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2.丹生田
24.傷心
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畑田と店長の話……というか怒鳴る声となだめる声が交差するのを聞くなかで、ようやく理解できたのは、深夜勤のときは朝までに本部へ発注をかける必要があるのだ、ということだった。
それにはあの、店長が握りしめていた端末を使い、野菜や加工済みの肉の他、様々な備品も含め、必要量を伝えなければならない。それを欠かせば、その日材料は届かず、材料が不足すれば店を閉めなければならなくなる。
店の売り上げは落ち、店舗ランキング上位の現状から順位が下がれば、今受けている優遇が無くなる。つまり時給が下がる。この店が売り上げ上位であることは、面接のときに聞いていた。それゆえに他店より時給が良いのだと言うことも。
だがそんなに重要な発注について、畑田はあえて教えてくれなかった。その上で健朗が忘れたのだと言い立て、注意しようとしても殴られそうだから言えなかったと、そう言い張った。
聞いていない、教えてもらってはいない、殴ろうとなんてしていない。そう健朗が言い立てても、水掛け論にしかならないように思えた。
だから黙したまま考え
(つまり、畑田は自分が邪魔なのだ。共に働きたくないのだ)
そう結論した。
なにが悪かったか、どうしてきちんと言ってくれなかったか、言ってくれれば改善を図ったのになど、思わなかったわけではないが、健朗はくちにしなかった。問題はそこではないからだ。
そんな風に思わせた自分にこそ、問題がある。
そして店長は畑田が「やめる」と怒鳴るたびに、何度もなだめていた。
畑田はあの店で働き始めて三年だという。その間きちんと仕事をしていたのだろう。だからこそやめられると困るのだろうし、畑田の言葉を信じるのだろう。簡単にそう推測できた。そんなひとが、健朗と働きたくないと考えた。
最初の深夜勤で初めて会った。挨拶をして少しの間は話もしてくれた。だが無視されたのもすぐだった。そのまま今日まで、少し話をすることはあっても、目が合うことは無かった。
つまりあの短い時間でそうまで嫌われてしまったということだ。
だから健朗はきっちりと九十度の礼をして言った。
「俺がやめます」
その瞬間、畑田は健朗をちらりと見て、くちもとだけで少し笑ったが、店長がそっちを向くと、すぐにむくれた表情になった。
それを見て、終わった、と感じた。
七星に入ってバイトをして剣道も学業も結果を残す。
そうするのだと、できるのだと、そう思い込んでいた。だがそんなものは単に夢見ていただけなのだと思い知らされた気がした。
そんなこんなで、ひどく疲れたと感じていたので、三限に十分ほど遅れて講義室に入り、教授に「遅刻は認めない、出て行きなさい」と言われても、さらに力が抜けただけだった。
素直に頭を下げてそこを出て、ふらふらと歩いた。
どこへ行こうという目的も無いまま歩き回り、目についたベンチに腰掛ける。周りを見回したが、ここがどこか分からない。
この大学に来て、まだひと月程度。かなり広いこのキャンパスを、まだ把握はしていない。
なのにもう、ここに来た意味を見失っている。
こんな風に自分のふがいなさを感じることは昔からあった。
こういうときは竹刀を振れば無心になれる。いままでいつもそうしていた。
だがそんな力も、いまは出ないような気がして、健朗は呆然と座り込んだまま、ひたすら天を見ていた。
なにが悪かったか、どうしたらよいのか。考えてもどうしようもない事が何度も何度も頭に浮かび、考えても考えても分からず、脳は加熱するばかり。
空には薄紫にも灰色にも見える雲が浮いて、青はところどころに見えるだけ。冷たい風が身体を冷やしていくのを感じたが、むしろそれは加熱していく頭を冷やしてくれるようで、健朗は少し心地よいと思った。
そうして繰り返し浮かんでしまうのは、やはりおなじみの言葉だった。
(俺は愚鈍だ)
*
四限目が終わって、最高速で寮に戻った拓海は、部屋に丹生田がいないと確認して、まず鈴木を探した。
三限目からは学部ごとに違う講義を受けるので、丹生田と同じ理学部の鈴木に聞けばなにか分かるかと思ったのだ。食堂で硬直した丹生田が、いつもはゆったりと食べる昼飯をかっ込んで出ていったのが気になっていた。
ちゃんと講義を受けてたら今ごろ部活に行ってるだろう。本音では深夜勤明け部活は休めと言いたいが、そんな権利ねーしと思う拓海としては、せめて問題無かったことを確かめたかった。
だが娯楽室で鈴木を捕まえ、いつも通りほわーとした顔と声で
「ああ~、そういえばいなかったなあ」
と聞いてショックのあまり固まった。
つまり丹生田は三限から講義を受けていなかったのだ。さらに一緒にいた別の寮生から「遅刻してきて教授に叱られてた」と聞き慌てた。
心臓ばくばくのまま寮を飛び出して道場に行ったが、顔なじみの先輩に丹生田は来ていないと言われ、本格的に焦った。
(丹生田が剣道休むなんて、なんかあったとしか思えないじゃん!)
しんどそうなときほど道場に行っていた。あんま顔に出さないけど、丹生田って意外と傷つきやすいってか、そういうトコも可愛いんだけど……てそれどこじゃねえっつの!
道場も飛び出して大学構内を走り回る。なんとなく丹生田は大学から出ていない気がした。金無いし、かなりケチだし、そもそも外出て遊ぶとかイメージできない。
そうして走り回ったあげく、ようやく道ばたのベンチに座る丹生田を見つけた。
らしくなく肩を落とし、ベンチの背に寄っかかるようにして空見てる。
(あ……)
ものすごい安堵と共におもわず走り寄って、声をかけようとして、……できずにくちを閉じた。
(違う。見てない)
顔は確かに空の方、上を向いてるけど、目はなにも見てない。そんな感じ。
けど春とは言え今日は風が冷たいし、雲も重くなってきて雨とか振り出してもおかしくない感じで、このままじゃ風邪とか引いちまうかもだし。だから、そっとベンチの隣に座って横顔をうかがい、声をかけてみる。
「……あ~……、丹生田?」
だがためらいがちな声は、丹生田に聞こえてないみたいだった。
「丹生田、おい風邪ひいちまうんじゃね」
少し大きめに声だしてみたけど、やっぱり聞いてない。
(無視とかじゃねーな。マジで聞こえてねーんじゃね、って! まさか、耳が聞こえなくなったとか!?)
ゾッとして、衝動のまま肩をつかみ、ゆさゆさ揺する。
「丹生田っ! おいってばっ!」
怒鳴ったら、丹生田は目をぱちぱちさせてから、ビックリしたみたいな顔で、でもやっとこっち見た。
「聞こえてんのかッ!?」
怒鳴ると小さく頷いた。ありえないほどホッとして、肩に手を乗せたまま「はぁ~、ビックリさせんなよ、もう~」とか言いながら、ホッとしたあまりニカッと笑った。
すると丹生田は目を見開いたまま「……ああ」と声を出し、少ししてからちょっとだけ笑った。
「すまない」
「いいけどさあ。――――てか良くねえよ!」
いきなり声を高めたら、また丹生田は目をぱちくりさせた。なんか可愛いなあ、とか思ってニヤニヤしてしまう。
「ばっか、風邪ひくだろ~! なにやってんだよ。寒くねーのかよ」
「……大丈夫だ」
目を細めてそれだけ行った丹生田は、なんかこっちをじっと見てる。ちょいドキッとする。
「これくらいが気持ちいい」
そう言って丹生田は目を地面へ落とし、ため息をついた。
なんか元気ない感じ。てかもしかして丹生田ってば落ち込んでんの? なになに、なにかあったの?
聞きたいけど聞いたらマズいような気もして必死で打ち消したけど、やっぱ気になる。てか心配。つうかハッキリ言って寒いよまだ? なのに気持ちいいって、んな暑がりとかじゃねえよな?
(てか、てか丹生田、てかどうしたんだよ?)
でも聞くなんてできなくて、アタマかきむしったり地団駄踏んだり空気殴ったり、いつもそんなんでごまかす感情だけど、でもここで騒いじゃダメだってのはなんとなく分かって、もう、もう、どうしたらイイか分かんねえ。
(ダメ、ダメ、ダメだ、丹生田の邪魔しちゃダメだ、一人で考えたいことあんのかもしんねえし……あ、だったら俺、ここにいちゃダメなんじゃね? どっか行った方がいいんじゃね?)
そう考えたら、なんかめっちゃショックで、なんもできねーってのが悲しくなってきて、おもわずでっかいため息が出た。
すると丹生田も横でため息ついた。
なんとなく横見たら、丹生田もこっち見てた。無表情だ。いつもはなんとなく分かるのに、なに考えてっかぜんぜん分かんねえ。
(なに考えてんだよ丹生田。いいから言っちまえよ。したら応援するからさ)
そんな風に思いつつ、じっと見てたら丹生田は少し笑った。いつもより力入ってない、寂しそうな感じで、でもそんなのもイイなあなんて軽く癒やされて、パニクりかけてたのがひとまず飛ぶ。
「バカどしたんだよ」
気がついたら言ってた。普通の声が出たのにホッとしてニカッと笑う。じっとこっち見てた丹生田も、ふっと鼻から息漏らして笑った。
笑った。普通っぽく笑った。良かった。
なんか一気に楽になる。
「らしくないじゃん、講義も剣道もサボるなんてさ」
苦く笑った丹生田は、また顎を上げて空を見上げた。
「………俺は」
ぼそっと低い声が聞こえた。
「藤枝のように……笑えない」
「なっ、なに? 俺みたいに?」
え、こんなときに笑うとかバカっぽいとか、そういうことかな?
(いや確かにちょい笑った顔見て浮上とか、俺ってどんだけ安いンだって思うけど)
けどそういうコトじゃ無かった。
「俺は愚鈍で」
(――――ああ、また言った)
拓海は悲しくなる。
やっぱり自分じゃ丹生田を元気にできねーんだなって、応援足りねーんだなって、そんな気がして。
「……嫌われる」
けど続いた言葉は、一瞬で理性を奪った。
「バッカじゃねえの!?」
気づいたらカッとして怒鳴ってた。天を見上げていた顔が驚いてこっち見る。
「んなコトあるかよっ! だって俺、丹生田のこと大好きだよ?」
あ、やべ。ついくちが滑った。
なので慌てて言い足す。
「寮のみんなもそうじゃん! みんな丹生田のこと好きじゃん! 誰が嫌ったってんだよ!?」
驚いた顔のままで固まってる丹生田の腕を掴んで立ち上がる。
「も~~腹立つ! んなバカ言ってねーで帰ンぞっ!」
なんとか誤魔化しきろうと……いやいやいや、実際さみーし? 丹生田風邪ひいたらやべーし?
そんなもろもろでアタマん中わっちゃになりつつ、グイグイ腕を引っ張る。すると丹生田も立ち上がった。少し目を細めて、ほんのちょいだけど笑ってる。フツーに。
(おおイイ顔じゃん。つかカッコイイなあやっぱ)
なんて思ってニヤケちまいながら、腕をつかんだまま、ずんずん寮へ向かう。
丹生田はおとなしくついてきた。
それにはあの、店長が握りしめていた端末を使い、野菜や加工済みの肉の他、様々な備品も含め、必要量を伝えなければならない。それを欠かせば、その日材料は届かず、材料が不足すれば店を閉めなければならなくなる。
店の売り上げは落ち、店舗ランキング上位の現状から順位が下がれば、今受けている優遇が無くなる。つまり時給が下がる。この店が売り上げ上位であることは、面接のときに聞いていた。それゆえに他店より時給が良いのだと言うことも。
だがそんなに重要な発注について、畑田はあえて教えてくれなかった。その上で健朗が忘れたのだと言い立て、注意しようとしても殴られそうだから言えなかったと、そう言い張った。
聞いていない、教えてもらってはいない、殴ろうとなんてしていない。そう健朗が言い立てても、水掛け論にしかならないように思えた。
だから黙したまま考え
(つまり、畑田は自分が邪魔なのだ。共に働きたくないのだ)
そう結論した。
なにが悪かったか、どうしてきちんと言ってくれなかったか、言ってくれれば改善を図ったのになど、思わなかったわけではないが、健朗はくちにしなかった。問題はそこではないからだ。
そんな風に思わせた自分にこそ、問題がある。
そして店長は畑田が「やめる」と怒鳴るたびに、何度もなだめていた。
畑田はあの店で働き始めて三年だという。その間きちんと仕事をしていたのだろう。だからこそやめられると困るのだろうし、畑田の言葉を信じるのだろう。簡単にそう推測できた。そんなひとが、健朗と働きたくないと考えた。
最初の深夜勤で初めて会った。挨拶をして少しの間は話もしてくれた。だが無視されたのもすぐだった。そのまま今日まで、少し話をすることはあっても、目が合うことは無かった。
つまりあの短い時間でそうまで嫌われてしまったということだ。
だから健朗はきっちりと九十度の礼をして言った。
「俺がやめます」
その瞬間、畑田は健朗をちらりと見て、くちもとだけで少し笑ったが、店長がそっちを向くと、すぐにむくれた表情になった。
それを見て、終わった、と感じた。
七星に入ってバイトをして剣道も学業も結果を残す。
そうするのだと、できるのだと、そう思い込んでいた。だがそんなものは単に夢見ていただけなのだと思い知らされた気がした。
そんなこんなで、ひどく疲れたと感じていたので、三限に十分ほど遅れて講義室に入り、教授に「遅刻は認めない、出て行きなさい」と言われても、さらに力が抜けただけだった。
素直に頭を下げてそこを出て、ふらふらと歩いた。
どこへ行こうという目的も無いまま歩き回り、目についたベンチに腰掛ける。周りを見回したが、ここがどこか分からない。
この大学に来て、まだひと月程度。かなり広いこのキャンパスを、まだ把握はしていない。
なのにもう、ここに来た意味を見失っている。
こんな風に自分のふがいなさを感じることは昔からあった。
こういうときは竹刀を振れば無心になれる。いままでいつもそうしていた。
だがそんな力も、いまは出ないような気がして、健朗は呆然と座り込んだまま、ひたすら天を見ていた。
なにが悪かったか、どうしたらよいのか。考えてもどうしようもない事が何度も何度も頭に浮かび、考えても考えても分からず、脳は加熱するばかり。
空には薄紫にも灰色にも見える雲が浮いて、青はところどころに見えるだけ。冷たい風が身体を冷やしていくのを感じたが、むしろそれは加熱していく頭を冷やしてくれるようで、健朗は少し心地よいと思った。
そうして繰り返し浮かんでしまうのは、やはりおなじみの言葉だった。
(俺は愚鈍だ)
*
四限目が終わって、最高速で寮に戻った拓海は、部屋に丹生田がいないと確認して、まず鈴木を探した。
三限目からは学部ごとに違う講義を受けるので、丹生田と同じ理学部の鈴木に聞けばなにか分かるかと思ったのだ。食堂で硬直した丹生田が、いつもはゆったりと食べる昼飯をかっ込んで出ていったのが気になっていた。
ちゃんと講義を受けてたら今ごろ部活に行ってるだろう。本音では深夜勤明け部活は休めと言いたいが、そんな権利ねーしと思う拓海としては、せめて問題無かったことを確かめたかった。
だが娯楽室で鈴木を捕まえ、いつも通りほわーとした顔と声で
「ああ~、そういえばいなかったなあ」
と聞いてショックのあまり固まった。
つまり丹生田は三限から講義を受けていなかったのだ。さらに一緒にいた別の寮生から「遅刻してきて教授に叱られてた」と聞き慌てた。
心臓ばくばくのまま寮を飛び出して道場に行ったが、顔なじみの先輩に丹生田は来ていないと言われ、本格的に焦った。
(丹生田が剣道休むなんて、なんかあったとしか思えないじゃん!)
しんどそうなときほど道場に行っていた。あんま顔に出さないけど、丹生田って意外と傷つきやすいってか、そういうトコも可愛いんだけど……てそれどこじゃねえっつの!
道場も飛び出して大学構内を走り回る。なんとなく丹生田は大学から出ていない気がした。金無いし、かなりケチだし、そもそも外出て遊ぶとかイメージできない。
そうして走り回ったあげく、ようやく道ばたのベンチに座る丹生田を見つけた。
らしくなく肩を落とし、ベンチの背に寄っかかるようにして空見てる。
(あ……)
ものすごい安堵と共におもわず走り寄って、声をかけようとして、……できずにくちを閉じた。
(違う。見てない)
顔は確かに空の方、上を向いてるけど、目はなにも見てない。そんな感じ。
けど春とは言え今日は風が冷たいし、雲も重くなってきて雨とか振り出してもおかしくない感じで、このままじゃ風邪とか引いちまうかもだし。だから、そっとベンチの隣に座って横顔をうかがい、声をかけてみる。
「……あ~……、丹生田?」
だがためらいがちな声は、丹生田に聞こえてないみたいだった。
「丹生田、おい風邪ひいちまうんじゃね」
少し大きめに声だしてみたけど、やっぱり聞いてない。
(無視とかじゃねーな。マジで聞こえてねーんじゃね、って! まさか、耳が聞こえなくなったとか!?)
ゾッとして、衝動のまま肩をつかみ、ゆさゆさ揺する。
「丹生田っ! おいってばっ!」
怒鳴ったら、丹生田は目をぱちぱちさせてから、ビックリしたみたいな顔で、でもやっとこっち見た。
「聞こえてんのかッ!?」
怒鳴ると小さく頷いた。ありえないほどホッとして、肩に手を乗せたまま「はぁ~、ビックリさせんなよ、もう~」とか言いながら、ホッとしたあまりニカッと笑った。
すると丹生田は目を見開いたまま「……ああ」と声を出し、少ししてからちょっとだけ笑った。
「すまない」
「いいけどさあ。――――てか良くねえよ!」
いきなり声を高めたら、また丹生田は目をぱちくりさせた。なんか可愛いなあ、とか思ってニヤニヤしてしまう。
「ばっか、風邪ひくだろ~! なにやってんだよ。寒くねーのかよ」
「……大丈夫だ」
目を細めてそれだけ行った丹生田は、なんかこっちをじっと見てる。ちょいドキッとする。
「これくらいが気持ちいい」
そう言って丹生田は目を地面へ落とし、ため息をついた。
なんか元気ない感じ。てかもしかして丹生田ってば落ち込んでんの? なになに、なにかあったの?
聞きたいけど聞いたらマズいような気もして必死で打ち消したけど、やっぱ気になる。てか心配。つうかハッキリ言って寒いよまだ? なのに気持ちいいって、んな暑がりとかじゃねえよな?
(てか、てか丹生田、てかどうしたんだよ?)
でも聞くなんてできなくて、アタマかきむしったり地団駄踏んだり空気殴ったり、いつもそんなんでごまかす感情だけど、でもここで騒いじゃダメだってのはなんとなく分かって、もう、もう、どうしたらイイか分かんねえ。
(ダメ、ダメ、ダメだ、丹生田の邪魔しちゃダメだ、一人で考えたいことあんのかもしんねえし……あ、だったら俺、ここにいちゃダメなんじゃね? どっか行った方がいいんじゃね?)
そう考えたら、なんかめっちゃショックで、なんもできねーってのが悲しくなってきて、おもわずでっかいため息が出た。
すると丹生田も横でため息ついた。
なんとなく横見たら、丹生田もこっち見てた。無表情だ。いつもはなんとなく分かるのに、なに考えてっかぜんぜん分かんねえ。
(なに考えてんだよ丹生田。いいから言っちまえよ。したら応援するからさ)
そんな風に思いつつ、じっと見てたら丹生田は少し笑った。いつもより力入ってない、寂しそうな感じで、でもそんなのもイイなあなんて軽く癒やされて、パニクりかけてたのがひとまず飛ぶ。
「バカどしたんだよ」
気がついたら言ってた。普通の声が出たのにホッとしてニカッと笑う。じっとこっち見てた丹生田も、ふっと鼻から息漏らして笑った。
笑った。普通っぽく笑った。良かった。
なんか一気に楽になる。
「らしくないじゃん、講義も剣道もサボるなんてさ」
苦く笑った丹生田は、また顎を上げて空を見上げた。
「………俺は」
ぼそっと低い声が聞こえた。
「藤枝のように……笑えない」
「なっ、なに? 俺みたいに?」
え、こんなときに笑うとかバカっぽいとか、そういうことかな?
(いや確かにちょい笑った顔見て浮上とか、俺ってどんだけ安いンだって思うけど)
けどそういうコトじゃ無かった。
「俺は愚鈍で」
(――――ああ、また言った)
拓海は悲しくなる。
やっぱり自分じゃ丹生田を元気にできねーんだなって、応援足りねーんだなって、そんな気がして。
「……嫌われる」
けど続いた言葉は、一瞬で理性を奪った。
「バッカじゃねえの!?」
気づいたらカッとして怒鳴ってた。天を見上げていた顔が驚いてこっち見る。
「んなコトあるかよっ! だって俺、丹生田のこと大好きだよ?」
あ、やべ。ついくちが滑った。
なので慌てて言い足す。
「寮のみんなもそうじゃん! みんな丹生田のこと好きじゃん! 誰が嫌ったってんだよ!?」
驚いた顔のままで固まってる丹生田の腕を掴んで立ち上がる。
「も~~腹立つ! んなバカ言ってねーで帰ンぞっ!」
なんとか誤魔化しきろうと……いやいやいや、実際さみーし? 丹生田風邪ひいたらやべーし?
そんなもろもろでアタマん中わっちゃになりつつ、グイグイ腕を引っ張る。すると丹生田も立ち上がった。少し目を細めて、ほんのちょいだけど笑ってる。フツーに。
(おおイイ顔じゃん。つかカッコイイなあやっぱ)
なんて思ってニヤケちまいながら、腕をつかんだまま、ずんずん寮へ向かう。
丹生田はおとなしくついてきた。
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