6 / 6
プロローグ
とある悪魔の憂鬱③
しおりを挟む
それから数日経った。
執刀医をこの男がちゃんと行えるように、色々な人間の心を少しだけ操りはしたが、これは秘密にしておいた。
この男は妙に義理堅い者だから、この事を知ってしまったら、また追加で対価を払うと言い出しかねない。
私はこの男からは、これ以上対価を要求するつもりは一切無かったので、黙っておいた方が良いと判断した。
さらに数日経った。
息子の手術は無事に成功した。
だが、息子の目は覚めなかった。
手術自体は成功したので、しばらくしたら目が覚めるとの事。
私とその男の契約期間は、息子が死ぬか、助かるかを見届けるまでと決めていた。
なので、手術自体が終わったあとも、しばらくの間は、その男と行動を共にした。
私の姿は、使役している本人以外には見る事は出来ない。
だから人の多い日中には話す事はほぼ無いのだが、男が一人になる時はよく私に話しかけてくれた。
妻との思いでや、息子との思いで。
何故医者になったか、など色々な事を語ってくれた。
私についても色々と聞いてきた。
書物を読み漁る事が趣味だと言うと、日本で流行っている本について教えてくれたので、魔界に帰還したら、日本産の書物を集めてみようと思った。
私にとって、これが初めての、人間と普通に語りあった期間だった。
一週間後に息子の目が覚めた。
男は大粒の涙を溢しながら、息子を抱きしめた。
息子は少し痛そうな顔をしていたが、ニッコリと笑っていた。
ニッコリと笑った息子の顔を見て、男はさらに声を荒げて号泣した。
今までその男の印象は、気さくで礼儀正しい中年男性という印象だった。
なので、男がこんなにまで声を荒げる姿に少し驚いた。
(あぁ、なるほど)
驚きはしたが、納得もした。
男が藁にも縋る思いで私を呼び出した理由が、この奇跡を信じたからだ。
息子を自分で助けるという奇跡を。
(この者が奇跡を信じた果てに到達出来た光景だな)
私は、人間と言う存在は愚かで醜い存在としか思っていなかった。
それは、私を使役する人間が大抵の場合そうだったから…というのが要因ではあるが。
だから、この光景を見た私は、心が温かくなるような気持ちだった。
(子を思う親の力は、やはり偉大なのだな)
この光景に立ち会えた事に感謝し、その日の晩に私は男の元から去る事にした。
「もう行ってしまわれるのですね。」
「あぁ。契約は履行された。
私の役目は終わったので魔界に帰るとしよう。」
そういうと、男は少しだけ寂しそうな顔をした。
「…寂しくなりますね。
あぁいや、こんな事を言うのも少し恥ずかしいものですが。」
寂しい?
「えぇ、私にとってダンタリオン殿は息子の命を救ってくれた恩人です。
ですが、それだけじゃありません。
短い期間ではありましたが、私にとっては大切な友人でもありましたから。
こんな事を言うのは悪魔に失礼かもしれませんがね。」
そう言って男はアハハと笑っていた。
「息子の生死がかかっている状態だったからこそ、理性を保つのに必死でした。
私は友人も少ない方ですし、こんな状態だと仕事仲間からも話かけてもらえませんしね。
ですが、アナタがいてくれたおかげで、心を落ち着かせる事が出来ました。
たった数日間ではありましたが、色々な話が出来て楽しかったです。」
そう言うと、男は手を差し出してきた。
最後に別れの握手を、との事だった。
「私も貴公から色々な話を聞けて楽しかった。
魔界に戻ったら、貴公が紹介してくれた書物を読んでみようと思う。
たった数日間ではあったが、私にとっても有意義な時間だった。
…なるほど、確かに私にとっても、貴公は友人であったと認めねばならないな。」
と言って、私は彼が差し出した手を握り返した。
友人と認めた時に、男はパっと明るい顔をした気がする。
「もう会う事は無いだろう。
こんな奇跡は、おそらく二度と起こせないはずだ。
出来たとしても、悪魔に頼るのは止めておいた方が良い。
きっとロクな事にならない。」
「えぇ、わかっています。
これからは悪魔に頼らずに、息子と共に頑張って生きていきますとも。」
私がニヤっと言うと、彼も同じく不敵な笑みで切り返した。
「これから貴公はどうするのだ。
得た医術の知識があれば、おそらく医学界のトップを目指す事は可能だと思うが。」
「いえ、私は今回限りで医者は引退します。」
「…そうか。」
何となく予想はしていたから驚きはしなかった。
「ダンタリオン殿から頂いた知識は、確かに素晴らしい物です。
私が一生かかっても手に入れる事は出来ません。
この知識があれば、現代医術はさらに飛躍すると思います。
ですが、この知識を欲したのは、息子のためです。
息子を助ける事が叶った今、この知識はもう私にとっては不要なのです。
それに…」
握手をした手はまだ放さず、男はニコっと笑みを浮かべて続けてこう言った。
「私が医学界のトップになってしまったら、息子と一緒にいる時間が減ってしまいますからね。
家族との時間が減るくらいなら、そのような地位はいりません。」
「なるほど、実に貴公らしい。」
こんな人物だったからこそ、私は彼の願いを聞き入れたのだと思う。
「それでは、私は元の場所に還るとしよう。
悪魔の私が言うのもあれだが、息災に暮らしてくれ。」
そういうと、男はハハハと笑っていた。
「悪魔から息災でいろと言われるのは面白いですね。
ですが、そうですね。ありがとうございます。
ダンタリオン殿も息災で暮らしてください。」
「ああ、ありがとう。
それでは佐伯殿、さらばだ。」
言い終えると同時に眩い光に覆われて、私は魔界に帰還した。
執刀医をこの男がちゃんと行えるように、色々な人間の心を少しだけ操りはしたが、これは秘密にしておいた。
この男は妙に義理堅い者だから、この事を知ってしまったら、また追加で対価を払うと言い出しかねない。
私はこの男からは、これ以上対価を要求するつもりは一切無かったので、黙っておいた方が良いと判断した。
さらに数日経った。
息子の手術は無事に成功した。
だが、息子の目は覚めなかった。
手術自体は成功したので、しばらくしたら目が覚めるとの事。
私とその男の契約期間は、息子が死ぬか、助かるかを見届けるまでと決めていた。
なので、手術自体が終わったあとも、しばらくの間は、その男と行動を共にした。
私の姿は、使役している本人以外には見る事は出来ない。
だから人の多い日中には話す事はほぼ無いのだが、男が一人になる時はよく私に話しかけてくれた。
妻との思いでや、息子との思いで。
何故医者になったか、など色々な事を語ってくれた。
私についても色々と聞いてきた。
書物を読み漁る事が趣味だと言うと、日本で流行っている本について教えてくれたので、魔界に帰還したら、日本産の書物を集めてみようと思った。
私にとって、これが初めての、人間と普通に語りあった期間だった。
一週間後に息子の目が覚めた。
男は大粒の涙を溢しながら、息子を抱きしめた。
息子は少し痛そうな顔をしていたが、ニッコリと笑っていた。
ニッコリと笑った息子の顔を見て、男はさらに声を荒げて号泣した。
今までその男の印象は、気さくで礼儀正しい中年男性という印象だった。
なので、男がこんなにまで声を荒げる姿に少し驚いた。
(あぁ、なるほど)
驚きはしたが、納得もした。
男が藁にも縋る思いで私を呼び出した理由が、この奇跡を信じたからだ。
息子を自分で助けるという奇跡を。
(この者が奇跡を信じた果てに到達出来た光景だな)
私は、人間と言う存在は愚かで醜い存在としか思っていなかった。
それは、私を使役する人間が大抵の場合そうだったから…というのが要因ではあるが。
だから、この光景を見た私は、心が温かくなるような気持ちだった。
(子を思う親の力は、やはり偉大なのだな)
この光景に立ち会えた事に感謝し、その日の晩に私は男の元から去る事にした。
「もう行ってしまわれるのですね。」
「あぁ。契約は履行された。
私の役目は終わったので魔界に帰るとしよう。」
そういうと、男は少しだけ寂しそうな顔をした。
「…寂しくなりますね。
あぁいや、こんな事を言うのも少し恥ずかしいものですが。」
寂しい?
「えぇ、私にとってダンタリオン殿は息子の命を救ってくれた恩人です。
ですが、それだけじゃありません。
短い期間ではありましたが、私にとっては大切な友人でもありましたから。
こんな事を言うのは悪魔に失礼かもしれませんがね。」
そう言って男はアハハと笑っていた。
「息子の生死がかかっている状態だったからこそ、理性を保つのに必死でした。
私は友人も少ない方ですし、こんな状態だと仕事仲間からも話かけてもらえませんしね。
ですが、アナタがいてくれたおかげで、心を落ち着かせる事が出来ました。
たった数日間ではありましたが、色々な話が出来て楽しかったです。」
そう言うと、男は手を差し出してきた。
最後に別れの握手を、との事だった。
「私も貴公から色々な話を聞けて楽しかった。
魔界に戻ったら、貴公が紹介してくれた書物を読んでみようと思う。
たった数日間ではあったが、私にとっても有意義な時間だった。
…なるほど、確かに私にとっても、貴公は友人であったと認めねばならないな。」
と言って、私は彼が差し出した手を握り返した。
友人と認めた時に、男はパっと明るい顔をした気がする。
「もう会う事は無いだろう。
こんな奇跡は、おそらく二度と起こせないはずだ。
出来たとしても、悪魔に頼るのは止めておいた方が良い。
きっとロクな事にならない。」
「えぇ、わかっています。
これからは悪魔に頼らずに、息子と共に頑張って生きていきますとも。」
私がニヤっと言うと、彼も同じく不敵な笑みで切り返した。
「これから貴公はどうするのだ。
得た医術の知識があれば、おそらく医学界のトップを目指す事は可能だと思うが。」
「いえ、私は今回限りで医者は引退します。」
「…そうか。」
何となく予想はしていたから驚きはしなかった。
「ダンタリオン殿から頂いた知識は、確かに素晴らしい物です。
私が一生かかっても手に入れる事は出来ません。
この知識があれば、現代医術はさらに飛躍すると思います。
ですが、この知識を欲したのは、息子のためです。
息子を助ける事が叶った今、この知識はもう私にとっては不要なのです。
それに…」
握手をした手はまだ放さず、男はニコっと笑みを浮かべて続けてこう言った。
「私が医学界のトップになってしまったら、息子と一緒にいる時間が減ってしまいますからね。
家族との時間が減るくらいなら、そのような地位はいりません。」
「なるほど、実に貴公らしい。」
こんな人物だったからこそ、私は彼の願いを聞き入れたのだと思う。
「それでは、私は元の場所に還るとしよう。
悪魔の私が言うのもあれだが、息災に暮らしてくれ。」
そういうと、男はハハハと笑っていた。
「悪魔から息災でいろと言われるのは面白いですね。
ですが、そうですね。ありがとうございます。
ダンタリオン殿も息災で暮らしてください。」
「ああ、ありがとう。
それでは佐伯殿、さらばだ。」
言い終えると同時に眩い光に覆われて、私は魔界に帰還した。
0
お気に入りに追加
4
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる