意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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2.丹生田

18.そうだよな

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 腹減った。
 意識が浮くと同時にそう思って、ぱち、と目を開けた。
『俺、参上!』
 やたら存在感主張する、のたくった筆文字が目に入り、寮部屋だと認識する。ベッドの真上に書いてあるので、毎日嫌でも見てしまう。
(俺って誰だよ)
 いつも通り腹の中でツッコみつつ無意識に手を伸ばし、携帯で時間を確かめる。十四時四十八分。
「……やべっ」
 ガバッと起き上がり部屋を見回すと、誰もいない。
「な~、うぁ~! あ~もう……」
 うなりながら頭をバリバリかきむしる。
(てか、めっちゃ熟睡してんじゃん!)
「つかなんで起こさねーんだよ橋田ぁ……じゃねえ。バカか俺」
 ひとのせいにしてる場合じゃない。とにかく、これからじゃあ、もちろん講義は出られないし、そっちサボってサークルに顔出すのも気まずい。せっかく昨日少しまとめたのを先輩に見て貰うつもりだったのに、と悔しくなってきた。
(なにやってんだよもう~!)
 自分がバカすぎて、布団を殴ったりしてたら、静かだった廊下から足音と話し声が聞こえた。
「何号室だ」
「213です」
 廊下の声が部屋番号を言ったので、慌ててベッドから降り、自分の格好を確かめる。朝起きたままのスエット上下だ。
 良かった、パンイチとかじゃなくて。なんて思ってたらドアがバタンと開き、風橋さんが「あれ、いたんだ」という間に、がっしりした先輩が入ってきた。剣道着上下に、ひとを背負ってる。その肩に後ろから乗っかってる頭は、小学生みたいに切りそろえて刈り上げた短髪。
「丹生田!」
 おもわず叫んだら、がっしり先輩が「コイツのベッドはどれだ」と聞いた。
「こっ、これです、ここっ」
 言いながら布団をはいだら、先輩はそこに剣道着の丹生田の身体をドサッと下ろした。けっこう乱暴に扱われているが、丹生田は目を閉じたままだ。
(丹生田ってば倒れたの? え、病気? え、え? え、マジで?)
 スウッと頭から血が落ちてく感じで、先輩が布団を掛けてやってるのを見つつ聞いた。
「な、ど、どうしたんですか」
 手や声が震えている自覚も無く突っ立ってたら、剣道着の先輩が身を起こしつつ言う。
「稽古中に貧血起こしてな」
 そう言ってニヤリと笑った。
「横にならせといたら寝ちまって起きない。図体でかいし邪魔なんで持って来た」
「ね、寝てんの?」
 肩をポンポンと叩かれ、目を向けると風橋さんがニコッと笑ってた。
「うん、寝てるだけだよ。大丈夫」
 なんか血が戻ってきた感じで、なぜだか冷や汗かいてるのに気づいて、片手で額とかこする。
「きみの方が倒れそうな顔してる」
「おい同室、起きたら言っとけ。体調不十分で稽古など今後許さん! とムロヤが怒っていたってな」
 がっしり先輩はムロヤっていうらしい。コワそうなこと言うわりにニヤニヤしてて怒ってる感じじゃなかった。
「はい。言います」
 素直に答えると、ムロヤ先輩はニカッと笑ってのしのし出て行った。ぼうっと見送ってたら、「スゴイ迫力だろ」風橋さんの声が伝わる。
「そうすね」
 苦笑気味に返した耳に、穏やかな口調が続けて聞こえた。
「あのひと四年で、去年まで保守やってたんだよ。……で、なんかあった?」
 瞬速で目を向けると、眼鏡越しに笑んだ目がまっすぐ見つめてた。
「昼休みも道場にいて、先輩たちが食べてこいと言っても黙って稽古してたんだって。まあ丹生田君は一食抜いたくらいで貧血起こしそうなタイプに見えないし、先輩たちも見守ってたらしいんだけど」
 執行部って、こういうのまで気にしてくれるんだ、なんて感心しつつ、素直に「昨日、初深夜勤で」と話し始める。
「はつしん……なんだって?」
 片眉上げて聞かれ、「あ、バイトなんです」慌てて言い足した。
「初、深夜勤」
「ああ、……なるほどね、深夜勤務」
「そうです。寝てないって言ってたから、寝不足だとは思います。朝飯はもりもり食ってたんだけど」
「……なるほどね。そういう情報は部の方に伝わってなかったみたいだね」
 風橋さんは呟くみたいに言ってくちを閉じ、しばらく丹生田を見つめてたけど、目を上げてコッチ見てニッコリ笑った。
「彼、起きたら僕のところに来るよう言ってくれる?」
「あ、はい。言っときます」
「ん、よろしくね。で、きみは講義サボったわけ?」
「あ!」
 分かりやすくうろたえて、ガバッと頭下げる。
「すんません! なんか寝ちまって、誰も起こしてくんなくて!」
「別に僕に謝らなくて良いけど、そういうコト無いように同室で話し合っておくんだね」
 じゃあ、と出て行った風橋さんを見送って、そんで丹生田のベッド脇に立つ。
 寝顔を見下ろしてたら、なんとなく深い息が出た。こんなこと考えたらバチあたりかもだけど、丹生田の寝顔見れて、なんか癒やされる。
(丹生田起きたら、とにかくなんか食わせて、んで、寝てねー時はちゃんと寝ろって説教だな)
 なんて考えながら、ニヤニヤとにやけてしまっている自覚なんて、もちろん無かったが、それからも丹生田をひたすら眺め、寝返り的に姿勢を変えたら布団直してやったりする。
(晩飯に間に合わないかな、弁当でも買ってくるかな、いっぱい食べるからカップ麺とかおにぎりもつけた方が良いかな)
 時々時間を確かめてそんなことを考える。
 夕食は九時に終わるが、ぐっすり寝ている丹生田の顔に疲労が見えて、起こすに忍びなかったのだ。橋田は七時過ぎに戻ってきて「ごはん行った?」と聞いたが、「まだ」と答えると「ふうん」とだけ言って机に向かった。
「橋田はもう飯食ったの?」
「ううん、まだ」
「じゃ食ってこいよ」
「そのうちね」
 いつも通り淡々というだけで、橋田は動こうとしない。なにか先にやることあるのかな、と少し思ったが、それもほんの少しだけで、ひたすら丹生田を眺め続けた。このところ丹生田不足だったから見ていたかったし、マジでどんだけ見ても飽きないし。
 さっきはムロヤ先輩が適当に投げ出したまんまで、ちょい斜めになってて珍しいとか思ってたけど、寝たまんまもぞもぞ動いて、いつも通り上を見て、気をつけかよってくらいビシッとした姿勢になって寝てる。寝息は深く規則的で、丹生田が深く眠りに落ちていると思えて安心できる。
 ぐっすり寝てハッキリした頭で丹生田を見ながら考えてると、色々アタマやココロがクリアになってく感じ。ゆうべからまだちょっと後を引いていた衝撃は薄れ、混乱しかなかったゆうべと違って、冷静に考えられた。
 橋田に言われたこと、そのあと考えたいろいろ。そんなあれこれが頭の中を行ったり来たりする。
(俺、やっぱ好きだなあ)
 見下ろす顔は少し頬がそげて見え、それでもやっぱりカッコ良いなんて相変わらず思ってしまいながら
(うん、そっか)
 ぼんやりと、自覚した。
(俺丹生田のこと、そういう意味で好きなんだ)
 クスッと笑ってしまう。
(つうか丹生田不足ってなんだよって話で。言われるまで考えもしなかったって、抜けてるにもほどがあんだろ、気づけよ俺)
『およそ観察眼に乏しいくせに好きだからそれだけは分かる』
 なんて、橋田が言ってた。……そうなんだよな、とか納得する。
 好きだから気になる。好きだから見てたい。好きだから心配で、好きだから………顔見るだけで嬉しくなる。今みたいに。
 そうなんだよ。そういうコトだったんだよ。
 でもやっぱ気になっちまうのは、(丹生田に気づかれてないよな)てコトだ。
 だって丹生田はモテたいと思ってる。俺じゃない誰かに、女の子に、モテたいと思ってる。つまり丹生田は
(男なんて好きにならない――――)
 こんなふうに気になってしょうがないなんて今まで無かったのに。
 高校ン時、彼女できた友達見て、ぼんやり思ってた。
 ――――いいなあ、すんげえ幸せそうだな~。どんなハッピーなんだろ。いいなあ。
 好きな子に告って両思いになって、ハッピーな感じダダ漏れで浮かれてる友達みたいに、そういうのがいつか俺にも来るのかな、楽しみだな、なんて思ってた。自分がそうならないのは、そういう相手じゃなかったからなんだろう。いつかそういう人と出会うんだろう。
(………そんなの、ありえないんじゃん)
 なんで俺、男なんだろ。
 なんで女の子に産まれて丹生田と出会わなかったんだろ。
 無自覚にしゅんとしながら、大きくため息ついて、次の瞬間、きつく握ったこぶしが自動的に空を切った。下から上へ突き上げ、そして振り下ろす。唇をギュッと噛みしめて、見えない壁を殴るように突き出し、何度も突き出し、突き出し。
 息が荒くなって髪も振り乱れたが、そんな自覚も無くひたすら空を殴る。物音立てて丹生田を起こしたくない、そんな気持ちで空を殴っていたら、「ちょっと藤枝君」と冷静な声がかかり、瞬速で振り返る。
「悶々とするなら静かに頭抱えたり、にしてくれない?」
「え」
 いつもの淡々とした顔で言われて、「ご、ごめん」とうつむく。橋田はため息混じりに「いいけど」と言って、机に向き直る。
 そうだ、橋田にはバレてるんだ、と思ったらガックリきた。なんか分かんない感じで、けど脱力感ハンパない。
「……俺もうダメかも」
 おもわず声が漏れたけど、橋田は今度はなにも答えなかった。
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