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Ep1.救世主はぷるぷるごっこ
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***
左を見れば、英国風イケメン。右を見ればちょっとワイルドなお兄様。まさしく両手に花と言える環境なのだが。
「……早く人間を滅ぼしたい」
「あはは。寒いですねぇ」
どちらも喋ると台無しだ。特に英国風イケメンもどき破壊神は口を開くと破壊衝動しか出てこないので危険人物である。
(これが夢なら、早く目が覚めてほしい)
夢オチに期待する咲空だったが、外に出れば肌を刺すような極寒の風である。おそらく、夢ではない。夢だとしたらリアリティのありすぎる寒さだ。
これが現実ならば、早く逃げ出そう。この変な人たちから逃げなければ。
外は相変わらず雪が降っていた。まだ明るい時間だが、空にかかる分厚い雲のおかげで薄暗い。冬独特の灰色の空気である。
これが夜になればオレンジ色の外灯が反射したオレンジの薄明るい空になる。晴れている冬の夜は透き通った綺麗な暗闇だが、雪降る夜はオレンジの夜だ。おそらく今晩も、この降り方ではオレンジの夜になるのだろう。
冷えた風が耐え難く、咲空はフードをかぶる。すると破壊神が首を傾げた。
「傘は使わないのか? 人間は道具を使うだろう。傘というものがあると昔に聞いたことがあるのだが」
「ああ、それはこういう天気の時は使わないですね。北海道というか一部の地域だけかもしれませんが、冬は傘を差さず帽子やフードで雪を除けます」
「ほう?」
見るとアオイも傘を差していた。今日の雪は粒が小さく、さらさらとした雪なので傘に積もってもすぐに滑り落ちていく。
「冬の始まりや終わりであれば水分の多い雪が降るので傘があると便利ですが、こうもしばれた真冬になると路面が凍結するので転倒の危険性が高まります。傘を持っていれば転んだ時に手をつけず、怪我しやすくなります。それにこれだけ寒い日の雪なら手で叩けば、雪が払えるので」
言いながらフードに積もった雪を手で払うと、ふわふわとした雪が形そのまま落ちていく。聞くよりも見るが早いというやつだ。破壊神は「なるほど」と頷いた。
「人間に擬態するためには傘を差さない方がよいだろう。つまりはこうすれば――」
破壊神は足を止め、目を瞑った。瞬間、ぴょこりと頭から何かが生えた。金色の髪をかきわけて生えたのは、三角の形をした黒いもふもふとしたものが二つ。
(なんか生えた!?)
それは黒い狐の耳だと気づいた時には、ぴょこんと揺れて耳が消えた。
破壊神は傘を閉じる。雪は降っている、のだがどういうわけか破壊神の頭上数センチのところで何かに遮られるようにしてななめに滑り落ちていく。見えない三角トタン屋根があるような動きだ。
「障壁展開した。これで人間らしくなるだろう」
「おおー、さすが黒狐様。謎の技術力ー! 術の使い方が今どきの人間っぽーい!」
アオイが拍手を送っているが、咲空にはまったく理解できない。どんな術を使ったのかもわからなければ、褒め言葉もぴんとこない。置いてけぼりである。
(よくわからないけどなんかすごいワザ使ったんだな……)
透明トタン屋根でもかぶっているのだろうと考え、それ以上深く考えないようにする。ソラヤの変な人たちについていちいち細かく考えては負け、こちらが疲れるだけだ。
「……ところで、私はこちらのお客様を何てお呼びすればいいんでしょう?」
破壊神さん、と声に出して呼ぶのはためらわれた。人の多いところでそんな風に呼んでしまえばみんなが振り返るだろう。そして咲空のことを変な人だと思うに違いない。変人に巻き込まれてこちらも変人扱いされるのは嫌である。
「なるほど。お前は我の名を求めるか」
「は、はあ……」
「本来は我の名は語り継がれし者だが、今回は特別に教えてやろう。我はシトゥンペ――」
「山田さんでいいですよ」
仰々しい喋り方をして得意げな顔をしていた破壊神だったが、それを遮るようにアオイが言った。山田である。唖然としている破壊神には悪いが山田さんの方が呼びやすそうだ。
「じゃあ、山田さんで」
今にも映画に出てきそうな英国紳士、中身は破壊衝動の塊な黒狐様、名前は山田。なんとも妙な響きだ。ギャップだらけである。
「目的地とか案内プランはサクラちゃんにお任せします」
「私が決めるんですか?」
「試験ですから。何を見せたらお客様を感動満足させられるかをサクラちゃんなりに考えて、僕たちを導いてください」
「ええー……」
投げやりすぎではないか。せめて前例を教えてくれればいいのに。しかしアオイが助け舟を出してくれることはなさそうだ。ちらりと山田を見るも、「人間滅ぼしたい」とうわごとを呟くのみ。
(さっさと終わらせて帰ろう……)
働きたいか働きたくないかはともかく、この変な人たちから逃げたい。さくっと大通公園を案内でもすればいいだろう。咲空は地下鉄駅に向かうことにした。
左を見れば、英国風イケメン。右を見ればちょっとワイルドなお兄様。まさしく両手に花と言える環境なのだが。
「……早く人間を滅ぼしたい」
「あはは。寒いですねぇ」
どちらも喋ると台無しだ。特に英国風イケメンもどき破壊神は口を開くと破壊衝動しか出てこないので危険人物である。
(これが夢なら、早く目が覚めてほしい)
夢オチに期待する咲空だったが、外に出れば肌を刺すような極寒の風である。おそらく、夢ではない。夢だとしたらリアリティのありすぎる寒さだ。
これが現実ならば、早く逃げ出そう。この変な人たちから逃げなければ。
外は相変わらず雪が降っていた。まだ明るい時間だが、空にかかる分厚い雲のおかげで薄暗い。冬独特の灰色の空気である。
これが夜になればオレンジ色の外灯が反射したオレンジの薄明るい空になる。晴れている冬の夜は透き通った綺麗な暗闇だが、雪降る夜はオレンジの夜だ。おそらく今晩も、この降り方ではオレンジの夜になるのだろう。
冷えた風が耐え難く、咲空はフードをかぶる。すると破壊神が首を傾げた。
「傘は使わないのか? 人間は道具を使うだろう。傘というものがあると昔に聞いたことがあるのだが」
「ああ、それはこういう天気の時は使わないですね。北海道というか一部の地域だけかもしれませんが、冬は傘を差さず帽子やフードで雪を除けます」
「ほう?」
見るとアオイも傘を差していた。今日の雪は粒が小さく、さらさらとした雪なので傘に積もってもすぐに滑り落ちていく。
「冬の始まりや終わりであれば水分の多い雪が降るので傘があると便利ですが、こうもしばれた真冬になると路面が凍結するので転倒の危険性が高まります。傘を持っていれば転んだ時に手をつけず、怪我しやすくなります。それにこれだけ寒い日の雪なら手で叩けば、雪が払えるので」
言いながらフードに積もった雪を手で払うと、ふわふわとした雪が形そのまま落ちていく。聞くよりも見るが早いというやつだ。破壊神は「なるほど」と頷いた。
「人間に擬態するためには傘を差さない方がよいだろう。つまりはこうすれば――」
破壊神は足を止め、目を瞑った。瞬間、ぴょこりと頭から何かが生えた。金色の髪をかきわけて生えたのは、三角の形をした黒いもふもふとしたものが二つ。
(なんか生えた!?)
それは黒い狐の耳だと気づいた時には、ぴょこんと揺れて耳が消えた。
破壊神は傘を閉じる。雪は降っている、のだがどういうわけか破壊神の頭上数センチのところで何かに遮られるようにしてななめに滑り落ちていく。見えない三角トタン屋根があるような動きだ。
「障壁展開した。これで人間らしくなるだろう」
「おおー、さすが黒狐様。謎の技術力ー! 術の使い方が今どきの人間っぽーい!」
アオイが拍手を送っているが、咲空にはまったく理解できない。どんな術を使ったのかもわからなければ、褒め言葉もぴんとこない。置いてけぼりである。
(よくわからないけどなんかすごいワザ使ったんだな……)
透明トタン屋根でもかぶっているのだろうと考え、それ以上深く考えないようにする。ソラヤの変な人たちについていちいち細かく考えては負け、こちらが疲れるだけだ。
「……ところで、私はこちらのお客様を何てお呼びすればいいんでしょう?」
破壊神さん、と声に出して呼ぶのはためらわれた。人の多いところでそんな風に呼んでしまえばみんなが振り返るだろう。そして咲空のことを変な人だと思うに違いない。変人に巻き込まれてこちらも変人扱いされるのは嫌である。
「なるほど。お前は我の名を求めるか」
「は、はあ……」
「本来は我の名は語り継がれし者だが、今回は特別に教えてやろう。我はシトゥンペ――」
「山田さんでいいですよ」
仰々しい喋り方をして得意げな顔をしていた破壊神だったが、それを遮るようにアオイが言った。山田である。唖然としている破壊神には悪いが山田さんの方が呼びやすそうだ。
「じゃあ、山田さんで」
今にも映画に出てきそうな英国紳士、中身は破壊衝動の塊な黒狐様、名前は山田。なんとも妙な響きだ。ギャップだらけである。
「目的地とか案内プランはサクラちゃんにお任せします」
「私が決めるんですか?」
「試験ですから。何を見せたらお客様を感動満足させられるかをサクラちゃんなりに考えて、僕たちを導いてください」
「ええー……」
投げやりすぎではないか。せめて前例を教えてくれればいいのに。しかしアオイが助け舟を出してくれることはなさそうだ。ちらりと山田を見るも、「人間滅ぼしたい」とうわごとを呟くのみ。
(さっさと終わらせて帰ろう……)
働きたいか働きたくないかはともかく、この変な人たちから逃げたい。さくっと大通公園を案内でもすればいいだろう。咲空は地下鉄駅に向かうことにした。
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