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2章 いつわりの妃

2.光乾殿の禍(1)

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 内廷の中心に光乾こうけん殿でんはある。帝が住まう殿であり、他の宮に比べて豪勢な作りをし、外敵を妨げるため何重にも高塀がある。数度門をくぐってようやく、光乾殿に着いた。武装した者たちが控え、静かなその場所は荘厳な気を発している。
 だが紅妍は少し違った。足を踏み入れた時から、どんよりと腹の底が重たくなるような、いやな気を感じている。体はじっとりと汗ばみ、淀んで粘ついた水の中に飛びこんだように重たい。

(秀礼様が言っていた『鬼霊かまじないの類い』とは、当たっているかもしれない)

 他者に強い恨みを抱き、他人を貶めるために行うものが呪詛じゅそである。呪詛はよほどの強い恨みを込めなければ成り立たない。仙術と異なるのは恨みの力を主としていることや、儀式を要すること。そして術者にも影響を与えかねないことだ。半端な呪い方をすれば呪詛は倍に膨らんで術者へと返る。特に生者を呪い殺すなど命に関わるものになれば、大きな代償を払わされることがある。
 人を強く恨み、害を与えれば、いずれ自らに返ってくる。呪詛に良いことはひとつもないのである。

 秀礼は鬼霊と呪いの二択を提示したが、光乾殿を包む空気の重たさから呪いの可能性が高い。だが――。

(血のにおいが混じっている。呪詛だけとは思えない)

 鬼霊独特のにおいがする。このにおいは鬼霊がいる場所から強く放たれるので辿れば鬼霊に着くのだが、光乾殿の気がひどく重たいので、これでは辿ることも難しいだろう。
 これほど淀んだ場所に住んでいるのだから体調を崩すのも仕方の無いことだ。なるべくなら長く滞在したくないと紅妍は考えた。

 光乾殿を前にしたところで、中から青藍の盤領袍を着た宦官がやってきた。彼は秀礼と紅妍の前で揖する。

「秀礼様、お待ちしておりました」
「おお、韓辰かんたつか。久しいな。帝の具合はどうだ」

 青藍の宦官は韓辰と言うらしい。韓辰は顔をしかめる。どうやら具合は芳しくないようだ。

「本日はまだ目覚めになっておりません。昨晩は咳き込んでいたようですので寝付きも悪かったのかと」
「では謁見は厳しいか」
「はい」

 韓辰は紅妍をちらりと見る。どうやら彼にも話が通っているようだが、華仙術を信じてはいないのだろう。探るような鋭い目の奥に、本当に祓えるのかと疑念を抱いているのが感じ取れた。

「では日を改めよう」
 これは秀礼が言った。おそらくは秀礼も、韓辰の疑念に気づいたのだ。

「あとは頼むぞ。何かあればすぐに連絡せよ」

 韓辰は恭しく頭を下げたが、それは秀礼に向けてであり、華妃である紅妍には冷ややかであった。
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