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第1章

No.57

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ーーガタン、ガタン

かなりのスピードで走る馬車の中、ダンブレア男爵家の養女マリーは苛立たしげに親指の爪を噛んでいた。

(何よ何よ何よっ!何なのよ、あの女っ!)

マリーは、先程のルイザを思い出す。
自身の進む邪魔をした女。
一体、何処の平民だと思いながら馬車を降りると、そこに居たのは自身より上の爵位の軍服を着た女。

流石のマリーでも、分が悪い事は分かった。
だから、標的を背後にいた女にしたのに…。

(軍服を着たあの女の上司ってっ…!)

思い浮かぶのは、1人の男。
赤い髪に、翠の瞳の何処か色気の漂う美しい獣の様な男。

(アルフォンス様…)

貴族の養女として、初めて城に上がったあの日。
アルフォンスを見て一目で恋に落ちた。

それ以来、アルフォンスに近付く女は排除して来た。悪い噂を流したり、その筋の者に襲わせたり。そうして、アルフォンスに1番近い女は己だけになった。

(それなのにっ!あの人の大切な女ですって!?)

あの女が、パパの言っていた女だろう。

「忌々しいっ…」

まさか、自身のアルフォンスに近付く身の程知らずの女に直接会うとは…。


ーー肩に付くかどうかの黒い髪に、黒い瞳。


あの黒が、ハッキリと脳裏に焼き付いている。 

(もっと、パパに頼んだ事を早くやってくれる様に頼まなきゃ…)

ダンブレア男爵に頼んだ事。
それは、アルフォンスの囲っている女の暗殺依頼。
方法は、何だっていい。
唯、その女を始末して欲しかった。

だが、今日その対象の女を見て気が変わった。

(簡単に始末するなんて事はしない。目の前で無様に泣き喚いて、命乞いする醜い様を見ないと気が済まないわっ!)

今日の、屈辱をあの女にも味あわせてやる。
理不尽な憎悪を募らせ決意する。

マリーは、気が付かない。
いかに、自分が愚かであるかを。自身の行こそが正しいと信じるマリーは、どれだけ自分が歪んでいるかを知りもしない。

ーーガラガラ…ガタン

「マリー様。屋敷に着きました」
「そう」

御者がそう言って、扉を開ける。
マリーは、少し荒い足取りで降りると屋敷に入る。

「おや、お帰り。可愛いマリー」
「パパ!」

屋敷に入ると、近くの部屋からダンブレア男爵が出て来た。マリーは、すぐに男爵の側による。

「ねぇ、パパ。私のお願いの事なんだけど…」
「その事で話があるんだ。丁度、依頼を受けると言う者から手紙が届いてね。今日の夜中、話し合いの予定だ」
「本当!?やった!パパ、ありがとう!」
「可愛いマリーの頼みだ」

マリーは、嬉しそうに笑いながら男爵に抱き付く。
側から見れば、それは仲の良い親子に見える。
しかし、話の内容は最低だ。

(早く、あの忌々しい女の泣き喚く姿が見たいわ。私のアルフォンス様に近付いた罰よ)

マリーは、醜い笑みを浮かべてひっそりと笑う。





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