上 下
5 / 51
第1章

さようなら、教会

しおりを挟む
マリオンの意見を、最初は皆が反対した。

それはそうだ。
一体、何処に皆で大切にしている子供を態々孤児院に送る者がいるのだ。だが、それでもマリオンの意思は変わらなかった。

出て行く、出て行かせない。

そんな主張が、教会にやって来てから半年程続いた。半年も皆に引き止められる事が続けば、「このまま残ろうかな」と言う考えが強くなる。

(私も、皆んなが嫌いで出て行く訳じゃ無いしね)

そんな事を思っていた時だった。
マリオンが、教会を出る事になる決定的な出来事が起こったのだ。

教会に引き取られてから、マリオンには姉の様に慕う女性がいた。綺麗と言うよりお淑やかで優しい女性だった。教会で働く人々の中では1番若く、彼女も幼いマリオンを本当の妹の様に可愛がってくれた。

ーーそんなある日、彼女のある噂が立つ様になった。

それは、彼女が街の若い男を誘惑していると言う噂だった。初めは、マリオン含め教会の者達は誰も信じなかった。彼女は、人見知りの激しい性格で男性が特に苦手なのだ。慣れていないと、目が合っただけで顔を赤く染めて硬直し話せなくなってしまう彼女が、若い男を誘惑?

一言、現代風に言えば無理ゲーである。

何故、その様な噂が経つのか。
マリオン達は疑問に思った。様子を見ていても、特に変わった事は無い。皆が不思議に思っていた時だった。

マリオンが、その噂の原因を知ったのは。

ある日、いつもの様に教会にある自身の部屋で勉強の復習をしていた時だった。

『………』
『………!』
「ん?」

ヒソヒソと、何処からか話し声が聞こえて来た。
何かあったのだろうかと疑問に思い、マリオンは部屋の扉をそっと開けた。すると、声がより鮮明になった。

『いやぁ~。流石、先輩ですね!!まさか、あの奥手で色気も無い女をモテさせるんですから!』

小さく開いた扉の隙間から、廊下の奥を見る。そこには、黒い尻尾と翼の生えた露出の激しい男性が二人見えた。

(あれって、最近来た先輩後輩インキュバスだ)

彼等は、先週この教会にやって来たインキュバスだ。茶髪の短い髪の可愛い系が後輩で、緩くカールのかかった色気ムンムンの長髪が先輩の二人である。

『まぁな。俺くらいになると、あんなに色気の『い』の字も無いつまらない女でも、俺の力で若い男をメロメロにする事くらい簡単なんだよ』
『流石、先輩っす!!俺、先輩の事すごく尊敬してます!』

後輩インキュバスは、先輩インキュバスをキラキラとした尊敬の眼差しで見つめる。

(あんな上から目線の男の何に尊敬してるんだ?)

言ってる事は、女性を蔑む最低な内容だ。
マリオンには、理解出来ない。

それより信じられないのは、あの彼女の悪い噂は全てこのインキュバスのせいだと言う事だ!

『若い男はメロメロにした。次は、実戦だ。………俺のテクニックで、天国を見せてやるぜ』

そう言って、ペロリと自身の唇を舐める先輩インキュバス。顔が良いから似合っているが、内容は最低だ。

『先輩、遂にあの女に手を出すんですね!』
『あぁ。俺が本気で可愛がれば、聖女様でも淫乱女に様変わりさ』
『スゲェっす!!』

(何処も凄く無いわ!!)

まさか、自分が此処に居るせいで種族としては当たり前だが男としては最低なインキュバス達が此処に住み着き、姉の様に慕う女性の悪い噂が立ってしまったとは。しかも、彼女の貞操の危機だ。

(どうにかしないとっ!!)

自分のせいで、貞淑な彼女が淫乱女に様変わりなんて、そんな事許せない。

(早く、この教会を出ないと)

そうして、一つの場所に長く止まらない様にしないと、同じ事が起こる可能性がある。

そう決断したマリオンの行動は早かった。

今まで必死に説得されて曖昧になっていた孤児院へ行く話を、保護者代わりの神官ーーダフネスに強く言った。

『このまま此処に居ると、一生後悔する事になってしまう』

だが、教会の皆が嫌いなわけでは無い。
これからも、会いに来る。

マリオンの必死なその姿を見て、ダフネスは遂にマリオンの孤児院行きを許した。だが、それと同時にある約束を取り付ける。

『困った事があったら、何時でも相談する事。此処は、誰が何と言おうと、貴女の家なのですから』

その言葉に、マリオンは涙が溢れた。
純粋に嬉しかった事と、前世で似た様な事を言われた事があったからだ。今まで必死にこの世界に馴染もうとしていた為、その言葉で前世の事を思い出し、張っていた緊張の糸がプツリと切れた。

その時、マリオンはこの世界で目覚めてから初めて、子供の様に大きな声を上げて泣いた。そんなマリオンを、ダフネスは泣き止むまで優しく抱き締めてくれたのだった。








しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...