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第四章 悪女と誘拐

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 ダリアが目を覚ますと、古びた建物の中にいた。

立ち上がろうとすると、両手、両足が縛られているのに気づいた。口には猿ぐつわもされている。
ああ、そういえば攫われたんだっけ、となぜか他人事のような感想がでた。

 攫われたときは一瞬だったので、犯人たちの顔は見ていない。
だが、少し離れたところに居た御者とラリーに向かって犯人たちが叫んでいた言葉で、状況を把握した。

「あれはこの間の……」

犯人たちの目的がはっきりしている以上、すぐに殺されることはないはずだ。まずは現在の状況を理解しようと、ダリアは周囲を見渡した。

 少し離れたところに、ベージュ色の塊が見えた。何かの荷物かと凝視すると、その塊が少し動いた。
それが人だとわかると、慌ててダリアは体をイモムシのように動かして、そこに向かう。

それは、ベージュ色の服を着た若い女性だった。シンプルな服だがキレイに仕立てられていて、裕福な家の令嬢を思わせる。マクレディ領には貿易で財を成す商家がたくさんあるので、そういった家の令嬢かもしれない。

彼女も両手両足を縛られ、猿ぐつわをされている。怯えるように顔を伏せているので顔はよく見えない。
かわいそうに、この人も攫われたのか。ダリアは眉をひそめた。

 まずは縄を切らなければいけない。
ダリアは縛られたままの後ろ手を、自身の腰のあたりに持っていく。
少しずつ探るように手を移動させていくと、やがて手に硬いものが当たった。見えないので感覚だけで慎重に取り出す。それは小さな折りたたみ式のナイフだった。

 ダリアが着ているドレスの腰の切り返し部分には隠しポケットがある。そこには外出の際に小さな折りたたみ式のナイフを入れている。
これはいわばマクレディ家の決まり事で、生前、両親から外に出かけるときは必ず持ち歩くように言われていた。

 なんでも昔、マクレディ家のご先祖様が海沿いを散歩していたら、密入国をしようとしていた海賊に捕まったらしい。
そのとき、そのご先祖様がたまたまナイフを隠し持っていたため、なんとか逃げおおせることができたのだそうだ。
それ以来、マクレディ家の人間は外出の際は常にナイフを持ち歩かなければならないという家訓のようなものができた。

ドレスを作る時もいちいち隠しポケットを作らなければいけないので、正直面倒だと思っていたが……。

ご先祖様、ありがとう。まさか本当に使う日がくるとは思いませんでした。もう二度とめんどくさいなどとは言いません。ダリアは心のなかでご先祖様に感謝した。

 ダリアは縛られた両手をなんとか動かし、ナイフを持ち替えて少しずつ自分の縄を切っていく。後ろ手で不自然な持ち方をしているため、手に力が入らず少しずつしか切れない。

「…っ」腕に痛みが走った。間違えて自分の腕を切ってしまったらしい。痛みに顔をしかめるが、かまわず続ける。その後も何度か自分の腕を切ったが、その都度、落ち着いてと自身に言い聞かせて、なんとか縄を切ることができた。

 両手が自由になれば後は簡単だ。猿ぐつわを解き、足首の縄も切り、ようやく体は自由になった。

休むまもなく、目の前の令嬢に声をかける。
「大丈夫? 今、縄を切るから待ってて」
令嬢の体に傷をつけないよう、注意して縄を切ると、令嬢は下を向いたまま「ありがとう」と小さな声で言った。

 ダリアよりもいくつか若いと思われるその女性は、真っ青な顔をして下を向いたまま黙っている。少し震えてもいるようだ。
怖い目にあったのだから当然だろう。

ダリアは安心させるように明るく声をかけた。
「わたしはダリアよ。ダリア・マクレディ。あなたのお名前聞いてもいいかしら」
「ジェ……、ジェーンです」
小さな声で答える。あいかわらずダリアのほうは見ない。

「そう、ジェーンさんというのね。怪我はないかしら?」
ジェーンは下を向いたまま小さくうなずいた。
ダリアはホッとしたように息を吐いた。

「ジェーンさん、犯人の目的は私なの。あなたを巻き込んでしまってごめんなさい」
ジェーンに向かって頭を下げた。

「でも、大丈夫。助かるわ。マクレディ領の警備隊は優秀よ。きっと探し出してくれるわ」
今日はクライドが来る日だ。きっと彼も探してくれているだろう。彼もいるなら大丈夫だ。
「大丈夫、大丈夫」自分に言い聞かせるようにつぶやく。

だからそれまでに自分ができることをやらないと。
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