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第12話

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12     変化
 
 「はぁ…」

    ため息が漏れた。

 俺が今いるのは、家鴨達の宿の一室だ。

 兵士グレイが言っていたように、人気の宿だというのは見て納得のいく結果だった。

 それなりに広い部屋に、行き届いた掃除。
 清潔感に溢れている部屋は旅人の疲れを癒してくれるだろう。

 これで銀貨3枚で朝食付きなら人気が出て当然だ。
 たまたま部屋が空いていたのはラッキーといえよう。

 ちなみに、金貨、銀貨、銅貨の価値は、体感的に一万円、千円、百円くらいの価値だった。

 宿に着く前に、路上店でツバ付きの白い帽子を購入した際、値段は銀貨1枚で、ざっと他の商品(服やら靴)の値段を聞いてみた所、だいたいの値段の相場がわかった。

 
 「なんだか疲れたわ」

   ベットに倒れ込むように横になる。

 窓から見える大きな建物は教会みたいで、鋭角に尖った屋根の上には、大きな鐘が付いていた。

 『カラン、カランッ、カラン、カランッカラン、カランッ』
   
    鐘が6回……。


 白い天井を見つめていると、今日起こった出来事が走馬灯の様に流れて、自分という人間を新しく構築して行く感じがした。

 「金貨30枚か……」

 奴隷店で出会った男の子の値段を呟いた。

 何故かはわからないが、あの子の事を考えると胸の奥がキュンとなる。

 俺は本当に男だった……の?
 
 元々自己としての記憶は全くといって無いのだから、男であったというのは過去の固定観念で、曖昧な様に思えてきてしまう。

 だって、今の自分は……
 
 仰向けになり大きなお椀型になっている胸を触った。

 柔らかくて気持ちがいい。



 結局、奴隷商に使った心読は一回。

 その後は、自分の中で起こっている不思議な変化を払拭し切れずに、逃げるように奴隷店から飛び出した。

 「おいおいどうした?」と追いかけて来た女奴隷商に、気分が悪くなったと伝えると、「なんだ?やっぱり冷やかしか?」と女は冷たい態度に変わった。

 。。。

 はぁ…はぁ…と息が上がっていた。

 北の森からこの街まで走った時も、上がりもしなかった息が絶え絶えしい。

 (どうしちゃったんだろう私…)


 はっと気付き。
 違う!俺だ!!と自分を確認。

 
 (でも、あの男の子可愛かったなぁ…)

 違うだろ!あれは男だ!!女の子じゃない。

 まるで、自分の中に2人の自分がいるみたいだ。

 男の自分と、女の私が。

 後でわかる事だが、俺の、いや未来の自分の言葉を借りて言うのであれば、

 私は。
 
 私が。

 私に。 

 私と。

 私の。

 私の、大幅に上昇した性欲を満たしてくれるのは、鏡に映る自分自身のイヤラしい身体と、中性的な可愛いらしい美少年、若しくは私以上に美しい美女だけなの♡


 だが、そんな事実をこの時の私は知らない。

 

 悶々とした気持ちの中で、自分に対しての一人称が俺から私に変わっている事に私は気付いていない。
 
 ごく自然に、さも当たり前かのようにその変化は私の心の中で行われていた。

 私が?

 私の?

 私は?

 自問自答を繰り返し、気が付けば約束の時間を過ぎていた。

 「そうだ!!グレイとの約束があったんだった」

    私はベットから起き上がると、軽装備を脱ぐ。

 白いシャツにタッセルみたいなズボン。
ズボンの中に尻尾をしまい込んで白い帽子を被ると部屋を出た。

 


 兵士グレイは宿のカウンターの横に座り私を待っていた。


 「ごめんね。待った?」

   「いや、今、来たところだよ」

 明らかに嘘だとわかる嘘は、彼の優しさからだろう。

 グレイは、「さぁ、行こう」と私の手を引く。

 「美味しいお酒が飲める店を知っているんだ」

 私の手を引いているグレイの手は、毛がモジャモジャで気持ち悪いと思った。

 スッと手を引く私に、グレイは、

 「ごめん。痛かった?」

    と優しく言った。

 痛くはないけど、グレイは私のタイプでは無い。

 だって、顔が……。

 ゴリラみたいで不細工だから。


 だから、兵士グレイ、アナタは優しいけど、優しいだけの男ね。

 

 美味しいお酒、美味しい料理。
  
 ご馳走様。

 もう次は無いかな。


 一人、宿へと戻り、会話と心読を織り交ぜながらの夕食を思い返した。

 
 「二人の出会いに乾杯」
    
  カンッ。

  赤ワインの入ったグラスが心地良い音色を鳴らして、私は、グレイに微笑んだ。

 「本当何から何までありがとねぇ
もし、グレイじゃ無かったら、街の外で野宿する事になってたかも……怖っ」

 「いゃ~」と照れるグレイは「他言無用で頼むよ」と言って来る。

 私はそれに「どうしようかなぁ」なんて小悪魔みたいに悩んでみせると、
 グレイは「おいおい」と被せて笑う。

 「じゃあ、私が獣人だって事は誰にも言わないでね?」

 会話はそれなりに弾んだ。
 イサフェラの事も聞いた。

 グレイはイサフェラの事はほとんど知っていなくて無知だった。
 
 そこは肩透かしをくらった気分になる。

 グレイに心読を6回使ったが、
 この後どうやって家に誘うか?とか、
 おっぱい大きいなぁ…とか、
 可愛いなぉ…やりたいなぁ…とか、

 結局、私の事を抱く事しか考えていなくてうんざりした。

 要は、コチラが求めて無い好意は、悪意にしか思えないという事。

 コレがもし……あの男の子だったら……

 なんて考えてる自分に気が付いて、それはそれで自分自身にもげんなりした。

 
 それでも、食事を初めて1時間程度経った頃だ。

 兵士グレイは「そう言えばさぁ」と思い出した様に語り始めた。

 「そう言えば、今朝、北の森に向かったギルドの馬車が戻って来てなんだ。
 冒険者達を送り届けてすぐ戻って来る筈なのに、そう言えばケミロウも北の街道を南下して来たんだろ?
 何か知らないか?」

    コチラをジッと見つめて来るグレイ。

 ドキッとした。
 
 ここで変な事を言っちゃダメだ。

 なら読む。心読!!

 これで7回目。流石に疲労感が溜まって来た。

  視界左上のMPゲージは残り僅かだ。
 
 
 
     

    

  
 


 

 

 
 
 
 
 

 
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