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3章 宝剣の重み
5.悲劇を詠む杜鵑花(2)
しおりを挟む華妃、秀礼はともかくそこに融勒が混ざる。想像しがたい面々が集まって春燕宮を訪れたのである。宮女たちは慌てていた。騒がしさは瞬く間に春燕宮に広がり、ついに永貴妃がやってきた。
「融勒、それに華妃も。ここに何用だ」
永貴妃は顔をしかめていた。紅妍らだけではなく、その後ろには最禮宮から連れてきた鬼霊もいるのである。こちらに近づこうとせず、階から動こうとしない。
紅妍は手を組んで揖した後、ゆっくりと顔をあげた。
「鬼霊を祓うため、永貴妃の助力を得たく参りました」
「我は鬼霊祓いなどできぬぞ」
「そうではありません。鬼霊を祓うために必要なものを、永貴妃がお持ちでしょう。それを頂きたいのです」
永貴妃は理解できないといった反応だったが、ここに連れてきた融勒が動く。
「……母上。この鬼霊は……おそらく……」
くちごもっていたのは、鬼霊の名をここで紡ぐことができないからだ。その口ぶりから永貴妃も察したようだ。
「庭でよいか――人払いをする。しばし待っていろ」
永貴妃は戻り、春燕宮の宮女らに何かを告げているようだった。その間、紅妍たちは春燕宮の庭にて待つ。
春燕宮の庭は春の花がよく植えられている。それらを眺めていれば時間はあっという間に過ぎる。紅妍は庭を眺め――それに気づいた。
(これは――瓊花)
花の季は終えているが葉は残っている。その葉は瓊花のものだ。
瓊花といえば秋芳宮での一件を思い出す。宮女長を呪い殺した鬼霊は、瓊花に深く関わる鬼霊だろう。
だが瓊花が植えられているからといって、永貴妃が関わっているとは限らない。低木の前で固まる紅妍に秀礼が声をかけた。
「瓊花か」
「……はい。いやなことを思い出してしまいますね」
そこで秀礼も、秋芳宮のことを思い出したらしい。低木をじいと睨めつける。
「瓊花を植えている宮は限られるからな」
「……他にもあるのでしょうか」
「庭の花など気にかけたことがなかったからな。今度、清益に探らせよう」
瓊花は花を終えているといえ近くにある花の記憶を詠めば何かわかるのかもしれない。しかしここには融勒もいる。確認を取らずに永貴妃の庭で花詠みをすれば怪しまれることだろう。
そうして待っていると永貴妃が現れた。供につけているのは宮女長らしき人物のみである。他の者たちは庭ではなく、宮の奥で控えているようだ。
「さて。鬼霊についてだったな」
「はい。この鬼霊の正体について、お伝えしにきました」
永貴妃そして融勒が顔をこわばらせ、息を呑む。二人の顔を見渡した後、紅妍は口を開いた。
「この鬼霊は紅花が体のうちにある。病で死んだ鬼霊は紅花が外から見えません。本人も気づかぬうちに倒れ、死んだものと思われます」
「ほう。病で死んでも鬼霊となるのか」
これは秀礼が言った。紅妍は頷いて話を続ける。
「生前に強い想いを抱いていた者。その死が誰にも気づかれぬ者。そして――遺体が荒された者などは、病で死を迎えたとしても鬼霊になることがあります」
死に気づいて欲しくて、遺体を見つけてほしくて鬼霊となるのだろう。ここにいる鬼霊もそうだと紅妍は考えている。
「この鬼霊は、人知れず死を迎えてしまった。死に気づいてほしくて、遺体を見つけてほしくて、ここに現れているのです。吉事を報せるためではありません」
「ではなぜ、最禮宮に現れたのだ」
永貴妃の問いに、紅妍は鬼霊を見る。鬼霊が春燕宮と最禮宮に現れた理由は一つ。そこに住む者に想いを馳せていたからだ。
「周小鈴。その名に、覚えはありませんか?」
小鈴の名を出した途端、永貴妃が息を呑んだ。すぐさま鬼霊を見やる。鬼霊は物を語らず、悲しげに立ち尽くしていた。
「これは推測ですが、融勒様は双児だったのではありませんか。片方は男児で融勒様、もう一方は女児」
髙では双児は凶事とされている。双児であった場合、片方が悲しい運命を辿るのはよくある話。それが後宮で、凶事の双児を産んだとなれば大変なことである。永貴妃は判断を迫られたのだろう。そして――。
「女児を宮女に託して、宮から出した。その宮女が周寧明で、女児が小鈴」
ここまでは花詠みと秀礼の話から至った推測である。しかしこれは当たっていたのようだ。詰めていた息を吐き、諦念の面持ちで口を開いたのは永貴妃だった。
「……そうだ。小鈴は、我の子だ」
そして双児であったこと。どこぞに生き別れの妹がいることは融勒も聞いていたらしい。ここまで言い当てられても融勒は表情を変えていない。ただじっと、悲しそうに鬼霊を見つめていた。
「華妃は我が思っていたよりも鋭い眼光をお持ちのようだ。おぬしの言う通り、我は双児を産み、小鈴を寧明に託した」
「やはり、そうでしたか」
「我は子を捨てた母だ。それを隠して生き続けてきたのだ、軽蔑されても仕方の無いこと」
それに対し、紅妍は首を横に振る。
永貴妃が小鈴を捨てたとは思っていない。むしろ、永貴妃なりに小鈴を思い、人知れず贖罪を続けてきた証拠がある。
「永貴妃は小鈴のことも想っていた。だからこそ周家を厚遇していた。宮勤めできない小鈴のためにと仕事を用意した――それが丁鶴山の河川管理」
河川管理の任は誰でも出来るわけではない。宮城より任命された一部の者だけが行う。その山に住むだけで良い報酬がもらえる。大都の者ならば喜ぶような任である。それを小鈴に任せたのは永貴妃の贖罪だろう。河川管理ならば女人であれ財を成せる。
「華仙術というのは恐ろしいな」
ふ、と小さく永貴妃が笑った。
「男児が生まれた時この子は帝になるのだとわかった。だが双児だと知られればそれは叶わぬ。だから、手放したのだ」
「母上……では、私のせいで小鈴が……」
「それは違うぞ、融勒。これは我が決めたこと。お前ではなく、すべて我が背負うことだ」
永貴妃の答えを聞いた融勒は呆然としていた。それを横目に、永貴妃がこちらを向く。
「小鈴が鬼霊となって現れたということは、死んだのか」
「……はい。残念ながら」
永貴妃は凜として鬼霊を見上げている。だがその瞳は悲しげに揺れていた。
「こんなに可愛らしくなっていたのか。我は何もしてやれなかったな……」
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