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No.9 棍棒片手に

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いつもの様に、お昼を過ぎると人が殆ど居なくなる食堂。そのタイミングで、ミラがいつもの様に莉緒に声をかける。

「リオ、後はいいから先に休憩しちゃいな」
「い、いえっ!もう少し働きます!」
「いいから、いいから。次いでに、さっきからアンタの事をあつ~い視線で見てる色男を何とかしな」

(それが嫌だから、もう少し働きたいんです…!)

背中に強く感じる男の視線。
仕事中、莉緒はずっと感じていた。

「しょうがない子だね。ほら、特別にこれを貸してあげるよ」

そう言って、ミラは莉緒に大振りな肉包丁を握らせる。ズシっと、腕の中に感じる重み。使い古されているが、よく研がれた包丁が莉緒の手の中でギラっと鈍い光を反射している。

「こここ、これ…っ!」
「何があったら、これを迷わず振り回すんだよ。大抵の男は、それで逃げてくからね」

そんなの当たり前だ。

何処の世界に、肉包丁を振り回す人間から逃げ出さない人がいるのだ。確かに、何かあった時には間違い無く相手を追い払えるだろう。ーーだが、それと同時に莉緒は、精神がイカれた危険人物と周囲に判断されるだろう。一歩間違えれば、即病院送りか牢屋行きだ。

「あ、あのっ!別のはありませんか?」
「何だい?これは嫌なのかい?」
「わ、私には、ハードルが高いです…」
「確かに、リオには少し重いかも知れないね。そんな細腕じゃあ、一、二回振り回して直ぐに倒れそうだね」

そういう意味で言ったのでは無いが、此処は黙っている事にする。

「じゃあ、これはどうだい?肉を柔らかくする時に使う棒なんだけどね」

そう言って、ミラは莉緒の腕より少し太いくらいの棍棒を差し出す。

(何で、肉関係のやつばかり何だろう…)

だが、先程の肉包丁よりは大分マシだ。
莉緒をご主人様と呼び、自身を犬と呼ぶ変態(仮)と話し合うのだ。人の目がある場所で話すとは言え、丸腰で対峙するのも怖い。

莉緒は、棍棒を有り難く借りて男の元へ向かう。すると、男は満面の笑みを浮かべて莉緒を待っていた。

「ご主人!仕事お疲れ様!疲れたでしょ?ほら、此処に座って。飲み物もあるよ?お腹空いてない?何か食べる?あっ、それとも甘い物がいい?」

驚く程にさり気無く莉緒を自身の座っていた席に座らせると、あれやこれやと莉緒の世話を焼こうとする。その姿は、まさに主人に付き従う僕であった。

最初は呆気に取られていた莉緒だが、直ぐに我に帰り男に向かって声を出す。

「あ、あのっ!わ、わわわ…!」
「わわわ?」
「わ、私!あ、あ、貴方なんて、ししし、知りませんっ!」

もしかしたら、男は莉緒の事を誰かと勘違いしているのだと思った莉緒は、自身は男の事など知らないと言い放った。これで誤解が解けると思っていた莉緒。

ーーしかし。

「そりゃあそうだろうね。だって俺とご主人、互いの名前さえ知らないし」
「「「「えっ…!?」」」」

あっけらかんと答える男の言葉に、莉緒だけで無く二人の会話を盗み聞きしていた数人の客達も驚きの声を上げたのだった。
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