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Ep2.故郷のすきみはかたくてほぐせず
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春。鈴野原 咲空は頭を抱えていた。頼んだコーヒーが半分も飲まないうちに冷めても、彼女は悩み続けている。
「何しているんだ?」
声をかけられて我に変えると、アイスカフェオレが乗ったトレーを手にした白楽玖琉がいた。
「玖琉もきてたんだ。ちょっと考え事」
「大変そうだな。隣、いい?」
頷くと、玖琉が隣に座った。
駅前のコーヒーショップは一部の席がカウンター席となっていて、咲空が一人で店に入る時はいつもそこに座っている。壁はガラスになっていて外が見え、駅前を歩く人たちや環状通を走る車を眺めるのが楽しみだったのだが。
今日はというと、ノートとペンを広げてため息祭りである。
「外歩いてたら咲空がいるのが見えたからさ……って仕事中だったのか。ごめんな」
「バイトでね、ご飯を作らなきゃいけないんだけど……テーマに合うものが浮かばなくて」
「『素朴な味わい、しょっぱい、だしが濃厚、さらさらしている、満たされる汁物』……なんだこれ、抽象的だな」
それでも思い浮かぶものはあり、今日までに二度ほど食べてもらったのだが、お客様曰く何かが違うらしい。今まで食べたものを思い返したり、図書館でレシピ本を読んだりもしたのだが、自信をもって提供できるものが浮かばない。
「俺が住所を書いたバイト先だよな? 妙な客を相手にするんだな」
「う、うん……ちょっと特殊なお客様を観光案内しなくちゃいけなくて」
特殊どころか相手は北海道の神様だ。それを玖琉に明かせば『疲れているんだよ、寝た方がいい』と頭の心配をされてしまいそうだ。正直に言えないことに罪悪感が生じて、胸が痛む。
「観光案内って、ガイドさんみたいなこと? あれを咲空がやるのか?」
「うん。そういう案内をする時もあるよ」
「大通公園とか時計台見に行ったり?」
「それは興味ない人が多いかな。『時計台? 時を刻んでどうする』って言ってた人もいたし」
「じゃあ何を案内するんだ?」
「相手の好きそうなものを探って見に行ったり食べに行ったりかなあ。最近なら、居酒屋のいけすで泳ぐ魚に感動していたり、モエレ沼公園のガラスピラミッドに感銘を受けて日が暮れるまで観察し続けた人とか」
「……ちょっと俺には理解できないな」
咲空も同意見だ。蝦夷神様の好むものはいつだって謎である。モエレ沼公園に行った時だって、本当は別のものを見せる予定だったのが、いざ蓋を開ければ『あの三角形は何だ!? 美しい! 我が世界に持ち帰りたい』である。彼らの感動基準は理解を越えたところに存在している。
「今回は、グルメな……人なんだよね」
現在のお客様は、外見だけはダンディなおじさまこと鈴木。名前を付けたのはアオイだ。
鈴木は黒くやや長めな髪をオールバックに整え、いつも皺ひとつないスーツを着こなしている。杖をついて歩いているが、足腰が悪いわけではなく、単にオシャレなのだろう。その中身を知っているのは咲空とアオイだけだ。
彼が求めているのは食だった。山田のように興味なしではなく、食を求めてやってきている。モエレ沼公園のピラミッド案内で済む相手ではなく、むしろ咲空の土俵なのだが。
「何しているんだ?」
声をかけられて我に変えると、アイスカフェオレが乗ったトレーを手にした白楽玖琉がいた。
「玖琉もきてたんだ。ちょっと考え事」
「大変そうだな。隣、いい?」
頷くと、玖琉が隣に座った。
駅前のコーヒーショップは一部の席がカウンター席となっていて、咲空が一人で店に入る時はいつもそこに座っている。壁はガラスになっていて外が見え、駅前を歩く人たちや環状通を走る車を眺めるのが楽しみだったのだが。
今日はというと、ノートとペンを広げてため息祭りである。
「外歩いてたら咲空がいるのが見えたからさ……って仕事中だったのか。ごめんな」
「バイトでね、ご飯を作らなきゃいけないんだけど……テーマに合うものが浮かばなくて」
「『素朴な味わい、しょっぱい、だしが濃厚、さらさらしている、満たされる汁物』……なんだこれ、抽象的だな」
それでも思い浮かぶものはあり、今日までに二度ほど食べてもらったのだが、お客様曰く何かが違うらしい。今まで食べたものを思い返したり、図書館でレシピ本を読んだりもしたのだが、自信をもって提供できるものが浮かばない。
「俺が住所を書いたバイト先だよな? 妙な客を相手にするんだな」
「う、うん……ちょっと特殊なお客様を観光案内しなくちゃいけなくて」
特殊どころか相手は北海道の神様だ。それを玖琉に明かせば『疲れているんだよ、寝た方がいい』と頭の心配をされてしまいそうだ。正直に言えないことに罪悪感が生じて、胸が痛む。
「観光案内って、ガイドさんみたいなこと? あれを咲空がやるのか?」
「うん。そういう案内をする時もあるよ」
「大通公園とか時計台見に行ったり?」
「それは興味ない人が多いかな。『時計台? 時を刻んでどうする』って言ってた人もいたし」
「じゃあ何を案内するんだ?」
「相手の好きそうなものを探って見に行ったり食べに行ったりかなあ。最近なら、居酒屋のいけすで泳ぐ魚に感動していたり、モエレ沼公園のガラスピラミッドに感銘を受けて日が暮れるまで観察し続けた人とか」
「……ちょっと俺には理解できないな」
咲空も同意見だ。蝦夷神様の好むものはいつだって謎である。モエレ沼公園に行った時だって、本当は別のものを見せる予定だったのが、いざ蓋を開ければ『あの三角形は何だ!? 美しい! 我が世界に持ち帰りたい』である。彼らの感動基準は理解を越えたところに存在している。
「今回は、グルメな……人なんだよね」
現在のお客様は、外見だけはダンディなおじさまこと鈴木。名前を付けたのはアオイだ。
鈴木は黒くやや長めな髪をオールバックに整え、いつも皺ひとつないスーツを着こなしている。杖をついて歩いているが、足腰が悪いわけではなく、単にオシャレなのだろう。その中身を知っているのは咲空とアオイだけだ。
彼が求めているのは食だった。山田のように興味なしではなく、食を求めてやってきている。モエレ沼公園のピラミッド案内で済む相手ではなく、むしろ咲空の土俵なのだが。
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