意地っ張りの片想い

紅と碧湖

文字の大きさ
上 下
35 / 230
3.橋田

34.橋田はなぜ書くのか

しおりを挟む
「んぁ~、おはよ~」
 脳天気な声は藤枝だ。起きたらしい。
「あれ、丹生田いねー」
 同じく同室の丹生田は既に起きて、雅史に声をかけずに、そっと出ていった。おそらく必死であることを悟ったのだろう。
「ん~? てか橋田寝てねーの?」
 見れば分かるだろう、と思いつつ、余裕の無い雅史は答えない。
 ここから分かること。つまり丹生田には雅史の状況を推測して行動する能力があり、藤枝には無いのだ。
 なのにこの藤枝は、無能力なくせに丹生田の考えてることが『分かりやすい』と言った。雅史から見て、丹生田という人物の感情や思考は推測しにくいと思えるのにもかかわらず、である。
 そこからひとつ、導き出せる推論があった。
 藤枝が丹生田のことを好き(ふたりとも男なのだが)なのが明らかである以上、恋愛感情が能力以上の観察眼を発揮してしまっているのではないか、ということだ。
 まったく驚くべきこと、論拠もクソもない不条理である。だがそこに論理を求めるべきではないのかもしれない、ということだけは、まず分かってきたように思っている。とはいえそれが恋愛の心理という奴なのだとしたら、理解したとはぜんぜん言えないレベルでしかない。
 だがもう少し観察すれば分かるかも知れないのだ。同じ部屋でカップル(男同士だし片想いのようだが)を四六時中観察できる、こんなチャンスはそう無いと思う。なので雅史はふたりが一緒の時はもちろん、藤枝ひとりの時でもなるべくそばにいるようにして生態観察を続けているのである。
「つかやべっ! 朝早食いなんだよなっ、急がなきゃ!」
 藤枝は大慌てで身支度をして出ていった。言わなくてもイイと思えることも藤枝はすぐくちに出す。時々考えてることがダダ漏れになるが、本人は気づいていないようだ。笑止である。
 ともあれ部屋は静かになった。雅史は集中する。
 しばらくして廊下が騒がしくなり、藤枝が戻ってきたのだと分かる。丹生田の声はしないから、食堂で顔を合わせた誰かとだべっているのだろう。ドアが開き「じゃな~」という声とともに丹生田とふたりで部屋に入ってきた。
 チラッと目をやると、いつもながら藤枝はニコニコで、丹生田はむっすりしている。
 朝練へ向かった丹生田を「いってら~」と見送ると、藤枝は一気にだらけて「ふあぁ~あ」大あくびをした。
「まだねみ~。でも二度寝したらやべーし。あ、橋田メシ食ってねーだろ」
 きっと腹とかボリボリやりながら言っているのだろう、と推測できたが、振り返る余裕は無い。
「早く食いに行けよ~、片付かねーとおばちゃん困るだろ」
「ん」
 手を動かしつつ声だけ出したら
「うっし!」
 とか無意味に気合い入れつつ出て行った。おそらく洗面しに行ったのだろう。また静かになった。
 だいぶ経ってからバタバタと戻ってきて、「やべやべ」と慌てたように準備をはじめた。おそらく娯楽室か食堂で下らないことで盛り上がって時間を浪費したのだろう。藤枝はいつもそうなのだ。だれかれ構わず話しかけ、すぐ親しげになる。驚くべきコミュニケーション能力ではある。
「橋田っ! おまえも急がねーとっ! 講義遅れんぞっ! つかいつもにも増して反応薄いよおまえっ!」
 藤枝はあらゆるものにツッコみながら生きている。時々「おまえうるせーよ」など適切なツッコミを受けているが、気にせず笑い飛ばしている。こういう人種は珍しくない。実家に3人もいる。
「つか橋田、メシ食った?」
 リュックを持って部屋を出ようとしつつ聞いてきた。
「うん」
 適当に答えると「じゃ早くしろよ! 遅れるって!」と続ける。
「今日は出ない」
 雅史がそう答えると、「あ~、そっか~」とか言いつつぐずぐずしている。遅れるんじゃないのか? と思いつつ作業を続けていると、しばらくして
「うん、休むって言っとくな!」
 バタバタ騒がしい音を立てながら、やっと出ていった。
 静かになったので、雅史は集中する。
 やがて連載二回目はなんとか形になった。通して読んで2回推敲したところで、香川さんへデータを送る。十時近くなっていた。
『これから寝ます。連絡は午後にして下さい』
 とメッセージを添えた送信を終えると、雅史はベッドに潜り込んだ。眠るまでの時間だって思考できる。こういうときに面白い発想が来ることもあって、跳ね起きてメモしてしまうのだが。
 この寮に来て、いろんな個性に触れ、自分のキャラに反映することができた。
 姉崎の要素は魔法使いにピッタリだと思った。しめぎと少し話して僧侶のキャラクターがはっきりした。主人公には丹生田の要素を加えた。寡黙なのは排他的だからでは無く、くちべたなだけで、実は色々考えているのだと、そういうキャラ付けをしてみたら、わりとうまく行った。
 執行部の先輩たちや食堂や風呂で馬鹿話する連中や、その他にも脇キャラに良いモデルがいて、エピソードが、新キャラが、どんどん湧いてくる。兄貴たちが言ったように、ここはキャラクターの宝庫だったのだ。
 しかしシーフに使えるような奴は見つかっていなかった。
 小狡くて計算高くて用心深い。頭は回るが底が見えない女の子。そんなヒロインに合うキャラはまだ見つかってない。
(そもそも女の子がいないし)
 講義に行けば女子はいるが、話しかけるとか無理だし、食堂とかで観察しようにも会話が聞こえるような距離には座ってない。サークルなどに入るつもりは無かったのだが、女子の観察という観点から、考え直すべきかもしれないと思い始めていた。
(その代わり、藤枝みたいに賑やかなやつを仲間に入れる、なんてどうだろう)
 すばしっこくて顔がイケてて騒がしくて、なのに妙に真面目で単純で憎めない。そうだ、実はナイフの名人なんてどうだろう。顔がイケてるから女にモテて、村々で情報収集するのに使える、とか。
(いや、それじゃあ逃げてるだけだな)
 そんなことを考えながら、雅史は眠りに引きこまれていった。


 橋田家は父も母も兄貴も騒がしい。
 常に誰かがしゃべり、必ず誰かがツッコみを入れて、陽気に笑う。みんなお気楽で陽気で、いつも笑いが絶えない。祖父母が来ても陽気な空気に巻き込んでしまうので、しかめっ面をキープできない祖父の顔は、なんか面白かった。
 幼いころはどこの家もそんなもんだと思い込んでいて、毎日がなんだか楽しく、雅史も一緒に笑っていた。だが幼稚園でも学校でも、楽しくなさそうな人はいて、それは不思議だった。
(どうして笑ってないのかな)
 幼いなりに観察したが、理由なんて当然分からない。
(へんなの。楽しいことを考えれば良いのに)
 そんなことを思いつつ幼い雅史は楽しいことを考えて笑っていた。雅史にとってもっとも楽しいことは物語の中にあり、常に楽しかったからだ。
 絵本から始まった読書遍歴は、すぐに文字がたくさん書かれている本へ移行した。物語の世界に入り込んでいるのが、幼い雅史はただ楽しくて、だからみんな同じように楽しいのだと、なんの疑問も無く思っていた。
 やがて物語と現実の世界は違うのだと気づきはじめ、家族も含めた周囲を冷静な目で観察するようになった雅史は、話しかけられてもため息ひとつで終わらせるような冷めた子供になっていく。
 本ばかり読んであまり笑わなくなった子供を、周囲は心配して友達と遊ぶよう促したが、雅史は本から離れようとしない。一計を案じた兄は、雅史が好きなイルカと友達の少年の話を持ち出して一緒にプールへ行こうとそそのかし、雅史はプールを気に入った。黙々と泳ぎながら仮想のイルカと遊んでいたのだが、その様子を兄から聞いた親は少し安心した。
 といっても、雅史は騒がしい家族に付き合う労力を惜しんだだけで、継続して毎日を楽しんでいた。面白すぎる世界へのめり込むのは、やはり最高に楽しかったのだ。本の中には現実世界とは違う日常を生きていくキャラクターのさまざまな生活があり、本を読んでいる間、雅史は彼らとともにそこで生きていた。
 指輪物語、コナン、ナルニア、ダレンシャン、ゲド戦記、バスチアン、モモ、ファーシーア、エラゴン、パーシー・ジャクソン、デルトラやローワン、十二国記、精霊の守人――――
 次々と新たな世界を知り、気に入ったのはすっかり覚えるほど何度も読み返す。本の中で語られる世界に浸る時間は、とても幸せで楽しくて夢中になった。
 そんなだからハイファンタジーはがっつり読み込んでいるという自負がある。そこから派生していろんな国の神話や妖精譚、ハードSFも読み込んだ。
 それが高じて自分で世界観を構築してみたりし始めたのも、楽しいだろうと思ったからだ。
 やってみたら案の定楽しくて、アイディアが出たら授業中でもノートの端に書き込んだりしていた。好きなものを詰め込んだから、中世ヨーロッパと古代中国とギリシア神話なんかが混じり、意地悪な妖精が出没する世界になった。つまりなんでもアリである。
 最初はエクセルにまとめていたデータが、そのうち文章となり、生活の描写になった。なんとなく浮かんだいろんな住人の生活を書いてみた。
 あくまで遊び、自己満足のための作業だったのだが、それから(こういう風にすると、もっと面白いのになあ)などと本を読んでいて思うようになった。それを2チャンのスレで呟いたりしたのは、軽い気持ちだったのに
『なにえらそー』
『じゃあ自分で書いてみたら』
『できるわけねーwwwwww』
 なんて、その小説の信望者らしいネトウヨにさんざん叩かれた。バカくさくて反論もしなかったが、雅史はひそかにむかついていた。
 そんなころ、帰省していた五歳上の兄貴が言ったのだ。
「最近、ライトノベルじゃウェブ小説で人気あるやつを持ってきて出版するんだよ。ある程度利益が読めるし、メディアミックスしやすいからな。まあそこら辺は営業部で頑張るトコなんだけど」
 漫画とライトノベルがメインの中規模出版社で営業部に所属している兄貴が、そんなことを偉そうに言った。だが就職して二年目。まだ新米、ぺーぺーだ。そんなたいそうな仕事してるわけがないと思いながら聞いていた。兄貴はいつも調子いいことばっかり言うのだ。
 だからそのまま鵜呑みにする気にはなれない。
 まして小説家になりたいとか考えたわけでも無い。
 ただ思ってしまったのだ。
(――ウェブか。そういうのに書いてみるのも楽しいかも)
 雅史は、自分が考えた世界を他の誰かにも見せたくなっただけなのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。 歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。 そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。 「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。 そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。 制刻を始めとする異質な隊員等。 そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。 元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。 〇案内と注意 1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。 3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。 4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。 5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...