりでなだめられ、不満げにくちを閉じる藤枝を初めとする一年に視線を送りながら、部長の唐沢は苦笑気味に言った。
「ほっといちゃいなかったよ。気がついたら注意してたしな」
 そこに冷静な問いを向けたのは仙波だ。
「そんな対症療法だけでは、根本的な解決は望めないと思います。寮則には全体的な話し合いの場が無いようですし、少数の意見を吸い上げる道も無い。これはおかしいでしょう」
 すると横にいた副部長の大熊先輩がアッシュブラウンに染めた髪の毛先を気にしながら言った。
「つうかな、この寮則ってのがガンでさあ。五十年くらい前に決められたまま、1回も変えてねーんだよ。いまどき使えねえ部分も多いだろ? 俺らだってそこは分かってんだけどさあ」
「なぜ時代に即した形にしないんですか」
「ん~、寮則を変えるには面倒な手続きがあってねえ」
 苦笑しながら髪をくしゃくしゃ混ぜる部長の唐沢を補足するように、大熊がヘラッと口を出す。
「まず監察で骨子決めて、保守の同意を得た上で執行部に持ってって話し合うんだが、それで終わりじゃねえんだ。風聯会の承認が必要なんだよ。これがアッタマ固いじいさん連中でさあ」
 唐沢が頷きながら続ける。
「この寮則ってのは大学闘争とかあった頃に作られたらしくて、武力闘争とか言い始めるとんがった連中を抑えるような内容になってるんだ」
 確かに『集合して違法行為を扇動することを禁ず。またこれに類する行為、或いはこれを利する行為も同様に禁じる』なんて、なんのこと? と思うような項目がいくつもある。
「もちろん俺らの先輩たちだって何度か提議はしてるんだ。だがなあ、それ作ったOBが風聯会で一番偉い年頃になってんだよ」
「一番偉いって、だれっスか!」
 意気込んだ声に、先輩たちの視線が集中した。
「誰って……風聯会の?」
 視線の先には、ぶんぶんと首を縦に振る藤枝だ。唐沢は苦笑気味に見て言う。
「名前聞いてどうするんだ」
「いいから! 教えろよ!」
 興奮のあまりタメ口になっている藤枝を、唐沢はニヤリと笑って見つめる。
「みんな七十近いじいさんたちだぞ。:畝原(うねはら)、浅川、津久井、他にも……」
「マジか!」
 叫ぶ声に、すらすらと答えていた唐沢がくちを閉じる。
 他の先輩たちも、くちをあんぐり開けたり目を丸くしたりニヤニヤしたりで、無言になって見つめる中、藤枝はキッと目をきつくして「ちょっと行ってくるっ!」と叫んだきり、いきなり飛び出していってしまい、最も騒いでいた藤枝がいなくなったことで話はうやむやになって、総括の部会は閉会した。

 浮かない顔で209に戻った仙波は、発言に同意した荒屋をつれていた。他にも知らない顔が増えている。
 みんな部会で提言した無いように賛同して、これから話し合いだというと「俺も混ぜろ!」的なノリでついてきたらしい。ゆえに総勢二十七名が詰め込まれた209はぎゅう詰め状態となっていた。
 しかし皆、浮かない顔ばかり。部会の結果の報告を聞きつつ、さらに暗然とした心持ちになっていく。
「寮則を練るのは良いが、徒労に終わる可能性が高い、と皆言っていたよ」
 橋田が淡々と言い、峰は眉を寄せ腕組みしながら「早急な動きは不可能だそうだ」と呟いている。
 施設部でも姉崎を始めとしたメンバーが声を上げたが、「それ施設部の仕事と関係なくね?」と:一蹴(いっしゅう)されていた。つまりどの部会でも前向きな回答は無かった。
「なんか理由があるんだろうなあ」
 呟いた姉崎に、仙波は総括の部会で出たことを伝えた。
「風聯会がガンらしい」
「なるほどね~。頑固なじいさんたちが頑張ってるってわけか~」
 ため息混じりに呟いて、ニッと目を上げた姉崎に、みんな注目する。色々面倒な奴ではあるが、こういう顔をするときは、なにかやらかそうと考えているってことに気づいていたからだ。
「ん~、じゃあさ」
 そして今はみんな、なにかやらかしたい気分だった。
「とりあえずそっちはひとまず置いといて、他のことを先にやろうか」
「どういうことだ」
 丹生田が問う。
「実力行使だよ。言ったろ? 一年が一番人数多いんだよ?」
 姉崎は低く言いながらみんなを見回し、また丹生田に目を戻してニッと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

ことりの上手ななかせかた

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
恋愛
堀井小鳥は、気弱で男の人が苦手なちびっ子OL。 しかし、ひょんなことから社内の「女神」と名高い沙羅慧人(しかし男)と顔見知りになってしまう。 それだけでも恐れ多いのに、あろうことか沙羅は小鳥を気に入ってしまったみたいで――!? 「女神様といち庶民の私に、一体何が起こるっていうんですか……!」 「ずっと聴いていたいんです。小鳥さんの歌声を」 小動物系OL×爽やか美青年のじれじれ甘いオフィスラブ。 ※エブリスタ、小説家になろうに同作掲載しております

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

風そよぐ

chatetlune
BL
工藤と良太、「花を追い」のあとになります。 ようやく『田園』の撮影も始まったが、『大いなる旅人』の映画化も決まり、今度は京都がメイン舞台だが、工藤は相変わらずあちこち飛び回っているし、良太もドラマの立ち合いや、ドキュメンタリー番組制作の立ち合いや打ち合わせの手配などで忙しい。そこにまた、小林千雪のドラマが秋に放映予定ということになり、打ち合わせに現れた千雪も良太も疲労困憊状態で………。

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

孤狼のSubは王に愛され跪く

ゆなな
BL
旧題:あなたのものにはなりたくない Dom/Subユニバース設定のお話です。 氷の美貌を持つ暗殺者であり情報屋でもあるシンだが実は他人に支配されることに悦びを覚える性を持つSubであった。その性衝動を抑えるために特殊な強い抑制剤を服用していたため周囲にはSubであるということをうまく隠せていたが、地下組織『アビス』のボス、レオンはDomの中でもとびきり強い力を持つ男であったためシンはSubであることがばれないよう特に慎重に行動していた。自分を拾い、育ててくれた如月の病気の治療のため金が必要なシンは、いつも高額の仕事を依頼してくるレオンとは縁を切れずにいた。ある日任務に手こずり抑制剤の効き目が切れた状態でレオンに会わなくてはならなくなったシン。以前から美しく気高いシンを狙っていたレオンにSubであるということがバレてしまった。レオンがそれを見逃す筈はなく、シンはベッドに引きずり込まれ圧倒的に支配されながら抱かれる快楽を教え込まれてしまう───

処理中です...