不遇の花詠み仙女は後宮の華となる

松藤かるり

文字の大きさ
上 下
38 / 57
3章 宝剣の重み

5.悲劇を詠む杜鵑花(2)

しおりを挟む

 華妃、秀礼はともかくそこに融勒が混ざる。想像しがたい面々が集まって春燕宮を訪れたのである。宮女たちは慌てていた。騒がしさは瞬く間に春燕宮に広がり、ついにえい貴妃きひがやってきた。

「融勒、それに華妃も。ここに何用だ」

 永貴妃は顔をしかめていた。紅妍らだけではなく、その後ろには最禮宮から連れてきた鬼霊もいるのである。こちらに近づこうとせず、きざはしから動こうとしない。
 紅妍は手を組んで揖した後、ゆっくりと顔をあげた。

「鬼霊を祓うため、永貴妃の助力を得たく参りました」
「我は鬼霊祓いなどできぬぞ」
「そうではありません。鬼霊を祓うために必要なものを、永貴妃がお持ちでしょう。それを頂きたいのです」

 永貴妃は理解できないといった反応だったが、ここに連れてきた融勒が動く。

「……母上。この鬼霊は……おそらく……」

 くちごもっていたのは、鬼霊の名をここで紡ぐことができないからだ。その口ぶりから永貴妃も察したようだ。

「庭でよいか――人払いをする。しばし待っていろ」

 永貴妃は戻り、春燕宮の宮女らに何かを告げているようだった。その間、紅妍たちは春燕宮の庭にて待つ。

 春燕宮の庭は春の花がよく植えられている。それらを眺めていれば時間はあっという間に過ぎる。紅妍は庭を眺め――それに気づいた。

(これは――瓊花たまばな

 花の季は終えているが葉は残っている。その葉は瓊花のものだ。
 瓊花といえば秋芳宮での一件を思い出す。宮女長を呪い殺した鬼霊は、瓊花に深く関わる鬼霊だろう。
 だが瓊花が植えられているからといって、永貴妃が関わっているとは限らない。低木の前で固まる紅妍に秀礼が声をかけた。

「瓊花か」
「……はい。いやなことを思い出してしまいますね」

 そこで秀礼も、秋芳宮のことを思い出したらしい。低木をじいと睨めつける。

「瓊花を植えている宮は限られるからな」
「……他にもあるのでしょうか」
「庭の花など気にかけたことがなかったからな。今度、清益に探らせよう」

 瓊花は花を終えているといえ近くにある花の記憶を詠めば何かわかるのかもしれない。しかしここには融勒もいる。確認を取らずに永貴妃の庭で花詠みをすれば怪しまれることだろう。

 そうして待っていると永貴妃が現れた。供につけているのは宮女長らしき人物のみである。他の者たちは庭ではなく、宮の奥で控えているようだ。

「さて。鬼霊についてだったな」
「はい。この鬼霊の正体について、お伝えしにきました」

 永貴妃そして融勒が顔をこわばらせ、息を呑む。二人の顔を見渡した後、紅妍は口を開いた。

「この鬼霊は紅花が体のうちにある。病で死んだ鬼霊は紅花が外から見えません。本人も気づかぬうちに倒れ、死んだものと思われます」
「ほう。病で死んでも鬼霊となるのか」

 これは秀礼が言った。紅妍は頷いて話を続ける。

「生前に強い想いを抱いていた者。その死が誰にも気づかれぬ者。そして――遺体が荒された者などは、病で死を迎えたとしても鬼霊になることがあります」

 死に気づいて欲しくて、遺体を見つけてほしくて鬼霊となるのだろう。ここにいる鬼霊もそうだと紅妍は考えている。

「この鬼霊は、人知れず死を迎えてしまった。死に気づいてほしくて、遺体を見つけてほしくて、ここに現れているのです。吉事を報せるためではありません」
「ではなぜ、最禮宮に現れたのだ」

 永貴妃の問いに、紅妍は鬼霊を見る。鬼霊が春燕宮と最禮宮に現れた理由は一つ。そこに住む者に想いを馳せていたからだ。

しゅう小鈴しゃおりん。その名に、覚えはありませんか?」

 小鈴の名を出した途端、永貴妃が息を呑んだ。すぐさま鬼霊を見やる。鬼霊は物を語らず、悲しげに立ち尽くしていた。

「これは推測ですが、融勒様は双児だったのではありませんか。片方は男児で融勒様、もう一方は女児」

 髙では双児は凶事とされている。双児であった場合、片方が悲しい運命を辿るのはよくある話。それが後宮で、凶事の双児を産んだとなれば大変なことである。永貴妃は判断を迫られたのだろう。そして――。

「女児を宮女に託して、宮から出した。その宮女が周寧明で、女児が小鈴」

 ここまでは花詠みと秀礼の話から至った推測である。しかしこれは当たっていたのようだ。詰めていた息を吐き、諦念の面持ちで口を開いたのは永貴妃だった。

「……そうだ。小鈴は、我の子だ」

 そして双児であったこと。どこぞに生き別れの妹がいることは融勒も聞いていたらしい。ここまで言い当てられても融勒は表情を変えていない。ただじっと、悲しそうに鬼霊を見つめていた。

「華妃は我が思っていたよりも鋭い眼光をお持ちのようだ。おぬしの言う通り、我は双児を産み、小鈴を寧明に託した」
「やはり、そうでしたか」
「我は子を捨てた母だ。それを隠して生き続けてきたのだ、軽蔑されても仕方の無いこと」

 それに対し、紅妍は首を横に振る。
 永貴妃が小鈴を捨てたとは思っていない。むしろ、永貴妃なりに小鈴を思い、人知れず贖罪を続けてきた証拠がある。

「永貴妃は小鈴のことも想っていた。だからこそ周家を厚遇していた。宮勤めできない小鈴のためにと仕事を用意した――それが丁鶴山の河川管理」

 河川管理の任は誰でも出来るわけではない。宮城より任命された一部の者だけが行う。その山に住むだけで良い報酬がもらえる。大都の者ならば喜ぶような任である。それを小鈴に任せたのは永貴妃の贖罪だろう。河川管理ならば女人であれ財を成せる。

「華仙術というのは恐ろしいな」

 ふ、と小さく永貴妃が笑った。

「男児が生まれた時この子は帝になるのだとわかった。だが双児だと知られればそれは叶わぬ。だから、手放したのだ」
「母上……では、私のせいで小鈴が……」
「それは違うぞ、融勒。これは我が決めたこと。お前ではなく、すべて我が背負うことだ」

 永貴妃の答えを聞いた融勒は呆然としていた。それを横目に、永貴妃がこちらを向く。

「小鈴が鬼霊となって現れたということは、死んだのか」
「……はい。残念ながら」

 永貴妃は凜として鬼霊を見上げている。だがその瞳は悲しげに揺れていた。

「こんなに可愛らしくなっていたのか。我は何もしてやれなかったな……」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...