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Ep4.最後の晩餐、キンキの晩餐、シメの雑炊
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奥さんは泣きそうな顔をして咲空を見つめていた。母が亡くなったことからすれ違いのはじまった親子を哀れんでいる、悲しい瞳だ。
「自分は一家の大黒柱だから稼いで食わしていかなきゃいけないって、海に出たんだよ。でもあの人は誰よりも、家族のことが好きだったから、本当は会いに行きたかったんだろうさ」
「で、でも……」
「いつ行ってもね、咲空ちゃんのお母さんがいるお墓は綺麗なんだ。どういうことか、わかるかい?」
頭に浮かぶ、春。咲空が父に会ったのは、母のお墓の前だった。墓は周りのものに比べて綺麗で、こまめに手入れしていたのだろう。
咲空は札幌に行ってしまって何年も墓参りをしていなかったのだ。となれば、あの墓に通っていたのは一人しかいない。
「咲空ちゃんのお父さんは家族が大好きだったから、母さんが死んでしまって寂しいんだよ」
「……父が、寂しかった……?」
「札幌に行きたかったのもね、お父さんから聞いていたんだよ。反対した理由はちゃんと聞けたかい?」
「聞いていません。紋別にいろとしか言われなくて」
「困った人だよ。これじゃあ反対した理由なんて大事な娘にちっとも伝わらない」
まったく、と奥さんは呆れたように笑って、それから続けた。
「お父さんはね、お母さんの死を後悔しているんだ。体を壊して気づいてあげられなかったこと、会いにいけなかったこと。だから咲空ちゃんには、何かあればすぐに駆け付けられる距離にいてほしかったんだ」
(嘘、だ。そんなの嘘だ。あの父がそんなわけ――)
「計器の支払いだってね、本当は貯金を崩せば簡単に支払える。その話をしても『これは咲空が結婚する時に渡すお金だから使わない。こないだ紋別に男の人を連れてきたからそういう日も近いかもしれない』って言うんだよ。ばかだよねぇ、それより先に仲直りすればいいだろうに」
この話を嘘だと拒否したい自分と信じてしまいそうな自分。相反する感情が鬩ぎ合って咲空はうつむく。
「……信じられない話かい?」
その問いに答えられなかった。信じるも信じないもわからない。頭が混乱して、考えをうまくまとめられなくて。
「……サクラちゃん」
アオイが呼ばれて振り返ると、その指先が伸びてくる。咲空の頬を優しく撫でて、離れた。その指先は濡れていて、咲空は自分が泣いているのだと、そこではじめて気づいた。
「もう一度、お父さんと話してみましょう」
「そこのイケメンお兄ちゃんの言う通りさ。お父さんを信じてあげて。不器用で難しい人だけど嫌いにならないであげてほしいんだ。ちゃあんと話せば、想いは通じ合えるから」
アオイと佐藤さんの言葉に背中を押されて。それでも頷くことができないのは、不仲を何年も放置したせいだ。意地とかそういったくだらないものが凝り固まって、簡単に動けなくなっている。信じる、の一言はまだ出そうになかった。
佐藤さんの家を出て咲空は実家に向かった。アオイと玖琉は車で待っているとのことで、一人で実家に入る。父はまだ戻っていない。
主のいない寂しいソファの横、サイドテーブルの下に咲空は手を伸ばす。父はいつもそこに貴重品を隠していた。戸棚にしまえばいいものを、ここの方が便利だからと。
出てきたのは、通帳だった。名義は鈴野原咲空と書いてある。
何冊にも渡る通帳。古い日付は母が死ぬ前から、そして新しい日付は一週間前。特に春に咲空と会った後は入金の金額が増え、引き出した形跡は一度もない。無機質な数字の羅列が、口数少ない父からのメッセージのようだった。
「……ばかだなあ」
通帳に落ちた涙がしみを作る。ぽたぽたと、雨のように。
呟いたその言葉は父に対してか、それとも自分に向けたものか。わからなくなるほど、咲空の瞳に雨が降っていた。
***
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