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Ep2.故郷のすきみはかたくてほぐせず

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 といっても行き先はない。車はないし、こういう時に行けるような友人たちもいない。学生時代の同級生は札幌や東京に出てしまい、紋別に残った友人たちとは疎遠だ。その上、財布も家に置きっぱなしで飲みにいくこともできない。
 家から離れて、とぼとぼと歩き出す。夜風は寒さが残って冷たいが、上着を持ってきていない。大騒ぎして家を飛び出した手前、早々に戻るのはなんだか恥ずかしい。
 財布と上着は後程取りにいくことにして、咲空は近くの公園に向かった。

(何してんだろ、情けない)

 深くため息を吐くと、空気がわずかに白く濁った。寒さに身を竦めながら空を見上げる。
 星は出ているが、紋別中心部は明かりが多く、そこまで綺麗な星空と言い難い。

(母さんと一緒に見た、道南の星空は綺麗だったな)

 母のふるさとに何度か行ったことがある。そこは、紋別など比にならぬほどの田舎っぷりで、夜になれば辺りは真っ暗と、星空を見るに適した場所だった。手を伸ばしても掬いきれないほど、あちこちに星が見えていたものだ。
 それが今は、何かが違う。寂しいのだ。星はこんなに少なかっただろうか。この夜から星を奪ったのが、中心部の明かりだけではない気がした。
 今日の空にも手を伸ばそうとした時、肩にふわりと温かなものが触れた。

「家出郷土料理女子、発見しちゃった」

 視界の端に男物のコートとそれに絡みついた独特の香り。確かンノノスモ茶だったか、とにかくソラヤでよく嗅いだものだ。そこにいるのはアオイだった。

「あの気まずい状況に僕を置いてくなんてひどいよ」
「……その空気は読めていたんですね」
「僕なりにね――隣、座ってもいい? ちなみに拒否権はありません」
「それ確認じゃなくて宣言ですよね……」

 呆れつつも、普段と変わらぬアオイの軽口に気が和らぐ。隣に誰かいるだけで寂しさが紛れるようだった。

「料理レシピ探しのつもりが、面白い現場に立ち会ってしまったねぇ」
「私は面白くも何ともないです。父も相変わらずでしたし」

 何年経っても、変わっていなかった。こうして言い争いになってしまうのも、昔と同じだ。

 気が重く俯いてため息を吐く咲空の肩を、アオイがとんとんと優しくたたく。それから空を指さした。

「夜になるとさ、全部の大地がつながっているんだなって思いません? 広い広い北の大地はいくつもの海や山があるけど、ぜんぶ一つの空でつながっている」
「……確かに。どこにいても空は見えますもんね」
「広い北海道の、ほんの小さなところにそれぞれの居場所がある。それは生まれた土地だったり、そうじゃなかったり。居心地のいい場所にいればいい、って僕は思う」
「居心地のいい場所……」
「僕はソラヤが居心地いい。色んなお客様に会えるし、北海道や札幌の知識も深まる。最近は新しい従業員が妙に田舎慣れしてて楽しいし、古臭い郷土料理ばかり出してくるのがいいですね」

 そう言って、アオイは夜空から視線を剥がして咲空をじっと見る。穏やかに微笑んで、続けた。

「サクラちゃんにとって一番楽な場所が見つかりますように」

 父との不仲について事情を聞きだすことなく、ぼんやり座って話しているだけの今が心地よかった。アオイの優しさに心が軽くなる。

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