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Ep2.故郷のすきみはかたくてほぐせず
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しおりを挟む父が用意した夜食セットを手に、二人は居間に戻る。ほとんどの支度は終わっていたので、咲空たちがしたのは熱いお茶を用意するぐらいだ。
「これはお茶漬けですよね。ご飯の上に乗ってる白見魚のフレークみたいなやつはふりかけ?」
「これは『すきみ』です。スケソの骨や皮を取って身をすき、塩漬けにしてから乾燥したものです」
なるほど、と呟いてお椀にアオイの指が伸びた。すきみをおつまみしようと考えたらしい。その動きは素早く、咲空が止める間はなかった。気づいた時には口の中である。
「うえ。しょっぱい」
「すきみは塩辛くてそのまま食べるのは難しいんですよ。塩抜きして食べるか、こうして――」
説明しながら咲空は、ご飯に熱いお茶をかける。今日は父が用意していたので中身がほうじ茶だ。たとえ夏だろうがこのお茶は熱い方が良い。すきみの塩分が程よく抜け、身も柔らかくなるからだ。冷ご飯を使うのにこだわりはないのだが、このお茶漬けは特別な食べ物というより、小腹のすいた時や忙しい時にさっと用意できる食べ物だった。残りご飯を使うイメージが強い。
「どうしてスケソを塩漬けにしちゃうんだろうね。そのまま食べたかった」
「前に話した足が早い魚っていうのも理由ですが、もう一つは『保存食』もあると思います」
「北海道は冬が長いから?」
「はい。だから長期保存できる加工方法が好まれ、定着したのかもしれません。北海道だけじゃなく雪国って、いかにして冬を越すかみたいなのがあるじゃないですか。漬けたり干したり」
すきみも長く保存することができる一品だ。使う時に使う分だけを食べることができる。咲空の家でもすきみはよく食べていた。塩抜きしたすきみは、あっさりとしつつも魚のうまみがぎゅっと詰まっているので焼いて食べると美味しい。おつまみ珍味としてもよく、味付けをして焼くのもよい。
今回はお茶漬けということで塩抜きはされていない。すきみに含まれている塩分とだしをお茶に溶かすためだ。
「具は欠かせないのが刻み海苔ですね。それから――」
そこで咲空の言葉が詰まる。視界にあるのは、お茶を含んでふよふよと浮く小さな塊。おかきのような、薄茶色の粒だ。
「なに、これ?」
咲空の様子に気づいたアオイがそれを一つつまんで食べる。まだ完全にふやけていないそれは、口中でさくりと軽快な音を立てた。砕けて口に残る油っこいもの。
「……もしかしてこれ、天かす?」
ずっとこれがわからなかった。どうやって作っていたのか、これは何を使っていたのか。いつも何気なく食べていたのでじっくり考えたことはなく、改めて見れば確かに細かく砕いた天かすである。特別なレシピがあるのだと諦めていたそこに、ラストピースの合う音。探しても見つからない、だってそれはこんなにも簡単でシンプルなものだった。
すきみのほぐし身がお茶を含んで程よく柔らかくなったところで、いよいよ実食だ。レンゲで掬って、さっと一口。するとアオイが目を細めた。
「んー! おいしいね! すきみに残った塩加減と、噛めば噛むほど奥から味が広がってくるこの感じ。ご飯が進みます」
ご飯もすきみもお茶で柔らかくなっているので、さらさらと食べることができる。すきみのシンプルで素朴な味とご飯の相性がよく、海苔の香ばしさや天かすの食感がさらに食欲を煽る。細かく砕いた天かすをほんの少し混ぜると味が変わり、脂分がなくぱさついた味わいのすきみに、コクがプラスされる。入れすぎると油っこくなるのでおまけ程度に少し足すのが咲空の父なりのレシピだった。
「久しぶりに食べるとおいしいですね」
「二日酔いの時に食べたいなぁ。何杯でもいけちゃいますね」
「と思いますよね? そこはやっぱり干した魚なので意外と腹持ちがいいんです。珍味でお腹が膨れちゃうのと似てますね」
「なるほど。ばくばく食べれちゃう魔の食べ物だ」
感嘆の息をつきながらもアオイの食べる速度は緩まない。よほどお気に召したのか、帰りにすきみを買おうと考えているようだ。確かに食材コレクションにスケソウダラはいてもすきみはなかった。良いお土産になりそうである。
咲空はというと。
(この味……なんだけどな)
鈴木への料理として思い浮かんでいたすきみ料理はまさしくこのお茶漬けであった。食材はわかっている、ラストピースも見つかった。調理法も至ってシンプルだが――自信がない。同じすきみを使ったとしてもこの味の再現ができるだろうか。
もう一口。啜ったお茶漬けは昔から変わらず美味しい、父が作る料理だ。
(教えてもらいたいのに。いてほしい時にいないんだよな……)
お茶漬けはするりと喉を流れて、寂しいほどにあっさりとしていた。
***
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