上 下
69 / 85
Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊

4-7

しおりを挟む

(いま、なんて)

 奥さんは泣きそうな顔をして咲空を見つめていた。母が亡くなったことからすれ違いのはじまった親子を哀れんでいる、悲しい瞳だ。

「自分は一家の大黒柱だから稼いで食わしていかなきゃいけないって、海に出たんだよ。でもあの人は誰よりも、家族のことが好きだったから、本当は会いに行きたかったんだろうさ」
「で、でも……」
「いつ行ってもね、咲空ちゃんのお母さんがいるお墓は綺麗なんだ。どういうことか、わかるかい?」

 頭に浮かぶ、春。咲空が父に会ったのは、母のお墓の前だった。墓は周りのものに比べて綺麗で、こまめに手入れしていたのだろう。
 咲空は札幌に行ってしまって何年も墓参りをしていなかったのだ。となれば、あの墓に通っていたのは一人しかいない。

「咲空ちゃんのお父さんは家族が大好きだったから、母さんが死んでしまって寂しいんだよ」
「……父が、寂しかった……?」
「札幌に行きたかったのもね、お父さんから聞いていたんだよ。反対した理由はちゃんと聞けたかい?」
「聞いていません。紋別にいろとしか言われなくて」
「困った人だよ。これじゃあ反対した理由なんて大事な娘にちっとも伝わらない」

 まったく、と奥さんは呆れたように笑って、それから続けた。

「お父さんはね、お母さんの死を後悔しているんだ。体を壊して気づいてあげられなかったこと、会いにいけなかったこと。だから咲空ちゃんには、何かあればすぐに駆け付けられる距離にいてほしかったんだ」

(嘘、だ。そんなの嘘だ。あの父がそんなわけ――)

「計器の支払いだってね、本当は貯金を崩せば簡単に支払える。その話をしても『これは咲空が結婚する時に渡すお金だから使わない。こないだ紋別に男の人を連れてきたからそういう日も近いかもしれない』って言うんだよ。ばかだよねぇ、それより先に仲直りすればいいだろうに」

 この話を嘘だと拒否したい自分と信じてしまいそうな自分。相反する感情が鬩ぎ合って咲空はうつむく。

「……信じられない話かい?」

 その問いに答えられなかった。信じるも信じないもわからない。頭が混乱して、考えをうまくまとめられなくて。

「……サクラちゃん」

 アオイが呼ばれて振り返ると、その指先が伸びてくる。咲空の頬を優しく撫でて、離れた。その指先は濡れていて、咲空は自分が泣いているのだと、そこではじめて気づいた。

「もう一度、お父さんと話してみましょう」
「そこのイケメンお兄ちゃんの言う通りさ。お父さんを信じてあげて。不器用で難しい人だけど嫌いにならないであげてほしいんだ。ちゃあんと話せば、想いは通じ合えるから」

 アオイと佐藤さんの言葉に背中を押されて。それでも頷くことができないのは、不仲を何年も放置したせいだ。意地とかそういったくだらないものが凝り固まって、簡単に動けなくなっている。信じる、の一言はまだ出そうになかった。



 佐藤さんの家を出て咲空は実家に向かった。アオイと玖琉は車で待っているとのことで、一人で実家に入る。父はまだ戻っていない。
 主のいない寂しいソファの横、サイドテーブルの下に咲空は手を伸ばす。父はいつもそこに貴重品を隠していた。戸棚にしまえばいいものを、ここの方が便利だからと。

 出てきたのは、通帳だった。名義は鈴野原咲空と書いてある。

 何冊にも渡る通帳。古い日付は母が死ぬ前から、そして新しい日付は一週間前。特に春に咲空と会った後は入金の金額が増え、引き出した形跡は一度もない。無機質な数字の羅列が、口数少ない父からのメッセージのようだった。

「……ばかだなあ」

 通帳に落ちた涙がしみを作る。ぽたぽたと、雨のように。
 呟いたその言葉は父に対してか、それとも自分に向けたものか。わからなくなるほど、咲空の瞳に雨が降っていた。

***
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

侯爵令嬢として婚約破棄を言い渡されたけど、実は私、他国の第2皇女ですよ!

みこと
恋愛
「オリヴィア!貴様はエマ・オルソン子爵令嬢に悪質な虐めをしていたな。そのような者は俺様の妃として相応しくない。よって貴様との婚約の破棄をここに宣言する!!」 王立貴族学園の創立記念パーティーの最中、壇上から声高らかに宣言したのは、エリアス・セデール。ここ、セデール王国の王太子殿下。 王太子の婚約者である私はカールソン侯爵家の長女である。今のところ はあ、これからどうなることやら。 ゆるゆる設定ですどうかご容赦くださいm(_ _)m

義理の妹が妊娠し私の婚約は破棄されました。

五月ふう
恋愛
「お兄ちゃんの子供を妊娠しちゃったんだ。」義理の妹ウルノは、そう言ってにっこり笑った。それが私とザックが結婚してから、ほんとの一ヶ月後のことだった。「だから、お義姉さんには、いなくなって欲しいんだ。」

隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

処理中です...