上 下
40 / 85
Ep2.故郷のすきみはかたくてほぐせず

2-20

しおりを挟む
***

 二人が札幌に戻った後、いよいよ鈴木が店にやってくる日がきた。
 出す料理は紋別からヒントを得た『すきみたらのお茶漬け』である。北海道食糧庫の協力を得て、父が作ったものを真似る。鈴木とアオイと咲空、三人分のお椀を持ってカウンターに戻ると鈴木が鼻で笑った。

「その美味しそうな手が持っているそれは何かな? とても地味な料理だ」
「確かに地味ですね……」
「私は、こんな料理よりもサクラくんが食べたいですねぇ。程よい肉付きで咀嚼しがいがあります」

 ねっとりと頭から足の先までを眺められ、全身が粟立つ。あまりの気持ち悪さに手にしていたお盆を落としてしまいそうだった。しかし鈴木はお客様であって、粗相なく対応しなければならない。うんざりとした気持ちをなんとか抑え、営業スマイルを作る。最も巨大蜘蛛に営業スマイルが通じるのかはわからないが。

「こちらが『すきみたらのお茶漬け』です」
「私がこれを認めなかったら、サクラくんを食べて口直しするとしよう」

 いよいよ鈴木が匙を持つ。あつあつのお茶漬けを一つ掬い、息を吹きかけて冷ます。ここらへんの仕草は人間と何も変わらない。
 咲空は固唾を呑んで見守っていた。

(どうか、気に入ってもらえますように。私の小指が生還しますように)

 グルメらしい鈴木は、一匙を味わうのが長い。瞳を閉じて舌の感覚に集中し、咀嚼するもゆっくりだ。噛みしめる、という表現が似合う時間だった。

 ごくり、とそれが喉を通ってようやく鈴木が瞳を開く。ハンカチを手にして口元を拭った後、鈴木は匙を置いた。

「これは……悪くない」

 どんな感想が出るだろうかと見守る咲空の視界で、縦に動く鈴木の頭。その表情は、未知なるものに出会った一驚と興奮が詰まっていた。

「私が指定したものは相当難しいものだったでしょう。人間に作れるわけがないと思っていました」
「うわあ、難題を吹っかけていた自覚があったんですね」
「でも、驚くことにこれは私の提示したものを越えている。海に封じられていたことを思い出す味。想像よりも人間が作るご飯は美味しい」

 咲空は心の中でガッツポーズをとった。鈴木を認めさせることができたのだ、これで小指がくっついたまま帰ることができる。

 しかし――鈴木の口元が怪しく歪む。

「ですが私はね、食べたいと思った者は逃さない巨大蜘蛛です。どうしてもサクラちゃんを食べたいのですよ。ですからここは『美味しくない』と答えましょう」
「え、さっきの感想は嘘ですか!?」
「はい。サクラさんを頂くために『美味しくない』と答えます」

 鈴木を満足させて喜んだのもつかの間、卑怯な発言が飛び出した。
 つまるところ、鈴木に何を食べさせてもだめなのである。咲空を食べるためならば何を出されようが美味しくないと答えるつもりだったのだ。

「この卑怯蜘蛛!」
「ふふん。なんとでもどうぞ。さあ楽しい食事パーティーをはじめましょう」
「こ、こうなれば……さよなら私の小指!」

 仮に期限を延ばしてもらったとしても、すきみたらのお茶漬け以外に浮かぶものはないだろう。覚悟を決めた咲空がカウンターに自らの手を置くも、鈴木はくつくつと嗤った。

「おやおや! 手だけで済むと思っているんですか!」
「手っていうか小指で……」
「頭から足までがっつり、脳みその味まで覚えて帰りますよ~」
「ちょ、ちょっとまって! それって私、死ぬ!?」

 小指どころか今日が咲空の命日だった。
 死を突きつけられ、頭に浮かぶのは紋別でのことだ。今日ここで咲空が死んでしまえば、実家に帰ったのは死の前に別れを告げに行ったと父や玖琉は考えるのかもしれない。まったくそんなつもりはなかったのだが、ただの旅行がお別れ旅行となってしまう。

 鈴木はもう咲空を食べる気でいるらしく、カウンターを乗り越えてじりじりと距離を詰める。後退りをする咲空だったがいよいよ壁に追いつめられ、右手を掴まれてしまった。

「ではさっそく頂きます。大丈夫ですよ、骨まで美味しくしゃぶって噛み砕きますから」

 心中で父や玖琉に別れの言葉を告げつつ、どうせ死ぬのなら楽に死ねることを願う。咲空だって痛いのは嫌だ。助けてくれるのならばお金を払ってでも助けてほしい。鈴木に食べられたくない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

家路を飾るは竜胆の花

石河 翠
恋愛
フランシスカの夫は、幼馴染の女性と愛人関係にある。しかも姑もまたふたりの関係を公認しているありさまだ。 夫は浮気をやめるどころか、たびたびフランシスカに暴力を振るう。愛人である幼馴染もまた、それを楽しんでいるようだ。 ある日夜会に出かけたフランシスカは、ひとけのない道でひとり置き去りにされてしまう。仕方なく徒歩で屋敷に帰ろうとしたフランシスカは、送り犬と呼ばれる怪異に出会って……。 作者的にはハッピーエンドです。 表紙絵は写真ACよりchoco❁⃘*.゚さまの作品(写真のID:22301734)をお借りしております。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 (小説家になろうではホラージャンルに投稿しておりますが、アルファポリスではカテゴリーエラーを避けるために恋愛ジャンルでの投稿となっております。ご了承ください)

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

処理中です...